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後編
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時間をかけて、少しずつ鈴花が話してくれた。
ここは源氏のゆかりの者の屋敷だと言うこと。
平家のほとんどの者が壇ノ浦で亡くなったこと。
何人かの平家の者も捕らえられ、今は、どのような処遇にするか話し合っていること。
徳子は安徳天皇の母と言うことで、こうして世話役を付けて軟禁状態でいると言うことだった。
徳子は、その後、安徳天皇の後を追って自害しようとしたが、いざ死のうとすると入水したときの表現仕切れない苦しさと悲しさ押し寄せてきて、死のうとするその手が震えて力が入らなくなってしまう。
怖いからではない。苦しいのが嫌だからではない。
死のうとするとする度、なぜか力が入らなくなる。
そうしているうちに幾日か経った。
そんなある日、部屋の外で鈴花と武が何か話しをしていた。
その武将が徳子の部屋に少し顔を覗かせた。
まだ、うら若い武将だ。
徳子は、反射的にその武将を睨みつける!
それを見て鈴花が武将を部屋から遠ざけた。
あとから分かったのだが、その武将が徳子を海からすくい上げたそうだ。
また、部屋の外で他の女中がヒソヒソと話しているのが聞こえた。
「よく、平家のゆかりの者のお世話なんて出来るわね。あちらこちらで、平家の怨霊がでたって言うし、ああ、恐ろしい・・・」
それを耳にした徳子は、鈴花にたずねた。
「あなたはどうして私の世話が出来るの?」
「・・・そうですね、そうしたいからです」
少しづつ、鈴花は身の上を話した。
本当は鈴花には乳飲み子がいた。だが、先の戦にまきこまれ、その子は亡くなった。夫も戦死した。
「それならなおさら平家の者なんて、かかわりたくないでしょ?それとも互いに子供が亡くなった者同士だか?」
徳子は珍しく嫌味を含めて言った。
「いいえ、もう私は人を恨みたくないだけです。私の子が夫が亡くなったのは、誰か人のせいではなく、戦と言うもののせいです。それに、お互いに子を亡くした者同士だからではなく、ただ、私が徳子様のお世話をしたいと、そう思ったからです」
こののちも鈴花という女性は、徳子のそばに常に寄り添ってくれる存在となった。
さほど、時が経たないうちに徳子は京へ連れて行かれることになった。
徳子を含め源氏側の捕虜となった平家の者の処遇を京で決めるためだそうだ。
平家の者達や我が子と西へと逃げていた道を今度は源氏と共に東へと道をだどっている。
乗せられている牛車も今は一回りもふたまわりも狭い物だ。
目覚めてから世話をしてくれた鈴花も共に来ている。
長い長い旅路。
夜になってもあまり眠れない。
眠って、我が子の夢を見たら幸せだろうか?
・・いいえ、きっともっともっと辛くなる。
なぜ、私はここでこうしているのだろう?
なぜ、私はあちらに行けないのだろう?
徳子は、とりとめなくそんな想いをいだきながら牛車に揺られていた。
幾日も旅を続け、徳子は京に入った。
京の源氏の屋敷の一角にある小さな机が1つだけある8畳ほどの広さの狭い部屋に入れられた。
ここで、沙汰を待つようだ。
徳子は、もう今は気力というものは何もなかった。
ただ、明るくなるから目を開ける。暗くなるから、眠りにつく。
それでもお腹はすく。食事はとれる。
ーなぜ、食事が喉を通らないようにならないのか?私は生きようとしているの?ー
徳子は、ただ自分に下される沙汰によって楽になればいい、と思うばかりだった。
鈴花から他に捕らえられた平家の者達が斬首刑や流刑になったと聞かされた。
自分の沙汰を待つ間、
「ああ、きっと私ももうすぐあちら(あの世)へ行ける」
と、そればかり思っていた。
他の平家の者達の処遇を知らされた翌日。
鈴花が慌てて部屋に入ってきた。
「徳子様!徳子様は何のおとがめもありません!」
徳子は耳を疑った。
「徳子様は、安徳天皇の母君で国母であらせられます。そのような方を裁くことは出来ないと。」
徳子は一路の望みを絶たれた思いだった。
自分自身であの子の元に行けないのなら、この際、源氏の手によってでもと思っていた。それなのに…。
まもなく、徳子は今より広い部屋に移された。
そこからは中庭が見える。
鶯のさえずりもどこからか聞こえる。
「ああ、去年はあの子と共に鶯の声を聞いたのに…」
徳子は、なぜ自分だけがあの世に行けないのか。
なぜ、まだ生かされているのか。
中庭の植木の小枝に小鳥がとまった。
それをしばらくぼうっと見ていた。
「せめて、私が平家の者達を…(弔わねば)」
徳子はそう、呟いた。
徳子が仏門に入ることを決めたと知った鈴花は、すぐに動いた。
鈴花は、何かと世話を焼いてくれる若い武士に相談すると話は、あれよあれよという間に進んで行った。
ほどなくして、徳子さんを迎え入れてくる寺院が決まった。
鈴鹿も同じく仏門に入る事になり(子供や夫の供養のため)、鈴海外にも鈴海外にも他に数名のお付きの者と共に寺院へと共に向かった。
その寺院はさほど大きくはなく立派とは言えないが、ひっそりと山の麓にたたずんでいた。
しかし、しっかりと手入れされた綺麗な広い庭が有り、幾本も松の木が植えられていた。そして、白い塀にぐるっと囲まれているのが印象的だった。
ここで、徳子の尼としての生活が始まった。
朝、東の空が白ばむ頃にはすでに床を綺麗にたたみ、庭や宿坊の清掃。
朝食は、薄い粥と少しのおかずの質素なもの。
日中は、平家の者達や我が子を思いながら経を読み、座禅をし、写経をする。
合間に寺院の色んな場所の清掃をしている。
夕刻にまた一日2回の質素な食事。
そんな日々が静かに続いていた。
春に京に連れ戻されてから数カ月。季節は夏になっていた。
寺院の松の木に蝉がたくさんとまりに来る。
蝉の合唱はなかなか壮大なものだった。
そんな夏のある日。
仏像を奉っている本殿で徳子さんと数名が経を上げていた。
少しでも暑さを和らげるため、本殿の戸は、全て開かれていた。
よけいに蝉の声が本殿に入ってくる。
が、なぜか一瞬、その蝉の声がピタリと止んだ。
一呼吸後、カタカタと物と物が小さくぶつかり合う音が始まった。
次の瞬間!徳子は床から何かが付き上がるような大きな衝撃を受けた!
地震!!!
本殿内にある様々な物がこれでもかというほど倒れてくる!
徳子たちも逃げようにも立つことも出来ない!
終わりがない揺れのように感じたが、しばらくすると揺れがピタリとおさまった。
恐る恐る顔を上げ、震える足を何とか支えながら庭へと出ようとしたその時、再び大きな揺れが起こった!
目の前にたくさんの瓦が降ってきた!
