浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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タコ焼きそば

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「何かご用でしょうか?」
素振り中の剣士は、素振りを止めて、視線の主に言葉をかけるが。
「この暑いのに熱心な人もいるものねと思いまして」
「それだけですか?」
「それだけですよ」
「なんだ」
「おや、がっかりしている」
「…ちょっと気になる人がいるから、見に来たとかじゃないのかと思いました」
「それは青春が過ぎるのでは?」
「そんな青春を送れませんでしたからね…やはりそうなると拗らせるのですよ」
「拗らせるようには見えませんでした、特に問題もなく今まで人生を歩んできたのではないかと思われますが?」
「私の人生は敗北感にまみれてますよ」
「何をおっしゃられているのか、世の中そんなに捨てたもんではありませんよ、今日は美味しいものを食べて、お風呂でさっぱりしてから寝なさいな、それで明日は全然違うものですよ」
そういって視線の主である彼女は去っていくのだが。
(世の中、そんなに簡単なわけがないだろう)
八つ当たりをするように素振りを再開した。

次の日の彼女はこちらを見ると、一礼したので、一例で返す。
そんな日が何日か続いた。

ある日、近所で祭が行われるので、朝から賑やかであった。
ただ祭にみな行くので、いつも素振りをするここはより静かである、そう思っていた。
彼女を見かけ、またこちらを見て、一礼する。
「…今日は」
「はい」
「お祭りだと思うのですが、そちらへは行かれないのですか?」
「ああいうところに一人で、めかし込んで、ええっと浴衣なぞを着た日にはですね、あまりいい目には合いませんので」
「お似合うとは思いますが、それでは祭の気分は台無しですね」
「お…、お?ああ、ありがとうございます、ただ残念なのは『タコ焼そば』が食べれないことですかね」
タコ焼きそば、タコ焼+焼きそばではなく、具材にタコを使ったもの。この辺はタコをよく食べるので生まれた郷土料理。
注文すると、「揚げ玉はどうしますか?」と聞かれる。
「あれは旨い、学生時代、同級生が乗せれるだけ入れてくださいと言って、大変なことになりました」
「それは揚げ玉のタコ焼きそば味になっちゃうのでは?」
「混ぜたら美味しかったかもしれませんが」
かけられた上から食べたので、なかなかタコ焼きそばまでたどり着かなかったという。
「バカな話です」
「真面目そうに見えるのに、そういう話もあるんですね」
「そんなに真面目そうに見えます?」
「そりゃあもちろん、ほぼ毎日こちらで素振りをしているので、最近では私も頑張らなきゃなって思っていたところです」
「…」
「どうしました?」
「お恥ずかしい、ただ私は自分の満足のために素振りをしていましたが、まさかこれを見て、自分も頑張らなければと思ってくださる人がいるとは…」
「そんなに難しく考えないでくださいな、ただ私が勝手に意識しているだけですよ」
そこに花火が打ち上がる音がした。花火大会のものではなく、ご家庭でもあげられるサイズのものだ。
「この後、お暇ですか?あっ、暇でないのならば」
「なんです?どこかであなたの好感度を上げすぎましたか?」
「はい、その…誉められて嬉しかった、あまりこういうことを良いと思ってくれる方はおりませんので、つい和んでしまいました」
「それはチョロいって言われません?」
「ですね」
「ここでこう男を手玉に取るタイプならば、タコ焼きそばを奢るならね!とかいいそうですが」
「奢りますよ」
「バーカ!」
「へっ」
「そういうのはろくな女じゃないよ、もう少し女慣れしなさい」
そこで笑う。
今まで見たことない顔である。
(こんな風に笑うのか)
「ご結婚とか興味あります?」
「何を言ってるんですか」
「なんかもう、騙されてもいいかなって」
「暑さでヤられましたか?」
「俺は本気です、その慣れてないのはしょうがないと思ってくださいよ」
ため息をつかれて。
「私もそこまで恋愛に慣れているわけではありませんよ」
「彼氏はいるんですか?」
「なんかグイグイきますね」
「知りたくて、あっ、すいません、こういうのは…」
「剣士らしいなとは思います」
「そうですかね」
「そうですよ、私が子供の頃も近所にそういう方がいましたからね、剣士というのは、付き合う人を選ぶというか、万人受けするタイプではないでしょう」
「愛想笑いはしますが、少し苦手です」
「あなたは自然に笑う方がいい」
「そういうのは男の台詞では?」
「あら?いけませんか?」
「いけなくはない、むしろいい、もっと言って」
「それは他の人に頼みなさいな」
「俺のこと嫌いですか?」
「嫌いも何も、なんですぐにその話になるんですか?」
「その好きだったら、嬉しいなって」
「は・や・い」
