浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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出張しまーす!

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本日は浜薔薇はお休みの日である。
カット椅子に猫のイツモが座っているので、衛生的にどうなんだ?と思われる方もいるでしょう。
しかしこの椅子は撮影用である。
そう、ホムペや宣伝のためにイツモの写真を撮影しまくるために用意されたもの!
そして、お店の方は現在業者さんのお掃除が入っております。
つまりここは蘆根(ろこん)宅のガレージである。
仕事柄あまり出掛けることが出来ない蘆根は、DIYの腕も年々上がり、そのうち家を自分で建ててみたい、キットハウスなんてどうだろうか?と思っているぐらいらしく、そのせいで浜薔薇に置いてある本はそういったものも多い。
「おとなしくな~」
蘆根はイツモの耳をめくる、猫の耳は人間のように竹ではなく、掃除用のコットンを指に巻いて拭き取っている。
ケットシーなる特殊な個体であるイツモは病気にも強く、寿命も普通の猫より長い。
「こんにちは」
尾花少年がやってきた。
「イツモ、こんにちは!」
挨拶をしても、イツモはそのままである。
「相変わらず」
「そうなんだよな、マイペースだな」
「でもこんなにおとなしいなら、写真を撮影するのも楽そう」
「と思うだろ?」
「違うんですか?」
「試しにスマホを向けるとわかる」
「じゃ」
そういって鞄からスマホを取り出して、カメラモードにしてから、イツモを撮影しようとすると視界から消えている。
「なっ!これなんだわ」
「これだと、どうやって撮影するんですか?」
「いや、実はもう一つ、イツモはカメラに対して反応することがあるから、それを使うんだ」
そういって飼い主である蘆根がスマホを向けると。
がっ!
イツモは飛び出してきた。
「えっ?これなら簡単に撮れるんじゃ」
「イツモ、レンズはやめてくれ!」
蘆根がガードしてカメラを守っている。
「こうなるから、俺が何とかしているうちに撮影してほしいんだ」
「わかりました!!!」
そこで撮影できるだけする。
フイ!
飽きたイツモがどこかに行くまでそれは続いた。
「どうだ?」
「後頭部とか、背中ですね、ほとんど」
「こっちは耳だな」
写真の確認するが、成功とは程遠かった。
「まあ、こんなもんだろう、出来るだけ頑張って撮影して行こうか」
「ですね」
すると夜になってから、裏に住んでいるワンコ、フェカリスの飼い主から写真が送られてきた。
フェカリスをホカペ代わりにして寛いでいるイツモの香箱座りや、ぐっすりと寝て、夢でも見ているのかなんでか泳いでいるように足を動かしている写真が来た。
悔しかったが、そこは大人なので写真を宣伝用に使っていいかと許可を取った。

次の日
本日は出張である。
メインは耳かき、道具はばっちりであった。
「なかなかあいつもこっちに来れなくなったみたいだから、運転よろしく頼むわ」
助手席にタモツを乗せて、出発!
「やっぱり今の時期って忙しいんですか?」
「そりゃあ、収穫期だからな」
お客さんは農家で、その庭先にテントを張って、臨時のお店をこしらえる。
「今年もいい出来だな」
馴染みのお客さんとタモツは話している。
このお客さん一家以外も、近所の人がついでにやってもらうかなと来るそうだ。
浜薔薇が用意したお店のテントは、防災も兼ねて用意したもの。
タモツ先生時代にはなかったもので、これを初めてタモツが見たときは、便利になったものだななんて驚いていた。
洗髪して、髪を切って、乾かして…
「えっ?髭も剃ってもらえるのかい?」
「耳も掃除しますよ」
宣伝用の旗も実は作ったので、それを農家の門の前に置かせてもらうと、すぐにお客さんから反応があった。
「そいつはいいな」
「はい、ええっと…」
予約してもらうかと思ったら。
「俺も働くから、良ければすぐにやっててよ」
タモツがそういったので、その新規のお客さんの相手をする。
「本当に理容室になっているんだ」
へぇ~とテントの中を見て驚いていた。
ちゃんと椅子もアウトドアで使うものだが、カット椅子として使えるものを選んでいる。
「どうぞ、こちらへ、髭剃りと耳掃除でいいですかね」
「それと前髪揃えてくれれば」
「はい、わかりました」
前髪はこんな風にとこだわりがあるらしく、それに合わせてカットしていく。
「うん、そんな感じ」
「お髭の方は?」
「さっぱりで、お任せします、耳掃除も」
「はい」
昼前なので、こちらのご家族の方がお昼も準備しますといってくれていたのだが、外から豚汁の匂いがしてきた。
蒸しタオルを乗せて、毛穴を開かせた後は、モコモコな濃密な泡をまんべんなく広げる。
この泡はお店では出してはいない、出張限定の泡である。
いわゆる肌質を問わない万人向けであり、肌に優しい。
お店のこだわりシェービングとはまた違ったスタイルなのも、出張浜薔薇での特徴である。
「深剃りも好きなんだけども、なかなかいいね」
「お店だと、そうですね、お客さんの肌だと、泡パックしてからシェービングなんてどうでしょうかね、さっぱりしますよ」
「それじゃあ、今度お店行かせてもらうよ」
そして耳かきも金属製のものを使う、これは消毒しやすいということで選んだものだ。
使う前は人肌に温める。
耳の中と温度差があると、人は驚いて動いてしまうものだ。
それを防ぐために、温度管理は徹底していた。
金属のため、竹よりも扱いは優しく。
転がすように、このぐらいの力加減で垢は削り取ることができる。
ポロ
これ以上強くやると、耳の中は傷つくので無理はしない。
コリコリ…
気持ちいいのか、瞼を閉じて、耳の中から聞こえてくる音を堪能しているようだ。
ガサリ!
そこで大物の気配である。
慌てて追うとろくなことはない、一息入れてから、再度アタック。
(おお…)
サジが耳垢を引きずり出すことに成功した。
やはりここまで大きいものが来ると気持ちもいいもので、欲も出てくるのだが。
ジッ…
タモツの視線で我に返った。
(いけない、いけない、調子に乗るところだった)
気持ちをもう一度落ち着かせてから、再開する。
このお客さんはしばらく耳かきをしてなかったようで、パラパラと大きい欠片がドンドンととれていく。
ある程度取れると、取りきらないでこの辺で綿棒にバトンタッチ。
綿棒の色が変わっていく、何回も取り替えて、汚れがつかなくなったところで、耳の後ろをローションで拭き取って、反対の耳へ。
「汚れているかい?」
「やりがいがある状態です」
覗き込みながら蘆根が言うと、お客さんは笑っていた。
何しろ蘆根は耳掃除となると、それまでとは違って鋭い目をして、耳の中を覗きこみ、本当にひたすら耳かきをするのだから。
「だって耳ですからね」
「それにしてもさ」
「うちの弟子は真面目な奴なんですよ、お客さん」
「なるほど、いい弟子を持ったね、オヤジさん」
「その弟子が育つのが余生の楽しみですからね」
「兄さん、その姿勢は大事にしなよ」
「はい、ありがとうございます」
タモツはあまり誉めることはないタイプであるので。
(出張初めて良かったわ)
蘆根は凄くいい気分でその後も仕事した。


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