俺が幸せになるまでの話

香月七星

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第一章 運命の番

グラディウスの酒場にて  サングイゾーノ

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 人間と獣人、それは非常に似ているが決定的に異なる。数は多いが脆い人間、数は少ないが強靭な体と優れた五感を持つ獣人。同じ地域で暮らしていればお互いが自分たちとは異なるモノだと思い知る事態が起こることも少なくなかったであろう。そうなれば人間と獣人の間に争いが起こるのも必然とも言える。獣人は人間の姿を真似た獣とし奴隷として使役する人間至上主義の宗教国家、獣人のみで結成された実力主義の軍事国家、人間も獣人も平等とする国家など様々な国があり、それぞれが協力しあい、いがみ合い、成り立っている。例えばテネブエラ王国は一応平等としているものの上流貴族はその全てが人間であり兵士は獣人が大多数である。因みにマール帝国は完全に差別なく国を運営している。
 そして人間にはなく獣人にのみとある"機能"がある。それが運命の番というものだ。運命の番というのは出逢えば本能的に理解できると言われている。しかし出逢う確率などゼロに等しく、もしも運命の番と出逢ったのならば余程運が良かったか愛の女神のイタズラか。まぁ、それは娯楽小説で使い古された手垢まみれの都市伝説のようなものだ。

 もっともめったに無いだけで運命の番というのは存在しているのだが。





 
 俺はその男と目があった事により、まるで金縛りにあったかのように動くことができなかった。どれほどの間そうしていたか分からない。ほんの一瞬とも、永遠ともとれる時間だった。
 そして俺は現実に意識を戻し、無理やり体を動かし、できるだけ不自然にならないように、その男の元へ足早に近寄る。その間も男はじっと俺から視線をそらさず、その血のように赤い目はありえないとでもいうように見開かれ、驚きに満ちているようだった。 

「なぁ、お前は誰だ?俺はサングイゾーノ。狐の獣人だ」

 俺はそう言って男のいるテーブルに近づいた。声が上ずっていた気がするがそんなことはどうでもいい。こいつの名前は?好きなものは?どこに住んでいる?あっちの具合は?何でも良いから早く教えてほしい。早くこの男の全てを知りたい感じたい所有したい所有されたい。そんな思いがまたたく間に頭の中を駆け巡った。本当になんでも良い。何なら今この瞬間にこの男に殺されたって構わない。それで俺という存在をこの男の人生に爪痕を残せるのなら本当に何をされても構わない。
 俺のこの湧き上がるどうしようもない感情と今にも壊れるのではと思うほど激しく脈打つ心臓はいくらなんでも異常だと自覚した。

「俺はグアルティエロ。狼の獣人だ。お前は…」

 声は低めで少しかすれたような色気のある声だ。そうか、この男はグアルティエロというのか。グアルと呼んでもいいだろうか?その声で俺の名前を呼んでほしい。その声で命令されれば俺はなんだってやるだろう。
 

 俺は脳みそを煮えたぎらせながらもどこか冷静な思考でそうか、これが運命の番かと納得した。今まで生きるためにはなんだってやった。置き引きスリ窃盗は当たり前、強盗殺人売春まで本当に何でもやって生きてきた。そんな俺が初対面の男に何をされてもいいと思ってしまった。本能で理解した。これが、俺の、運命の番。


 先程は余裕が無くて気づかなかったがこいつはかなりお行儀がいいらしい。やけに姿勢がよく、服も使い古されているが元は良い生地なのだろう雰囲気がある。そんな格好の餌のような身なりでも腕っ節が立ちそうだからなのか、半グレ共の”あいさつ”を受けて無いらしい。もし”あいさつ”を受けていれば俺が報復していたところだ。

「お前はまさか…いやしかし…こんなことがあり得るなんて…」

 グアルの口から思わずというふうに言葉がこぼれ落ちた。その表情は驚きに満ちているようで、耳はピンと立ち、瞳孔は開いている。

「こんばんわー!僕から提案したのに遅れちゃってすいませーんって誰ですかその美人!いつの間に引っ掛けたんすか!?てか何でお互いに立って見つめ合っているんですか?座ってご飯食べましょうよ!」 

 いきなり背後から声をかけられた。普段通りの俺なら近づかれる前に気づくのに、今回は気づかなかった。落ち着いて冷静になったと思っていたがそうでは無かったらしい。

「うるさいぞヴォルテ。こいつはヴォルテ、俺の部下のだ」
「はじめまして~!僕はヴォルテ、犬の獣人です!この仏頂面の人の部下やってます。あなたはなんていうんですか?」
「サングイゾーノだ。サングとでも呼んでくれ」

やけにうるさいヴォルテと言うらしい男がそう言いながら空いている席に座った。ヴォルテは金髪金眼で犬の獣人らしく人好きのする笑顔を浮かべ、タレ目を細めて喋りながら空いている席に座った。グアルとの会話を邪魔されたという思いと、夢心地な世界から引き戻してくれたという思いがせめぎ合った。

「本当にどうしてあのグアルさんとあなたみたいな美人が見つめ合ってたんですか?グアルさん、ただでさえ顔が怖いのに無口で無表情だから同僚にも怖がられるのに」
「確かにこいつの顔と図体だったらそれも納得だな。やけにお上品な見慣れない顔がいるなと思って声をかけたんだ。あと、見た目が俺の好みだったからな。今夜だけでもと思ったんだ」

