Festival in Crime -犯罪の祭典-

柿の種

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第一章 ハジメマシテ、【犯罪者】

Episode 11

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--浮遊監獄都市 カテナ 第二区画 デンス
■【リッパーA】ハロウ

セーフティエリアにログインし、義眼となった右目の調子を確かめる。
といっても、特に見える範囲に代わりはないし、遠近感が狂ったりなんかもしていない。
不思議なものだが、初めからそれが私自前の眼だったかのような。
それほどまでに馴染んでいる。

「掲示板にも載ってなかったしねぇ……【目利き】」

一応は【目利き】の詳細を調べるために、スキルなどをまとめている掲示板などを覗いてみたが、そもそも【目利き】というスキル自体が発見されていないのか、情報が皆無だった。
いや、もしかしたら取得しているプレイヤーもいるかもしれないが……いずれにせよ、詳細が分からない現状は、目を凝らし見たものの名称が分かる程度のふわふわしたスキルでしかない。

……炯眼ってくらいだから、もっと詳細まで読み取ってもいいとは思うのだけど……何か制限でもかかってるのかしら。
『物事を見抜く力』。そういう意味がある言葉なのだ。
現状確かめる術がないため、どうしようもないのだが……どうしてももやもやする。

「……はぁ。とりあえず集合場所に向かいましょうか」


--浮遊監獄都市 カナタ 中央区 メディウス

やはりというかなんというか。
集合時間よりも少し早めに中央区に着いたは良いものの、周囲から視線を感じる。
時折「あれがダンジョン攻略した……」だのなんだのと会話している声も聞こえるため、気のせいとかではないだろう。

「あっ、居たわねメアリー。ごめんなさい、待たせたかしら」
「……!」

そんな中、いつも以上にあたふたとしているメアリーを発見し、声を掛ける。
すると、すぐにこちらへと顔を向けこちらへと駆け寄ってきた。
……やっぱり小動物みたいね。

今日はCNVLとマギは居らず、メアリーのみだ。
手早くパーティを組み、彼女が喋りやすいようにチャットを開きながら場所を移動する。
といっても中央区から他の区画へ移動するわけではなく、人の邪魔にならないよう端に寄っただけなのだが。

『今日はアイテム作成の相談だったっけ('ω')』
「そうそう。丁度鉄の欠片がたくさん手に入ったし、それで新しいナイフを作ってもらおうかと思って」
『成程(*‘∀‘)何かデザインの要望とかある?それか使ってほしい素材とか(・・?』
「特にないわね、強いていうなら全部貴女に任せるわ。……で、お代なんだけど」
『あー、まだ換金してないんだね(;'∀')』
「そうなのよねー……」

一応、各区間内には素材の換金所……ファンタジー小説なんかでよく見る冒険者ギルドのような場所が存在する。
ただし、そういった場所というのは大抵ダンジョンの近くに存在するのだが。
攻略後、逃げるようにログアウトした私はもちろんそんな場所に寄れているはずもなく。

「ごめんなさい。今回は多めに素材渡すから、そこからお代分差し引いてくれると嬉しいわ。もちろん、後から換金してお金も払うし」
『いやいや、完全にそれ私貰いすぎじゃない?(´・ω・)』
「いいの。延滞料みたいなものよ」

実際、初めは兎も角として現在は私の都合で換金出来ていないだけなのだ。

『んー……まぁそうだね。分かったわかった('ω')じゃあ少し時間貰っても大丈夫?』
「大丈夫よ、頼んでるのはこっちだしね。出来たらメッセージ送ってくれたらすぐ行くわ」
『おk('◇')ゞ』

そうして鉄の欠片を初めとした私の持っている【劇場作家の洋館】産の素材をほぼすべて受け渡し、デンスの端末前まで移動し解散した。
これからセーフティエリアに篭って色々と試行錯誤するらしい。
完成が楽しみだ。


--第二区画ダンジョン 【劇場作家の洋館】 Hard 1F

よくよく考えてみれば、素材をほぼ全て渡してしまった時点で換金してもそれほどの金額にはならないことに後から気付いた私は、解放されたハードモードを体験するべくダンジョンに1人で訪れていた。

当然、色々と注目はされたり声を掛けられたりしたものの、そこはそれ。
キチンと断りを入れれば潔く引き下がってくれたため、今後はあまり気にしなくてもいいだろう。
というか、私が気にし過ぎだったのだろう。

「1Fって言ってもハードモードなのよね」

入ってみると、基本的に外見自体は変わっていなかった。
ちょくちょくそこらへんにオブジェクトのように倒れているソルジャーゾンビが居るものの、目に分かる変化はそれくらいだろう。
あとは実際に探索すればその違いは分かる……と思いたい。
……まぁ余裕はあるでしょう。ソルジャーゾンビなら1人でも倒せるしブック系も下手なことしない限りはスルーできるし。



……数分前の自分を殴ってやりたい。
そう思いつつ、洋館の廊下を走る。
背後からは数体のソルジャーゾンビと、もう1体。
コマンダーゾンビという、簡単に言えば司令官的存在のゾンビだった。