もう数歩、前に出ていたら…。
その後は、先ほどのような大きな揺れは起きなかった。
庭に出てみると辺りが一変していた。
白はほとんど崩れ、見えなかったその塀の向こうの景色がはっきりと見えるようになっていた。
振り返り本殿の方を見ると少し傾き、屋根瓦の大部分が崩れ落ちてはいた。それでも本殿の柱が太くしっかりとしたものを使って建てられていたので、建物自体はまあ無事と言っても良かった。
この地震の被害はかなり大きなもののようで、京の都の大部分の家屋が倒壊し、また、火事が起こりかなり延焼が広がってしまった。
徳子のお寺でも焼け出されてしまった人々が多く避難してきた。
そんな中、この地震は平家の怨念のせいだ、と言うことを耳にした。
鈴鹿が「そんなわけあるはずないです」と、何も言わない徳子の代わりに呟くように言った。
そして、鈴鹿は続けた。
「皆、何かのせいにしたいんですよ。何で、自分がこんな目に会わなきゃいけないんだって。何か目に見えない大きな力のせいにした方が気が紛れるんです」
いくら仏門に入ったとはいえ、それからの日々は精神的にもあまりいい物ではなかった。
それからしばらくして、徳子に大原の地に行く話が持ちかけられ、こうして、徳子は大原の寂光院に行くことになった。
大地震の後、地震が起こったのは平家の呪いだと言う噂はなかなか消えなかった。
徳子は、そんな噂はまるで全く気にしていないように過ごしていた。
しかし、心情はいいものなはずかないだろう、と、庵主(尼寺の住職・責任者)が徳子に大原行きを勧めた。
ほどなくして、徳子は鈴鹿と共に大原の寂光院へ向かった。
道中は歩きだったが、折々で人々が声をかけ荷馬車に乗せてくれたりと、人の温かさを感じることが多々あった。
何段もある階段を上ると、そこはまるで幾重もの反物を広げたかのように赤や橙や黄色の紅葉に包まれた寂光院が徳子の目に飛び込んできた。
「まあ、良い季節に来ましたね」
鈴鹿が呟く。
徳子は、この寂光院を目にして、何故だか(やっと来ることが出来た)と、思った。
そして、その日から寂光院での新たな日々が始まった。
京の尼寺よりも質素な生活ではあった。
ある日、茶トラの猫が寺に迷い込んで来た。
「あらあら、ここは寺だからお前が食べれるような物はないのよ」
「あ、もしかしたら…」
徳子は、自分の夕食の予定の豆腐を持ってきて、その猫にやった。
猫は、用心深くその豆腐を臭ったが、おもむろに食べ始めた。
それを徳子は嬉しそうに眺めていた。
それからいくらか時が過ぎ、ある日、ふいに後白河法皇が訪ねて来た。
徳子は、ただただ穏やかに今の生活や少しだけ昔の話しをした。
それからまた幾年か時が流れたある冬。
その年の雪の降り始めは遅かった。
ある寒い日、いやに鈴鹿が咳き込んでいた。
徳子は、大事を取ってと早めに鈴鹿を床につかせた。
その日から鈴鹿は寝込んでしまった。
ある日、鈴鹿が言った。
「今年はなかなか雪が降らないですね。もう、椿が咲いてしまったのに。赤い椿と白い雪があるのがとても綺麗で、私、大好きなんです」
それから数日後、鈴鹿の待っていた雪が少し積もった。
それを知らせに鈴鹿の元へ徳子が行くと・・・。
鈴鹿は少し微笑むような表情で、もう二度と覚めることのない眠りについていた。
それからの何度も冬が繰り返された。
徳子は他の寺院との交流をたまにしており、親しい者のいる寺院にしばらく世話になっていた。
そんな折、徳子は身体に異変を感じた。
だるいと言うよりかは身体がすごく重たく感じるようになり、寝込むことが多くなった。
徳子はその穏やかな雰囲気と、元々人を安心させる何かを持っていて、尼たちに慕われていた。
徳子の具合が悪くなると皆がよく世話をしてくれた。
最近は寒さも弱まり、暖かな日も多くなったある日、一人の尼僧が徳子さんの部屋の前に来て、ゆっくりと戸を開けた。
春風がふんわりと徳子の部屋に舞い込んで、幾枚かの桜の花びらを連れてきた。
その花びらが、徳子の頬にスッと降りた。
その時、徳子は今まで身体がとても重たくて仕方がなかったのが嘘のようにとても軽く感じていた。
少し先に暖かく穏やかな光が見えた。
「ああ、やっと…」
徳子は、ゆっくりとその光へ手を差し出した。
ー終幕ー
ここは源氏のゆかりの者の屋敷だと言うこと。
平家のほとんどの者が壇ノ浦で亡くなったこと。
何人かの平家の者も捕らえられ、今は、どのような処遇にするか話し合っていること。
徳子は安徳天皇の母と言うことで、こうして世話役を付けて軟禁状態でいると言うことだった。
徳子は、その後、安徳天皇の後を追って自害しようとしたが、いざ死のうとすると入水したときの表現仕切れない苦しさと悲しさ押し寄せてきて、死のうとするその手が震えて力が入らなくなってしまう。
怖いからではない。苦しいのが嫌だからではない。
死のうとするとする度、なぜか力が入らなくなる。
そうしているうちに幾日か経った。
そんなある日、部屋の外で鈴花と武が何か話しをしていた。
その武将が徳子の部屋に少し顔を覗かせた。
まだ、うら若い武将だ。
徳子は、反射的にその武将を睨みつける!
