浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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響きが悪い

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浜薔薇という名前は、元々タモツ先生が勤めていたところからと…
「死んだカミさんが好きだったからな」
そんなことを前にポツリと言っていた。

「蘆根さん、今日もお願いするわ」
ブログで紹介される以前から通っている、数少ないお客の一人町田さんである。
「相変わらず仕事が忙しいようで」
「そうね、投げ出したくなるわ」
気分転換にこの店を選んでくれてるようで。
(こういうのっていいよな)
町田さんは蘆根の腕を認めているので、基本的にはこの予算内でお任せで、しかも平日の他にお客さんがいない時に来るからゆっくりできる。
「ブラシも持ってきたわよ」
そういって町田さんは自分の柔らかい髪に合うブラシを蘆根に渡してきた、この店で彼女が買ったもので、きちんと愛用し、手入れもしているので、新品のものとは違い、エイジングでいい感じの色合いになりつつある。
(相変わらずいいお客さんだな)
このブラシも蘆根のこだわりがつまっている。
プラスチックのブラシだと静電気が発生してしまい、特に町田の髪質にはあまり良くない。
「ブラッシングしたり、ブラシの手入れをしたりする時間は無になれるのよね」
「お疲れ様でーす」
そういって蘆根はブラシを町田の髪にかけ始めた。
ちゃんとといているので、櫛通りもいい。
「でも自分の使ってたシャンプーが廃盤になったら、あんなに苦労するとは思わなかったわ」
そこからシャンプーを求めて色々試す旅が始まった。
「これを切ってくださいって言われたら、すごい困りましたよ」
あまりにも荒れて、それを切らなければならない、だがベリーショート…より短いとな。
「でも切るしかないじゃないところまで行ってたし」
「そうなんですよね」
それで近くで行ける範囲の美容院や理容なども歩き回ったそうだ。
そうやってたどり着いたのが浜薔薇、値段は通える値段でありながら。
「ブラシをつけますか?って言われたときはやっぱり驚いたわ」
「でしょうね、でも手入れできるだろうなっていう人にしか言わないし、けど結構断られますからね」
もう手入れしているものがあるから、それ以上になるとしんどいと。
しゃしゃしゃ
「やっぱり疲れてる?」
「そうですね、頭皮が固いかな、ヘアオイルをつけて、マッサージもしますよ」
ヘアオイルマッサージ、シャンプーブローがついてこちらは3500円になっております。
「その前に、先にマッサージしてやんな」
タモツがいつの間にか後ろに来てそう言った。
「あっ、はい」
「俺がそこはちょっとやるから」
「お願いします」
先生が一言入ると、ピリリと蘆根は引き締まった。
「こちらに来てもらえるかい?」
マッサージ台の上に町田さんはうつ伏せになった。
「町田のお嬢さん、あんたの体は今はストレスでいっぱいだ」
トン
肩甲骨の間を軽くトンと叩く。
「思った以上だな」
「えっ、これでわかるんですか?」
「響きが悪い、同じようにしてみな」
トン
(わからない)
「最初はそんなもんだ、んでこう今みたいな強さで」
トントントントン
「叩いていく、こいつは強敵だな」
そういってリズミカルに叩くが、この動作を一分やるのでもしんどいところを、長年動きが染み付いているのか、その凝りが取れるまで叩ききり、そこで擦って確かめて。
「よし、こんなもんだろう、後は任せた」
「はい、わかりました!」
「蘆根さん、タモツさんはやっぱりすごいね」
「どうしたんです?」
「ストレス溜め込んでいたんだなって、なんかこう、溜まったものが出てきて、ストレスの原因になった人を許さんってなってきたもん」
「許さん!って」
「さっきまでそんなことを考えてなかったんだけども、なんか反論する元気が出てきた」
これだけでも仕事に戻れそうとか言われたのだが。
「あっ、ごめんなさい」
蘆根は俺はもっと腕あげなきゃなって困った顔をした。
「蘆根さん、髪をお願い、シャンプー、シャンプー!」
「そうでしたね」
お湯でしっかりと洗う、ブラッシングもしているので、汚れも浮き上がって来やすい。
シャンプーをチュウ!
シャカシャカ
大きな手で洗うが、力加減は普段より抑えている。
