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第1章 Ⅱ節 反撃
Ⅱ節 反撃 1
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少年は馬の扱いが分かるということで、全部で9頭いた馬の状態を確認していた。ふたりで行動するにしても、馬が重要になってくるのは明白だったからだ。
「一国の皇子に馬の世話をさせる者は初めてだ。皇宮では司馬処の者がするものを......」
「そう怒るなって、俺はここに来るまで馬なんて乗ったこともないんだから。それに比べれば、あんたの方が多少なりとも詳しいってことだろ?」
「......」
少年は与一に離れられるのが怖いので、与一の提案を聞いているらしかった。
「......まあ、直近の課題はこの先どうするかだが」
「そうだ」
こうなっては、流石に与一も能天気にしてはいられない。対策を考えるよりほかなかった。とりあえず情報を集める。
「そういえば、あいつらって歩兵の類いとか居るのか?」
「居るな。キースヴァルトは歩兵が主戦力で、騎兵などここ数年で増えてきたものだと聞く。それが?」
「追ってきたあの騎兵は確かに森の手前で止まったが、それは騎兵のみが止まっただけであって、歩兵部隊による追跡が無いという裏付けにはならないんじゃないか? 歩兵なら小回りが利いて森の中でも動きやすいだろうからな」
少年は「確かに」と頷く。なまじサバゲーを嗜むだけあって、与一は少し理解があった。
「つまり、夜の間も安心は出来ぬということか」
「ああ。てか、あんたはなんでこんな所に居るんだ? 聞くの忘れてた」
少年は暗い顔をして馬の鞍を調節する手を止めた。
「今日の......、いや、昨日か。皇国とキースヴァルトの大戦がこの森の東の平原であって、そこで皇国が大敗したのだ。そのあと余は追われるまま戦列を離れて皇都の方のこの森へ......」
与一は木の隙間から漏れる月明かりに照らされた少年の着ている装備に血がついているのに初めて気付いた。
「そうか......。あいつら、キースヴァルトだっけ? そいつらはなんであの町に?」
「仔細は分からぬ。恐らく余を追ってきたと見るが......なんとおぞましいことか町を焼くなど......」
「いや、あれは別にあんたを追ってきた奴らの仕業じゃないんじゃないか?」
「......?」
「確かに俺も、あいつらのやりようには引いた。けど、あの大きさの町を焼くなら、それはそれで大軍じゃないと出来ないだろうし、あんたを追ってきただけにしてはやり過ぎってやつだ。それに」
「それに?」
「町の中の兵士の数が少ないように見えた。多分だけど、あいつらは殲滅部隊ってやつなんじゃないか? 敗残兵を狩る」
「ではやつらが町を焼いたのは、略奪のため、ということか。敵地で食糧を得られなければ行軍に関わるから」
「多分。やつらは今、町を陣地にして兵士の一部を森の中に投入してるんだよ。それで篝火が外にしか灯っていなかった。使わなきゃ内側のは消すだろうからな」
「逆に、わざと消しているということは考えられぬだろうか? 敗残兵を誘き寄せるために」
「それって意味あるのか? 敗残兵って、言っちゃ悪いが俺たちみたいな奴らの事だろ? そいつらが、町が手薄だから取り返そう、ないし敵討ちだ! リベンジマッチだ! なんて意気込んで襲っていくかね。現に俺らは逃げてる訳だし」
「そうか......」
議論が行き着くところまで行くと、ふたりはしばらくの間無口になった。
何しろふたりはどちらとも先日まで戦の事とは無縁の者たちである。無い知恵を絞らなければ、助からないので思い付く限りの事は口に出すが、それ以上にはならなかった。
(ラノベ的に言うと、これってチート主人公が最初にチートする場面なんだろうけど、おあいにく様、俺は主人公って柄じゃない)
その沈黙を最初に破ったのは、意外にも少年の方だった。
「策を重ねたところで、あの兵士たちを避けて峠越えをするのは難しいだろう。それ故にあやつらはこの要所に陣を構えたのだろうから」
「そうか......。だけどうまいことすり抜けられれば」
「それでは追いつかれてしまうかもしれない」
「やつらは森に注意を向けてるはずだから町の横を静かに通り抜ければ、もしかしたら逃げ切れるかも知れないぞ?」
「選択としてはあり得る」
少年の言い回しには僅かに含みがあるように聞こえた。
「......だがしかし、余はあの町の者たちに対して責任がある......と、思わずには居られないのだ......」
「......何が言いたい?」
与一は少年の口調から、その後の台詞を薄々予想し得た。町で少年が動こうとしなかった心境を重ね合わせれば、容易な話だった。
「余は先の戦で兵を率いていながら何をも為すことが出来なかった。あまつさえ撤退......いや、逃げ出したのだったな。皇家に名を連ねる者としてそれは恥ずべき行動だ。兵を無駄に死なせ、その屍の上に馬を駆けた。それに加え、守るべき民に対して何も出来ず、民の営みまでも奪ってただ逃げるだけとあっては......余は......」
(まさか......)
