浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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一人一太刀

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正直、私にもまるで意味がわからないところから始まった。
仕事の関係である剣士と知り合いになって、たまに談笑をするぐらいの関係性になったとき。
「あっ、ごめんね」
いきなり剣士は愛剣を抜いた。
えっ?という反応でさえも、剣を仕舞い終えた後に出たぐらいの、早業というやつだろう。
カランカラン
なんか落ちた、なんか落ちたんだが、何が落ちた?
で、下を見る。
人の顔があった。
知らない人の男の顔。
でもなんかお面みたいで、耳はない。
頭ではないみたいだ。
「あんまり見ない方がいいよ」
そう剣士は言った。
「えっ?」
さっきから、え?が止まらない。剣士の方を見る。
「その人、君に憑いてたと思う」
「ついてた?」
ついてた…あっ、憑いてたか。本当に驚くと頭の中で言葉の変換が上手く行かないものなんだな。
「そう…」
「たぶんお身内だよ」
「身内か…わりとみんなフリーダムにやらかしてきてるから、そうあってもおかしくはないんだけども…」
「その先はしゃべらない方がいいよ、後こっから離れた方がいい」
コクコクと頷いた。
私はしゃべらないまま、剣士の後ろを歩いていた。
お祭りのお囃子の音が聞こえると。
「もう大丈夫だと思う」
そういってくれたが、そうなっても不思議と喋る言葉が浮かばない。
「参拝していかない?」
「うん、そうだな」
お囃子の音色頼りに神社仏閣を探すと、浴衣の子もチラホラ見かけるようになった。
「可愛い」
「君はそういうの着たりしないの?」
「着たことない~興味はない訳じゃないけども」
「今度お祭り行くときに着ればいいさ」
「でも一人だとなんかね」
「俺が誘うから」
そこで振り向かれて、じっと見られた。
「あっ、そうなんだ、それは楽しみかな」
と言った頃には顔は正面を向いていたので、どんな顔をしていたのかわからない。
「混んできたね」
「はぐれちゃうからさ」
手に触れてきて、繋がれた。
「そうだね」
進むのも一苦労と言うやつだ。
(まあ、お祭りだからしょうがないか)
「こういうお祭りはよく来るの?」
「知らない?剣士は験を担ぐんだよ」
「そういうのは聞いたことがあるかな、年始年末とか季節の行事とかかなり細かく決められていたような気がする」
「人によっては面倒くさいとか、細かいとかいうけどもね」
「そうかもしれないけども、何かを受け継ぐっていうのはそんなもんじゃないかな」
「そう…」
「うん、私は剣士じゃないけども、人の引き継ぎは経験したことがあるし、相手のことを考えて、引き継ぎ方を決めるのはわりと当たり前にあるんだよね、私の仕事って」
「前にもそういう話してたよね、ほら忙しくなったときに」
「ああ、あの時はね、引き継ぎにもよるんだけども、相手が残してほしいことを残しますから任せてくださいっていっても、上手く行かないこともあるんだよ」
「えっ?なんで?いや、その人にはいろんな考えがあるんだとは思うんだけどもさ、君だったら間違いなくその約束は守るでしょ」
「そうだね、守ることが前提で、人から見たら面倒くさい言い回しとかしてたんだけどもね、結局そこはダメだったし」
「それだと、全部やって来たことが無駄になるんじゃないの?」
「大丈夫、そこがダメでも、不思議なことに他で活きたりするというか、あなたのところみたいに、なんでかそれまでに用意してきたことが没になって、やってられないなっていう時に限って、同じように困っているところがあるから、そこに使って、やっぱり用意したことが無駄ではなかったんだなってわかって終わらせるんだよ」
「俺はそれだったのか」
「うん、それだったね」
参拝の番が来るので、お金を準備し、そのままお参り、そして列を離れる。
「何をお参りしたの?」
「そういうのって人に言っていいんだっけ」
「そうだった」
「まあ、気になるのはわかるけどもね」
そこでふと…
「あっ、ここって境内で武術の奉納も行われているところなんだね」
貼り出されたものを見る。
「本当だね」
「そちらは試合とか、大捕物とか近々控えている感じ?」
「大捕物は何とも、あれはいきなり行われて、召集かかったりするから、試合方面は定例会とかそういうのかな」
「ちょっと待ってて」
そういっておみくじやお守りの売り場にかけよって。
「すいません、大会に出られる人とか、身の安全を守るのとかはどういうのが…」
「ああ、それでしたら」
いくつか候補をあげられて。
「何を選んでくれているわけ?」
「勝てなくてもいいから怪我してほしくはないなって」
「それは俺からすると複雑な言い方だな、気持ちはわかるけどもさ」
「ではこれをください」

『無事完走』

と刺繍が施されたお守りである。
「マラソンっぽい」
「でも無事帰るとか、必勝祈願は私からするとなんか違うんで、まっ、そっちの好みはあるから、私の気持ちってことで」
「ありがとうね」
そこから最寄りの駅まで送ってくれて別れたのである。

この返信には答えないで、俺が勝手に書き込むからと前置きがあった。
「あれからなんか変なことあった?」
「あったら言ってね、また切るから」
「あの時、俺が切ったところあるじゃん、実は見に行ったら、誰かがミント植えていたんで、ミントが滅茶苦茶生えていた」
「これ、ある意味正しい対処なんだよね」
「どういうことかっていうと、植物ってさ、生きることに貪欲だから、糧になるものは容赦なく糧にするんだよ」
「だからミントで正解っていうか」
「あの顔が落ちたところから、見ようによっては人に土を被せたぐらいの段差はついてたからさ」
「もちろん君は行かないでね」
「見たいかもしれないけどもさ」
そこで終わった後、既読したら次の日には消えていた。
そしてまるでなかったかのように。
「つけてみた」
そういってお守りをぶら下げた納剣入れの写真が送られてくる。
「いいんですか?そういうのつけちゃって」
「いいの、いいの、こうしておけば何があっても問題なく帰ってこれそうじゃん」
「いえ、そうではなくてですね、下げたらなんか言われました?」
「彼女できたの?って聞かれた」
「意中に勘違いされても知りませんよ」
そのときはそこで終わった。

