あやかしがくえん

カルマ

文字の大きさ
上 下
3 / 20
001

02(2)

しおりを挟む
「か弱い、女の子か……」

 朝比奈はか弱い訳ではないのだろう。むしろ、病気の類とも考えにくい。

 そんな病気はいまだかつて見たことも聞いたことも無いのだから。もし、それが病気で周囲に認知しているならば、わかりやすいのだが、あれはそんな次元の話ではないのだろう。

 普通の人間同士がぶつかり合えば、対格差があろうが、なんだろうが、必ず衝撃があるはずなのだ。

 なのに、僕には衝撃はおろか、朝比奈の体をすり抜けて、壁に激突していた。

「でもさ、あんた、確か、朝比奈さんと三年間同じクラスじゃなかった? なんで今更あの子を気にかけているのよ」

「そうだけど……なんか無性に気になるというか、なんというか」

「まさか、最初の頃は全く意識していなかったのに、ふと気づくとその人を目で追ってしまう、みたいな感じ?」

「全く違うんだが」

 見当外れもいいとこだ。

「そのさ、朝比奈ってなんかこう、不思議なイメージがあるじゃん? もしかしたら、こっち側のネタがあるんじゃないかと思ってさ」

「そうきたか」

 雨霧は話しながらも、携帯をいじりながら、お菓子を貪りながら話してはいたが、次第に指を組み、ふむ、と言った。

「確かに私も朝比奈さんのことは不思議に感じてはいた。でも、別段珍しいとは思わないのよね、ああいう子は少なからず居るし」

「そのくらいのことは僕にもわかるよ、なんかこう、女の子としての意見が欲しいんだが」

「女の子ね~、けどさ、私もあの子と初めて同じクラスになって間もないから、正直わからないっていうのが、率直な意見かな」

「まあ、そうだろうな」

 この女に女の子としての意見があるとは思えない。

「ん? なんで納得してるの?」

「なんも、他にはないのか?」

「そうだなー、朝比奈さん、話しかけても反応もしなかったんだよね……友達とかもいなさそう。時折話しかけてはいるけど、いっつも無視されちゃうのよね──」

 ……。

 流石は、単細胞、馬鹿、アホだ。

 それを見越して、こちらは質問しているのだが。

「流石に──あの手のタイプは初めてだわ」

 雨霧は険しい顔付きで言った。

 如何に、その案件が難しいのかを感じさせるように。

「昔からああいう性格の子だったらしいからね、内気で、物静かで、病弱だったらしいよ」

「らしいよって……お前、昔のあいつを知っているのか?」

「知っているっていうか、厳密には、朝比奈さんの昔を知っている人から聞いたってのが正しいかな。中学の頃も今のままだったみたい。でも、小学生の頃はすごく、活発でみんなの中心だったとか」

 お前みたいだな、と言いかけて、とどめた。雨霧にこの手の事を言うと、通天閣も登るほどつけあがるからだ。どうやら、自身のことを「成績優秀、才色兼備、容姿端麗」と、思っているらしい。少し、いやかなりドン引きしたのは今でも覚えている。

「顔は元々良いから、モテモテで、足もかなり速かったらしいよ

「へぇ……」

「六年間リレーの選手だったらしいよ」

「ふーん」

 つまり、だ。

 少なくとも小学校の時点では、別人だったのかもしれない。

 活発、クラスの中心と、いうのは些か想像が難しく思える。

「その子からすると、中学は別だったらしいんだけどね、どうして──あんなに変わってしまったのかって」

「中学時代を知っている子は居るんだろ?」

「うん、その子は入学した時には、もう──今の朝比奈さんと同じだって」

「そっか」

 人は変わるものだというけれど、僕の中でのイメージでは、それは、中学から高校に入れ替わる時だと思っていた。小学校から、中学校に上がるのに対し、そんなに変わるものだとは思ってはいなかった。

 けど、違った。

 小学校から中学校に上がるときに──何かが変わる人もいる。当然の話だった。全ての人間が全て同じな訳がないのだから。きっと、変わったというのが妥当な考えなのだろう。

 今朝の事も踏まえて、きっと──朝比奈は何かが変わってしまったのだろう。

 そう、断言できてしまう。

「でもね、これは感覚的な話なんだけど」

「ん?」

「これも聞いた話なんだけどね」

「だから、何」

「今の方が、ずっと綺麗なんだって」

「大人になったとか、そういうことじゃなくて?」

「ううん、昔から顔立ちは整っていたから、そうなんだけど、今は──存在が、とても、儚げで」

「……」

 その言葉に、押し黙ってしまう。

 それほどまでに強烈な言葉だった。沈黙してしまうほどに。

 存在が、儚げ。

 存在感がない。

 存在が希薄している。

 まるでお化けのように。

 病弱な彼女。

 実体のない彼女。

 噂は噂でしかない──か。

「あ! そうだ、思い出した」

「何?」

「僕、あの人に呼び出されてるんだった」

「何で? 私は?」

「いや、僕に個人的な話があるみたい」

「……何したの?」

「なんも」

「ふぅん?」

 雨霧は訝しむ様に僕を見つめている。

 まあ、いきなり話題を逸らした挙句に、あまり信憑性の無い話だったので、不信を抱くのは無理もないか。これだから、変に鋭い奴は苦手だ。黙って聞いていればいいものを。

 そこまで察する力があるのなら、少しくらい気を遣ってくれてもよさそうなのに。

 部室の椅子から立ち上がり、荷物をそそくさと纏めながら、無理矢理会話を繋げた。

「まあ、そんなわけで、今日、僕は先に出るよ。お前は、もう少しここにいて、何かネタでも探ってくれよ」

「今度必ずネタを持ってくること。それならもうこの件は深読みしないであげる。あの人待つの嫌いだしね」

 雨霧は、とりあえずは見逃してくれた。あの人の名前を使えば、大概の辻褄は合ってしまう。そこら辺は、まあ、計算通りなんだけど。

「じゃあ、私はもう少し残って、何か、都市伝説でも探ってくる」

「なにかいいネタでもあるといいな」

「じゃあ、また──夜に」

「……あぁ」

 僕は部室を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

お狐様の言うとおり

マヨちくわ
ミステリー
犯人を取り逃したお巡りさん、大河内翔斗がたどり着いたのは、小さな稲荷神社。そこに住み着く神の遣い"お狐様"は、訳あって神社の外には出られない引きこもり狐だけれど、推理力は抜群!本格的な事件から日常の不思議な出来事まで、お巡りさんがせっせと謎を持ち込んではお狐様が解く、ライトミステリー小説です。 1話完結型のオムニバス形式、1話あたり10000字前後のものを分割してアップ予定。不定期投稿になります。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

高校のナゾ

Zero
ミステリー
主人公 白鷺新一が入学した高校で次々と起こる事件。 新一はそれらを解決することができるのか

どんでん返し

井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

処理中です...