「逃げるだけじゃなくて、せめてあの町を解放したい、とか言い出すんじゃ......」
(ラノベ的だけど)
「......」
少年は無言だったが、その気持ちは俯いて固く結んだ口に現れていた。
「勘弁」
与一は静かにひとことそう言うと、立ち上がった。
「俺らの状況分かってんのか? ふたりだけなんだぞ? あそこにどんだけの兵士が居るか分からない上に、そこに突っ込んでいって解放だ!? 冗談じゃない! 俺は死にたくない! 第一、生きてるやつが居るかどうかも分からないのに!」
少年は顔を上げて与一を睨んだ。
「そなたは心が痛まないのか......? そなたはあれを放っておけと申すのか!!」
「......っ!」
(そりゃ俺だってあんなのは初めて見たし、どうしようもなく気持ち悪かったし、惨いと思った! でも!)
「でもどうしろってんだよ!! みすみす死ににいくもんだろ?!」
「わからぬ! だが......!」
「わからないって!? 話にならない! 行きたいなら自分ひとりで行け! あんたの"自己満"に俺を巻き込むなよ!! 俺は早く帰りたいんだよ!!」
「......」
少年の顔に熱気が失せた。与一の言葉は確かに与一自身の思いであり、ごく自然な反応であったが、そこに少年の閉ざしてきた本心が応えた。
「──私だって......私だって帰りたい!」
「おわっ......!」
少年は与一の胸ぐらを掴むと、そのまま押し倒した。背中から地面に倒れ込み、地べたに押さえ付けられる。
「何す──」
与一の頬に少年の滴が零れた。
「私だって元々戦などには行きたくなかったのだ! 自室でごろごろと寝そべって王道だの民だのを説く家庭教師の説教を延々と聞き流し、兄上たちが戦より持ち帰った土産話に沸く女官たちの声に耳を傾けて、皇位争いとは無縁な他愛のない暮らしを謳歌していたいとも!! だが、どうせよと言う?! 私は皇族としての生をトフラ=マユルより承ったのだ! おめおめと逃げ帰り、歩む道を違えたと揶揄されながら生きる事など耐えられない!!」
「だから好きにすればって言ってんだろ!!」
「私には何も出来ぬのだ!!」
(わがままかよ!)
「......出来ぬから、こうしてそなたにすがるしかないのだ......」
少年の声は落ちていった。
なんてこった。
与一はそう思わずには居られなかった。正真正銘の馬鹿で、見栄張りで、向こう見ずなこの少年は、小説に出てくる王子そのものであり、その行動原理すらも、理解のしようがないほどに現実味を帯びていない。ここは物語か何かの中なのかと与一は呆れ果てずに居られなかったのだ。
だが同時に、物語の中の王子には感じられない現実味を纏っていたのも事実だった。この場に居て、地面に与一を押さえ付け、すがるように泣くこの人物の声は、しかし本物なのだ。胸ぐらを掴む白く細い腕は実感なのだ。
(炎天下の校庭から異世界の森へ......。何しに喚ばれたのかな、俺)
ふと与一は、喚ばれた意味に考え巡らせた。それが自分にも意外過ぎて驚いた。
(助けを求める声が聞こえて、その後俺がこっちに飛ばされて。それから襲われて、こいつに出会って......って。こいつを助けるために喚ばれたって言うのか? ......繋がってるって考える確証もなけりゃ、偶然の一致って思い込める自信もないな。そもそも喚ばれたかどうかも分からないじゃないか......)
