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第2章 霧島杏奈

第10話(現世界)委員長

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 大好きだよ、と。
 彼女が言った。

 僕は、ただ泣いていることしか出来ないでいた。
 痛いのか。
 悲しいのか。
 それすらも分からず、僕は涙をこぼす。

 倒れている僕の涙を、彼女が拭う。

 大丈夫だよと。
 彼女は、笑う。

 これからも、ずっと、一緒だよ。
 ずっと、ずっと、一緒だよと。

 その言葉が木霊する。
 視界がおぼろげになる中、彼女の姿は徐々に消えていった。



 ◆ ◆ ◆



「や~ま~~と~~~ちゃ~~~~んっ!!」

 幼なじみ、襲来。
 その名は魅剣榛名。

 相変わらず煩い奴だ。
 朝くらいはゆっくり寝かせてくれ。
 僕にしては珍しく夢を見ていたのに、すっかり忘れてしまったではないか。

 まぁ、夢を見ていようがいまいが、僕は眠くて仕方ない。
 二度寝という、僕の生き甲斐を邪魔しないでくれ。

「こらぁ~! いい加減起きなさいってばー! 遅刻しちゃうよっ!」

 だったら、そんなギリギリに起こさないでくれ。
 もっと早く起こせ。
 もしくは、お前だけさっさと行け。

「もう怒ったぞー! これでどうだっ!」

 こ、こら。
 僕の布団に潜り込むな。
 這い寄ってくるんじゃない。
 身体に腕を回してどうするつもりだ。

「くらえ、ベアハッグーぅぅぅうう!!」

「ウギギギ……」

 こ、こいつ。
 細い腕してやがるくせに、この怪力はどこから……!

「大和ちゃん、遅刻するってばー!」

「わ、分かった。分かったからやめてくれ……」

 現状、かなり制限の掛かった腕で、とりあえず叩ける榛名の身体をペシペシ。
 しかし、その感触があまりに良かったので、つい撫でてみる。

「ちょ、ちょっと大和ちゃん……」

 何度か上下させ、感触から伝わる情報から、僕がどこを撫でているのかが分かってきた。

「こ、こらぁ……だめだってばぁ」

 捲り上がったスカートから覗く太腿。
 僕は、無意識に榛名の太腿を弄っていたのだった。

「わ、悪い……」

 思わず手を放す。
 一方の榛名は、上気した顔で僕を見つめる。

「……いいよ、大和ちゃんなら」

 放した手を掴み、再び太腿に持って行く榛名。
 しかも今度は、僕の手を内股に挟み込み、しなやかな脚に包まれている。

「私は、大和ちゃんが大好きなんだから」

 言いながら、頬を撫でる。
 僕は生唾を飲み込んで、榛名の顔を見つめるも。

「……ま、まずい。遅刻だ」

 思わずはぐらかした。
 そして、時計は残酷にも時を刻み、登校まで残り20分という時間を告げていた。



 ◆ ◆ ◆



「いやー、よく間に合うよな。ホント」

「そうだな。アレがいなかったら、僕は本当に遅刻常習犯で、進級すら危うかったかもしれない」

 隣で突っ伏して倒れている幼なじみを、親指で指す。

「慶太は遅刻のしようがないか」

「何たって、寮だからな。起床ラッパと同時に起きないと、朝飯もありつけない。厳しい世界だぜ」

「まぁ、僕は食べてないんだけどね」

「食べられない、と一緒にするんじゃない」

「そうとも言うか」

 ひとしきり笑ってから、慶太が改める。

「さて、今日も筋トレすっぞ」

「お前、いっつもそれな」

 慶太は、何故か筋トレが大好きだ。
 筋肉同好会を正式に届けて一人立ち上げ、朝のホームルーム前に筋トレを始める。
 なお、放課後も各所で繰り広げられるのだが、よもや日常の光景となり、誰一人として咎める者がいない。

「ようし、今日はスクワットだ。鉄アレイは持ったかぁっ?!」

「いや、持ってねえし」

 むしろ携帯してないだろう。

「筋トレとは己との戦いだ。筋トレはいいぞぉ、大和ぉ!」

「うん、そうだね」

「いいぞぉ!」

 こうなると、僕の声はほとんど届いていないので、ある意味楽だ。適当な相槌だけで済む。
 凄まじい速度でスクワットをする慶太を横目に、小さくため息をついていると、急に真っ暗になる。

「うわっ」

「だーれだっ♪」

 目には優しい肌触りの手。
 しかして、後頭部には、柔らかな感触が伝わってくる。

「ばっ、こら、長山っ!」

 思わず振り向くと、今度は、その柔らかいものに顔を埋めてしまう形になる。
 ある意味当然か。
 わざとではないのだけれど。
 この感じ……


 我が人生に一片の悔い無し!


 と、心が叫びたがっている。

「大和って、結構大胆だね。でも、みんなが見てる教室ではちょっと嫌かな」

「見てなければいいのか?」

「うーん……そうだなぁ」

 顔を赤らめているあたり、やぶさかでないようだ。

(燃えるシチュエーションじゃないかっ!)

 と言いたいところだが、その前に言うことがある。

「と、とりあえず、離してくれ。息苦しくなってきた」

「あ、うん。ごめんね」

 いやいや、とんでもない、ごちそうさま。
 と心の中で呟く。

「か、葛城君……!」

「うん?」

 そんなご機嫌状態の僕に、小さい声ながら戒めるような口調で声を掛けてくる。

「ちょっとやりすぎです。教室では程々に」

「あ、うん。ごめんね、委員長」

 彼女の名前は霧島杏奈(きりしまあんな)。

 このクラスの学級委員長だ。
 推薦という制度の元、やり玉に挙げられてしまったと言われても過言ではないだろう。
 榛名ほどではないが、肩より少し長い髪。
 顔は幼さが残る感じで、変な言い方をすれば、子供っぽい。
 身長もあまり高いほうではない。
 身体と合わせるわけではないだろうが、声の小ささは、気の小ささを表している。
 それでも、責任感は強く、委員長の仕事をよく頑張っていると思う。

 今回も、その責任感に押されて注意しに来たんだろう。
 だから僕も、委員長としてちゃんと注意をしにきた彼女には、素直に従うべきだと思った。

「もうちょっと、時と場合を考えるよ。注意してくれてありがとう」

「う、うん。ダメとは言わないから」

 ダメとは言わないのは、それはそれとして問題がある気もするが。
 まぁ、良しとしよう。
 委員長は、続いて慶太にも注意する。

「ひ、柊君も。と、トレーニングするなら外でやってください……!」

「おぉ、委員長っ! 委員長、筋肉に興味は無いかぁっ!?」

「な、無いって前にも……」

「なるほど、では筋肉のすばらしさを見せてあげようっ!」

 何故かワイシャツのボタンを外し始める慶太。
 腹筋でも見せようとでも言うのか。
 慶太の言動に、思わず手で顔を隠す委員長。
 しかし、僕の目は、委員長が、指に隙間を作ってちら見しているのを見逃さなかった。

「いっつ……ショータァァァァイム!」

 ワイシャツを手に掛け、まさに肌を晒そうとした、その時。

「はーい、ホームルーム始めるわよ~」

 叫ぶと同時に、沢本先生が入ってくる。
 すると、急に慶太が真面目な顔に戻り、服装もいつの間にやら正して席についた。
 鉄アレイは……
 おい、ズボンの中に入れておくって、それはないだろう。
 なんか股間がもっこりしてるぞ。

「はい、みなさん今日も元気ですねー。先生は嬉しいですよ。では、出席を取りますね~」

 沢本先生、それでいいのかっ!
 僕はつっこみを入れつつも、出席の点呼には素直に応じるのだった。



 ◆ ◆ ◆



 放課後になり、僕は道場に向かおうとすると。

「か、葛城君。今日は掃除当番……」

 委員長が後ろから声を掛けてきた。
 その言葉に、僕は素で返す。

「あ、そっか。忘れてたよ。ありがとう、委員長」

「う、うん。ちゃんとやってね」

「悪いね。言われなかったら、そのまま部活行っちゃうところだったよ」

 土間箒を受け取り、いざ掃除しようとすると。

「ちょっと待って。大和が掃除するっていうなら、私が代わりにやる」

 そこで出てきたのは、何故か長山だった。
 思わぬ伏兵に、委員長もしどろもどろだ。

「で、でも当番だから……」

「代わるだけだから。ね、いいでしょ、杏奈」

「で、でも……」

「別に大和が掃除当番をサボるわけじゃないんだしさ。ね?」

 長山と仲が悪い奴なんていない。
 交友にはあまり積極的でない委員長ですらも名前で呼び合う仲だ。
 というより、長山と委員長は、実は結構親しい。
 委員長からすれば、数少ない友達かもしれない。
 そんな友達に言われ、少し懐柔されつつある。

「で、でも、何でそんなに葛城君の掃除当番を代わりたいの?」

「そ、それは……」

 若干顔を赤らめつつ。

「しょ、将来の旦那様に掃除なんてさせられないじゃない……?」

「そ、そっかぁ……!」

「待て待て待て!」

 いきなりの爆弾発言。
 委員長も、妙に納得している。
 僕には、さすがに看過出来ることじゃなかった。

「と、とりあえずだな。長山は早く部活に行け。僕は、当番を忘れてしまってただけであって、サボる気も無いし、代わってもらう気もない」

「で、でも大和にお掃除をやらせるわけにはっ……!」

「その気持ちも嬉しい。でも、そのくらいは自分でやるよ」

「むむぅ~……」

「大体、学校での決めごとなんだしさ。僕がやるべきことをやるだけだから」

「大和がそう言うなら……」

 とりあえず納得はしてくれたようだ。
 では、次の段階だ。

「それと、いつの間に僕が旦那になったんだ?」

「あ、それはまだ私の中で、だから大丈夫だよ?」

「そういう問題じゃない。大体、こんなこと榛名に聞かれでもしたら面倒なことに……」

 ふと周囲を見渡しても、幼馴染みの姿は無い。
 ひとまず胸を撫で下ろしてから続ける。

「まぁ、とりあえず。僕はまだ長山と結婚すると決まってるわけじゃない。委員長も、変な誤解はしないでくれ」

「う、うん。ごめんね」

「いや、分かってくれればいいんだ」

 変な噂でも流れたら大変困る。
 特に、椿先生あたりに知れたら、在学中言われ続けることを覚悟しなければなるまい。

「まぁ、大和がそう言うなら仕方ないね。じゃあ、私は先に道場に行くからね」

 颯爽と去ろうとする直前、思い出したように振り返る。

「あっ、そうだ。杏奈、今日の帰りのこと、忘れないでねーっ」

「う、うん。あとで連絡するね」

(へぇ……)

 確かに仲がいいと思っていたけれど、個人的に交友があるとは思っていなかった。

「何の約束なの?」

「あ、あの……」

 僕は何となく聞いてみただけ。
 対して、委員長は言いにくそうにしている。

「よし、掃除さっさと済ませちゃうか」

「う、うん」

 突っ込むのは野暮というものだ。
 話を切り替え、僕たちは教室の清掃に勤しんだ。
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