僕と彼女の異世界因果律(コーザリティー)

司条 圭

文字の大きさ
上 下
9 / 19
序章 長山李奈

第9話(現世界)顛末と顛末

しおりを挟む
「いやー、集団で腹痛とかめんどいわー」


 バババッ!!


 思わず椅子に座り込む。
 長山も、プイッと顔を向ける。

「まったく……いい大人が、古くなった饅頭食べてお腹壊すとか、馬鹿みたいよねぇ」

 保健の先生が帰ってきたようだった。
 僕は、わざとらしく椅子から立つと、先生を迎える。

「すみません、勝手に使ってました」

「あらそう。別にいいのに」

 そう言ってから、しばらく僕を観察する先生。
 そして、にやりと笑う。

「お邪魔しちゃったわね~。あぁ、若いっていいわぁ」

「先生、誤解です」

「ま、どっちでもいいわよ。でも、さすがに学校の保健室にゴムは無いから、そこまで及ばないでよ?」

「勘弁してください……」

「それ言いたいのはこっちよー。ここでそんな不祥事起こされちゃったら、私が怒られちゃうわ」

「まぁ、そりゃそうですけどね」

「よしよし、分かってるならよろしい。んじゃ、私はここで見てるから、続きをどうぞ?」

「いや、だからそういうわけじゃ……」

 思わず俯いてしまう。

「その初々しい反応……お姉さん、そそるわ」

「からかわないでください」

「それもそうね。とりあえず、ガイシャはどこ?」

「刑事ドラマじゃないんですから……」

 言いながら、長山が寝ているベッドへ促す。
 その様子を見て、感嘆の息を漏らす。

「へぇ~……葛城、あんたがやったの?」

「えぇ、一応」

「完璧ね。冷やしてから何分経った?」

「ざっと15分ですね。そろそろ外します」

「そうね。じゃ、あとは先生に任せなさい。あんたは部活に戻りなさいな」

「はい、じゃあよろしくお願いします」

「はい、任されました。続きは自分の家に呼んだ時にでもしてよね」

「い、いや、だからぁ……」

「はいはいはい。からかって悪かったわよ。いいから、さっさと行きなさいって」

「はい、失礼します」

 僕は、逃げるように保健室を出る。
 その際、ベッドに寝る長山とは、恥ずかしさのあまり目を合わせられなかった。



 ◆ ◆ ◆



 その日を境に、長山は入院した。

 僕が保健室を出てからしばらく、急に全身が痛みだし、緊急入院という運びになったという。
 捻挫が重病化して、全身に転移するなど考えられない。

 医者は、ひたすら首を捻り、鎮痛剤を投与した。
 長山の両親は、医者の様子を見てすぐに見限り、科学者にも頼ったようだった。

 しかし、原因は全くの不明。
 分かったことは、外傷らしい外傷は、右足の捻挫だけだということ。
 そんな馬鹿な話が、あるはずがない。


 長山を見舞いに行ったことがある。
 病室で寝ている長山は、苦悶の表情を浮かべつつも、笑顔を見せてくれた。

「来てくれたんだ」

「当たり前だ。僕のせいでこうなったのかもしれないし」

「あはは、捻挫からこれは有り得ないかなー……痛っ」

「あんまり無理するなよ」

「うん、ありがと……」

 せっかく見せてくれている笑顔だけれど、無理をしているのが明らかで、とても見ていられない。
 思わず目を逸らしてしまった。
 居たたまれない空気。
 永遠のような1分間が過ぎると、長山が口を開く。

「ねぇ……この前の続き、してよ」

「…………えっ?」

「…………二度は言わない」

 耳に入った言葉が理解出来ず、懸命にたぐり寄せる。
 何とか捕まえて、反芻する。
 そして、理解すると同時に、僕の心臓が飛び出しそうになった。

「あ、いや。うん」

「……男らしくないぞ」

「そ、そうだな、うん。ちょ、ちょっと待ってくれ」

 深呼吸する。
 そして、姿勢を正した。
 正面から長山を見据え、少しずつ顔を近づける。

「……いいんだな?」

「もう、くどいよ」

 お喋りな口を塞ぐように、右手で顎を軽く上げてやる。
 そして、そのまま寝ている長山に唇を重ねた。


 チュッ。


 時間にして3秒ほど。
 僕らは確かにキスをした。
 目に涙を溜めて、笑顔を見せる長山は、とても愛らしかった。

「長山……」

「ん……」

 僕らは再び唇を重ねる。
 今度は5秒間。
 離してから、またすぐに重ねて10秒間。
 互いを求めるように、激しさも増していった。
 何度か繰り返した接吻。


(もっと続きがしたい……)