「すいません」
「あ~」
ここでちょっとビクッとした、怒らせたかなって。
「何か飲みません?奢りますよ」
「えっ?」
「熱中症になったらどうするんです?早めの水分補給ですよ、何か好きなのがあるならばそれにしますが」
「それなら…」
名前をあげると。
「じゃあ、買ってきますね」
「俺も行きます!」
「素振りは?」
「素振りも大事ではありますが…」
待って、行かないでの顔をしている。
「なんです、逃げられたことがあるみたいな」
「はっはっ」
「帰るならば『さようなら』はちゃんと言いますよ」
「あなたからそれは、今は聞きたくはない」
「今日帰ったら、あなたは友人たちに、彼女が欲しい、誰かいい人を紹介してくれないかって言った方がいい」
「あなたはなってくれないんですか?」
「早いわ!なんでそこで結論になるの!」
「えっ、でも~」
「はいはい、ついてくるなら、ついてきていいから」
「はい」
もう尻にしかれている状態にも見える。
「もう少し女性慣れしておかないと、変なのに騙されるわよ」
「それは…あるかも、どうしよう」
「そうなったら別れる、逃げるでいいんじゃない」
「あなたは…その…どうなんですか?」
この二人お互いの名前は知りません。
「私?そんな恋愛に夢を見ているタイプではないので」
「夢を見れなくなったきっかけはあるんですか?」
「そりゃあね」
「あなたに好きになってもらえる人は幸せだろうに」
「ん~あの辺はよくわからないわね、私もあの後どうでもいいわになったし」
「えっ?」
「あっ、飲み物これでいい?」
「はい、お願いします」
ピッでガターン。
「はい、これ」
「ありがとう、いや、俺も払うから」
「いいの、いいの、これぐらい、善人にお金を使いたい気分だったし」
「俺はそんなに善人ではないよ」
「毎日あそこで素振りしている人はいい奴に決まってるって、それともあなたは悪い人?」
じっと目を見てくる。
(目…大きいんですね)
そして少し汗の匂いがした。
少しばかり近いからだろうが、それにしても…
「今日で無くても、他のお祭りに一緒に、俺と行ってくれませんか?」
「えっ?」
「お願いします、お願いします」
「落ち着きなさいよ」
ここで嫌われたくないブレーキと、頼みたいアクセルが同時に踏んじゃった感じになっている。
「何がそこまでさせるのよ」
そういって彼女は座って、飲み物に口をつける。
「ここでチャンス逃したら、俺は永遠に後悔しそうで」
「そこまでは…あなたぐらいの容姿なら、美容院に行って、清潔感がある感じでとかリクエストしたら、きちんと彼女は…いやもういるんじゃない?あなたのことを良く思っている娘さんがさ」
「どこにいるんですか?」
「いるとは思うよ、見た感じ」
「名前の知らない誰かを期待するのはちょっとないかな」
「そこだけ現実的に返された」
「やはり今、俺をきちんと見てくれて、良いところを理解してくれる、もう…あんなの言われたの初めてというか、そのメロメロです」
「そういう好感度の上がり方は、一気に冷めるわよ」
「大丈夫、一度好きになるとずっと好きなタイプなんで」
「初恋の女の子とか?」
「うっ、あっ、その、それは…」
それを指摘した彼女はニヤニヤ笑っている。
「だってあなたは綺麗とか可愛い子が好きだろうから、私とはタイプが違いすぎるのよ」
「君も十分いいとは思うけど…」
「勘違いしているだけだって、中身は酷い女だよ」
「そうは見えないよ」
「即答してくれるのは嬉しいけども、長い付き合いでもあるまいし」
「かもね、でもきちんと一礼する人って最近はそういないからな」
「外面がいいだけさ」
「そうなのかな…俺はそう思いたくないのかもしれないが」
「私に夢見るのはやめなよ、期待されても何もできないからさ、ああ、それじゃあ、私は帰るよ、じゃーね」
「じゃあ、一緒に帰ろうよ、良ければさ、お祭りの神社だけでも、お賽銭入れてるぐらいならば…」
「そしたら帰っちゃうよ」
「うん、それでいいよ」
「まあ、そのぐらいなら」
「待って、じゃあ、すぐに準備してくる」
「そのままでもいいわよ」
胴着である。
「それだと蒸れるかな」
「このままでいいなら、このままで、これ結構涼しいので」
動き回っても熱がこもらない素材でできています。
「やっぱり人がすごいね」
ただ参拝は感染症対策のために列も長くなっている。
「何をお願いするの?」
「良縁かな」
「ああ、それはいいわね、私もそれにしようかな」
「この神社って勝利の神様なんだけどもね、だからうちの流派はお正月だったり、節目の時はここにみんなで来るんだよ」
「それなら、私は良縁じゃなくて、違うもの頼むわ」
「違うもの?違うって何にするの?」
「そこは、ほら、誰にもお願いは言わない方がいいんじゃないかな」
「…そうだね」
そこで食い下がるのだが、彼の心は冷静ではない。
(神様、助けて!)
穏やかではない心中に助けを求めたくはなる。上手くいきたい、その気持ちはもちろんあるが、この隣にいるだけで、気になる。言葉をずっとかわしたくなる、このこれは…

