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第7章
Episode 8
しおりを挟む凝った場所を狙う必要はない。
ただただ、その隙だらけなうなじに対して短剣の刃を潜り込ませれば人は死ぬのだ。
明らかに人間ではない、魔力の塊であろうフィッシュの偽物に対して人体の急所云々が通用するのかは置いておくとして、事実狙うならばそこしかない。
なんせ、首は突いて良し斬って良し断って良しの狙うメリットが多い部位なのだから。
だから行った。
獣人の膂力は、何の魔術も魔術言語も発動していない私をすぐに偽物の背後へと運んでくれる。
ここまでほぼ一瞬だ。最初の攻防とは真逆のポジションで、今度は私が攻撃する側となって首を狙うためにただただ『面狐』を前へと突き出した。
ずぶりと紫一色の身体へと刃が沈んでいく感触が伝わってくる。
だが、やはりと言うべきか何なのか。偽物もただやられるだけではない。
普通ならば首へ刃が入った時点で動けるような生物はいない……はずだ。
しかしながらそんな事は関係ないと。
どれが本物か分からないならば、一発食らってから考えれば良いと言わんばかりに背後に居る私の『面狐』を持つ右手を掴んだ。
瞬間、今だ刃が入ったままである首から赤黒い液体が溢れ出し。
クリオネの捕食行動のように、私を捕えようと動き始める。
警戒していなかったわけではない。警戒していたからこそ、足装備を脱いで音を立てないように魔術などを使わずに近づいたのだから。
問題はこの化け物の生き汚さと言うべき生存能力の方だろう。
見れば、まだ刃が抜かれていないというのにその傷口が塞がろうと動き始めている。
このままならば私は捕らわれ、そして殺されるだろう。
『――切断』
だが私は1人ではない。
私の右腕、そして偽物の首から出てきた血の触手を【血狐】は赤黒い津波となって巻き込み圧縮し、破壊していく。
攻撃が目的ではない。私が逃げる為に私の腕を犠牲にしたのだ。
その意図を察し、私は『脱兎之勢』を使いその場からバックステップの要領で一気に距離を取ろうとして……思い直す。
ここで距離を取った所で、先ほどよりも悪い状況になるだけだ。
ならばここで終わらせるつもりで一歩踏み出すしか選択肢はない。
私には霧さえあれば幾らでも攻撃することが出来るのだから。
……思い出せ、さっきの攻撃を。
霧の刃を使い、再現するのはゆっくりとした一撃。
フィッシュの偽物が追撃として放った、大きく床を抉ったあの一撃。
アレに似た攻撃を、霧の刃によって再現するのだ。
ゆっくりとした一歩。しかし更に私と偽物との距離が縮まる。
それに対して偽物はこちらへと背中を向けたままに、ただその場の足元に手に持っていた出刃包丁を落とした。
だが次の瞬間。出刃包丁が砕け散り、足元から大小様々な刃が剣山のように飛び出していく。
「――【血狐】」
一瞬虚空へと手を突っ込み、内部からHP回復薬を取り出し【血狐】へと投げつけた。
次々と私と偽物の身体に刃が突き刺さり、少ないHPが急速に減っていき。それと共に刃によってお互いの身体がその場へ縫い止めていく。
しかし霧の操作にこれ以上身体を動かす必要はない。
近づいたのは普段以上に精密に、全ての霧の刃を操作するためだ。
私の周囲の霧に集まっている霧の刃を高速で縦に回転させていく。
全ての刃が、24本の刃が縦に回転しぶつかり合い、私のコントロールを外れそうになるものの。
無理矢理に霧の操作能力によって霧の外へと飛んでいかないように抑えつけ、その全てを回転させたまま目の前の偽物へと叩きつけた。
「もう消えとけ偽物ッ!」
滝のように降り注ぎ、紫の身体を削っていく。
それと共に私の身体には【血狐】が絡みつき、その身体の内部に捉えていた回復薬を砕き。
その薬液を破壊された私の腕から体内へと注入していくことでHPを回復させていった。
ここまで数瞬、端から見ていればほぼほぼ一瞬の出来事だろう。
しかしながら、私の体感時間はこの状況を数分以上にも感じていた。
白い霧の刃の滝は、最終的に床を傷付け偽物を消し去っていった。
『……ふむ、終わったか』
そして響く。
中心が酷い惨状へと変わってしまった図書館の広場へと、【嫉妬の蛇】の声が響いた。
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