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第5章 囮捜査その果てに

第23話 犯人遭遇

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 時間にして16時。

 ここ何日間かの犯人の行動、及び今日の犯行時間のタイムラグから見て、おおよそ犯行に及ぶ頃合いだった。
 そんな中、ミリスは1人、不安げに学院内を歩いている。

 ミリスの表情は硬い。
 今までとは異なる緊張感が、ミリスの行動一つ一つに僅かな硬直を与えている。

 メイプルは、ミリスに予め打ち合わせをしていた。

「悪いんだけど、私は今まで以上にあなたから距離を置くわ。もしかしたら、犯人は私の存在に気づいているかもしれないの。だから、危険は承知で、あなたを少し1人にさせる。いいわね?」

「……はい。ちょっと怖いですけど、頑張ります」

「ありがとう、その意気でお願いね。何かあれば大きな声で叫んでちょうだい。そうしたらすぐに駆けつけるから」

 そうして、ミリスは1人、不安な気持ちを抱いたまま学院内をうろついていた。

 後ろにはメイプルがいる。
 そう思っていても。

 距離をとって付いてきてくれていると思っていても。
 その距離がどの程度なのか。

 それすらも分からなくて。
 振り返れば誰もいなくて。
 本当についてきてくれているのかも分からなくて。

 言い得もしない不安がミリスを掻き立てる。

 普段通り。
 通り慣れているはずの学院の路地が、急に薄気味悪いものに見えてしまう。

 それでも、踏み出さねばなるまい。
 こうした路地にこそ、犯人は潜んでいるのだから。

 歯を軽く食いしばり、僅かに震える足を前に運ぶ。
 靴の音が左右の壁に反射する。

 普段は気にも留めない音が。
 耳を。
 皮膚を刺激する。


 路も半ばに来たとき。

 前に現れる人影。
 黒いフードを被り、マントで身を包むその姿。
 おもむろに右手をミリスの方にかざしてきた。

「……何をしている?」

 この低い声は、男性だ。
 威圧とも言える言葉が、ミリスを襲う。

 この男、もしや……
 そう思うと、震えが止まらない。

 リトグリフ魔法学院は女学校だ。
 男子生徒などいない。

 講師にこそ男性が多いが、このような声は聞いたことがない。
 故に、ミリスの恐怖が心底から沸き立っている。

「何をしているのかと聞いている」

「ぁ、そ、その……」

「何だ、はっきり言え」

 上手く次の言葉が出ない。
 助けを呼びたい。

 でも、声が出ない。

 それでも、懸命に。
 今出来る最大の叫びを。
 ミリスはあげた。

「た、助けて……メイプルさーーん!」

 あまり大きな声とは言えない。
 それでも、周囲には、ミリスの叫びは響き渡った。

 木霊する声。
 声は左右の壁に跳ね飛ばされ。

(ぁ、あれ……?)

 そして、消えていった。

 叫んだらすぐに来てくれる。

 そう言っていたメイプルさん。

 彼女が。
 師匠が。

 英雄が来ない。

 そんな馬鹿な。

 すぐに来てくれると。
 そう約束したはずの、私の恩師。

 どうして。

 私を見捨ててしまったのだろうか。

 私の両親のように。
 私のことなど、どうでもよくなったのだろうか。

「おい、少し黙れ……」

 頭を押さえつつ、だが右手は前に出しながら、男は少しずつ前に進んでくる。
 ミリスは、それに合わせるように後ずさりすることしか出来ない。

 その後ずさりに、突如として限界が来た。
 踵に何かが当たった感覚。

 驚いて後ろを振り向くと、
 そこに、待望の姿を見た。

「メイプルさん……!」

「ミリス、大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」

「だ、だって、そこに……」

「そこ?」

 指を差す方向には、男が立っている。
 今にも倒れそうにして、こちらに歩み寄っている。

 ……倒れそうにしている?

 冷静によくよく見ると、相手は、見たことのある講師の1人だった。
 フードにマントではなく、毛布に身を包み、マスクをして今にも倒れそうにしている若い講師。

 そういえば、重病を患い、寮でしばらく休んでいる講師がいると聞いていた。
 まさかこんなところで出くわすとは思わなかった。

 きっと何かの用事で外に出たのだろう。
 それにしてもすごい格好だ。

 ヘナヘナとへたり込むミリスを、メイプルが途中でキャッチする。

「はぁ……びっくりしました」

「それはあっちの台詞かもね。あの先生、もう倒れそうよ」

「あは。そ、それもそうですね」

「ま、お陰様で犯人も捕まえたことだし、とりあえず行きましょうか」

「……えっ?!」

 ミリスは素っ頓狂な声をあげる。

 無理もあるまい。
 ミリスが助けを呼んでから、時間は空いたにせよ、まだ数秒しか経っていないのだ。

 その疑問を見かねたメイプルが、補足する。

「ちょっと思うところがあるって言ったでしょ。ミリスに動いてもらって、ある方法で探したら、見事的中したのよ」

「あ、ある方法って?」

「それは企業秘密、とでも言っておこうかしら。ともかく、見つかったから安心してね。とりあえず、大丈夫とは思うけど医務室に行きましょうか」

 抱えていたミリスを背負い直すメイプル。

 そして、そのまま去ってしまう。

 その背中を、視線だけで追う倒れた講師が、助けを請う目で見つめていた。
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