たいまぶ!

司条 圭

文字の大きさ
上 下
40 / 88
第二章 樫木・ランバ・千里 ~ユニコーン討伐録

第40話 偏在

しおりを挟む
「へぇぇぇ、へぇぇっ! 面白い! 面白いよ、君たち!」

 私たち2人を相手に、なおも余裕の笑みを続けるユニコーン。
 何よりもユニコーンを歓喜させているのは、千里の攻撃だった。

 さっきまではバリアが一切通らなかった千里の剣。
 それが、先の剣を持ったことで、いとも容易く切って捨てたのだ。

 初めてそれを見たユニコーンの顔は、
 驚愕と、憤怒と、そして何より愉悦という感情が籠もっていた。

 その妙な感情は、決して気持ちの良くない笑顔という表情を浮かべさせた。

 それからというもの、ユニコーンの攻撃からは「遊び」が消えていた。
 私と相対していた時のように、手心を加えての攻撃は、一切無くなっている。

「はぁあああっ!」

「やぁあああっ!」

 私と千里の波状攻撃。
 旧知の仲であるかのように、互いが互いを補い、
 息もつかせぬ攻撃を繰り広げていた。

 私が攻撃したら千里が。
 千里が攻撃したら私が。

 私の攻撃は、相変わらずバリアを叩くのみで、あまり効果は出ていないものの、
 千里の攻撃が油断ならないせいか、守りに徹している。

「うんうん、久しぶりに楽しめたよ。でも、そろそろ終わりにしようかな」

「強がりは言わないことよ!」

「あはは! 面白いよ、君。僕が強がりなんて言うと思った?」

 防御一辺倒だったユニコーンが、急に動きを変えた。

 右手を前に出す。
 それを見て、思わず攻撃の手を弱め、距離を取る私たち。

 そう、その行動は奇妙でしかない。
 ユニコーンが攻撃に使ったのは頭から生える角だけ。
 防御には、手を出すまでもなく、常に張られている見えないバリアがある。

 今更になって、手を出すということに、寒気を覚える。

「いい判断だね。でも、もう君たちは助からないよ。
 何たって……僕を本気にさせちゃったんだからね!」

 全身を覆う黒い包帯。
 その包帯が、右手を覆っているところから、徐々に剥がれていった。

 包帯が取れるにつれて、ユニコーンの姿が消えていく。

 最後の包帯が落ちたとき、目の前には誰もいなくなっていた。

「ユニコーンっていうのはね。
 鹿だったり山羊だったり、はたまた大きかったり小さかったりするんだ。
 それはね、姿があまりに目に見えなかったせいなんだよ。
 そういう意味じゃ、君らの付けた名前は正しいのさ。
 何たって、僕はこうして、姿を消せるんだから!」

 音がしたと思うと、身体に衝撃。
 同時に、私は吹っ飛ばされていた。

 吹き飛んでいる間に、何とか体勢を整えるも、
 状況が分からず頭は混乱するばかり。

 一体何が起きたんだろう。
 考えている間も無い。

 次は、千里が吹き飛ばされていた。
 同じく受け身を取ってダメージは最小限に抑えられたようだ。

「フフフ……どこまで耐えられるかな? 楽しみだよ!」

 どこからともなく聞こえる声。
 それを聞き届けたかと思うと、再び襲う硬い物質。
 見ることすら出来ないため、反応するという以前の問題だった。

 ただ、一方的にダメージを食らうのみ。

 痛みなんて無い。
 今はあるはずがない。

 だからこそ、余計に感覚が狂ってくる。
 そして、そのせいで、見えない敵が、殊更に見えなくなっていた。

 感覚が研ぎ澄ませられない。

 見えないながらも、気配はある。
 ユニコーンの動きは常に機敏。
 揺れる空気や音、極微な振動などを捉えられなくもない。

 ただ、それ以上に感覚が鈍い。

 痛覚が無くなっているのみならず、
 全体的な五感が鈍くなっているように思える。

 これでは、探しようがない。
 半分諦め掛けた、その時。

「弱気になっちゃダメだっ!」

 檄を飛ばされ、ハッとする。

「奴は、攻撃に角を使ってない。つまり、本当に実体が消えてるんだよ!
 だから、展開されてるバリアで体当たりするしか攻撃方法が無いんだ。
 攻撃力は大したこと無いから、もっと冷静になってっ!」

 声を張り上げているのは京さんだった。
 先ほどから、第三者として冷静に見ていられたが故の助言。

 そう言われればその通りだ。

 奴は、攻撃の要である角を使っていない。
 逆に言えば、それが弱点。
 攻撃力を落とす代わりの、姿を見せないという防御。

 敵の姿が消えたことで冷静さを欠き、そのまま蹂躙されることが、
 最悪の事態であることに気づかされた。

 そして、同時に思いつく。

「千里、私の後ろを守って!」

「一子……? あ、分かったです!」

 察してくれた千里と、背中合わせになる。
 そう、個々で立っていては、どちらが標的になるだけ。

 それなら、的を絞らせればいい。
 そうすることで、対処も出来る。

 せめて捕まえられれば、そこから攻撃できるかもしれない。


 背後を預け合ってしばらく。

 ユニコーンに動きが無い。
 あれだけ頻々に動き回っていた気配が、一切無くなっている。

「……どうしたの、ユニコーン。掛かってきなさい」

「やめたやーめた。おちょくるのはいい加減やめるよ」

 距離を置いた場所から姿を現すユニコーン。
 包帯の下に隠された真っ白な肌を晒す姿は、伝説を彷彿させる。

「まぁでも、僕の本気は、こんな攻撃じゃないよ。
 キーパー相手に使うのは、3度目かな。
 ユニコーンロングホーンアンリミテッドバニシングパーフェクトアタック、
 見せてあげる!」

「長ったらしい名前です」

 ちょっと胸に刺さったのか、ユニコーンの顔がヒクついた気がする。

「まずは、そこの、真似すらし損ねた金髪新人からだ。
 ついでに、そこの真似っこ新人も倒せちゃうかな?
 行くよ、地獄への片道切符だ!」

「……っ!?」

 目の前に見える光景。

 それは信じがたいものだった。

 まばたきをする合間に、
 ユニコーンの姿が1体から2体、2体から4体、4体から8体…………
 最後には、64体まで増殖していた。

 そして、各々が、全く別の動きをしている。

「僕の特殊能力、遍在。
 ここにいる全てが僕で、ここにいる全てがそれぞれの僕だ。
 僕自身の意志で動くことも、僕ら個々の意志で動くことも、思いのままさ。
 それはつまり、こういうことが出来るっていうことだよ!」

 64体のユニコーンが、私たちの周囲を囲みながら走り回る。

 一定の法則は無く。

 それぞれがバラバラに。
 
 それでいて逃げ道を作らせずに。

 ユニコーンのスピードはそのままに。

 追いかける視線は、どれを追うべきかも分からない。
 そもそも1体を追いかけるだけで精一杯だったのに、
 どう追っていけというのか。

 頭は混乱を来していく。

「行くよっ!
 ユニコーンロングホーンアンリミテッドバニシングパーフェクトアタック!」

 縦横無尽に飛び回っていたユニコーンたちが、
 1体の合図を機に、一斉に飛びかかってきた。

 迫る64本の角。

 串刺しにされれば、当然ながら命は無い。
 その、死を与える角は、私の隣にいる千里に集中されていた。

「動かないで!」

 愛さんの指示が飛ぶ。
 何か行動を起こそうとしていた千里の動きがピタリと止まり、
 その場に静止する。



 次の瞬間。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

処理中です...