「昨日はありがとうね」
「なんかしました?」
「お客さんがさ…」
「ああ、あれですか、私はお膳立てしたまでですから、お客さんが選んだのはあなたの実力だと思いますよ」
「ありがとう」
「いえいえ、そちらもお忙しいようですから、どうかお気をつけて」
「近いうち、ちょっと時間作らない?俺も作るから」
「いいですが、とりあえずそちらが忙しい最中はやめてくださいね」
「そこはわかってるよ」
「では、油断して怪我とかしませんように」
「頑張る!」


「誰と連絡しているのか、お前はすごくわかりやすいんだな」
「そう?」
「だって態度が違いすぎる、んでもってチョロいと思うから、気を付けろよ」
「彼女はそんな人ではないよ」
「仕事で世話になっている人だから、それはこっちもわかってるよ、わかった上で言ってるの、お前が浮かれすぎてるから」
「そうね…」
「彼氏とか向こうはいないんだよな」
「いない、それは確認したし、気配を感じない」
優れた剣士による気配探知は並の人間は見逃しません。
「そこまではやるなよ」
「でも彼女、呪われてたんで」
「えっ?そうなの?」
「逆恨みですかね、それって自業自得だろうし、なんで彼女に向かってきたの?っていうやつだったんで、俺でも切れたんですよ」
「それ切るのも大変なんだがな、良かったじゃん、お前が稽古しすぎだろあいつとか言われている時間が実ったじゃん」
「誉められたきはしませんが、ありがとうございます」
「切ったら何が落ちたんだ?」
「男の顔、面でしたね」
「彼女は見覚えは?」
「ないと、ただ親族であると思われるとは」
「ああ、それは面倒くさいやつだな、場合によっては切れないこともあるし、う~ん」
「どうしましたか?」
「ああいうのってさ、なかなか表にでないんだよ、呪われているのはわかる、わかるが潜んでいる、染み付いているから、姿を現すことはないんだ、お前がわかって切れるということは、もしも良ければ、彼女さんにしばらくは善行、人に善いと思うことを積ませてあげるといいとは思う」
「あるときまで積ませるっていうあれめすか」
「うん、終わりのないマラソンかもしれないが、ああいうのはやっぱり気になるからな」
「わかりました、伝えておきます」
そういって伝えると、彼女はわかりましたと言って、生活を少し変えてきたと言う。
そして彼が今日は道場の大掃除というと、あるときから手伝いも始めてくれた。
「いいの?」
と聞くと。
「あれからやっぱりなんか起きたら怖いなって思って、生活変えたんで、ここなら何かあっても対象が…まあ、そう思わせてください」
彼女の明るさに、あれは影を落としたようだ。
「どっか行くの我慢しているところあったら言ってね、俺が付き添うから」
「いえ、そこまでは、近所でみんな揃えられてはいますし」
でも前よりかは生活費が上がってしまったらしい。
「俺、買い物下手だからさ、今度買い物に付き合ってくれない」
というと、同門が。
「ソウナンスヨ、コイツカイモノヘタナンスヨ」
とフォローした。
その後で。
「一緒に行くのは決まったが、さっきのあの演技なんなの?棒過ぎるというか、わざとらしすぎるというか」
「でも効果あっただろう?」
「はい、今度近所の定食屋でランチぐらいはおごります」
「あざっす」

バッ!
時計を見ると、早朝なのだが、そのまま起き出した。
今日は一緒にお買い物の日、恋愛慣れてないせいか、あんなこと、こんなことがないものか思い浮かべながら、鏡の前で着替えをするのだが、フッフッフッと笑いがこぼれていたらしく。


「今、考えると、私は大変浮かれておりました」
「そんなに楽しみにしてたの?」
正式に付き合うことになって、付き合うまでの何気ない話を改めてした。
「そりゃあね、大好きだからしょうがないよね」
ニコッと笑いながらそういった。
「あなたは意外とキザなのね」
「そう?」
「気づいてないのかもしれないけども、だから彼女がいるんだと思ってましたし、そう思ってミントの話が始まる前は接してましたよ」
「マジかよ」
「ええ、だから楽しいんだけども、このままじゃなんか悪いことになると思って、他の人に誰かを紹介してもらおうと」
「俺、セーフ、君が誰かと付き合って、楽しそうにしているのを見たら、ショック受けていると思う」
「そんなにですか?」
「そんなにだよ、誰よ!その男!ってなよ」
「剣士って嫉妬深いっていいますもんね」
「そういう話は事欠かないからな」
「あなたに切られるなら悪くない」
「それはどういう意味で?」
「どういう意味なんだろう、自分でもわからないけども、言葉出ましたね。…たぶん前に助けてもらったあの時に、自分の深くに繋がったものを切られた感触があったから、そこかな」
「あれ、そこまで根深かったのか、あれから何もない?」
「なんかあったら、また切ってもらおうかなっては思うけども」
「いや、ああいうのは一人一太刀で、次は別の人にやってもらった方がいいんだよね、もしもの場合は俺がやるけどもさ」
「そういうものなんですか」
「ああいったものへの対処方法、勉強もしておいた方がいいかもしれないね」
その話の以後、彼女はこちらの世界に多少詳しくなることを決めたそうだし、彼とは仲良くやっているそうだ。



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