それを見て鈴花が武将を部屋から遠ざけた。
あとから分かったのだが、その武将が徳子を海からすくい上げたそうだ。
また、部屋の外で他の女中がヒソヒソと話しているのが聞こえた。
「よく、平家のゆかりの者のお世話なんて出来るわね。あちらこちらで、平家の怨霊がでたって言うし、ああ、恐ろしい・・・」
それを耳にした徳子は、鈴花にたずねた。
「あなたはどうして私の世話が出来るの?」
「・・・そうですね、そうしたいからです」
少しづつ、鈴花は身の上を話した。
本当は鈴花には乳飲み子がいた。だが、先の戦にまきこまれ、その子は亡くなった。夫も戦死した。
「それならなおさら平家の者なんて、かかわりたくないでしょ?それとも互いに子供が亡くなった者同士だか?」
徳子は珍しく嫌味を含めて言った。
「いいえ、もう私は人を恨みたくないだけです。私の子が夫が亡くなったのは、誰か人のせいではなく、戦と言うもののせいです。それに、お互いに子を亡くした者同士だからではなく、ただ、私が徳子様のお世話をしたいと、そう思ったからです」
こののちも鈴花という女性は、徳子のそばに常に寄り添ってくれる存在となった。
さほど、時が経たないうちに徳子は京へ連れて行かれることになった。
徳子を含め源氏側の捕虜となった平家の者の処遇を京で決めるためだそうだ。
平家の者達や我が子と西へと逃げていた道を今度は源氏と共に東へと道をだどっている。
乗せられている牛車も今は一回りもふたまわりも狭い物だ。
目覚めてから世話をしてくれた鈴花も共に来ている。
長い長い旅路。
夜になってもあまり眠れない。
眠って、我が子の夢を見たら幸せだろうか?
・・いいえ、きっともっともっと辛くなる。
なぜ、私はここでこうしているのだろう?
なぜ、私はあちらに行けないのだろう?
