33 / 45
第一章
Episode 30
しおりを挟む■???
ついに其の時は訪れた。
獲物が、あの女が再びこの森へと現れたのだ。
周囲には以前現れた時よりも多い数の人間がいたものの。
彼にとってはそれすら些細なものだった。
獲物の数が多いことに喜ぶことはあるものの、それを嘆くことはないのだから。
自ら出向き狩りたい気持ちを必死に抑え、まずは配下となっていた人狼たちをけしかけた。
単純に疲労を貯めるため。あわよくば弱らせるため。
幾らまた逃げようとすれど、疲労がたまっていればそれもままならない可能性があるからだ。
3度目はない。
そんなことがあれば、彼はまた1人になってしまう。
周りに失望され、また森の中で1人に……簡単な獲物だけを狙う誇りも何もない畜生へと逆戻りだ。
そんなことはあってはならない。
もう、今の場所へと引き上げてくれた存在はこの世にはいないのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
■赤ずきん
巨大な狼の姿となったコートードは、先程以上に厄介だった。
というのも、やはり速度が全く違う。
2足歩行と4足歩行の違いだろう。
今までが自転車程度の速度ならば、今は自動車くらいの速度はあるだろう。
どちらも全速力という但し書きがつくものの。
十分に厄介なのは変わりなかった。
「うぉっ危ないなぁ!」
人狼から狼に変わったためか、変わった攻撃パターンに対応しつつ。
私はスーちゃんに手伝ってもらいながら避けに徹している。
噛みつき、前脚でのひっかき、後ろ足での蹴り。そして尾による薙ぎ払い。
それぞれの攻撃範囲が大きく、今まで以上に距離をとるのが難しい。
人狼状態では自分の身体能力のみである程度避けられていたのに対し、今はほぼすべての攻撃を【浮遊霊の恋慕】込みで避けるのが精一杯という状態。
……これ、避けられるけど……長くは無理だなぁ……。
森林に入る前に試した通り、【浮遊霊の恋慕】で無理矢理身体を引っ張るように動かせば、その分負荷も掛かる。
仮想の身体にはないはずの胃がかき混ぜられ、少しばかり吐き気もこみあげてきている。
「スキニットくん!どう!?」
「あぁ、問題ない!が、さっきよりも硬くなってんな!」
「成程、任せた!!」
違いはまだある。
それはダメージが私以外からもある程度徹るようになったことだ。
私が攻撃にも回る必要がない。これだけでも大きな違い。
その分スーちゃんに手伝ってもらったり、他の事をしてもらえるのだから。
「スーちゃん、次」
((了解です、残りカウント3で入ります。……3、2、1、開始))
身体が何かに優しく柔らかいものに包まれる。
スーちゃんの発動した【浮遊霊の恋慕】だ。
それと同時、こちらへと襲い掛かってきたコートードの前足を後ろに跳ねることで避けようとする。
瞬間、身体に強烈な後ろへの力が加わり一気に距離を稼いだ。
しかしながら、それを読んでいたのか何なのか。
コートードは素早く振り下ろそうとした足を止めると、そのまま距離をとった私の目の前まで距離を詰め、その大きな顎で私の身体を噛み砕こうと大きく口を開けた。
『チャンスね』
『あぁ、そのようだ』
避ける方法がない。
しかし、避ける必要もなかった。
『GRAッ!?』
口を大きく開いていたコートードの頰に、巨大な炎がぶつかった。
それに続くように数本の矢が放たれ、コートードの顔の向きが強制的に私の居ない方向へと向かされる。
ガチン、という歯と歯がぶつかり合う音を真横で聞きながら、その場から離脱し再度距離をとった。
「助かったよ!」
『ふふ、感謝は後にとっときなさい?』
『君が注意を引いてくれているお陰で自由に動ける。感謝を』
炎と矢が放たれた方向を見れば、骸骨のランタンを持ったアナと、次の矢を持ち弦を引いているジョンの姿があった。
彼女達の援護はこれが初めてではなく、特に自由に矢を操ることが出来るジョンには数度、危ない場面で助けてもらっていた。
彼らの言葉に手をあげることで返しつつ、再度コートードの姿を視界に捉える。
この姿になってから、コートードの速さやその巨躯による攻撃など厄介な所は増えたものの、1つ不明な点も増えていた。
それは今のように、観察するような視線を私に向けてくる所だ。
何か確認するように、じっと動きを止めそして首を振って再度唸りだす。
それが何を意味しているのかは分からないものの、その状態のコートードに攻撃を当てることは出来ない。
どうやって把握しているのか、その状態のコートードに攻撃を放っても全て避けられるか無力化されてしまうのだ。
そのため、この状態はボス戦中の休憩ポイント、もしくは回復タイムとして私達は使っていた。
「HPはここまででやっと全体の5割ってところか」
((早い方でしょう。この紡手数でこの速度なんですから))
「そりゃね。……よし、あと半分さっさとけずっちゃおうぜ」
((まぁ、まだ2本目も底付いてませんからね……))
端から見れば独り言のような会話をしつつ、いつコートードが動き出したとしても対応できるように待機する。
そしてふと、視界の隅に点滅しているテキストが存在するなと思いそれを見てみれば。
<尿意検出>
「……ッ!皆!張り切って削っていこう!可及的速やかに!!」
私の尊厳に関わるタイムアタックを告げるものだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる