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第6章 退散
第28話 脱獄
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肌に感じる冷たい感触と寒気で、くしゃみと共に目覚めるシロップ。
周囲を見渡すと、上のほうに見えるランプのみが、ここの明るさを提供している。
その明るさが、石造りの壁を一層暗く見せている。
そんな暗い雰囲気の部屋に、今まで寝ていたベッドが1つあるが、あとは人1人が通れるくらいのスペースしかなく、通路との仕切りには格子が使われていた。
こんな状況にあって、自分がどこにいるのか、などという愚問をするまでもない。
ただ、シロップは混乱していた。
何故自分が牢獄にいるのだろうか。
ここ最近は何をしていただろう。
どこから記憶があって、どこまでの記憶が無いのか。
それすらも分からなくなっている。
最後に見た光景は……。
自問自答していると、通路の奥から靴の音が響く。
柔らかな素材なのだろう。
決して大きい音ではないが、何分あまりに静かなもので、よく聞こえてしまう。
「……誰?」
奥にいる人に呼びかけるも、返事は無い。
それでも、少しずつこちらに近づいてくる。
次第に怖くなり、座り心地も最悪なベッドの端っこで縮こまる。
だが、現れた姿を見て、安堵の息が漏れた。
「シロップ、大丈夫?」
「ミリス!」
現れたのは、同僚の姿だった。
現状を飲み込めない今のシロップにとって、無条件に安心する姿だった。
「ねぇ、ミリス。何で私、こんなところにいるの?」
「その話は後よ。さっさと逃げなさい」
「えっ、どういう意味?」
「いいから早くっ! あんた、濡れ衣着せられるわよっ!」
逃げる?
濡れ衣?
なおさら混乱してくるが、その言葉と状況によって、自分が何か大変なことに巻き込まれていることは充分に理解した。
「苦労して手に入れたんだから、感謝してね」
懐から取り出した鍵を牢の錠前に差すと、音を立てて錠が外れる。
「ちょっと、ミリス……どうやって!?」
「説明してる時間は無いんだってばっ! いいから、早く行くわよっ!」
強引に手を引っ張り、外へ連れ出すミリス。
シロップは、それに引かれて牢を脱ける。
暗い階段を昇る。
既設の灯りだけでは心許ないところだったが、ミリスの持ってきたカンテラは、それを補完する。
螺旋状の石階段は、急ぐ2人の靴音を響かせる。
その音を、同じく石で出来た壁が吸収していく。
ランプの灯が2人の走る風を受けて僅かに揺れる。
永遠のように思える階段も、あっという間に終わりが来た。
目の前に木の扉。
少しずつ開いて外を確認する。
ミリスが1人出て更に周囲を確認すると、シロップを連れ出す。
すでに周囲は真っ暗で、人の気配は無い。
学院内であるため、野生動物は居ないものの、夜を征する虫たちが跋扈していた。
そこでシロップはふと思い出す。
「ミリス、ここは学院だよ? 逃げるってどうやって?」
「いいから、とりあえず人のいない場所へ!」
そう言いながら、林の中へ飛び込んだ。
木々をかいくぐるように走る2人。
闇夜に紛れた狼のごとく。
2人の走りは、その林を熟知した上のもの。
暗闇であっても、問題なく走り抜けていく。
「ねぇ、本当にどこに行くの?」
シロップの問いに、ミリスは答えない。
ただひたすらに、闇のただなかを走り続ける。
2人とも、普段のハードな仕事をしているが故に、息が切れることはないが、訳も分からずに走るシロップには少々の疲労が見て取れる。
それを見てか、ミリスは走りを止めた。
「はぁはぁ……ちょっと疲れちゃった」
笑って言うシロップ。
それを、黙って受けるミリス。
「ミリス……?」
顔をのぞき込もうにも、下を俯き、見ることが出来ない。
どうしたのかと、何度か繰り返していると。
「もう、本当に」
微かに聞こえた声。
「えっ、何?」
耳をたてていると、ようやく聞こえてきた。
その言葉は、シロップには理解不能の言葉だ。
だが、確実にシロップの鼓膜を刺激する言葉は。
「ダメじゃない。あんな簡単に捕まったら」
笑いながら。
心の底から笑ったような。
それなのに、どこか無機質な。
そんな笑顔を見せる。
シロップに意味など分かるはずもない。
シロップ以外の人間が聞けば、まだ意味は繋がるだろう。
だが、彼女には分からない。
彼女にだけは、理解出来ない。
だが、尋常ならない気配だけを察知し、自然に後ずさりしてしまう。
「大分上手く行ってたんだけどね。でもさ、もうちょっとだけ足りないんだ。だからさ、お願い。もう一回、魔力を奪ってきて」
「あ、あの。ミリス?」
「聞こえなかった? じゃあもう一回お願いするわね。あなたは脱獄し、呪い魔法を使い、魔力を吸収しに回る。それを、私の元へ還元する」
「ミリス、何を言ってるの?」
「我との契約の元、おいでませ、主よ」
シロップの言葉を無視し、簡単な詠唱をする。
ミリスの下に魔法陣が描かれたと思うと、その中から障気と共に異形の者が現れる。
巨大な身体。
山羊の頭。
人間の上半身。
2本の馬の脚。
蜥蜴のような尻尾。