徳子は、とりとめなくそんな想いをいだきながら牛車に揺られていた。
幾日も旅を続け、徳子は京に入った。
京の源氏の屋敷の一角にある小さな机が1つだけある8畳ほどの広さの狭い部屋に入れられた。
ここで、沙汰を待つようだ。
徳子は、もう今は気力というものは何もなかった。
ただ、明るくなるから目を開ける。暗くなるから、眠りにつく。
それでもお腹はすく。食事はとれる。
ーなぜ、食事が喉を通らないようにならないのか?私は生きようとしているの?ー
徳子は、ただ自分に下される沙汰によって楽になればいい、と思うばかりだった。
鈴花から他に捕らえられた平家の者達が斬首刑や流刑になったと聞かされた。
自分の沙汰を待つ間、
「ああ、きっと私ももうすぐあちら(あの世)へ行ける」
と、そればかり思っていた。
他の平家の者達の処遇を知らされた翌日。
鈴花が慌てて部屋に入ってきた。
「徳子様!徳子様は何のおとがめもありません!」
徳子は耳を疑った。
「徳子様は、安徳天皇の母君で国母であらせられます。そのような方を裁くことは出来ないと。」
徳子は一路の望みを絶たれた思いだった。
自分自身であの子の元に行けないのなら、この際、源氏の手によってでもと思っていた。それなのに…。
まもなく、徳子は今より広い部屋に移された。
そこからは中庭が見える。
鶯のさえずりもどこからか聞こえる。
「ああ、去年はあの子と共に鶯の声を聞いたのに…」
徳子は、なぜ自分だけがあの世に行けないのか。
なぜ、まだ生かされているのか。
中庭の植木の小枝に小鳥がとまった。
それをしばらくぼうっと見ていた。
「せめて、私が平家の者達を…(弔わねば)」
徳子はそう、呟いた。
徳子が仏門に入ることを決めたと知った鈴花は、すぐに動いた。
鈴花は、何かと世話を焼いてくれる若い武士に相談すると話は、あれよあれよという間に進んで行った。
ほどなくして、徳子さんを迎え入れてくる寺院が決まった。
鈴鹿も同じく仏門に入る事になり(子供や夫の供養のため)、鈴海外にも鈴海外にも他に数名のお付きの者と共に寺院へと共に向かった。
その寺院はさほど大きくはなく立派とは言えないが、ひっそりと山の麓にたたずんでいた。
しかし、しっかりと手入れされた綺麗な広い庭が有り、幾本も松の木が植えられていた。そして、白い塀にぐるっと囲まれているのが印象的だった。
ここで、徳子の尼としての生活が始まった。
朝、東の空が白ばむ頃にはすでに床を綺麗にたたみ、庭や宿坊の清掃。
朝食は、薄い粥と少しのおかずの質素なもの。
日中は、平家の者達や我が子を思いながら経を読み、座禅をし、写経をする。
合間に寺院の色んな場所の清掃をしている。
夕刻にまた一日2回の質素な食事。
そんな日々が静かに続いていた。
春に京に連れ戻されてから数カ月。季節は夏になっていた。
寺院の松の木に蝉がたくさんとまりに来る。
蝉の合唱はなかなか壮大なものだった。
そんな夏のある日。
仏像を奉っている本殿で徳子さんと数名が経を上げていた。
少しでも暑さを和らげるため、本殿の戸は、全て開かれていた。
よけいに蝉の声が本殿に入ってくる。
が、なぜか一瞬、その蝉の声がピタリと止んだ。
一呼吸後、カタカタと物と物が小さくぶつかり合う音が始まった。
次の瞬間!徳子は床から何かが付き上がるような大きな衝撃を受けた!
地震!!!
本殿内にある様々な物がこれでもかというほど倒れてくる!
徳子たちも逃げようにも立つことも出来ない!
終わりがない揺れのように感じたが、しばらくすると揺れがピタリとおさまった。
恐る恐る顔を上げ、震える足を何とか支えながら庭へと出ようとしたその時、再び大きな揺れが起こった!
目の前にたくさんの瓦が降ってきた!