「......勘弁」
長い静寂の後、与一は少年の手を襟からゆっくりと引き離した。少年は何も抵抗せず、与一の為すがままに従った。
「......あのような事を申したのは余の至らぬ所による。すまなかった」
少年は絞り出すような声で言った。
「......諦めるのが早いんだな」
与一は皮肉を込めて重く返す。少年は顔を拭うと立ち上がった。
「固執はしない。だが」
「だが?」
「我らが生きて罷り越すには、町に陣取るやつらを如何に処するかが肝要になるであろう事は事実だ」
「......そうだな」
「余は生きて帰りたい。そなたも生きて帰る事を望む。ならば、最善の道を選びたいものだな」
その言葉は少年の最後の抵抗のように与一には思えた。
「......それを固執って言うんだよなぁ......」
与一はそう小さな声で跳ねてみせた。
(最善の道、ね......)
その時与一は脳裏に、あるひとつの光明を見出だした。事が巧く運べば、通り抜けている最中に追われる心配さえもなくなるかもしれない。少年の固執と、その原因である後ろめたさが、得てして与一の結論の天秤を、傾けた。
「......あんた、楽して生きたい派?」
与一の突拍子もない問いに少年は眉根を寄せた。
「......強いて言うならば」
「なら、あんたのその固執、ちょっと役に立つかも」
少年の珍妙なものを見る顔をよそに、与一は足下に置いてあった自分のカバンに目を落としたのであった。
少年は馬の扱いが分かるということで、全部で9頭いた馬の状態を確認していた。ふたりで行動するにしても、馬が重要になってくるのは明白だったからだ。
「一国の皇子に馬の世話をさせる者は初めてだ。皇宮では司馬処の者がするものを......」
「そう怒るなって、俺はここに来るまで馬なんて乗ったこともないんだから。それに比べれば、あんたの方が多少なりとも詳しいってことだろ?」
「......」
少年は与一に離れられるのが怖いので、与一の提案を聞いているらしかった。
「......まあ、直近の課題はこの先どうするかだが」
「そうだ」
こうなっては、流石に与一も能天気にしてはいられない。対策を考えるよりほかなかった。とりあえず情報を集める。
「そういえば、あいつらって歩兵の類いとか居るのか?」
「居るな。キースヴァルトは歩兵が主戦力で、騎兵などここ数年で増えてきたものだと聞く。それが?」
「追ってきたあの騎兵は確かに森の手前で止まったが、それは騎兵のみが止まっただけであって、歩兵部隊による追跡が無いという裏付けにはならないんじゃないか? 歩兵なら小回りが利いて森の中でも動きやすいだろうからな」
少年は「確かに」と頷く。なまじサバゲーを嗜むだけあって、与一は少し理解があった。
「つまり、夜の間も安心は出来ぬということか」
「ああ。てか、あんたはなんでこんな所に居るんだ? 聞くの忘れてた」
少年は暗い顔をして馬の鞍を調節する手を止めた。
「今日の......、いや、昨日か。皇国とキースヴァルトの大戦がこの森の東の平原であって、そこで皇国が大敗したのだ。そのあと余は追われるまま戦列を離れて皇都の方のこの森へ......」
与一は木の隙間から漏れる月明かりに照らされた少年の着ている装備に血がついているのに初めて気付いた。
「そうか......。あいつら、キースヴァルトだっけ? そいつらはなんであの町に?」
「仔細は分からぬ。恐らく余を追ってきたと見るが......なんとおぞましいことか町を焼くなど......」
「いや、あれは別にあんたを追ってきた奴らの仕業じゃないんじゃないか?」
