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第17話 それでも俺はやってない
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数日前、魔人ジレは魔王ドランゼスがいる魔王城ドランゼス城へとやってきていた。
贅の限りを尽くされた魔王城内でも一際高価な装飾品で彩られた玉座の間には魔人ジレとその男が向き合っている。
「勘弁してくれ。もうアンタには逆らわない。魔王の座も今日で返上する」
そんな情けないセリフを吐いた男こそ、この国の魔王にして最高権力者である魔王ドランゼス。
そんな強者であるはずの魔王ドランゼスが一介の魔人でしかないジレに必死に頭を下げていた。
既に魔王城内にいた四天王3名を含む配下の全てがたった一人やってきた魔人ジレに敗れ、魔王ドランゼス自身も手も足も出ずに敗れていたのだ。
「お前さー」
ジレに喋りかけられたドランゼスの身体がビクリと震えた。
既にドランゼスはジレによって抵抗の意思をへし折られている。
この後に続くジレの言葉でドランゼスの命運は決まるのだ。
そしてジレはにこやかな笑顔をドランゼスへと向けた。
「陰でフェアリーメルト領は落ち目って言ったらしいね? 領地運営ができない小娘に領主に据えたフェアリーメルトに未来はないってさ」
「言ってな——」
「言ったよね?」
「……すいません。言いました」
ジレの笑顔の圧力に押されたドランゼスはすぐに口を割った。
この時、初めてドランゼスは魔王城に攻め入ってきた化け物の正体がフェアリーメルト領の関係者だと知り、あの時の発言を後悔した。
「俺はさぁ、常々思っていたんだよね。なぜあんなにも愛らしいメリエス様がたった1つの領地の領主に甘んじているのか? それどころかお前程度の魔人に舐められているのか? ってな」
「……愛らしい?」
ドランゼスには魔人ジレの言っている意味は分からなかった。
ドランゼスはフェアリーメルトの領主である魔人を見たこともなければ名前を聞いた事すらなかった。
だが、部下からの報告で甘やかされて育った末娘がなぜか嫡男であるはずの魔人を差し置いて領主になったと聞いていた。
魔人の世界は完全実力社会なので容姿など基本的にはまったく意味を持たない。
どれだけ美しくても実力がなければ魔人社会では生きてはいけないのである。
そんなドランゼスの思考を読み取ったわけではないが、ジレは更に笑顔を見せてドランゼスに言った。
「何がおかしい? お前にはメリエス様の素晴らしさが理解できないか?」
ドランゼスは知っていた。
ジレのこの笑顔の裏にはとてつもない狂気を孕んでいると。
ここで対応を間違えれば四天王はおろか魔王である自分ですら葬り去りえる攻撃が飛んでくるのだ。
ゆえにドランゼスが取る行動はたった一つしかなかった。
「そ、そんなわけないじゃないですかー! 可愛いですよねー! メリエス様! もう抱きしめたいくらいです!」
ドランゼスはメリエスを見たことがないので容姿など分かるはずもないし、名前ですらつい数秒前に知ったばかりである。
だが、知らなくても容姿を褒めればジレの機嫌が収まると直感的に悟って出した言葉だったが、少し詰めが甘かった。
「お、お前如きがメリエス様を抱きしめるだと!? それをやっていいのは世界でこの俺一人だけだ!」
狂気を孕んだ笑顔でジレがドランゼスの巨体を首を絞め上げながら持ち上げた。
「ま、ま、待ってくれ! それほどまでに愛らしいという意味です! 私如きが抱きしめるなど恐れ多いという事は分かっています!」
首を絞められながらもはっきりと口にできたのは流石は元魔王といったところだろう。
「分かっているならいいんだ。悪かったな。俺はメリエス様の事となると少し我を忘れてしまうんだ。気を付けてくれ」
「は、はい」
「それでだ。お前は魔王をやめると言ったな。そうなればこの国の次期魔王を決めなくてはならない。参考までに聞くがお前はその魔王の座に誰が相応しいと思う」
普通であれば魔王を倒した者が次期魔王となるのが一般的である。
そんな事はドランゼスも百も承知で普通ここは「私を倒した貴方が相応しい」と応えるのが正解だろう。
だが、ドランゼスも馬鹿ではない。
この状況で答えるべきは目の前にいる魔人の名ではなく——。
「せ、世界で最も愛らしいメリエス様が適任かと」
ドランゼスが恐る恐るそう言うと、ジレはドランゼスの肩をポンポンと叩いて上機嫌の方の笑みを浮かべた。
「そうだな、俺もそれが良いと思っていた所だ。只のクソ野郎かと思っていたが、なかなか見どころがあるやつだな。そこでお前に頼みがあるんだ。聞いてくれるか」
「はい、なんでしょう?」
「未だに世界はメリエス様の愛らしさに気付いていない者が多すぎる。だから、フェアリーメルト家に手紙を出してくれ。いかにもお前がメリエス様にボコボコにされました風を装ってな。絶対にくれぐれも俺の名前は出すなよ」
いまいちしっくり来てなさそうなドランゼスだが、ドランゼスにはジレという名を教えていないのでそもそも手紙にジレの名前を書きようがない。
つまりはメリエスという魔人をゴリゴリに推薦する書状さえ出せばいいという事だけドランゼスは理解した。
「分かりました。後で送っておきます」
「それとあとはだな……。メリエス様のお屋敷を魔王城に改築するから金をくれ。あと国の運営資金もいるな。その分の金もくれ。あとは——」
その後も理由をつけてはジレはドランゼスに金をせびった。
つまり要約すると有り金を全部寄こせという意味だ。
元々ドランゼスは戦いに敗れた時点で覚悟していた事なのですぐに了承することにした。
もちろん、余生を過ごす老後資金的な金は残すつもりだが、ドランゼスの手元には元々自分でも把握しきれない程の金貨がある。
その膨大な資金から比べればドランゼスの老後資金的な金など微々たるものでそのくらいはとジレも了承したのだった。
その後も国運営に必要な書類や物資も後々運搬する約束も取り付けてとりあえずドランゼスとジレの話し合いは粗方片付いた。
そして、仕事が片付きジレが帰ろうと「じゃあな」とドランゼスに挨拶した時だった。
「あっ!」
何かに気付いたのかドランゼスが声を上げた。
「どうした?」
「いやー、そのー、えーっと」
ドランゼスが何やら言いづらそうにモジモジしている。
巨体のおっさんのモジモジほど見るに堪えない物はないが、ジレは我慢しつつ問いただす。
「なんだ? 早く言え。早く帰ってメリエス様成分を注入しなければ俺が死んでしまうだろ」
ジレは実に丸一日メリエスと離れ離れになっていた。
だからこそジレは一刻も早くフェアリーメルト領に帰還してメリエス様成分を注入せねばならなかったのである。
だというのに、ドランゼスのモジモジは止まらない。更には額には脂汗が大量に浮かんでいた。
「あー、そういえばお前もう魔王じゃなかったよな? もう城とか必要ないよな?」
そう言ってジレが手のひらに凄まじい濃度の魔力球を作り出すと、ドランゼスは慌てたように言った。
「言います! 言いますから城は壊さないで! ……実は」
恐怖に駆られたドランゼスは全てを話し始めた。
簡単に説明すると現在ドランゼスの配下の元四天王がベーンヘルクという人間界の町に侵攻中とのことらしい。
人間界をこの手に納めるとかそんな大それた話ではなく単なる金品財宝目的での略奪らしい。
奪える者だけ奪ったらすぐに退散する略奪&アウェイ戦法なのだろう。
いかにも小物臭溢れるドランゼスらしい動機である。
(まぁこいつの手下じゃ勇者に出張られたらそれで終わりだからな)
正直、ジレから見ればドランゼス自身もそうだが、ドランゼスの配下も大した強さを持つ魔人はいなかった。
金集めと政治力のみで魔王の一角まで登りつめたというのがジレから見たドランゼスの印象である。
「い、今すぐ止めさせます。勝手な事をして本当に申し訳ありません」
ドランゼスは脂汗をそこら中に撒き散らしながら、元四天王へと連絡を取ろうとしたが、ジレに顔をぶん殴られた。
「い、痛い! なぜ殴るんですか!?」
「あ、すまん。つい。——じゃなかったまぁ待て。ちょっと落ち着こう。お前の配下が略奪へ向かったのはベーンヘルクと言ったか?」
理不尽な暴力を受けつつもドランゼスはジレの問いを肯定した。
「よし、その元四天王君はそのまま向かわせちゃおう。連絡が来ても居留守を使え。いいな?」