もう数歩、前に出ていたら…。
その後は、先ほどのような大きな揺れは起きなかった。
庭に出てみると辺りが一変していた。
白はほとんど崩れ、見えなかったその塀の向こうの景色がはっきりと見えるようになっていた。
振り返り本殿の方を見ると少し傾き、屋根瓦の大部分が崩れ落ちてはいた。それでも本殿の柱が太くしっかりとしたものを使って建てられていたので、建物自体はまあ無事と言っても良かった。
この地震の被害はかなり大きなもののようで、京の都の大部分の家屋が倒壊し、また、火事が起こりかなり延焼が広がってしまった。
徳子のお寺でも焼け出されてしまった人々が多く避難してきた。
そんな中、この地震は平家の怨念のせいだ、と言うことを耳にした。
鈴鹿が「そんなわけあるはずないです」と、何も言わない徳子の代わりに呟くように言った。
そして、鈴鹿は続けた。
「皆、何かのせいにしたいんですよ。何で、自分がこんな目に会わなきゃいけないんだって。何か目に見えない大きな力のせいにした方が気が紛れるんです」
いくら仏門に入ったとはいえ、それからの日々は精神的にもあまりいい物ではなかった。
それからしばらくして、徳子に大原の地に行く話が持ちかけられ、こうして、徳子は大原の寂光院に行くことになった。
大地震の後、地震が起こったのは平家の呪いだと言う噂はなかなか消えなかった。
徳子は、そんな噂はまるで全く気にしていないように過ごしていた。
しかし、心情はいいものなはずかないだろう、と、庵主(尼寺の住職・責任者)が徳子に大原行きを勧めた。
ほどなくして、徳子は鈴鹿と共に大原の寂光院へ向かった。
道中は歩きだったが、折々で人々が声をかけ荷馬車に乗せてくれたりと、人の温かさを感じることが多々あった。
何段もある階段を上ると、そこはまるで幾重もの反物を広げたかのように赤や橙や黄色の紅葉に包まれた寂光院が徳子の目に飛び込んできた。
「まあ、良い季節に来ましたね」
鈴鹿が呟く。
徳子は、この寂光院を目にして、何故だか(やっと来ることが出来た)と、思った。
そして、その日から寂光院での新たな日々が始まった。
京の尼寺よりも質素な生活ではあった。
ある日、茶トラの猫が寺に迷い込んで来た。
「あらあら、ここは寺だからお前が食べれるような物はないのよ」
「あ、もしかしたら…」
徳子は、自分の夕食の予定の豆腐を持ってきて、その猫にやった。
猫は、用心深くその豆腐を臭ったが、おもむろに食べ始めた。
それを徳子は嬉しそうに眺めていた。
それからいくらか時が過ぎ、ある日、ふいに後白河法皇が訪ねて来た。
徳子は、ただただ穏やかに今の生活や少しだけ昔の話しをした。
それからまた幾年か時が流れたある冬。
その年の雪の降り始めは遅かった。
ある寒い日、いやに鈴鹿が咳き込んでいた。
徳子は、大事を取ってと早めに鈴鹿を床につかせた。
その日から鈴鹿は寝込んでしまった。
ある日、鈴鹿が言った。
「今年はなかなか雪が降らないですね。もう、椿が咲いてしまったのに。赤い椿と白い雪があるのがとても綺麗で、私、大好きなんです」
それから数日後、鈴鹿の待っていた雪が少し積もった。
それを知らせに鈴鹿の元へ徳子が行くと・・・。
鈴鹿は少し微笑むような表情で、もう二度と覚めることのない眠りについていた。
それからの何度も冬が繰り返された。
徳子は他の寺院との交流をたまにしており、親しい者のいる寺院にしばらく世話になっていた。
そんな折、徳子は身体に異変を感じた。
だるいと言うよりかは身体がすごく重たく感じるようになり、寝込むことが多くなった。
徳子はその穏やかな雰囲気と、元々人を安心させる何かを持っていて、尼たちに慕われていた。
徳子の具合が悪くなると皆がよく世話をしてくれた。
最近は寒さも弱まり、暖かな日も多くなったある日、一人の尼僧が徳子さんの部屋の前に来て、ゆっくりと戸を開けた。
春風がふんわりと徳子の部屋に舞い込んで、幾枚かの桜の花びらを連れてきた。
その花びらが、徳子の頬にスッと降りた。
その時、徳子は今まで身体がとても重たくて仕方がなかったのが嘘のようにとても軽く感じていた。
少し先に暖かく穏やかな光が見えた。
「ああ、やっと…」
徳子は、ゆっくりとその光へ手を差し出した。
ー終幕ー
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