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第6章 雷鳴轟く瘴気の大地にて
Episode 29
しおりを挟む体内に入ってしまえば、やる事自体は単純だ。
ただ【衝撃伝達】の乗った足で、馬鹿狐の腹に穴が空くまで蹴り続ける。それだけだ。
私は一つ息を吸うと、指を狐面へと触れさせる。
ただ発動するだけでは意味がない。
否、ダメージという点では意味があるのだろうが、それでは成長したという証にはならないだろう。
ならばこそ、私は指だけではなく手のひらを狐面に触れさせる。
「賭けに近いけど……まぁこの馬鹿狐がやってたなら出来るはずだよね」
私は一度見た。
瘴気に侵されている『白霧の森狐』が、いつも以上に濃い霧をその身から発生させているのを。
単純に今まで本気ではなかったとか、力に制限が掛かっていたとか色々と考えられる事はあるが、それでも現状の馬鹿狐がそれを行えると言うことは、逆説。
あの狐の力の一端が備わっている、この狐面でも似たような事が出来るはずなのだ。
だからこそ、手に今まで以上の力を、魔力を込め。
そして顔から狐面を引き剥がすかのように、霧を引き出した。
【ボスインフリクトアイテム『白霧の狐面』の過剰動作を確認】
【所有者:アリアドネの魔力によって変質、効果内容の改変が行われます】
【ボスインフリクトアイテム『白霧の狐輪』の干渉を確認。変質、改変の方向性が定められます】
【変質、改変完了】
瞬間、私の周囲はこれまで引き出したことの無い量、濃さの霧で満たされる。
気になるログが流れたものの、今はそれを精査している暇などはない。
今も胃液などによって、私の装備の耐久やHP自体が削られていっているのだから。
「懐かしいなぁ、これやるの。聞こえてないだろうけど、さッ!」
一度、目の前の壁をそのまま蹴りつける。
魔術を乗せていない純粋な蹴りだ。
しかしながら、獣人である私の蹴りは目の前の肉にくっきりと足の跡を残し、ダメージを与えているように見える。
やはり、この方法で間違っていなかったらしい。
「じゃあ今回はどれくらい耐えられるかのテストをしよっか……【衝撃伝達】」
私は再度、蹴りを放つと同時に魔術を発動させる。
すると、空気の破裂する音と共にぶちぶちという、繊維を引き千切るような感触が足の裏から伝わってきた。
いつもの蹴りよりも数段は重い一撃だ。
【衝撃伝達】の効果と、周囲の通常以上に濃い霧が合わさった結果だろう。
その感触に頬が少し上がるのを感じながら、私はそれを何度も何度も、疲れを知らない仮想現実の身体を活かして繰り返していく。
魔力の残量などは気にしない。
どうせ腹の中から出られれば、幾らでも回復出来るのだから。
「いい加減ッ!穴ッ!開けッ!!」
最初はローキックの様に、たまに回し蹴りを織り交ぜつつ胃壁へと蹴りを入れていたものの。
途中からは面倒になり踏みつける様に、震脚をする様に足を使う。
霧の使い方も、最初はただ周囲に漂わせていただけなのに比べ、今では足に纏う様に……さながら霧のブーツを履いているかの様に操り魔術を発動させていく。
心なしかそんな工夫をしていると、普通に蹴りを放つよりも威力が更に上がり、肉の壁はどんどん凹み血が滲み……そして胃液によって更に傷口は広がっていく。
そして、その時は来た。
胃の中に充満していた濃い霧が、一瞬だけ外からの空気に触れ揺れ動いたのだ。
それを感覚的に認識し、私の口角は更に上がる。
「今回は叫んだりとかしてないみたいだけど……精神の方は良くても肉体の方が耐えられてないっぽいね」
そう言いつつも油断だけはしない。
叫ばず、そして痛みにのたうち回る事もなく、じっと私が腹の中から待っている事などあの馬鹿狐に限ってはあり得ない。
外に出た瞬間に何かを仕掛けてくることを予想し、それすらも乗り越えてやっとこの戦いは終わるのだろう。
試練というにはぬる過ぎる現状を覆す何かを期待しながら、私はインベントリ内から『面狐』を取り出し【魔力付与】を発動させながら肉の地面へと突き立てた。
胃液の混ざった血飛沫が私の顔面を汚していくが、気にしない。
とっくに鼻はイカれ、痛覚も仮想現実内で有効にしなければ機能しない現状、自分の顔が胃液によって焼けた所で気にするべきは残存HPのみだ。
……まだまだ余裕はある。けど、一回使っておかないと不味い気もするな。
こういう時の直感には従った方が良い。そう思い、突き立てた『面狐』がすっぽ抜けないように足で柄の部分を抑えつつ、インベントリ内からHPポーションを取り出して一気に呷った。
「ぷはぁ……よし、じゃあこれで終わりにしよっか」
言いつつ、私は狐面へと触れて更に濃い霧を……私の魔力を纏った霧をこの場へと生み出し、そして。
「【挑発】、【衝撃伝達】ッ!」
濃霧によって二回りほど大きくなった自らの足を、再度震脚の容量で突き立てた『面狐』へと踏み下ろした。
空気が破裂する音と共に、ズガン!という硬い物が貫通するような音が胃の中に響いたかと思えば、一気に冷たい外の空気が流れ込んでくる。
それに合わせるように、私は【血狐】を発動させ。空いたと思われる穴を大きく広げさせて外へと転がるようにして出た。
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