ラビリンス~悪意の迷宮~

緑ノ革

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逃走

逃走3

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 暫く経って、空良は台座の前に寝転んでいた。

(このまま、この場所にいたら、安全だろうか?)

 空良は出口を求めて歩き続ける自信が持てず、なげやりな考えをしてしまう。
 しかし、それではダメなのだと、頭の中では分かっていた。

 空良が虚ろな瞳で、少し高い位置にある小さな窓を見つめていると、窓の外に何かの影が見える。
 それに気づいた空良の目は、自然とその影が何であるかを探るように凝視した。

 影は大きく長い体をしている。
 長い体で最初に連想したのは蛇だったが、せわしなく動く足が見えて、それが蛇ではないと証明していた。

(……あれは、ムカデ?)

 ぼんやりとする頭で、その影が巨大なムカデの物であると、空良は確信する。

 きっとそのムカデは、百七十ある空良の身長よりも大きいだろう。
 ここに来たばかりの空良だったなら、窓の外にそんな影があれば、怯えて震えあがっていたに違いない。
 しかし、今の空良は落ち着いていた。

 なぜなら、外の化け物は中に入って来ないと確信していたからだ。

 不可解な事が起きる可能性はあるだろうが、外のものがこの台座のある部屋の中に入って来る事はないだろう。

 それが、空良の考えだった。

 その考えが当たっているかのように、ムカデは去っていき、影は無くなった。

 何もいなくなった窓を見ていた空良だったが、それにも疲れてそっと目を閉じる。
 そしてほんの一分ほどの時が流れた時だった。

「こんなところで何をしているの」

 と、声がして空良は目を開ける。
 寝転ぶ空良の前に、麻袋を被った少女が立っている。
 折れて無くなっていた片足は綺麗に治っていた。
 空良は身体を起こし、座ると、少女を見上げる。

「無事……だったんですね」

 安心したようにそう言った空良の声は、水分が足りずに少し掠れていた。

「諦めたの?」

 少女に聞かれ、空良は下を向く。

 確かに、空良の心の中には、諦めるという選択肢もある。
 このまま、いつか訪れるであろう死を受け入れてしまおうかと、そう思っていた。

 しかし、諦めていると口に出すのは嫌だと感じる。
 口に出してしまったら、もう後戻りはできないと、そう思っていた。

「……諦めた、わけじゃ……」

 口ごもりながら空良が返すと、少女は空良の前にしゃがみ、空良と目線の高さを合わせる。
 といっても、麻袋のせいで彼女の視線は分からなかったが、何となく互いの視線は合わさっていると、空良は感じていた。

「ここで死んだ人間は、何度も死に続ける。 私みたいに。 だから、楽になるとは思わないで」

 穏やかな声色で少女は言う。
 それを聞いた空良は、途端に怯えた表情になった。

「何度も、死に続けるって? 一体どういう事なんですか?」

 死んだら全てが終わる。

 そう思っていた空良は、思わず少女に問いかけた。

「そのままの意味。 死んでは生き返って、また化け物達のおもちゃや食料にされて死ぬ、そしてまた生き返る……そういう事」

 それを聞いた瞬間、空良の身体が震える。
 確実な"恐怖"を感じて、空良の視線はゆらゆらと揺れた。

「その度に苦痛を感じて、だんだん身体が変質していく……そして、いつか化け物の仲間入りをするの」

「……は?」

 少女の言葉が理解できない……否、理解したくなくて、空良は少女を見つめる。
 そんな空良の様子に呆れたかのように、少女はため息をついた。

「何度も死んでいくと、最終的には化け物になるの……この迷宮にいる化け物の大半は、元々人間だったもの達だよ」

 その言葉を聞いた空良は、半開きになった口を閉じる事も忘れて、驚きに表情を強ばらせた。
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