ラビリンス~悪意の迷宮~

緑ノ革

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すーちゃん

すーちゃん4

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 このまま後ろを向いて、来た道を戻るのが正解ではないか? ドアを閉めて逃げたなら、逃げ切れるのではないか? すーちゃんは、すごく早いかもしれない、逃げ切れるのか?

 そんな思考が一秒とかからない内に脳内で行われる。
 すーちゃんは頭を小刻みに動かしながら、口を少しだけ開く。

(今はどうすることもできない、逃げよう!)

 空良はそう思い、逃げ出そうとドアノブを引こうとした。
 しかし。

「きゃー!」

 と、子どもの声がして、空良の動きは止まった。
 いつの間にか、小さな女の子がすーちゃんの近くに立っている。
 彼女はすーちゃんを見上げながら泣いているようだった。

(子ども?! いつの間に?)

 空良がそう思っていると、すーちゃんが女の子の方に向いて、大きな手を女の子の方に伸ばす。
 女の子は逃げようとしたが、足をもつれさせて転んでしまった。

 逃げるか否か。

 そんな思考を吹き飛ばし、空良は駆け出す。
 全速力で女の子に駆け寄り、すーちゃんの手が女の子に触れる前に、女の子を抱き上げて逃げた。

 このままドアの方に……と思う空良の視線の先で、ドアは勝手に閉まってしまった。
 嫌な予感がしたが、空良はとにかくドアの近くまで行き、ドアノブを回す。

 だが、ドアは開かなかった。

「くそ! なんで?!」

 空良が慌てる。
 そんな空良の腕の中で、女の子は鼻をすすり上げた。

「すーちゃん見っけー」

 すーちゃんが笑う。
 その言葉が耳に入った空良は、自分が抱いている女の子へと視線を移す。

 女の子は空良を見上げた。
 その顔には三つの目があり、口は今にも三つに裂けてしまいそうになっている。

 彼女は、化け物のすーちゃんが探している、もう一人のすーちゃんなのだろう。

 空良は女の子を下ろし、そっと自分の後ろへと隠す。

「……俺は空良、君の名前は?」

 女の子に背を向けながら聞くと、女の子は涙を拭いながら口を開く。

「すーちゃんね、すずっていうの」

 女の子、鈴は、頑張って空良に返した。
 空良は少しだけ振り向いて、微笑む。

「そっか、鈴ちゃん、怖いかもしれないけど、大丈夫だからね」

 優しく空良が声を掛けると、鈴は頷いた。
 そんな二人に、すーちゃんはじりじりと近付いて来る。
 長い手で、下半身を引きずりながら、笑い声を口から漏らしていた。

「すーちゃんねぇ、すーちゃん食べるのぉ」

 すーちゃんはそう言って、三つに裂けた口を大きく開く。
 その不気味な姿に、空良の体に冷たい感覚が走る。
 恐怖心はあるが、逃げるわけにもいかない。
 何とかならないかと、空良は必死に考えるが、そうしている内にすーちゃんとの距離は縮まっていく。

「鈴ちゃんを、食わせるもんか」

 声を絞りだし、自分を奮い立たせる。
 そして空良は、地面の土を取り、思い切りすーちゃんの顔に向けて投げつけた。
 土がすーちゃんの顔にかかり、すーちゃんは「やーぁ」と声を上げ、両手で顔を隠す。

 その間に空良は鈴の手を握り、走った。
 真っ直ぐ走り、木の影へと駆け込む。
 鈴を木の方に寄せ、空良はそっとすーちゃんの様子を覗いた。

 すーちゃんは土を払い落とし、周囲を見回す。
 どうやら空良達のことを完全に見失ったらしい。

 とりあえず、大丈夫そうだと、空良はほっと息をついた。

「お兄ちゃん」

 鈴が震える声で言う。
 鈴は恐怖の中で、必死に大きな声が出ないように、気を付けている。
 空良は振り向き、鈴に優しい笑みを見せた。

 怯える鈴の頭に手をぽんと乗せ、軽く撫でる。

「あのね、すーちゃんね、もう痛いのは嫌なの」

 小さな体を震えさせ、鈴は言う。
 その言葉を聞いた空良は、気付いた。

 この鈴という少女も、桜と同じように完全には化け物になっていない存在なのだと。
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