「......?」
「確かに俺も、あいつらのやりようには引いた。けど、あの大きさの町を焼くなら、それはそれで大軍じゃないと出来ないだろうし、あんたを追ってきただけにしてはやり過ぎってやつだ。それに」
「それに?」
「町の中の兵士の数が少ないように見えた。多分だけど、あいつらは殲滅部隊ってやつなんじゃないか? 敗残兵を狩る」
「ではやつらが町を焼いたのは、略奪のため、ということか。敵地で食糧を得られなければ行軍に関わるから」
「多分。やつらは今、町を陣地にして兵士の一部を森の中に投入してるんだよ。それで篝火が外にしか灯っていなかった。使わなきゃ内側のは消すだろうからな」
「逆に、わざと消しているということは考えられぬだろうか? 敗残兵を誘き寄せるために」
「それって意味あるのか? 敗残兵って、言っちゃ悪いが俺たちみたいな奴らの事だろ? そいつらが、町が手薄だから取り返そう、ないし敵討ちだ! リベンジマッチだ! なんて意気込んで襲っていくかね。現に俺らは逃げてる訳だし」
「そうか......」
議論が行き着くところまで行くと、ふたりはしばらくの間無口になった。
何しろふたりはどちらとも先日まで戦の事とは無縁の者たちである。無い知恵を絞らなければ、助からないので思い付く限りの事は口に出すが、それ以上にはならなかった。
(ラノベ的に言うと、これってチート主人公が最初にチートする場面なんだろうけど、おあいにく様、俺は主人公って柄じゃない)
その沈黙を最初に破ったのは、意外にも少年の方だった。
「策を重ねたところで、あの兵士たちを避けて峠越えをするのは難しいだろう。それ故にあやつらはこの要所に陣を構えたのだろうから」
「そうか......。だけどうまいことすり抜けられれば」
「それでは追いつかれてしまうかもしれない」
「やつらは森に注意を向けてるはずだから町の横を静かに通り抜ければ、もしかしたら逃げ切れるかも知れないぞ?」
「選択としてはあり得る」
少年の言い回しには僅かに含みがあるように聞こえた。
「......だがしかし、余はあの町の者たちに対して責任がある......と、思わずには居られないのだ......」
「......何が言いたい?」
与一は少年の口調から、その後の台詞を薄々予想し得た。町で少年が動こうとしなかった心境を重ね合わせれば、容易な話だった。
「余は先の戦で兵を率いていながら何をも為すことが出来なかった。あまつさえ撤退......いや、逃げ出したのだったな。皇家に名を連ねる者としてそれは恥ずべき行動だ。兵を無駄に死なせ、その屍の上に馬を駆けた。それに加え、守るべき民に対して何も出来ず、民の営みまでも奪ってただ逃げるだけとあっては......余は......」
(まさか......)
「逃げるだけじゃなくて、せめてあの町を解放したい、とか言い出すんじゃ......」
(ラノベ的だけど)
「......」
少年は無言だったが、その気持ちは俯いて固く結んだ口に現れていた。
「勘弁」
与一は静かにひとことそう言うと、立ち上がった。
「俺らの状況分かってんのか? ふたりだけなんだぞ? あそこにどんだけの兵士が居るか分からない上に、そこに突っ込んでいって解放だ!? 冗談じゃない! 俺は死にたくない! 第一、生きてるやつが居るかどうかも分からないのに!」
少年は顔を上げて与一を睨んだ。
「そなたは心が痛まないのか......? そなたはあれを放っておけと申すのか!!」
「......っ!」
(そりゃ俺だってあんなのは初めて見たし、どうしようもなく気持ち悪かったし、惨いと思った! でも!)