そして象徴するかのような、蝙蝠のごとき翼。
誰しもが思い浮かべる、
地獄でしか会うことのないと思われていた、
悪魔。
それ以外の、何者でもなかった。
周囲を見渡すと、上のほうに見えるランプのみが、ここの明るさを提供している。
その明るさが、石造りの壁を一層暗く見せている。
そんな暗い雰囲気の部屋に、今まで寝ていたベッドが1つあるが、あとは人1人が通れるくらいのスペースしかなく、通路との仕切りには格子が使われていた。
こんな状況にあって、自分がどこにいるのか、などという愚問をするまでもない。
ただ、シロップは混乱していた。
何故自分が牢獄にいるのだろうか。
ここ最近は何をしていただろう。
どこから記憶があって、どこまでの記憶が無いのか。
それすらも分からなくなっている。
最後に見た光景は……。
自問自答していると、通路の奥から靴の音が響く。
柔らかな素材なのだろう。
決して大きい音ではないが、何分あまりに静かなもので、よく聞こえてしまう。
「……誰?」
奥にいる人に呼びかけるも、返事は無い。
それでも、少しずつこちらに近づいてくる。
次第に怖くなり、座り心地も最悪なベッドの端っこで縮こまる。
だが、現れた姿を見て、安堵の息が漏れた。
「シロップ、大丈夫?」
「ミリス!」
現れたのは、同僚の姿だった。
現状を飲み込めない今のシロップにとって、無条件に安心する姿だった。
「ねぇ、ミリス。何で私、こんなところにいるの?」
「その話は後よ。さっさと逃げなさい」
「えっ、どういう意味?」
「いいから早くっ! あんた、濡れ衣着せられるわよっ!」
逃げる?
濡れ衣?
なおさら混乱してくるが、その言葉と状況によって、自分が何か大変なことに巻き込まれていることは充分に理解した。
「苦労して手に入れたんだから、感謝してね」
懐から取り出した鍵を牢の錠前に差すと、音を立てて錠が外れる。
「ちょっと、ミリス……どうやって!?」
「説明してる時間は無いんだってばっ! いいから、早く行くわよっ!」
強引に手を引っ張り、外へ連れ出すミリス。
シロップは、それに引かれて牢を脱ける。
暗い階段を昇る。
既設の灯りだけでは心許ないところだったが、ミリスの持ってきたカンテラは、それを補完する。
螺旋状の石階段は、急ぐ2人の靴音を響かせる。
その音を、同じく石で出来た壁が吸収していく。
ランプの灯が2人の走る風を受けて僅かに揺れる。
永遠のように思える階段も、あっという間に終わりが来た。
目の前に木の扉。
少しずつ開いて外を確認する。
ミリスが1人出て更に周囲を確認すると、シロップを連れ出す。
すでに周囲は真っ暗で、人の気配は無い。
学院内であるため、野生動物は居ないものの、夜を征する虫たちが跋扈していた。
そこでシロップはふと思い出す。
「ミリス、ここは学院だよ? 逃げるってどうやって?」
「いいから、とりあえず人のいない場所へ!」
そう言いながら、林の中へ飛び込んだ。
木々をかいくぐるように走る2人。
闇夜に紛れた狼のごとく。
2人の走りは、その林を熟知した上のもの。
暗闇であっても、問題なく走り抜けていく。
「ねぇ、本当にどこに行くの?」
シロップの問いに、ミリスは答えない。
ただひたすらに、闇のただなかを走り続ける。
2人とも、普段のハードな仕事をしているが故に、息が切れることはないが、訳も分からずに走るシロップには少々の疲労が見て取れる。
それを見てか、ミリスは走りを止めた。
「はぁはぁ……ちょっと疲れちゃった」
笑って言うシロップ。
それを、黙って受けるミリス。
「ミリス……?」
顔をのぞき込もうにも、下を俯き、見ることが出来ない。
どうしたのかと、何度か繰り返していると。
「もう、本当に」
微かに聞こえた声。
「えっ、何?」
耳をたてていると、ようやく聞こえてきた。
その言葉は、シロップには理解不能の言葉だ。
だが、確実にシロップの鼓膜を刺激する言葉は。
「ダメじゃない。あんな簡単に捕まったら」
笑いながら。
心の底から笑ったような。
それなのに、どこか無機質な。
そんな笑顔を見せる。
シロップに意味など分かるはずもない。
シロップ以外の人間が聞けば、まだ意味は繋がるだろう。
だが、彼女には分からない。
彼女にだけは、理解出来ない。
だが、尋常ならない気配だけを察知し、自然に後ずさりしてしまう。
「大分上手く行ってたんだけどね。でもさ、もうちょっとだけ足りないんだ。だからさ、お願い。もう一回、魔力を奪ってきて」
「あ、あの。ミリス?」
「聞こえなかった? じゃあもう一回お願いするわね。あなたは脱獄し、呪い魔法を使い、魔力を吸収しに回る。それを、私の元へ還元する」
「ミリス、何を言ってるの?」
「我との契約の元、おいでませ、主よ」
シロップの言葉を無視し、簡単な詠唱をする。
ミリスの下に魔法陣が描かれたと思うと、その中から障気と共に異形の者が現れる。
巨大な身体。
山羊の頭。
人間の上半身。
2本の馬の脚。
蜥蜴のような尻尾。
そして象徴するかのような、蝙蝠のごとき翼。
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