 そう本能が告げていても、それが叶わないことは理性が理解していた。

「ハァハァ……」

 これだけの行為でも、長山は苦しい表情でいる。
 僕的には物足りない。
 でも、ここで終わらせねばならないだろう。

「……続きは、無事治ったらな」

「うん。楽しみにしてる……」

 同時に響くノックの音。
 そして、看護師さんが入ってきた。

「じゃあ、またな」

「うん、またね」

 ゆっくりと扉を閉める。



 それが、最期の別れになるとも知らずに。



 ◆ ◆ ◆



 今、ここにいる僕は……
 無事に長山を救出した僕だ。
 つまり、異世界に征き、プラムを救出し、引いては長山を助けた僕だ。

 あれから丸1日が経過した。
 僕の周囲は、何事も無かったかのように、平穏な生活が続いている。
 そして僕は、不思議少女である六道と、放課後の科学準備室にいた。

「無事、世界の改変に成功した。葛城大和、君の努力は無事に結実した。喜ぶといい」

「あぁ、ありがとな」

 相変わらず抑揚のない声を出す六道。
 無関心な表情も、全く変わっていない。
 顔は可愛いんだけど……
 こいつの、こういうところも、ついでに少し直ればと思う。

「六道は、長山が死んだ時の記憶があるんだな」

「当然。私は観測者だから」

 周りの人間の中で、長山が一度死んだということを知っている者はいなかった。
 知っているのは、僕と、目の前にいる六道だけのようだ。

「話を聞く限り、異世界にいる長山李奈は、ゴブリンたちに捕まり、玩具にされた。折檻、拷問、それに陵辱。人の尊厳など無く、非道の限りを尽くされ、そしてそのまま息絶えた。もしくは、最期の最期まで玩具にされ、首でも斬られたんだと思う。その因果がこっちの世界の長山李奈に注ぎ込まれ、同じように死んだ」

「……お前、よくもまぁ淡々と言えるもんだな」

「言葉の意味を理解しかねる」

「いや、そんな単語をよくつらつらと言えたもんだなと」

「事実を語ることに、何を迷うことがある」

「そっか」

 まるで機械だな。
 とまでは言わないでおいた。
 話題を逸らすわけではないが、ここで当然に湧いた疑問をぶつける。

「ところで、今回は長山だったわけだけど……他の人間は大丈夫なのか?」

「私は観測者。異世界からの因果の流れが見える。今回は、長山李奈に注ぎ込まれていた。だから、他の人間に問題は無い」

「その因果って、何が原因で流れてくるんだ?」

「原因は不明。私も見えるだけで、具体的には知らない」

「じゃあ、何で僕が異世界に行けるって分かったんだ?」

「生き物は、お腹が減って、何かを食べたいと思うことに疑問は湧かない。同時に、食べられるものと食べられないものを見分ける能力を持っている。それと同じくらいのものだと思ってもらうしかない」

「そうか」

 つまり、何となく分かるんだろう。
 本能に近い部分なのだろうし、これ以上聞いても無駄のようだ。

「とりあえず、今回は葛城大和、君が満足したようで何より」

「まぁ、確かにな。もうこんなことはまっぴらごめんだけど」

「そう思うのなら、次が無いことを祈っておく」

「あぁ、頼むよ」

 僕は、科学準備室を後にすると、剣道場へ向かった。




「あっ、葛城ぃ~っ!」

「うわっ!」

 剣道場に入るや否や、長山に派手に迎えられた。
 飛びついてくる、という行為ももちろんだが。

「おま……まだ袴穿いてないじゃんか!」

 半裸といっていい格好で僕に密着してくる。
 道着の下には、まずブラジャーは着けない。
 つまり、長山は、道着と下一枚で僕にくっついているということになる。

「葛城が来たっていうのに、そんなこと気にしてられないよ!」

「僕が気にするから! さっさと着てこい!」

「そんなこといって、うれしいくせにぃ~」

「ばっ……おまっ」

 そりゃもう、天国ですよ。
 こんな夢のようなシチュエーション、真っ当な思春期真っ盛りな僕にとって、嬉しくないわけないじゃないか!
 思わず道着の上からでも、その大きい胸に手を伸ばしたくなる。
 でも、それは理性だ。
 理性で抑えろ。
 ここで、下手に爆発させてはいけない。
 そも、衆人環視の元、そんなことをしてはいけない。

「…………い、いいから。な?」

「……分かった」

「よし、いい子だ」

「えへへ~」

 褒められたことに気を良くしたのだろう。
 長山にしては珍しく、だらしない笑顔をして更衣室へ入っていった。

 帰ってきてから感じた、もう一つの違和感がこれだ。
 長山が、以前とは比べものにならないほどにデレている。
 まぁ、異世界に行く前も、互いに恋心を募らせていたようだったけれど……
 それとは比にならないほどだ。
 まるで恋人そのもののように接してくる。

(……ま、長山ならいいか)

 そう思いながら、僕も稽古着に着替えることにした。
 これからも、平凡な日常が続くことを願って……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...