「でもどうしろってんだよ!! みすみす死ににいくもんだろ?!」
「わからぬ! だが......!」
「わからないって!? 話にならない! 行きたいなら自分ひとりで行け! あんたの"自己満"に俺を巻き込むなよ!! 俺は早く帰りたいんだよ!!」
「......」
少年の顔に熱気が失せた。与一の言葉は確かに与一自身の思いであり、ごく自然な反応であったが、そこに少年の閉ざしてきた本心が応えた。
「──私だって......私だって帰りたい!」
「おわっ......!」
少年は与一の胸ぐらを掴むと、そのまま押し倒した。背中から地面に倒れ込み、地べたに押さえ付けられる。
「何す──」
与一の頬に少年の滴が零れた。
「私だって元々戦などには行きたくなかったのだ! 自室でごろごろと寝そべって王道だの民だのを説く家庭教師の説教を延々と聞き流し、兄上たちが戦より持ち帰った土産話に沸く女官たちの声に耳を傾けて、皇位争いとは無縁な他愛のない暮らしを謳歌していたいとも!! だが、どうせよと言う?! 私は皇族としての生をトフラ=マユルより承ったのだ! おめおめと逃げ帰り、歩む道を違えたと揶揄されながら生きる事など耐えられない!!」
「だから好きにすればって言ってんだろ!!」
「私には何も出来ぬのだ!!」
(わがままかよ!)
「......出来ぬから、こうしてそなたにすがるしかないのだ......」
少年の声は落ちていった。
なんてこった。
与一はそう思わずには居られなかった。正真正銘の馬鹿で、見栄張りで、向こう見ずなこの少年は、小説に出てくる王子そのものであり、その行動原理すらも、理解のしようがないほどに現実味を帯びていない。ここは物語か何かの中なのかと与一は呆れ果てずに居られなかったのだ。
だが同時に、物語の中の王子には感じられない現実味を纏っていたのも事実だった。この場に居て、地面に与一を押さえ付け、すがるように泣くこの人物の声は、しかし本物なのだ。胸ぐらを掴む白く細い腕は実感なのだ。
(炎天下の校庭から異世界の森へ......。何しに喚ばれたのかな、俺)
ふと与一は、喚ばれた意味に考え巡らせた。それが自分にも意外過ぎて驚いた。
(助けを求める声が聞こえて、その後俺がこっちに飛ばされて。それから襲われて、こいつに出会って......って。こいつを助けるために喚ばれたって言うのか? ......繋がってるって考える確証もなけりゃ、偶然の一致って思い込める自信もないな。そもそも喚ばれたかどうかも分からないじゃないか......)
「......勘弁」
長い静寂の後、与一は少年の手を襟からゆっくりと引き離した。少年は何も抵抗せず、与一の為すがままに従った。
「......あのような事を申したのは余の至らぬ所による。すまなかった」
少年は絞り出すような声で言った。
「......諦めるのが早いんだな」
与一は皮肉を込めて重く返す。少年は顔を拭うと立ち上がった。
「固執はしない。だが」
「だが?」
「我らが生きて罷り越すには、町に陣取るやつらを如何に処するかが肝要になるであろう事は事実だ」
「......そうだな」
「余は生きて帰りたい。そなたも生きて帰る事を望む。ならば、最善の道を選びたいものだな」
その言葉は少年の最後の抵抗のように与一には思えた。
「......それを固執って言うんだよなぁ......」
与一はそう小さな声で跳ねてみせた。
(最善の道、ね......)
その時与一は脳裏に、あるひとつの光明を見出だした。事が巧く運べば、通り抜けている最中に追われる心配さえもなくなるかもしれない。少年の固執と、その原因である後ろめたさが、得てして与一の結論の天秤を、傾けた。
「......あんた、楽して生きたい派?」
与一の突拍子もない問いに少年は眉根を寄せた。
「......強いて言うならば」
「なら、あんたのその固執、ちょっと役に立つかも」
少年の珍妙なものを見る顔をよそに、与一は足下に置いてあった自分のカバンに目を落としたのであった。
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