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部室を後にして、扉を閉じて、僕の靴が収められている下駄箱に向かっている道中。
僕の背後から、声が聞こえる。
「雨霧さんとはどんな会話で盛り上がったのかしら?」
最初は、僕に対して発せられたものとは思わなかった。
だけど、つい、その声に反応して振り向いた。振り向きながら、声の持ち主にあたりをつけていた。聞いたこともない声のようだった、でも、どこかで聞いたことがある声だった。そう、普段では聞くことの無い声。ただし、授業中にだけ聞くことのできる、あの透き通るような声音で発する模範解答を。
「止まりなさい」
その言葉を最後に、僕はその相手が朝比奈未来であると、断定した。僕が振り向こうと体を捻っていたところで、これ以上のないタイミングで、まるで、僕がそこで止まることを悟ったように、僕の腹部には──ペティナイフが付きつけられていた。
ペティナイフの刀身が。
僕の右腹部に、触れている。
「……」
「ごめんなさい、できることなら──このまま終わらせたいのだけれど」
終わらせる?
何を。
まさか。
僕の人生を、終わらせるというのか。
確かに、僕がこれ以上体を捩らせれば、まず、間違いなく、今まさに僕に突き付けられているペティナイフは、僕の腹部を貫くのだろう。
正直、恐怖で言葉がでない。
それはペティナイフもそうなのだが、それよりも。
僕にペティナイフを突き付けているのにも関わらず、その刀身が震えている様子が皆無だった。そんな、異常な真似をしても尚、一切動じていない、朝比奈未来が、とても恐ろしかった。
こいつは。
こんな恐ろしい奴だったのか、と。
本気だった。
僕に突き付けられている、ペティナイフが偽物の玩具ではないことを、彼女の声音を、迷いのない行動を見て、僕は、確信した。
「全くもって、不覚だったわ。予想はしていたけれど、人の好奇心というものは本当に鬱陶しいものね、死骸に群がるアリが」
「なんの、マネだ?」
「何? 動きたければ、動けばいいじゃない。まあ、本当に刺すけどね」
その瞬間、朝比奈の手に持つペティナイフが、少しだけ、深く突き付けられる。その行為は僕の抵抗する意志を削ぐのに十分な行いだった。
やはり、噂は噂でしかない。
誰だよ。
何が、「病弱で、か弱くて、内気で」だよ。
全然見当外れもいいとこだ。
もう、僕は噂を信じることは絶対にあり得ない。
「雨霧さんから私の情報を聞き出して、次は誰かしら? 雨霧さんに情報を流した当人に確認をしに行くのかしら?」
「いや、違うんだ。別にそういうわけじゃ……」
言いあぐねている、僕が彼女にどう映っているか、わからないが、朝比奈は、はぁ、と大仰にため息を吐いていた。
「私も迂闊だった、廊下や、全ての曲がり角には最大級の警戒をしていたのだけれど、まさか、あんな遅刻間際に、あんな速さで、角を曲がるのにも関わらず、駆けてくる生徒がいるとは思いもしなかったわ」
全て、的を得ている。確かに、僕も注意が足りていなかった。あの時の僕は、少し、ほんの少しだけ人より早く駆けていたかもしれない。それは、もしも、仮に、あの時出会い頭に出会ったのが朝比奈でなければ、大惨事に繋がっ
ていたかもしれない。
──実体のない彼女でなければ。
「それだけ嗅ぎ回っているということは、もう、気付いているんでしょう?」
僕に問う。
ペティナイフは握られたまま。
こんな女神がこの世にいていいのだろうか。
「私は……私には──実体がない」
体はあるのに、中身がない。
「だけど、別に常に実体がないわけじゃないのよ。ある一定条件の時に発動するの」
それは。
朝比奈自身が、何かに驚き、恐怖を感じた時に現れる現象なんだとか。
実体がないのに、服は身に着けることができている。下着なども身に着けているのだろうか?
僕の腹部にちくりと、痛みが走る。
「今、変なこと考えたでしょ? 私の下着とか」
こいつは、他にエスパーの力も備わっているのではないだろうか。
「基本的に、そう言ったことがない限り、この力は発動しないの」
もう一度、強調するように、朝比奈は主張した。
「だから、あの時は驚いてつい、出ちゃったの」
やはり、こいつの問題は病気なのか、本人も認知している事柄で、発動条件を知りえている。だから、朝比奈は誰とも──群れない。群れることにより、知られる危険性が高まるから。実体がない人間など、正直、不気味以外の何者でもない。……これが僕でなければの話だ。
「何で、黙っているのかしら?」
「……」
「出ちゃったというのは、この可笑しな力のことよ。まさか、また私で妄想していたわけじゃないわよね? ……本当に殺すわよ?」
全く違う。考えてもいなかった。「出ちゃった」の一言で一体どれだけの妄想力を働かせれば、朝比奈を変な風に妄想できるのだろうか。そこをまずは教えて欲しいくらいだ。
「これだから、凡俗は」
僕があれやこれやと、言い訳をしたところで、朝比奈の耳には届くことがないのだろう。だけど、僕が今考えていたことは、これまでの朝比奈の行動についてだ。
朝比奈は病弱や、か弱さや、内気なんかとは程遠く。端から僕たちとのいる次元が違ったのだ。
「小学校を卒業して中学に上がる前の話よ」
「小学生でも、中学生でもない、春休みに、私は──こうなってしまった」
「……」
「一匹の蝙蝠に出会ってね」
部室を後にして、扉を閉じて、僕の靴が収められている下駄箱に向かっている道中。
僕の背後から、声が聞こえる。
「雨霧さんとはどんな会話で盛り上がったのかしら?」
最初は、僕に対して発せられたものとは思わなかった。
だけど、つい、その声に反応して振り向いた。振り向きながら、声の持ち主にあたりをつけていた。聞いたこともない声のようだった、でも、どこかで聞いたことがある声だった。そう、普段では聞くことの無い声。ただし、授業中にだけ聞くことのできる、あの透き通るような声音で発する模範解答を。
「止まりなさい」
その言葉を最後に、僕はその相手が朝比奈未来であると、断定した。僕が振り向こうと体を捻っていたところで、これ以上のないタイミングで、まるで、僕がそこで止まることを悟ったように、僕の腹部には──ペティナイフが付きつけられていた。
ペティナイフの刀身が。
僕の右腹部に、触れている。
「……」
「ごめんなさい、できることなら──このまま終わらせたいのだけれど」
終わらせる?
