Festival in Crime -犯罪の祭典-

柿の種

文字の大きさ
上 下
147 / 192
第四章 天使にレクイエムを

Episode 36

しおりを挟む

視界が白く染まり周囲が全く見えなくなる。
しかしながら、その中でも見えているボスの名前が少しずつ変化していくのが見えた。
黒く染まって居た部分が明らかとなっていく。

「……嫌な名前ねぇ……」

-【反海星 マリア・ステラ】の名称が全て解放されました-
-阻害能力を失います-
-吸収行動を停止します-

【反海星 マリア・ステラ】。
ここまで見えてしまえば、このボスのモチーフが一体誰なのかが分かってしまう。

聖母マリア。
宗教にあまり詳しくはない私でもその名前を知っている程に、彼女の名前は有名だ。
思えば、このボスが身に着けている物も簡易的なものではあるが彼女のアトリビュートとして挙げられるものとして有名なもの。
恐らくはプレイヤーの中には気が付いていた者もいたのではないだろうか。

光が晴れ、周囲の様子が徐々に見えるようになってきた。
私の振るった刃は光に包まれる前に切り入れた所で止まっており、身体の感覚から【強欲性質】の効果も発揮していることが分かる。
しかしながら、私はすぐに剣を引き抜き後ろに飛び退くようにして離脱する。

恐らくは先程見えたシステムログの『阻害能力を失う』という文からくるものなのだろう。
今まで黒い靄によって隠されていたボスの顔は、今やキチンと認識できるようになっていて……その身を傷つけた私に対して微笑んでいた。

このFiCというゲームのボスに使われているAIは優秀だ。
それこそ、酔鴉のようにボス側から畏れられてしまうくらいには思考能力が高いし、人間味が溢れている。
そんなゲームのボスが、自身を傷つけた相手に対して笑みを浮かべているのだ。
そこに良い感情は感じない。むしろ恐怖のみが先行する。

『……あぁ、なんということでしょう。ここには沢山の悪い子が居るのね』

そして、その表情のままに喋り始めた彼女に、私を含めCNVL達はどう手を出すべきか迷っているようで、その場から動くことが出来ていない。
視線だけを動かし周囲を確認すると、先程まで生成されては射出されていた光の槍は消えており話を聞いている間に槍に当たって死ぬという事はなさそうだった。
しかしながら、話を聞いている間に進んでしまうものも存在する。
……また【強欲性質】の使いどころを間違えたかしらねぇ……。

『教育という意味では私よりも適任がいるとは思うのだけど……私が呼ばれた意味もあるのでしょう。教育を、教育を、教育を!行いましょう!!えぇ、あなた達【犯罪者】達に教育を!私が行うのです!!』

その言葉と共に、彼女は反節制の聖書を持っていない方の手に光の剣を作り出し、一番近くにいた私へと襲い掛かってくる。
後ろへと飛び退いただけでは近すぎたのだろう。
咄嗟に双剣を交差させるようにして横から振るわれたそれを防ぎ、押しのける。
力自体はそこまで強くはない。先程までの光の槍の射出はスキルか何かで行っていたのだろう、それによる威力上昇などもあったのかもしれない。

しかし、そこまで強くないと言っても相手はボス。
攻撃速度自体はかなり素早いのか、私がギリギリ防御できる速度で振るわれる光の剣を捌きながら声を挙げる。

「ちょっと誰か見てないで手伝ってくれる!?これ受け止めるだけでもHP減っていくのだけど!?」
「あ、じゃあ私がいくよー!攻撃受け止めるのは任せてー!」

神酒が後ろから近寄り、私と【反海星 マリア・ステラ】の間へと入り、今もなお行われていた攻撃をその身をもって受け止めた。
流石にその行動にはボス側も驚いたのか、目を僅かに見開いているのが見えた。

「ありがとう!あとで何か奢るわ!」
「お、それはありがたい!じゃあデンスの喫茶店でお願いねー!」
「お安い御用!」

そして私はすぐに【反海星 マリア・ステラ】の剣が届く範囲から離脱し、再生の印章を自らに捺印しHPの回復を図る。
防御を貫通してきていたのか、それとも私の防御技術が低いからか分からないが、受け止める度に減っていくHPを見ていた側としては生きた心地がしなかった。
にやにやと笑っているCNVLの近くまで下がり、ボスのHPを確認すると3割ほど削れた状態……光に包まれる前に減っていた分を考えると、私の攻撃だけで1割も減った計算になる。
所謂柔らかいボスなのか?と考えるものの、少しだけ違うような気もした。

神酒が攻撃を受け始めたのを見てか、周りの酔鴉とソーマは攻撃を仕掛けようと準備を始めたのが見える。
こちらも早めに戦線復帰してボスを攻撃した方がいいだろう。

「CNVL、残りのコストは?」
「あは、【食人礼賛】分が3回、あとはナイトゾンビの腕が大量かなぁ。このボス戦中は絶対に保つから安心していいぜ?」
「了解、じゃあここで全部出し切るつもりでやっていいわ。あとの防衛戦は……まぁ、何とかなるでしょう」
「オーケィオーケィ!」

彼女はその言葉に嬉しそうに笑い、そしてマグロ包丁を片手に【反海星 マリア・ステラ】へと攻撃を仕掛けにいった。

名前が明らかとなり、それでいて攻撃パターンも変わった。
恐らくはここからがこのボスとの本当の戦いなのだろう。気合の入れ所だった。
しおりを挟む

処理中です...