男性だったら、もっと強くしてよと言われるぐらい抑えないと痛い。
修行した店では女性と子供のお客さんは少なかったので、浜薔薇に来てからどうやっていくかを考えていった。
それこそ、指ひとつ、瞼を押さえるときに痛いと言われたこともある。
その時の練習法は何かと言うと、猫のブラッシングなどであった。
現在飼っている猫のイツモはそのブラッシングやマッサージの練習台になっている、そのためにマッサージ好きからは猫になりたいとさえ思われていた。
何しろ猫ならば、イヤだったら遠慮はしない。
「あっ」
練習中に普通にいなくなる。
そんな猫をおとなしく、爆睡させるのをいつしか目標として、マッサージしていくと。
自然とお客さんにもどうあるべきかわかってくるのである。
オイルをつけて、マッサージ。
ぐわっし!と頭をつかんでいるように見えるが、指がある部分は、町田さんが疲れている部分に対応するツボ。
(疲れ目…肩、内臓もか)
部分的には頭皮なのでちょっとづつほぐしていくしかない。
目を閉じて、指先の違いを感じとりにいく。
先ほどタモツがおこなっていたように…
一方町田の方はというと。
(なんでそんなところがツボなのかはわからないけども、押されていくうちに眠くなるのよね)
そういってあくびをした。
タモツが活を入れたのならば、こちらはリラックスの時間である。
カクン
寝落ちした。
すると、背もたれに頭を置いて、次の作業に移る。
耳かきである。
椅子を持ってきて、そこに座り、ピンで髪を止めてから、耳掃除を始めた。
浜薔薇では竹の耳かきを使っている、一度作っていた職人さんが廃業するといって、今の職人さんになってからはずっとお世話になっていた。
パリ
耳の外側は乾燥した平べったい垢が取れる。
パリパリ…
それをきちんと剥がしたのならば、今使っている穴用の耳かきに変える。
町田さんは常連なので、今回も難なく耳かきが出来るであろう。
コリ
ん?と思った。
そこで耳かきを取り出してみると、薄皮のようなものが出てきた。
これはもしかしたら…とその周囲を探ってみると…
ゴロッとした耳垢が乗った。
色は変わってはいないので、それならばとそのまま自分ではやりにくい、天井などはどうなっているのかと、掘り進めると。
バリ
かさぶたようなものがとれた。
(季節の変わり目とかだとあるんだよな)
季節の変わり目は耳の中でも感じることが出来る、それこそ、人によっては毛が猫のように生え変わるのか、抜け落ちて、垢と毛の比率がおかしい時がある。
耳の中用のカミソリである穴刀無しでここまでであるので、人体というのは面白いものだなと。
この間の夏のこと、熱中症をやらかしたお客さんがいうには。
「なんかさ、耳の中がその時おかしかったんだよ」
乾燥タイプの耳をしていた人が、ベトベトになっておかしいな、おなしいなと、それで熱中症ですといわれて、養生した後に、耳掃除を自分でしたら乾燥に戻っていたと。
その話を聞いてから、何時とは何か違うも気にしたいと思った。
(鼓膜も見えているな)
町田の耳はまっすぐなので、綺麗にするとよく見える。
それじゃあと、カミソリで手前側を剃り、綿棒で毛を取り除く、球体に髪や垢がつかなくなったところで、反対の耳へ。
同じ人の耳でも、どちらも同じというわけでもない。
(町田さんは左耳は多少見辛いんだよな)
そういって、穴を押さえて、奥まで見えるようにすると、あるある、垢が鎮座している。
鎮座の主をそのまま落としにいく、なかなか抵抗をする。
かちゃり
ピンセットの出番。
主のそばまで近づけて、そこで開いて捕まえる、多少抵抗するも。
ペリペリペリ
主は山のように耳の中に起伏を作り、ピンセットで捕まれると裾野まで一気にとれた。
ティッシュの上にトン!
なかなかの大物である。
大物はこれ一つだったので、後は細かいのを拾い上げ、カミソリで剃り、綿棒できれいにする。
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
「いえいえ、今度来るときまでにはまた腕を磨いておきます」
「たぶん、近いうちにまたきます」
真顔で言われた、本当に今忙しいようだ。
片付けた後に、先ほどの復習、問題点をメモした後に。
「先生、昼どうします?」
「適当でいいよ」
と答えたので、近所の魚屋さんが経営している惣菜店に本日のおすすめを注文した。




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