嘘は言ってない。顔が好みなのも、お誘いをしたいのも、嘘ではない。ただ、運命の番というのは都市伝説のようなものでそれを言うのは気恥ずかしかった。
 
「え!?マジすか!?そっかぁグアルさんみたいな人が好みなら俺は対象外ですね」
「そうだな。あんたみたいなやかましいやつは好みじゃない」

ヴォルテという男はお喋りが好きなようだ。しかし発言と雰囲気から男もイケそうな感じだが、俺の好みに合わないと知るとしつこく来ないあたりは好感が持てる。ヴォルテはよく喋り、俺は聞かれたことにはできる限り答えた。すっかり頭から抜け落ちてしまっていたが、こいつらがどの立場にいるのか分からない以上あまり余計なことは言わないほうがいいだろう。うっかり余計なことを言ってしまってお仕置きをされたら堪ったもんじゃない。

「ところで俺に話したい事というのは一体何なんだ、ヴォルテ」

 しばらく飲みながら話しているとグアルがそう言ってヴォルテのおしゃべりを止めた。するとヴォルテは顔を引き締め姿勢を正し、伺うように俺を見た。俺は空気を読んで席を離れようとしたらグアルが声を掛けてきた。

「お前もちょっと話を聞いていかないか?」
「へぇ、いいのか?俺なんて何の役にも立たないと思うぞ」
「サングはここら一帯に詳しいだろう?そういうやつの意見を聞きたいんだ。」

 まさか同席させてもらえるとは思っていなかった。まぁ誘われなくても話は聞かせてもらうつもりだったので声を掛けられたのは好都合だ。ここはもちろんお誘いに乗る。

「今から聞く話は噂程度に思ってくれたらいい。まず、サングはこの国が嫌いか?」
「あぁ、大っ嫌いだよ。」
「なら話は早い。俺たちはこの国を変えようと思っているんだ。おそらくもうじきこのテネブエラ王国はマール帝国と戦争を開始する。それに乗じて今の国王を排除し、新たな代表者を据える。今の軍部と上層部の頭では戦争が始まってもろくに戦えず負けるだろう。俺たちは戦争が始まればマール帝国にこの国の情報を渡すつもりだ。まぁ詰まるところ売国だな。国王を暗殺、もしくは捕縛した後に王都を明け渡す。今もマール帝国含め色々な所に根回しをしている。万全の準備を期すつもりだが、俺はここらへんに全く詳しくない。唯一ヴォルテがそれなりに分かっている程度だ」
「だから俺に協力しろという事か」
「あぁそうだ。話が早くて助かる。もちろん国家反逆罪に加担させることになるのだからそれなりの報酬は支払う。もしバレれば良くて終身刑悪くて死刑だからな」

グアルティエロの話を聞いた瞬間、俺の唇が歪んだ。

「ハッ、ばっかじゃねえの。そんな見つかれば人生お終いですみたいな事に協力する馬鹿がどこにいるよ。しかもまぁ王サマの暗殺を狙ってると来た。もし俺が協力したとして警察にバレればお終いじゃねぇか。生憎と俺はまだ死にたくないのでね、今の話は聞かなかったことにするよ。」

そう言った瞬間に俺は後悔した。ついいつもの口調で言ってしまった。しかしグアルティエロは俺が馬鹿にしきったような口調で返してもその表情を崩さず、さらに言葉を重ねた。

「何、そんなに危険にさらされるようなことを頼みたいんじゃない。ちょっとしたデマを振りまいてほしいだけなんだ。」
「その内容は」
「戦争が始まった、だいぶ負け気味らしい、早く他国へ行ったほうがいいだろう、王都の壁のすぐ外にも帝国軍が来ているらしい、などといった国に不信感を持たせ不安を煽るような内容のデマを流してほしい。報酬には色をつけよう。どうだ?」
「具体的な報酬は?」
「一月あたり銀貨5枚、戦争中に反乱が起こればさらに上乗せしよう」
「一月あたり30」
「10枚」
「20」
「15枚」
「まぁそれでいい。明日からでも始めればいいのか?」
「それで頼む。あと、俺たちはこの辺りに詳しくないからこれからサングに協力を求めるようになるかもしれない。できる限り協力して欲しい。」
「わかったよ。ただし、ちゃんと報酬はもらうからな。」

 とりあえず話はまとまったので前金として銀貨5枚を渡された。一ヶ月後にまた残りを渡すということらしい。

 それからはヴォルテが愚痴を言ったりオススメの娼館についての話をながら酒を飲み、それなりに夜も遅くなった時分に解散した。酒を飲んでいる途中にも、解散して別れる時にもグアルを誘ってみたが全て断られた。お前は俺の運命の番だろう?何で断るんだ?俺の勘違いか?
 しかし断るときのグアルは三秒ほど黙り込んで絞り出すように断り文句を口にしていた。何か事情があるのだと思いたい。そして次は二人っきりでゆっくりと話しをしながら飲みたいものだ。
 
 その日、俺は上機嫌で帰路についた。
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