浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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本日はどうしましょうか?

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暖かいところに通されると、ああ、自分は今までというか、最近は寒いところにいたのだなと思うというか、わかってしまう。
そんな自己嫌悪は、自分の姿が鏡に写ると、さらに増す。
鏡に写るのは、伸びて邪魔になってもそのままにしている髪と、固く伸びた髭のおっさんである。
「タオル失礼します」
風呂は先ほど入ったものの小汚ない自分に、蘆根さんは蒸しタオルを用意し、それを顔に巻いてくれた。
ほっとする、本当、清潔な匂いといえばいいのだろうか、縁遠いものを久しぶりに感じた。
「どうします?髭は揃えますか?それとも剃りますか?」
「えっ?」
「せっかくだから、こういう時こそもありですよ」
正直こんな事を言われるとは思わなかったが。
「そりゃあさ、前だったらさ、年相応にとか髭を整えてあったかもしれないけども、次は…あぁ」
先が見えないのを自分でいったら気づいてしまった。
「とりあえずさっぱりさせてくれるといいかな」
「はい!」
蘆根さんもそうだし、KCJの人たちもやれることは本当にやってくれているんだよな。
ミートパイ美味しかったです、肉汁って人を癒すね。
シュ
髭なんて明日には伸びちゃうんだぜ、それを俺は剃れないんだ。
もっとさ、蘆根さんもさ、手を抜いてくれればいいのに…いや、それは蘆根さんに失礼だ。
この人はそれだけはしない人じゃないか。
「お客さんは化粧水とかにはこだわりがありますか?」
「いや、ないよ」
こんな生活もしているし。
「もち肌生活っていう化粧水を今、シェービングで使ってて」
なんでも蘆根の独断と偏見で、うわ、これ何店でも使ってみたい!と好奇心がウキウキらしい。
「ただ今まで使っている店のものがあるから、なかなか新製品を使う機会なくて」
「そのお試しにだったら、僕でいいなら使ってよ」
「いいんですか?」
「こっちは選ぶほど余裕ないですし」
「変な話ですけどもね、お金がないときほどこだわりって、けっこう大事になるんですよ」
「えっ?そうなの?」
「俺の話も参考になるかはわかりませんけども、この仕事って一人前になるまでにお金がかかるというか、結構大変なんですよ」
「へぇ」
「それを乗り越えれるかみたいな壁があって、俺はね、当時彼女がいて、まあ、結婚とかも考えてましたよ、その時の彼女に随分助けられたというか、手綱握られてましたが、それで正解でした、はい、恥ずかしい俺の話ですが」
「そんな彼女となんで別れたの」
「俺って結構追求しちゃうんですが、彼女も理解というか似たところがありましてね」
絶対に譲れない一線がぶつかってから、疎遠になった。
「なんだ別れたんだろ?っていう感じで別れたので、ショックはその時ではなくて、向こうに相手ができたっていうのを風の噂で聞いたときかな、あっ、俺…終わってたのかと、まだどっかで戻れると、そしたら仕事しかねえと」
その時の蘆根は、長年連れ添ったおかみさんを亡くしたタモツにも心配されるぐらいであった。
「あれから、見合いの話は来たりはするんだけどもな」
「先輩に来るお見合いって、裏の事情がよく見えるようなのしか来なくて」
結婚させてみたいからに始まって奴から、は?という信じられないものまで選り取りみどり!
「蘆根に来る前に誰かがそれはないって言うやつだな」
おいちょっと待て、なんだこれは!
変な話が来ると、蘆根が浜薔薇を継ぐの賛成派の方がやってきます。
「何回もいったよね、蘆根くんに変な話を持ってくるなって、次は注意で済まないよって」
それでもヘラヘラして、問題ないよという顔で返したところ。
「無用なトラブルを防止するために警告を出したはずなのだが、わかってもらえなくて残念だ」
ため息をついてから店を出ていった。
そして…
「あれからどうなったのか知ってます?」
「知らねえな、そういえばあいつの顔も最近見かけなくなったが」
カランカラン
店に来客があり、傑が出迎えると、それは噂の関係者の一人で。
「本日はどうしましょうか?」
「髪はこの次に、今回はご報告も兼ねまして」
菓子折を持ってきた人間は、この間のお見合いの話を持ってきた人間にはキツく釘を刺しましたから、あの人からは今後持ってくることはないということ。
もしもその人が来たら、また他の人間が蘆根にお見合いを持ってきたら、面倒でも知らせてくれないかという話であった。
「…」
「おっかねえのを怒らせちまったな」
「あれ?誰か来てたんですか?」
「ああ、先輩、今お客さんがお菓子を」
「ええ、旨そうじゃん、タモツ先生も傑もおやつにしようぜ!」
知らぬが花というのはこういうことをいうのかもしれない。
お客さんに使用するタオルを洗うために、蘆根は店内用の洗濯機を回し始めた。
ここ洗濯機も蘆根のお気に入りである。
「家にも同じのほしいんだよな」
「それだと工事しなきゃダメですし」
「そうなんだよな、でもな、ガス式の乾燥機とかあると便利だよな」
「いつも誰かいるならいいけども、いねえのならば洗濯物乾かすのは寒いとちょっと大変だな」
「そうなんですよね」
そういって蘆根はお茶を飲みながら家電のチラシを見始めた。

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