浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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蒸らしの時間は五分伸ばしておけ

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この辺は古くから住む人たちしかいないような住宅街だ。
空き家も多いようで、ポストにガムテープが貼られていたり、庭木の手入れもされてなかったり閑散としている。
しかし、こういうところにもコンビニというのは進出してきており、その近くには観光のブログ、そのブログは結構人気が高いもので紹介された、マッサージと耳かきがすごい店がある。
「蘆根(ろこん)俺は庭にいるから、何かあったら呼んでくれ」
「はーい」
主人はタモツといって偏屈であるが腕は高く、昔はホテルに務めていて、その関係で続いている客が今でもいるぐらいである。
そしてそのタモツの技術を学ぼうと、押し掛けてきた男が蘆根というわけであった。
街でもここはかなり地価が安い地域なので、繁盛しているようには見えなくてもやっていけるのである。
(まあ、一度絡んだのはいたからな)
こんな店、畳んだらどうですか?
そんなことをいい始めた人がいたので、契約している警備会社に連絡したという。
さすがにそういうことをしているとは思わなかったようで、冗談ですよといったのだが。
防犯カメラの映像を警備会社に渡して、報告だけ聞いた。
「私、そんなこと言いましたっけ?っていいまして、覚えてないなら、運転免許お持ちでしたよね?とまあ、しらばっくれるなら危険運転、免許返納の線で持っていこうとしました」
「こういっちゃなんだけど…勝てると思ったんだろうな」
「それは浅はかな考えですね」
対処に慣れた警備に丸投げ対処で正解であった。
「さて、もうそろそろかな」
休み前のこの時間になると、必ずやってくるお客のためにタオルの準備をする。
「来たぞ!」
「お待ちしてました」
この店の、最近できた常連客は休み前のこの時間になると必ずフルコースを頼みに来る。
「タモ爺は?」
「ああ、庭ですよ」
今はタモツは気まぐれでしか仕事を取らないのだが、その気まぐれが起きてくれないかと正里(しようり)さんは期待しているのだ。
「やっぱりね、一回倒れたとき、自分でもショックだったみたいでね」
店を閉めることにした。
「っていきなり言われたときはやっぱりビックリしましたよ」
その時蘆根は他の店にはいたのだが、タモツを知るきっかけは、独立のため、そこで勉強したいと腕がいい人の元に通って、技術を身に付けるべきという勉強法を聞いた、そこで当代の凄腕の一人がタモツであった。
「住んでいる所から近かったのも大きいですね、お金とか無限にあるなら、それこそ、全国回ってみたいとか思いましたけども」
「宝くじ当たらないと無理だな」
「それも一回じゃたぶん無理っすわ」
計算したらいくらかかるかわからないになったので、細かい計算はやめた。
「髪を整えて、ひげ剃りと耳かきでいいですか?」
「ああ、それこそ、いつものだ」
「はい」
正里は自分でももちろんひげ剃りや耳かきもやるのだが。
「身なりを気を付けなくてもいいならばやらないような人間だからな、自分でやってると甘いというか、抜ける時がある」
ひげ剃りをしてたら、一部分だけ剃り残したのが職場についてからわかった。
「トイレ出て、手を洗う時に鏡見たら、さ~って血の気が引いたな」
急いでコンビニにいって、買い物して、そのままひげを剃った。
「タオル失礼します」
蒸しタオルを顔の上に乗せると、目がトロンとなっていく。
もうやることがない、されるがままの状態。すると睡魔が襲ってきて、カクンと落ちていった。
(正里さん、最近お疲れなんだよな)
体力どころか気を使っているのがよくわかる。
だからこそ、せめてここにいるときは癒されてほしいものである。
シャシャシャ
泡を立てると、タオルを剥ぎ取り、泡を額の上に乗せてから、伸ばしていく。
塗り終わると、タオルで再び巻いて、しばらく置いた。
