ラビリンス~悪意の迷宮~

緑ノ革

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空想の恐怖

空想の恐怖5

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 怯える空良の前で、マネキン達は静かに立ち続けていた。
 動き出すこともなく、ただ空良の事を見つめている。

 そんなマネキン達の視線を受けて、空良は震えていた。
 体が小刻みに震え、膝がガクガクしている。
 自身の心臓の音がやけに大きく聞こえて、空良の恐怖心が刺激されていた。

「なんだよ……なんなんだよ?」

 空良は呟き、マネキンを見ながらその場に座り込む。
 動かない今のうちにマネキンの群れの中を駆け抜ける事も考えたが、もしも走っている途中でマネキンが動き出したのならばと、悪い事を想像してしまって動けなかった。

 空良は頭を抱え、目をぎゅっと閉じる。

 このまま自分は、死ぬのか。

 そう考えると、恐怖が増していく。
 しかし、そんな中でふと、空良の頭に桜の姿が浮かぶ。
 桜が言ってくれた『私の希望なんだから』という言葉が脳内で再生され、空良は目を見開いた。

 更に、先程の空良の家で、必ず生きて帰り、直接両親に礼を言うと決めた事を思い出す。

(そうだ……俺はこんなところで死んじゃいけないんだ)

 そう思った空良は、ゆっくりと立ち上がり、道を塞ぐ何体ものマネキンを睨んだ。

「お前達は、俺の空想でしか無いんだ! 俺は、生きて帰るんだ! だから、邪魔をしないでくれ!!」

 空良は大きな声で叫ぶ。
 マネキン達は全く動く様子はなかった。

 しん……と、少しの沈黙の後、カタカタ、と小さな音が鳴り出す。

「え?」

 空良が声を漏らすのと同時に、突然地震が起きたかのように床が揺れた。
 かなり大きな縦揺れで、空良は思わず壁に張り付いて倒れないように耐える。
 マネキン達は揺れに負けて倒れていき、中には倒れた衝撃で足や腕が折れたマネキンもいた。

 必死に倒れないように耐えていた空良は、倒れていくマネキンを見つめていた。

 倒れ、壊れていくマネキン達を見ていると、何故だかマネキンが可哀想に思えてしまい、空良は戸惑う。
 そんな空良のことなどお構い無しに揺れは大きくなっていく。

 とうとう立っていられなくなった空良は、マネキン達から目を離してしゃがみ、金網の床に手を着いた。

 その瞬間、突然世界が暗転する。

 先程まで明るかった世界が、完全に光を無くし、自分の手すら見えなくなってしまった。

 とにかく何事も起きない事を祈りながら、明かるくなるのを待つ。
 その間に揺れは小さくなっていき、五数秒ほどで揺れは完全に止まった。

 揺れがおさまった事に、空良はほっと息をつく。
 するとゆっくりと明るさが戻る。

 明るくなると、そこはこの迷宮に来た時とそっくりな景色になっていた。
 白い壁に、白い床、そして淡く緑がかった白い天井がある。
 廊下が真っ直ぐに続いていて、空良の後方にあったハズの扉は無くなっていた。

(……助かったのか?)

 そう思った空良の体から力が抜け、壁に寄りかかる。
 この先どうなるのか、わからない状況は変わらないものの、自分の空想から逃れられた事に心底安心し、空良は深呼吸をした。
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