『恋だね』
いいね、そういうの大好きよ。この時期と、秋祭時期になると、仲のいい二人の姿があっちこっちで見られるから、たまんないよね。
しかもな…この剣士くんは、よく知っているし、悪くはない相手ではあるんだけどもね。
ここら辺は昔、村のお社も兼ねていたため、その時から人の逢瀬が上位の存在の楽しみでもある。
上位同士の恋愛はドロドロしているから、それに比べたら人は可愛いものらしい。
この近辺に残る昔話では、それで飢饉や大雨が起きたので、もしかしたらそこも関係あるのかもしれない。
『昔は銃士のキザさが好きだったけども、年齢を重ねると、剣士の良さが見えてくるね』
人間が恋愛ドラマを見ているような感じで、上位の存在は人間関係を楽しんでいるのかもしれない。
ただこの地域の上位存在ように、人間のいい部分を好んでいるのならば、土地は穏やかなのだが。
『やっぱり復讐しなきゃ、ほら、泣き寝入りは嫌でしょ?』
こういうタイプも中には存在する。、しかも土地を越えて、自分の好みに会いに行ってしまうという、第三者からするとたまったものではない。
『綺麗な話ばかりじゃ救われない人間も中にはいるんだよ』
だが一部には絶賛支持を集めている。
話を戻そう。

「おみくじ買わない?今度は俺が出すからさ」
「いいの?」
するとそこにはシンプルなおみくじと、恋愛おみくじというのが二種類あり。
おみくじの列を見る限りでは、やはり二人で来ているようなお客さんは、恋愛おみくじを買っていく。
チラリと男は彼女を見た。
「そこは素直になって好きな方を買えばいいんじゃないかな、でも恋愛おみくじ可愛いわね」
値段は同じ、けと可愛さ重視、これが売れるおみくじのヒットには大切なことなんです。
「じゃあ、私も恋愛のにしようかな」
「すいません、2つ」
支払いの後に、がさごそと選ぶ。
中身を見るのは、列を離れてからだ。
「私は大吉だよ」
「俺もそう」
「良かったね」
「うん」
「お互い、いい人見つかればいいね」
「脈…ないのかな」
「それはこれから次第じゃない?」
「えっ?そうなの?それなら」
「そこを直しなさいよ、もう」
「ごめん」

『高まってます、高まってます、非常にいいです、初々しいです。女性の方は裏切るタイプではないのも高得点ですね』
その言い方は何かトゲがあるように思われるが。
『この間、剣士をATMにしようとした女出たんですよね』
だってさ、あいつバカじゃん、全然気づいてないんだよ。だからお金を出してもらってるって、わかってないんだよ。
『まあ、それこそそこで何もできないならば、出番かなっては思うんだけもさ』
剣士だから、そりゃあ自分のプライドを傷つけた相手には容赦はしない。
『それでも江戸時代よりはまろやかだから、命はあったし』
命は、あったし、というこの表現。
『ただね、海外から、んでもって異世界帰りも自分で始末つけれるタイプなんだけども、それでも騙そうとする男女共にいるからな、嫌にはなるけどもね』
そうため息はついてはいるが、今はさっき生まれたであろう恋心が気になって仕方がない様子であった。
帰りに二人は連絡先は交換し、帰ってからも世間話をずっとメッセージで行っていた。
「もうそろそろ寝るね~」
「おやすみなさい」

そう彼女からの返信が帰ってきたとき。
「毎日、おやすみなさいって言われたい」
何これ、初めての感覚。
そのせいで朝もすんごく早く起きちゃった。
いや、走るからいいんだけども。
返事は来てない…けども…
「おはようございます」
とだけ送る。
そこからなんかソワソワしちゃって、いつものランニングの時でさえも、返事来たらどうしようなんて考えていた。
さすがにそこまで上手く行かないよななんて思って、帰宅したとき。
「おはよう、朝、早いんだね」
それを見たとき、今日は1日めちゃくちゃ頑張れると思った。
(どうする?将来のことを考えて、資格の勉強しようかな)
難しいけども、勉強してみないかと誘われた先日誘われたものはあったが、曖昧な返事はしていた。
「あの先輩、前に言ってた…」
「えっ?どうしたの?急に、彼女と結婚でも考えているとか?」
「そこまでではないんですが、将来をより良いものにしようと思いまして」
先輩もその答えに「おう」としか言えなかったという。
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