「はぁ」
ドランゼスは訳が分からないままジレの言う事を聞くことにしたのだった。
贅の限りを尽くされた魔王城内でも一際高価な装飾品で彩られた玉座の間には魔人ジレとその男が向き合っている。
「勘弁してくれ。もうアンタには逆らわない。魔王の座も今日で返上する」
そんな情けないセリフを吐いた男こそ、この国の魔王にして最高権力者である魔王ドランゼス。
そんな強者であるはずの魔王ドランゼスが一介の魔人でしかないジレに必死に頭を下げていた。
既に魔王城内にいた四天王3名を含む配下の全てがたった一人やってきた魔人ジレに敗れ、魔王ドランゼス自身も手も足も出ずに敗れていたのだ。
「お前さー」
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既にドランゼスはジレによって抵抗の意思をへし折られている。
この後に続くジレの言葉でドランゼスの命運は決まるのだ。
そしてジレはにこやかな笑顔をドランゼスへと向けた。
「陰でフェアリーメルト領は落ち目って言ったらしいね? 領地運営ができない小娘に領主に据えたフェアリーメルトに未来はないってさ」
「言ってな——」
「言ったよね?」
「……すいません。言いました」
ジレの笑顔の圧力に押されたドランゼスはすぐに口を割った。
この時、初めてドランゼスは魔王城に攻め入ってきた化け物の正体がフェアリーメルト領の関係者だと知り、あの時の発言を後悔した。
「俺はさぁ、常々思っていたんだよね。なぜあんなにも愛らしいメリエス様がたった1つの領地の領主に甘んじているのか? それどころかお前程度の魔人に舐められているのか? ってな」
「……愛らしい?」
ドランゼスには魔人ジレの言っている意味は分からなかった。
ドランゼスはフェアリーメルトの領主である魔人を見たこともなければ名前を聞いた事すらなかった。
だが、部下からの報告で甘やかされて育った末娘がなぜか嫡男であるはずの魔人を差し置いて領主になったと聞いていた。
魔人の世界は完全実力社会なので容姿など基本的にはまったく意味を持たない。
どれだけ美しくても実力がなければ魔人社会では生きてはいけないのである。
そんなドランゼスの思考を読み取ったわけではないが、ジレは更に笑顔を見せてドランゼスに言った。
「何がおかしい? お前にはメリエス様の素晴らしさが理解できないか?」
ドランゼスは知っていた。
ジレのこの笑顔の裏にはとてつもない狂気を孕んでいると。
ここで対応を間違えれば四天王はおろか魔王である自分ですら葬り去りえる攻撃が飛んでくるのだ。
ゆえにドランゼスが取る行動はたった一つしかなかった。
「そ、そんなわけないじゃないですかー! 可愛いですよねー! メリエス様! もう抱きしめたいくらいです!」
ドランゼスはメリエスを見たことがないので容姿など分かるはずもないし、名前ですらつい数秒前に知ったばかりである。
だが、知らなくても容姿を褒めればジレの機嫌が収まると直感的に悟って出した言葉だったが、少し詰めが甘かった。
「お、お前如きがメリエス様を抱きしめるだと!? それをやっていいのは世界でこの俺一人だけだ!」
狂気を孕んだ笑顔でジレがドランゼスの巨体を首を絞め上げながら持ち上げた。
「ま、ま、待ってくれ! それほどまでに愛らしいという意味です! 私如きが抱きしめるなど恐れ多いという事は分かっています!」
首を絞められながらもはっきりと口にできたのは流石は元魔王といったところだろう。
「分かっているならいいんだ。悪かったな。俺はメリエス様の事となると少し我を忘れてしまうんだ。気を付けてくれ」
「は、はい」
「それでだ。お前は魔王をやめると言ったな。そうなればこの国の次期魔王を決めなくてはならない。参考までに聞くがお前はその魔王の座に誰が相応しいと思う」
普通であれば魔王を倒した者が次期魔王となるのが一般的である。
そんな事はドランゼスも百も承知で普通ここは「私を倒した貴方が相応しい」と応えるのが正解だろう。
だが、ドランゼスも馬鹿ではない。
この状況で答えるべきは目の前にいる魔人の名ではなく——。
「せ、世界で最も愛らしいメリエス様が適任かと」
