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第四章 天使にレクイエムを
Episode 6
しおりを挟むパラケルスス。
実際に存在した、スイスの医師であり、化学者であり、錬金術師だ。
本名は別にあるらしいものの……今はそれほど重要なものではない。
今重要なのは、彼が提唱したとされる四大元素に対応する4種の精霊の事だ。
中ボスとして3階層で登場し、4階層に自我のない状態で登場した精霊達がそれにあたる。
精霊を人工的に作り出すという施設で、彼らのような存在が居た。
そして目の前にそれを作ったと思われる本人が丸腰にしか見えない状態で出てくる。
何をするつもりかは知らないが……もう既に姿を隠すことが出来る精霊が近くにいる可能性もあるため……パラケルスス以外にも意識を向けなければならない。
【HL・スニッパー改】ではなく、インベントリからまだ名称も決めていない【衝撃】の印章の彫られたハンマーを取り出し、油断なく構える。
「……仕掛けてこない、わわねぇ……」
「一応、攻略者からのアドバイスとかは欲しい?」
「頂戴な」
死んでもう一度挑む事になるよりはいいだろう。
視線をパラケルススから離さずに、耳だけを隣にいる酔鴉へと傾ける。
「まず1つ、パラケルススは所謂カウンター型のボスね。こっちの攻撃に合わせて動いてくるから、今みたいにこっちが動かなければ何もしてこないわ」
「……何も?」
「えぇ、何も。あぁやって立っているのも、本当に何もやっていないのよ。単純にこっちが仕掛けてくるのを待ってるだけ」
「それは……いえ、そういう事ね。わかったわ」
カウンター型。
たまに敵モブの中にもいることにはいる特殊なモブだ。
そのモブ自体の持つ攻撃能力は低いものの、攻撃に対する反撃が強力なタイプ。
そう言ったモブと戦う時は、大抵はそのモブの反撃範囲外から一方的にダメージを与え続けるという戦法が取られることが多い。
私だって手段があるのならばそれを選択して真正面から戦わないようにするほどだ。
しかしながら、現状の私にはそんな手段はないし……そもそも相手はダンジョンのボス。
仮にもパラケルススという名前を持っているのだ。ちまちま遠くから削る戦法が効くとは思えない。
だから、
「【印器乱舞】。1番から5番まで全て」
私は印章を使い、出来る限りのステータスを強化した。
結局の所、真正面から行ってダメージを与えるしかないのだから当然だ。
足に力を入れ、地面を蹴る。
手に持ったハンマーを下に構え、【衝撃】の印章が彫ってある面をわざと地面へと叩きつけた。
瞬間、印章が効果を発揮し地面に対して衝撃波を発生させ、私の身体が前へ飛ぶ。
見て見ればこんな挙動をするとは思っていなかったのか、少しばかり目を見開いて驚いたような表情を浮かべているパラケルススの姿があった。
「【強欲性質】ッ!」
相手がこちらが仕掛けるまで何もしてこないのならば。
最初の確実に通る一撃を重たいものにしてしまえばいい。
空中からパラケルススの頭へと振り下ろすようにして振るわれたハンマーは、何にも邪魔されることなく、そのまま彼の頭へと吸い込まれるようにぶつかった。
ガキン、という鉄と鉄がぶつかったかのような音を立てながら、強制的に下を向かされたパラケルススの頭に対し、再度印章による衝撃波が発生し更にダメージを増加させた。
「ととっ、少ないわね……ッ!」
危なげなく着地しながらも、相手の残りのHPを確認する。
減少したHPは約1割。あと9回から10回ほど同じ事を繰り返すことが出来るならば簡単なボスなのだが……と思い、彼の身体へと視線を向けた瞬間。
パラケルススの身体から熱が放出されているのを感じた。
それと同時、彼の身体からチリチリと火の粉が散り始めているのが見え、咄嗟に後ろへと跳ねるようにして距離をとり、
『――Mode Salamander』
彼の身体から放出された火炎によって、私の身体が少しだけではあるが焼かれてしまった。
ダメージはそこまで大した事はないものの、【火傷】というデバフまでついてしまっている。
何が起こったのかとパラケルススを改めて視界に収めてみれば、すぐに理解できた。
「……そう、これがこのゲームにおける研究成果ってわけね?」
『起動実験成功、申し分ない熱量だ』
研究者然としていた彼の恰好は、何処か3階層で戦ったサラマンダーを思わせる姿へと変貌していた。
身体の色が赤褐色へと変化し、所々から火が噴き出ていて。
蜥蜴の尻尾のようなものが生えている。
一番目を惹くのは彼の目だろうか。
彼の目は無くなっていた。
否、炎と化していた。
炎が目を象って眼孔へと納まっているのだ。
「大丈夫?」
「えぇ、ダメージはそこまでないわね。……所でアレは?」
「……アレがパラケルススのカウンター能力。私達オリエンスのプレイヤーは【精霊外装】って呼んでるわ。っていっても、彼の受け売りだけどね」
「【精霊外装】、ね」
精霊と似た姿へと変貌する【精霊外装】。
それを見て、どこかファウストの使った【外骨装甲】のようだなと思った。
もしかしたらこの世界では化学者や医師などがこうやってボスとして出てくる場合は、彼らのような攻防一体となったスキルを持っているのかもしれない。
「ちなみにアレはサラマンダーがモチーフ。見てわかる通りに火を使ってのカウンターね」
その言葉を聞きながら、私は再度足に力を入れパラケルススへと向けて飛び出した。
流石に真正面ではなく、背中側に回り込むような形ではあるが。
既に【強欲性質】を発動しているため、あまり酔鴉とゆっくり話している時間もないのだ。
先程よりも速度が上がった私の姿を視えているかのように、こちらへと顔と視線を向け続けるパラケルススを見据えながら。
とりあえず、細かく考えても仕方ないと一気に距離を詰めハンマーを下から上へと掬い上げるように振るう。
ハンマーとパラケルススが触れる瞬間、こちらに向けた炎の目が紅く光ったような気がした。
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