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第6章 退散

第38話 終結

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「これは何かな、メイプル・サクロート」

「何もないわ。表に書いてある通りよ、クソジジイ」

 学院長の部屋で、メイプルは一つの書面を提出していた。
 その表紙には、綺麗な字で「退学届」と記されている。


 あれから、メイプルはすぐに倒れ、医務室で3日間もの間、昏睡状態となった。

 メンタルパワードレインによる魔力の吸収。
 その後に放ったアバランシュ・リンドヴルムによる魔力消費。

 それだけでも、常人の30人分には匹敵する魔力だ。
 昏睡で済んでいるあたりがおかしい、と苦笑いで答えたのは、医務室の先生だった。


 ミリスは、あの魔法の中でも生きていた。

 正確には、メイプルの魔法のコントロールにより、生き残らせられたのだ。
 そして、しばらくは監獄で過ごしていたが、ある時外へ出された。

 その目の前には、師たるメイプルが佇立していた。

「……世界を変えたかったの。こんな、ひどく理不尽な世界を」

 それだけ言うと、黙り込んだ。
 そんなミリスを見て、メイプルは断罪する。

「そうね。この世界は、本当に理不尽だらけだわ。生まれが違う。ただそれだけで、まともな教育なんて受けられもしない。それについては、私も同感」

 一旦言葉を切り、以降は怒気を含めて続ける。

「でも、やり方が間違いすぎたわね。悪魔の世界にしたところで、それが改善されるはずが無い。そんな世界を望んだところで、先にあるのは、ただの絶望よ」

「…………」

「あと、私は言ったわね。あんたに、魔法を使う資格は無い。だから、魔術師にとって最も残酷な刑を執行するわ」

 メイプルは、ミリスの頭に小さなサークレットを被せる。
 そして、詠唱を開始する。

「ぁ……ぁぁぁあああああああっ!!」

 頭を押さえて悲鳴を上げる。
 その悲鳴は、メイプルの詠唱が終わるまで続く。


 時間にして1時間程。
 ようやく魔法が完成した。

 玉の汗をかいているメイプルは、その魔法の説明をする。

「キャスティング・ギアスよ。私が死ぬか、または、あんたが死ぬまで、このサークレットを外せない。外そうとすると、身体全身に激痛が走る。そして、魔法を使おうと、己の魔力を動かした時も同様よ。その激痛に耐えながらの詠唱は不可能。つまり、あんたはもう魔法が使えないの。魔術師にとって、これほどの極刑は無いでしょう?」

