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第4章 罪と罰

第19話 メイプルの内心

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 寮へ戻る道中、必ず見えるメイドたちの小屋。
 講義のことを忘れていたわけではないが、メイプルの中で小さな迷いが生じる。

 時間が無い。

 一応、犯人を見つけるのは「仕事」だ。
 まして通り魔事件。
 その性質上、早く見つけださねばなるまい。

 されど。

 約束は約束だ。
 メイドたちに講義をせねばなるまい。

 彼女たちは、この講義を楽しみにしている。
 学ぶ意欲のある人間に、学ぶ楽しみを奪ってはいけない。

 そう。
 やはり講義はすべきだ。

 そう結論を出し、扉を開ける。

 思った通り、メイプルは大歓迎を受けて迎えられた。

「わぁいっ! みんなっ、メイプルさんが来たよっ!」

「ねぇねぇメイプルさん、今日も講習をやってくれますか?」

「えぇ、もちろんよ。約束だしね」

「やったぁ!」

 メイドたちの喜ぶ顔。
 それを見るだけでも癒される。
 やはり、ここに来てよかったと思えた。

「あ、そういえばメイプルさん。今日言ってた、聞きたいことって何でしょうか?」

「あぁ、それなんだけど、実は」

 ミリスたちに、自分が秘密裏に通り魔事件の犯人探しをしていることを話す。

「そうなんですか。大変ですね」

「厄介事を押しつけられただけなんだけどね。さっさと解決しちゃいたいけど、なかなかそうも行かないわ」

「聞きたいことっていうのは、その手掛かりになるものが無いかっていうことですね」

「話が早くて助かるわ。どうかしら、怪しい行動を取ってる人とか見たこと無いかしら。あなた達なら、学院内のあちこちを見ているから、もしかしたらと思ったんだけど」

「そうですねー……」

 それぞれが、思い思いの場面を浮かべているようで、右上に視線を置きながら頭を悩ませる。

「うーん。実は私、現場の近くにいたことがないんですよね」

「あ、そうなの? 実は私も」

 口々に出る同意の言葉。
 それは、メイドたち共通のものだった。

「それに、怪しい人って言われても……学院内には普通、入れないしね」

「うんうん」

「あ、そういえば」

 ミリスが思いついたように言う。

「つい最近見たのは、学院内に無理矢理入ってきたメイプルって人かなぁ」

「なるほど、それは確かに極悪人ね」

「あはは、冗談です」

 舌を出して茶目っ気を出す。

 しかし、本当に手詰まりになってきた。
 それこそ、たまたま現場にでも居合わせるくらいしか解決出来そうにない。

 と、そういえば。
 もう一つ、聞くべきことがあったのを思い出す。

「あとさ。噂でも何でもいいんだけど、魔族の血が混じってる子の噂とか知らないかしら」

 それを聞くと、途端にメイドたちの顔が下を向いた。

 何か地雷でも踏んだかしら。
 そう思っていると、下を向いていたミリスが、意を決したように言う。

「この学院で、魔族の血が混じってると聞いて、出てくる顔は、実は一つです」

「……それは?」

「……シロップです」

 メイド服のフリルを握りしめ、悔しげに。
 そう口にした。

「それは、生徒たちも皆知ってる、っていうことかしら」

「はい。最初は、私にだけ打ち明けてくれたんです。何分、小さい頃には一緒に苦労した仲でしたから。その後、メイドの仲間たちにもそれを打ち明けてくれました。私たちだけの秘密だったんです。それが、何が理由か分かりませんが、いつの間にか噂になって広がっていきました。そのせいで、シロップは、何かある度に目の敵にされていました」

「…………」

 シロップに執拗に嫌がらせをしていた理由が分かった気がする。
 卑しいメイドだから、などという理由だけでは無いということか。

「ねえ、メイプルさん。この事件の犯人、シロップじゃないですよね? きっとそうですよね? あの子、ちょっと魔法が使えるようになったからって、今までの憂さ晴らしなんて、してないですよね?」

 ミリスが不安げな視線を向ける。
 何か、励ますような言葉を掛けてあげたい。

 不確定な部分が多い。
 断定など出来ない。

 となれば、シロップではないという可能性も高い。
 それでも…………

「分からないわ」

「そう……ですよね」

 そう思えども。

 理性と論理が先に来てしまう自分。
 そんな自分に、時折嫌気が差す。


 いつもこうだ。

 優しい言葉の一つでも掛ければいいのに。
 感情を優先すればいいのに。

 一言、それは無いと。
 シロップでは無いと。

 そう言えればいいのに。
 その一言が先に出ない。

 先に出た一言のせいで、その一言は引っ込んでしまう。
 そうしてまた、私は1人になる。

 つらいわけじゃない。
 寂しいわけじゃない。

 でも、それが出来ない子供のような自分が。

 好きになれない。
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