赤ずきんは童話の世界で今日も征く

柿の種

文字の大きさ
上 下
34 / 45
第一章

Episode 31

しおりを挟む

ボスとの戦いが、いつの間にか自身の尊厳を掛けた戦いに変わっていた。
今になって気付いた私も私だが、この仮想世界にプレイヤーの尿意を感じさせるという無駄な機能が付いていなくて本当に助かったというべきだろう。

((マスターさん……))
(いや、漏らさないから。寝てても私の身体ならそこらへんしっかり閉めてくれるはずだから)

私に【憑依】しているからか、この警告が見えているらしいスーちゃんの呆れたような声に心の中で返事をしつつ。
私は表情だけは冷静に、しかし内心焦りながら指示を出す。

「アーちゃん!無理矢理!」
『了解ッ!』

彼女は私に言われるまでもなく、動き出していた。

地を駆け、彼女の持つ武器である銃器が十分に戦える位置である遠距離ではなく、むしろ戦いにくいであろう至近距離へと近寄っていくのが見えた。
しかし戦いにくい、といっても。
アーちゃんは近接戦闘も十分に行えることは道中の戦闘で分かっているため、問題はないだろう。

そんな行動の間にも、こちらへと迫ってきているコートードを何とかいなしながら、他にも指示を出す。
アーちゃんに対しての指示はある程度ざっくりとした説明でいいものの。
他のメンツにそれは通じないだろう。

「スキニットくん!アーちゃんの援護!他のも!」
「了解!アナ!お前もこっちだ!」

動き出すのを横目で確認しながら。
今も襲ってくるコートードの攻撃をどうにか回避していく。
噛みつきを、薙ぎ払いを。
足を使った切り裂きを、踏みつけを。
咆哮を、そして突進を。

他のメンバーの攻撃や援護が来るまで、今まで以上に気合を入れて避けていく。
といっても身体に力を入れ過ぎずに。

「スーちゃん!どう!?」
((【その脅威は這い寄るように】は無理ですね。置いておいても、察知してるのか避けられます))
「成程ねッ!」

避けるのに徹するのにはいかない理由が出来てしまったため、スーちゃんには攻撃出来る隙があれば狙っていってもらうようにお願いしてある。
しかしながら、HPの1本目を削った攻撃だからなのか。それとも獣特有の感覚なのか。

不可視のはずの刃がコートードの進行方向にあったとしても、それらに当たる直前で避けたり、そもそも当たらないように跳躍してこちらへと攻撃してこようしてくる。

「……他に攻撃方法あるかい?スーちゃん」
((あるにはありますけど……【憑依】中は使えないです。制限ですね))
「オーケィ……それだったらダメージ通せる?」
((恐らくは。アーちゃんよりもダメージ出せるとは思いませんが……でも回避大丈夫ですか?))
「大丈夫じゃないねぇ。バーサーカー状態のサーちゃんは……うん、攻撃全部避けられてるし」

サーちゃんにも指示を出したかったが……彼女の耳にこちらの言葉が入っているとは思えない。
暴走しているようにしか見えないものの、それでも攻撃に巻き込まれそうになった時にきちんと避けているためある程度の分別くらいは出来るのだろう。

……うん、サーちゃんは諦めよう。強制送還するよりはこのまま攻撃してもらってた方が都合がいいし。
現実リアル的な意味で時間がないために、攻撃が当たるかもしれない遊撃?のようなポジションは重要だ。
もしかしたら他の人が足止めした瞬間に、ダメージを与えることができるかもしれない。

その可能性にかけて、再度コートードに意識を移した時。
それは落ちてきた。

『あははッ!やっぱり暴走してる子にはこれよねぇ!』

空中から、何か緑色のエフェクトを纏いながら。
高笑いしつつコートードに向かって落ちてきた。

それは2丁の拳銃を持っていた。
私達赤ずきんと同じ、赤い頭巾を被っていて。バスケットを片腕に下げていて。
少女のように見えた。
というか、アーちゃんだった。

「何やってんの!?」
『よし着地!何って、無理矢理こうやって攻撃するためにッ!』

バン、という音と共にコートードの背中に跨るように落ちた彼女は、こちらへと笑いかけながらも、視線はしっかりとコートードへと向いている。
確かに距離があるから攻撃が避けられる、ならば距離を0にまで近づいてしまえば攻撃を当てることが出来る。

アーちゃんはそのまま背中に銃口を押し当て引き金を引く。
ダメージもきちんと徹っているため……一応は問題ないのだろう。
ダメージを受ける可能性が高いというリスクも相応に抱えてはいるのだが。

……まるで闘牛とかロデオとかそういうのだなぁ。これ。
牛と狼という違いはあるものの、やっていることはあまり変わらないだろう。
今もコートードが背中に乗っているアーちゃんを落とそうと、暴れまわっているし。

((さながら、闘牛で使われる赤い布はマスターさんですね))
「分かってたけど、そう言われると色々言いたくなるね」
((諦めてください。事実ですから))
「確かにね」

アーちゃんの楽しそうな声と銃声を聞きつつ。
コートードのHPを確認すれば、2本目の残り3割程度まで削れていた。
もう少しで2本目も底を尽く。
このボス戦も、終わりが近い。
それがどちらの終わりかは、まだわからないが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

ビースト・オンライン 〜追憶の道しるべ。操作ミスで兎になった俺は、仲間の記憶を辿り世界を紐解く〜

八ッ坂千鶴
SF
 普通の高校生の少年は高熱と酷い風邪に悩まされていた。くしゃみが止まらず学校にも行けないまま1週間。そんな彼を心配して、母親はとあるゲームを差し出す。  そして、そのゲームはやがて彼を大事件に巻き込んでいく……! ※感想は私のXのDMか小説家になろうの感想欄にお願いします。小説家になろうの感想は非ログインユーザーでも記入可能です。

マスターブルー~完全版~

しんたろう
SF
この作品はエースコンバットシリーズをベースに作った作品です。 お試し小説投稿で人気のあった作品のリメイク版です。 ウスティオ内戦を時代背景に弟はジャーナリストと教育者として、 兄は軍人として、政府軍で父を墜とした黄色の13を追う兄。そしてウスティオ の内戦を機にウスティオの独立とベルカ侵攻軍とジャーナリストとして、 反政府軍として戦う事を誓う弟。内戦により国境を分けた兄弟の生き方と 空の戦闘機乗り達の人間模様を描く。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...