探索を開始して数分。
1~2体のソルジャーゾンビを定期的に倒しつつ足を進めていると、あのコマンダーゾンビが出現した。
見た目はほぼほぼソルジャーゾンビと変わらないものの、色が全体的に赤く何故か角まで生えていたそれは、私の姿を認識すると同時に叫びだし周囲からソルジャーゾンビを呼び出したのだ。

最初は躍起になって集まってきたソルジャーゾンビを倒そうとしたのだが、なんでもコマンダーゾンビに呼び寄せられたソルジャーゾンビは根本的な頭が違うらしく、こちらの攻撃を防御するどころかパリィやフェイントなどのテクニックまで繰り出してくるようになっていた。

もう少し装備が整っていて使えるスキルが多いならまだしも、武器は制作依頼を出した直後、防具なんて初期のままだ。
スキルは未だ2種類のみ……いや、パッシヴを合わせて3種類のみだ。
状況が悪い。

「あぁもう……仕方ない。死ぬの覚悟でちょっと戦いましょうか……」

このゲーム始まって初のデスペナルティ。それを覚悟したうえでの戦闘だ。
それに、今ならばイベントの開催日程すらも詳細に出ていないために丁度いい。
……イベント前にデスペナルティ味わっておきましょうか。

そう考え、足を止める。
そして背後を振り返りながら、【シャープエッジ】と【霧の外套】を発動させた。
ソルジャーゾンビの数は5。足音である程度の数を把握していたつもりだったが予想よりも少なかったようだ。
その後ろから赤色のコマンダーゾンビが続く形で走ってきていた。

「捨て身の特攻なんて本当に久しぶりねぇ」

私はそんな姿を見ながら、右目を細め意識してそれらを視てみる。
やはりというか、なんというか。名称以外には特に気になるものは出現しなかった。
軽く嘆息しながら、私はナイフを構え先頭を走るソルジャーゾンビに切りかかった。

タイミングを合わせるように。
激突スレスレで横に逸れ、ナイフの刃を当てるようにして胴を切る。
決して良い切れ味ではないナイフの為か、切った時の感触は肉を切ったようなものではなく、どちらかといえば肉を打つような。そんな感触。

即座に効果の切れた【霧の外套】を再使用しつつ、来た道を戻るように後ろへ飛ぶ。
その瞬間、私の居た位置へと3本の剣が振り下ろされるのが見えた。
普通の、それこそ私達が攻略した方の【劇場作家の洋館】で出現するソルジャーゾンビでは絶対にありえない行動だ。
ハードモード特有の行動かもしれないが、コマンダーの影響の可能性も捨てきれないのが厄介な所か。

私に切られた個体は別段大して堪えた様子もなく、HPゲージを見てみても4分の1も削れていないのが分かる。
長い戦いになりそうだ。


ざくりと、一撃。
そしてそれに合わせて振り下ろされる剣を避けつつ、もう一撃。
【霧の外套】を使っていないためか、HPゲージの減りは少なく2回切ってようやく先ほどと同じ程度の量のゲージが減っていった。
私とソルジャーたちの戦闘は、点々と場所を移しながらも数分ほど続いていた。

……コマンダーだけ、何もしてこない。
この数分で、こちらの攻撃のタイミングを学習したのか徐々に私が避けるタイミングに剣を合わせてきているソルジャーに対し、コマンダーは場所を移す私達の戦闘についてくるだけで、何もしていない。
強いて言うならば、戦闘を観察しているような雰囲気があるだけだろうか。

思えば、コマンダーだけは特に私に対して攻撃を行ってきていなかった。
やったことといえば、ソルジャーを呼び寄せたくらいで他の目に見える行動はしてきていない。
……もしかしてコマンダーってプレイヤーでいう支援専門のモブ?

それこそエースのような見た目をしているために、どこかしらでこちらを襲ってくるのではないかと思っていたが、納得はいく。

「一度試してみてもいいかもしれないわね」

コマンダーへの直接攻撃。
今まで試してなかった理由は簡単で、単純に強そうだったから。
ソルジャーたち取り巻きをしっかりと倒してから挑んだ方がいいとさえ考えていた。

しかし、その前提が崩れるならばどうだろうか。
コマンダーは弱く。だからこそ取り巻きに身を守らせている。
その身を守らせる過程で、彼らの性能を底上げしているのではないか?
そう仮定し、行動へと移す。

間違っていた場合は考えない。
元々死ぬ覚悟があって戦闘しているのだ。そこを気にしても仕方がない。

足に力を入れ、飛び出すようにコマンダーに向かって走り出す。
私に出来る限りのスピードで、ソルジャー達からの攻撃を致命的なもの以外は無視をして。時にナイフで受け流すように剣を逸らしながらも前へ前へ進んで行く。
そんな私の様子に気付いたコマンダーゾンビは、走り出す。私に向かってではなく、当然私から逃げるようにしてだ。

その行動は、私の仮定が正しかったことを証明するものであり。
つまりはこの長い長い戦闘の勝利条件がやっと明確になったことを示すものだった。
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