「あっ、タモツ先生」
「やっぱり今日も正里の奴来てたか」
「ええ、今はぐっすりですよ」
「最近は寒くなってきたから、蒸らしの時間五分伸ばしておけ」
「はい!」
そこでタモツは白衣に着替えてきた。
「なんでも勉強だ、よく見ておけ」
そういってタモツは今も毎日メンテナンスを忘れない、自分のカミソリの準備を始めた。
何十年にも渡って使い続けたために、新品のものと比べると、かなり小さくなっている。
「俺は爺になっちまったからよ、このぐらい軽くねえと重くてな」
等といってはいるが、カミソリを持つと、凄みを感じさせる。
蒸らしの時間を長くするのは、毛根の皮脂が寒くなると白く詰まり、それを取り除くためでもあった。
「正里は、家じゃそこまで丁寧にしないだろうからよ」
毎週必ず来るからこそ、生活に合わせた気遣いをこうして入れる、そこがタモツの職人技でもあった。
「じゃあ、行くぜ」
タオルをはずして、カミソリを走らせる。
タモツの剃刀は天女の一撫でとも称されるほど気持ちよく、実際にこの店はシェービングや耳かき、マッサージだけのためにやってくるお客も多い。
まぶたの上や小鼻なんかは曲線のため、カミソリで剃るのは難しいが、カミソリを使っているとは思えないぐらい、軽やかに剃りあげ、カミソリについた泡は細かい髭が黒く刺さっている。
「耳かきも先にやっちまうからな」
いつもはカットしてからなのだが、耳かきをタモツがやるというのならば、やってもらった方がいいだろう。
「耳の中が岸壁みたいになってやがる」
正里の耳の中は竹の耳かきでは、苦戦するぐらい固めの垢がへばりついていたりする。
しかし形状は細い耳かきでなければ、入り込めないほどの難所であった。
それなら金属のを使えばいいと思うだろうが、金属だと場所的に耳の中を傷つけてしまう。
つまり職人が作った細い耳かきを使い潰さなければ、この耳は綺麗にはならない。
そういう意味では耳掃除しにくい耳である。
じゃあ、この店ではどうやるか。
「ここで技も見せるし、心意気も見せるのよ」
職人の耳かきを使い潰す覚悟をし、また培ってきた物で対応する。
ガリガリ
力を入れてないのに、竹の耳かきが当たる音がこれであった。
ゴロン
そして取れるものが、この垢には見えないような、使い込んだ手に出来る豆のような固さをしたものである。
「…あるな」
タモツはそう呟いて、耳の奥に耳かきを入れ、しばらくすると。
ドーナツのように中心に穴が開いた垢を取り出した。
「詰まる寸前だったな、ああ、蘆根、お前のせいじゃいからな、こいつの耳の癖のせいよ、垢が穴を塞いで悪さするところだったようだ」
その後、左耳もでかいのをバンバン取り出して、耳かきは終わり。
カットしようと、椅子を戻そうとしたときに正里は起きた。
「正里さん、タモツ先生が今日は髭と耳かきやったんですよ」
「うわ、マジか、起きてられんかったわ」
「たぶん起きても、寝落ちしちゃいますよ」
「それは確かに」
カットもすきバサミを入れて、軽くして無事に終わる。
「いい男になったじゃねえか」
「タモ爺、また来るから、腕鈍らせるなよ」
「誰に物をいってんだ」
「じゃあ、待たな」
「ありがとうございました」
店が終わってから、部屋に戻ってチェックしていることがある。
この店に新しいお客さんが来るようになったきっかけ、「コニーのおすすめ」という地域のブログでを覗きに行くことだ。
このコニーさんは、本名が小西さんというのだが、地域の話題の店を網羅しているといっても過言ではなかった。
実際に蘆根もラーメンなどのグルメに関しては、ここを参考にしてから行ってみるかと決めていたりするぐらいだし、そういうタイプの来客がバカにならない人数になってきたので、チェックを欠かさない。
タモツが気まぐれである限り、主力はやはり自分なのである。
「さて、どうにかしなくちゃな」
そこに飼い猫のイツモがにゃーん!とやって来た。
「猫ブログ始めるとかになるのか?」
それもこれからじっくりと考えていくことにしようか。
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