何を。
まさか。
僕の人生を、終わらせるというのか。
確かに、僕がこれ以上体を捩らせれば、まず、間違いなく、今まさに僕に突き付けられているペティナイフは、僕の腹部を貫くのだろう。
正直、恐怖で言葉がでない。
それはペティナイフもそうなのだが、それよりも。
僕にペティナイフを突き付けているのにも関わらず、その刀身が震えている様子が皆無だった。そんな、異常な真似をしても尚、一切動じていない、朝比奈未来が、とても恐ろしかった。
こいつは。
こんな恐ろしい奴だったのか、と。
本気だった。
僕に突き付けられている、ペティナイフが偽物の玩具ではないことを、彼女の声音を、迷いのない行動を見て、僕は、確信した。
「全くもって、不覚だったわ。予想はしていたけれど、人の好奇心というものは本当に鬱陶しいものね、死骸に群がるアリが」
「なんの、マネだ?」
「何? 動きたければ、動けばいいじゃない。まあ、本当に刺すけどね」
その瞬間、朝比奈の手に持つペティナイフが、少しだけ、深く突き付けられる。その行為は僕の抵抗する意志を削ぐのに十分な行いだった。
やはり、噂は噂でしかない。
誰だよ。
何が、「病弱で、か弱くて、内気で」だよ。
全然見当外れもいいとこだ。
もう、僕は噂を信じることは絶対にあり得ない。
「雨霧さんから私の情報を聞き出して、次は誰かしら? 雨霧さんに情報を流した当人に確認をしに行くのかしら?」
「いや、違うんだ。別にそういうわけじゃ……」
言いあぐねている、僕が彼女にどう映っているか、わからないが、朝比奈は、はぁ、と大仰にため息を吐いていた。
「私も迂闊だった、廊下や、全ての曲がり角には最大級の警戒をしていたのだけれど、まさか、あんな遅刻間際に、あんな速さで、角を曲がるのにも関わらず、駆けてくる生徒がいるとは思いもしなかったわ」
全て、的を得ている。確かに、僕も注意が足りていなかった。あの時の僕は、少し、ほんの少しだけ人より早く駆けていたかもしれない。それは、もしも、仮に、あの時出会い頭に出会ったのが朝比奈でなければ、大惨事に繋がっ
ていたかもしれない。
──実体のない彼女でなければ。
「それだけ嗅ぎ回っているということは、もう、気付いているんでしょう?」
僕に問う。
ペティナイフは握られたまま。
こんな女神がこの世にいていいのだろうか。
「私は……私には──実体がない」
体はあるのに、中身がない。
「だけど、別に常に実体がないわけじゃないのよ。ある一定条件の時に発動するの」
それは。
朝比奈自身が、何かに驚き、恐怖を感じた時に現れる現象なんだとか。
実体がないのに、服は身に着けることができている。下着なども身に着けているのだろうか?
僕の腹部にちくりと、痛みが走る。
「今、変なこと考えたでしょ? 私の下着とか」
こいつは、他にエスパーの力も備わっているのではないだろうか。
「基本的に、そう言ったことがない限り、この力は発動しないの」
もう一度、強調するように、朝比奈は主張した。
「だから、あの時は驚いてつい、出ちゃったの」
やはり、こいつの問題は病気なのか、本人も認知している事柄で、発動条件を知りえている。だから、朝比奈は誰とも──群れない。群れることにより、知られる危険性が高まるから。実体がない人間など、正直、不気味以外の何者でもない。……これが僕でなければの話だ。
「何で、黙っているのかしら?」
「……」
「出ちゃったというのは、この可笑しな力のことよ。まさか、また私で妄想していたわけじゃないわよね? ……本当に殺すわよ?」
全く違う。考えてもいなかった。「出ちゃった」の一言で一体どれだけの妄想力を働かせれば、朝比奈を変な風に妄想できるのだろうか。そこをまずは教えて欲しいくらいだ。
「これだから、凡俗は」
僕があれやこれやと、言い訳をしたところで、朝比奈の耳には届くことがないのだろう。だけど、僕が今考えていたことは、これまでの朝比奈の行動についてだ。
朝比奈は病弱や、か弱さや、内気なんかとは程遠く。端から僕たちとのいる次元が違ったのだ。
「小学校を卒業して中学に上がる前の話よ」
「小学生でも、中学生でもない、春休みに、私は──こうなってしまった」
「……」
「一匹の蝙蝠に出会ってね」
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