 ミリスは、既に痛みに耐えきれず気を失っている。
 そんなミリスを余所に、メイプルは学院長の部屋へ向かった。




「で、今ここにいると、そういうことじゃな?」

「はい。これは私のケジメですから」

「ケジメとな」

「こうなった原因は、私がミリスに魔法を教えたからです」

「ふむ、なるほどのぅ」

 髭に手を当てて、メイプルを直視するリトグリフ学院長。
 その視線を受けても、目を反らす気配など無い。

「じゃが、メイドたちには、自由時間には魔法を習わせていた。となれば、時間の問題だったという可能性もあるぞ?」

「そういう問題では無いかと。私の教えた何かの術式が、ミリスの持つ何かに火をつけた。これは覆すことの出来ない事実でしょう。それならば、相応の責任は取るべきです」

「ふむぅ。これは、決心が固そうじゃの」

「半端な気持ちで退学届けなど出すものですか」

「じゃがのぅ、お前さんはこの学院のトップシークレット、つまりイビルゲートの事を知ってしまっておるんだぞ。野放しにするわけにはいかんのう」

「それは、学院長が勝手にお話しされたことでは?」

「ポロッと言ってしまったのはワシじゃ。じゃが、お前さんは「知ってしまった」。その重さは、わかっておろう?」

「……このクソジジイ」

 確かに、それだけの情報であることは間違い無い。
 それを、こんな時の足枷に使ってくるとは。

 まさにクソジジイである。

「そう怖い顔するでない。まさか、神話レベルの氷魔法、アバランシュを使うような魔術師に喧嘩を売るつもりは無いわい」

「もう売ってるようなものですが……」

「おや、それは失敬したの」

 ほっほっほ、と笑いながら言うが、メイプルには笑えない。

「さて、お前さんの判断を聞こうか。どうする、メイプル・サクロート?」

 眉をしかめ、考え込むメイプル。
 3分ほどの時間が過ぎた時、思わず失笑したのは学院長だ。

 それには、さすがのメイプルも不機嫌に応答する。

「……何が面白かったんですか、このクソジジイ」

「いや、お前さんは本当に可愛い、そして優しい奴じゃとな」

「何ですか、それ」

「いやいや、そう怒るな。それにしてもお前さんは、表面上はぶっきらぼうじゃが、本当に優しいやつじゃ。こんな老いぼれが勝手に喋った秘密のことを気にして、どこまでも考え、自分と相手との間の最良の妥協点を探しておる」

「…………」

「じゃがの、たまには自分勝手にしたほうが良い場合もある。今回なんぞは、その典型じゃろうて。もう少し、ワガママに生きてみよ。周りの人間はの、大抵そうやって生きておるぞ」

「例えば爺さんみたいに、かしら?」

「そういうことじゃ」

 ほっほっほ、と笑う。
 それにつられ、メイプルも僅かに笑顔を見せる。

「良い顔じゃ。ま、出来れば、遠い将来には、お前さんを学院長にでもと思ったんじゃが」

「随分と買ってくれてますね。他の学校では、あんなに邪険にされたんですけど」

「素直じゃないからの、お前さんは。まぁ、お前さんが退学するというなら、止めはせんよ。だが、ワシはお前さんをいつまでも覚えていよう。何か力になれることがあれば、いつでも訪ねると良いぞ。戻る気になったら、それも大歓迎じゃ」

「それまでクソジジイが生きていれば、ですね」

「本当に口の悪い生徒じゃわい。ほれ、そうと決めたなら、とっとと去ね、去ね。学院の敷地を跨いで良いのは、生徒と講師だけぞ」

「はいはい。それじゃ、さよなら。クソジジイ!」

 何も憂いがないかのように、あっさりと後ろを振り向き、ドアへ向かうメイプル。
 そのドアノブに手をつけた時、思い出したように呟く老人。

「そうそう。メイドたちの処遇じゃが、あれはワシは全く知らなんだ。これからは、もっと監視を強め、もっとまともな講義を受けられるようにしておこうぞ」

 その言葉には返事をせず、扉を閉めた。





 学院の壁にある扉。

 最初に潜った門だ。
 ここでシロップと会い、講師棟に行って一悶着あった。

 少しばかりの思い出がメイプルの脳裏を過ぎる。

 ここを潜ると、本当にこの学院を去ることになる。
 だが、特に後顧の憂いも無い。
 まして、後悔なんてものも無い。

「さてさて。ではさらば、愛しの学院よ」

 独り言を残して、扉を思い切り閉めた。

 つもりだった。

 勢いよく閉めたので、大きな音が響くはずが、全く鳴らなかった。
 それが気になり、後ろを見ると、そこには。

「……シロップ?」

「メイプルさん……行っちゃうんですか?」

 玉の汗をかき、小さな荷物を持ったシロップ。
 メイド服ではなく、ローブを羽織り、シャツにズボンという旅仕様の格好でいる。

「何のつもり……とか聞いてほしいわけ?」

「そんなこと言われると、ちょっとショックなんですけど」

「ついてきたいっていうならお断りよ。旅なんて、聞こえはいいけど、決して楽なものじゃないわ。時にはそこらへんに生えてる草でも食べるし、野宿するときは野生生物に怯えながら寝るのよ。そんなんでもいいわけ?」

「もちろん、覚悟してます。私だって、子供の時にはもっとすごい生活をしてましたから」

 確か、ミリスがそんなことを叫んでいたような気がする。

 だが。

「それとこれとは話は別よ。それに、メイド仲間たちには知らせたの?」

「もちろんです。そして、みんな温かく見送ってくれました」

「はぁ……」

 深い溜め息。
 それには、シロップは不安げな表情を作って、次の言葉を待つ。

「……私は自分のことだけで精一杯だから、あくまでも自分のことしかしないわ。でも、進む先が一緒なら、付いてこられても仕方ないかもしれないわね」

 そう言って、メイプルは歩き出す。
 その言葉を受けて、しばらく考えるシロップ。

 僅かな時間の後、満面の笑顔になったシロップは、メイプルの後を必死に追いかけていった。
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