ドランゼスが恐る恐るそう言うと、ジレはドランゼスの肩をポンポンと叩いて上機嫌の方の笑みを浮かべた。
「そうだな、俺もそれが良いと思っていた所だ。只のクソ野郎かと思っていたが、なかなか見どころがあるやつだな。そこでお前に頼みがあるんだ。聞いてくれるか」
「はい、なんでしょう?」
「未だに世界はメリエス様の愛らしさに気付いていない者が多すぎる。だから、フェアリーメルト家に手紙を出してくれ。いかにもお前がメリエス様にボコボコにされました風を装ってな。絶対にくれぐれも俺の名前は出すなよ」
いまいちしっくり来てなさそうなドランゼスだが、ドランゼスにはジレという名を教えていないのでそもそも手紙にジレの名前を書きようがない。
つまりはメリエスという魔人をゴリゴリに推薦する書状さえ出せばいいという事だけドランゼスは理解した。
「分かりました。後で送っておきます」
「それとあとはだな……。メリエス様のお屋敷を魔王城に改築するから金をくれ。あと国の運営資金もいるな。その分の金もくれ。あとは——」
その後も理由をつけてはジレはドランゼスに金をせびった。
つまり要約すると有り金を全部寄こせという意味だ。
元々ドランゼスは戦いに敗れた時点で覚悟していた事なのですぐに了承することにした。
もちろん、余生を過ごす老後資金的な金は残すつもりだが、ドランゼスの手元には元々自分でも把握しきれない程の金貨がある。
その膨大な資金から比べればドランゼスの老後資金的な金など微々たるものでそのくらいはとジレも了承したのだった。
その後も国運営に必要な書類や物資も後々運搬する約束も取り付けてとりあえずドランゼスとジレの話し合いは粗方片付いた。
そして、仕事が片付きジレが帰ろうと「じゃあな」とドランゼスに挨拶した時だった。
「あっ!」
何かに気付いたのかドランゼスが声を上げた。
「どうした?」
「いやー、そのー、えーっと」
ドランゼスが何やら言いづらそうにモジモジしている。
巨体のおっさんのモジモジほど見るに堪えない物はないが、ジレは我慢しつつ問いただす。
「なんだ? 早く言え。早く帰ってメリエス様成分を注入しなければ俺が死んでしまうだろ」
ジレは実に丸一日メリエスと離れ離れになっていた。
だからこそジレは一刻も早くフェアリーメルト領に帰還してメリエス様成分を注入せねばならなかったのである。
だというのに、ドランゼスのモジモジは止まらない。更には額には脂汗が大量に浮かんでいた。
「あー、そういえばお前もう魔王じゃなかったよな? もう城とか必要ないよな?」
そう言ってジレが手のひらに凄まじい濃度の魔力球を作り出すと、ドランゼスは慌てたように言った。
「言います! 言いますから城は壊さないで! ……実は」
恐怖に駆られたドランゼスは全てを話し始めた。
簡単に説明すると現在ドランゼスの配下の元四天王がベーンヘルクという人間界の町に侵攻中とのことらしい。
人間界をこの手に納めるとかそんな大それた話ではなく単なる金品財宝目的での略奪らしい。
奪える者だけ奪ったらすぐに退散する略奪&アウェイ戦法なのだろう。
いかにも小物臭溢れるドランゼスらしい動機である。
(まぁこいつの手下じゃ勇者に出張られたらそれで終わりだからな)
正直、ジレから見ればドランゼス自身もそうだが、ドランゼスの配下も大した強さを持つ魔人はいなかった。
金集めと政治力のみで魔王の一角まで登りつめたというのがジレから見たドランゼスの印象である。
「い、今すぐ止めさせます。勝手な事をして本当に申し訳ありません」
ドランゼスは脂汗をそこら中に撒き散らしながら、元四天王へと連絡を取ろうとしたが、ジレに顔をぶん殴られた。
「い、痛い! なぜ殴るんですか!?」
「あ、すまん。つい。——じゃなかったまぁ待て。ちょっと落ち着こう。お前の配下が略奪へ向かったのはベーンヘルクと言ったか?」
理不尽な暴力を受けつつもドランゼスはジレの問いを肯定した。
「よし、その元四天王君はそのまま向かわせちゃおう。連絡が来ても居留守を使え。いいな?」
「はぁ」
ドランゼスは訳が分からないままジレの言う事を聞くことにしたのだった。
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