上 下
28 / 39
第6章 退散

第28話 脱獄

しおりを挟む
 肌に感じる冷たい感触と寒気で、くしゃみと共に目覚めるシロップ。

 周囲を見渡すと、上のほうに見えるランプのみが、ここの明るさを提供している。
 その明るさが、石造りの壁を一層暗く見せている。

 そんな暗い雰囲気の部屋に、今まで寝ていたベッドが1つあるが、あとは人1人が通れるくらいのスペースしかなく、通路との仕切りには格子が使われていた。

 こんな状況にあって、自分がどこにいるのか、などという愚問をするまでもない。

 ただ、シロップは混乱していた。

 何故自分が牢獄にいるのだろうか。
 ここ最近は何をしていただろう。

 どこから記憶があって、どこまでの記憶が無いのか。
 それすらも分からなくなっている。

 最後に見た光景は……。

 自問自答していると、通路の奥から靴の音が響く。
 柔らかな素材なのだろう。
 決して大きい音ではないが、何分あまりに静かなもので、よく聞こえてしまう。

「……誰?」

 奥にいる人に呼びかけるも、返事は無い。
 それでも、少しずつこちらに近づいてくる。

 次第に怖くなり、座り心地も最悪なベッドの端っこで縮こまる。

 だが、現れた姿を見て、安堵の息が漏れた。

「シロップ、大丈夫?」

「ミリス!」

 現れたのは、同僚の姿だった。
 現状を飲み込めない今のシロップにとって、無条件に安心する姿だった。

「ねぇ、ミリス。何で私、こんなところにいるの?」

「その話は後よ。さっさと逃げなさい」

「えっ、どういう意味?」

「いいから早くっ! あんた、濡れ衣着せられるわよっ!」

 逃げる?
 濡れ衣?

 なおさら混乱してくるが、その言葉と状況によって、自分が何か大変なことに巻き込まれていることは充分に理解した。

「苦労して手に入れたんだから、感謝してね」

 懐から取り出した鍵を牢の錠前に差すと、音を立てて錠が外れる。

「ちょっと、ミリス……どうやって!?」

「説明してる時間は無いんだってばっ! いいから、早く行くわよっ!」

 強引に手を引っ張り、外へ連れ出すミリス。
 シロップは、それに引かれて牢を脱ける。


 暗い階段を昇る。

 既設の灯りだけでは心許ないところだったが、ミリスの持ってきたカンテラは、それを補完する。

 螺旋状の石階段は、急ぐ2人の靴音を響かせる。
 その音を、同じく石で出来た壁が吸収していく。

 ランプの灯が2人の走る風を受けて僅かに揺れる。
 永遠のように思える階段も、あっという間に終わりが来た。

 目の前に木の扉。
 少しずつ開いて外を確認する。

 ミリスが1人出て更に周囲を確認すると、シロップを連れ出す。

 すでに周囲は真っ暗で、人の気配は無い。
 学院内であるため、野生動物は居ないものの、夜を征する虫たちが跋扈していた。

 そこでシロップはふと思い出す。

「ミリス、ここは学院だよ? 逃げるってどうやって?」

「いいから、とりあえず人のいない場所へ!」

 そう言いながら、林の中へ飛び込んだ。

 木々をかいくぐるように走る2人。
 闇夜に紛れた狼のごとく。

 2人の走りは、その林を熟知した上のもの。
 暗闇であっても、問題なく走り抜けていく。

「ねぇ、本当にどこに行くの?」

 シロップの問いに、ミリスは答えない。
 ただひたすらに、闇のただなかを走り続ける。

 2人とも、普段のハードな仕事をしているが故に、息が切れることはないが、訳も分からずに走るシロップには少々の疲労が見て取れる。

 それを見てか、ミリスは走りを止めた。

「はぁはぁ……ちょっと疲れちゃった」

 笑って言うシロップ。
 それを、黙って受けるミリス。

「ミリス……?」

 顔をのぞき込もうにも、下を俯き、見ることが出来ない。
 どうしたのかと、何度か繰り返していると。

「もう、本当に」

 微かに聞こえた声。

「えっ、何?」

 耳をたてていると、ようやく聞こえてきた。

 その言葉は、シロップには理解不能の言葉だ。
 だが、確実にシロップの鼓膜を刺激する言葉は。

「ダメじゃない。あんな簡単に捕まったら」

 笑いながら。
 心の底から笑ったような。

 それなのに、どこか無機質な。
 そんな笑顔を見せる。

 シロップに意味など分かるはずもない。
 シロップ以外の人間が聞けば、まだ意味は繋がるだろう。

 だが、彼女には分からない。
 彼女にだけは、理解出来ない。

 だが、尋常ならない気配だけを察知し、自然に後ずさりしてしまう。

「大分上手く行ってたんだけどね。でもさ、もうちょっとだけ足りないんだ。だからさ、お願い。もう一回、魔力を奪ってきて」

「あ、あの。ミリス?」

「聞こえなかった? じゃあもう一回お願いするわね。あなたは脱獄し、呪い魔法を使い、魔力を吸収しに回る。それを、私の元へ還元する」

「ミリス、何を言ってるの?」

「我との契約の元、おいでませ、主よ」

 シロップの言葉を無視し、簡単な詠唱をする。

 ミリスの下に魔法陣が描かれたと思うと、その中から障気と共に異形の者が現れる。

 巨大な身体。
 山羊の頭。
 人間の上半身。
 2本の馬の脚。
 蜥蜴のような尻尾。
 そして象徴するかのような、蝙蝠のごとき翼。


 誰しもが思い浮かべる、

 地獄でしか会うことのないと思われていた、

 悪魔。

 それ以外の、何者でもなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

信用してほしければそれ相応の態度を取ってください

haru.
恋愛
突然、婚約者の側に見知らぬ令嬢が居るようになった。両者共に恋愛感情はない、そのような関係ではないと言う。 「訳があって一緒に居るだけなんだ。どうか信じてほしい」 「ではその事情をお聞かせください」 「それは……ちょっと言えないんだ」 信じてと言うだけで何も話してくれない婚約者。信じたいけど、何をどう信じたらいいの。 二人の行動は更にエスカレートして周囲は彼等を秘密の関係なのではと疑い、私も婚約者を信じられなくなっていく。

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?

ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。 妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。 そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...