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第1章 Ⅰ節 帰りたい
Ⅰ節 帰りたい 3
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3
与一に動きがあったのは、腕時計の針が2時間進んだ後だった。
誰も居なかったはずの自分の周りから声が聞こえて来て、眠ってしまっていた与一は飛び起きた。
すると、いきなり重い衝撃が背中を打った。
「がはっ......!」
棒のようなもので殴打されたらしかった与一は、そのままうつ伏せに地面に顔をぶつける。
「驚かせるんじゃない! このサルが!」
そう男の声が聞こえると、背中を押さえつけられて身を起こすことが出来なくなる。
顔だけを上げて正面を見上げると、そこには世界史の資料集でよく見かける中世ヨーロッパの兵士のような格好をした西洋顔の髭面の男が2人立っていた。与一を押さえつけているのと、周りに居るのとを含めると、合わせて8人の兵士らしき男たちが与一が眠っている間に取り囲んでいたのだ。
「あんたら誰!?──っう......!」
与一がそう叫ぶと、目の前にたっていたリーダー格らしき男が与一の頭をスパイクのある長靴で踏みつけた。与一の顔は土にめり込む。
「このどこの国の者とも判らぬ珍妙な顔をしよって、黙れ!! 着ているものは我らと似かよっているようだが、貴様、シャリムの手の者か!」
(シャリムってなんだよ! ってか日本語喋んのかよこいつら!?)
「知らない......! 俺は何も知らないって!!」
すると兵士の1人が与一の持ち物を漁り始める。
「このガキ、なんか知らんが紙の本を沢山持っているぞ。......みたことのない薄さの紙だ。文字もぎっしりと。──この薄い本は......」
「あああああぁぁぁぁああ! ダメ!! それダメっ!!」
「おい、これは春画ではないか......!?」
(まだ読んでいない神絵師のイラスト集がっ!)
「このガキ、こんな顔して春画を持っているとはな。シャリム人は聞きしに勝る低俗さだな」
男は同人誌をぺらぺらと揺らして、何食わぬ顔で鎧の懐に詰め込んだ。
(しれっと懐に入れるなよ! むっつりかよ! てか、春画言うなし。神絵だし! 萌えだし!)
そう、あくまで"萌え"である。
「おい。こいつ本陣に連れていくぞ。密偵やも知れぬ。......後でその春画、俺にも見せろよ......?」
(お前もかよ!)
兵士たちは与一を縛るべく、乗ってきた馬に載せていた荷物から縄を取り出した。与一の荷物も全て持っていこうとしている。
「こんなん人権侵害だ! 逮捕状出せ! 不当だ!」
公民で習ったばかりの言葉を使ってみる。
「じんけん? 運が良ければ殺されずに奴隷商人に飼ってもらえるぞ。おとなしくしておくんだな」
当然、こちらで通用する訳がなかった。
(詰んだ......。そういう世界かよ、ここ......)
与一の腕に縄が掛けられようとしているその時、男の1人が落ちていた与一のスマホを持ち上げた。
突然、シャッター音と共に画面が光って、驚いた男はスマホを落とした。
「なんだ!?」
指紋認証の機能が働いたようで、一致しない指紋が検知されたときに、自動で写真を撮るシステムが働いたらしかった。
画面には男の顔が写っている。
「こ、これ! 俺が中に居る!!」
突然騒ぎだした男は、あからさまに怖じ気付いて、地面に尻餅をついた。
「落ち着け、何を見た」
リーダー格の男がスマホを拾い上げる。
「──何だと、お前が板の中に......うっ!」
リーダー格の男は、音量調節ボタンを変に押したらしく、連写のけたたましい音が森に響いた。
「こいつ、邪法使いだ! オルレアの悪魔だ!!」
そう叫ぶと、兵士たちは一斉に与一から距離を取った。
(......邪法? 悪魔? なんか変な勘違いしてる......けど、ここは乗っかった方が良いかも......!)
与一は記憶の中にある悪役のセリフを、ありったけの気力を注ぎ込んで喚き散らした。
「ははは! そうだ! お前たちの魂をその板に詰め込んだぁ! 俺に手を出してみろ? すぐさまお前たちの魂を粉微塵に粉砕してあの世のヘドロが媚びれ付いた臭い釜の中に放り込んでやる! ぬぁははははははは!!」
高笑いの途中で咳き込みそうになるのを堪える。
オタクは本気を出すと、迫真の演技が出来るものである。
「お前......! 今すぐ解け!」
「何を言うか! お前たちが俺を怒らせたのが運の尽きだったな! なにせ我が名を口にしたのだ、よもや生きて罷り帰れるとは思っていまいな? 今すぐにでもお前たちの魂をすり潰して煮てくれるわ!!」
(名前がタブーなのかどうかは知らないけどな!)
与一は縄が綻んで自由に動かせるようになった両手で、出来る限り気持ちの悪い指の動かし方をして兵士たちを脅した。
「くっ......! に、逃げろ!」
男たちは馬に乗る間もなく、一目散に走って逃げて行く。
そうして兵士たちは瞬く間に霧の中へ姿を消した。
与一は、あり得ないほどあっさりと逃げたした兵士たちに呆れると同時に、安堵してへたれ込んだ。
(助かったぁ......)
大根役者にも劣る三文芝居程度で逃げて行くあの兵士たちの国では、"邪法"というものがかなり恐れられているらしいことは容易に察しがついた。与一は中世の世界の迷信というものが、これほどまでに威力を持っているとは思っていなかった。
(霧の中に怪しげな面立ちの男ありて邪法を使う。其れ即ちオルレアの悪魔、ってか......?)
与一は兵士たちが置いていった馬の背の荷物に何か使えそうなものはないか探したかったが、馬に近づいた事がないので、後ろ足に蹴られる印象が先に発って近づけない。仕方がないので、自分の周りを囲む8頭の馬のことは無視することにした。
しかし、一度は捕まりかけたこの場所にずっと留まるのも危険であると感じた与一は、何とかしてこの濃い霧の中を進まなければならないと考え始めた。
とりあえず兵士たちがそこら辺に散らかした持ち物を集めるていると、生物基礎の教科書が中途半端に開いて落ちているのが目に入った。
開いているページには、陽当たりと樹木の成長の関係についてが書かれている。
(樹木は南向きに枝を伸ばしたがる......針葉樹で暗い森、極相林......平地の森......)
与一は次第に暗くなりつつあった中、何か頼れる情報は無いかと、まともに読んだことなど一度もない教科書を必死にめくった。
そこである推測にたどり着く。
──巨木を伝っていくと川か湖に出る──
巨木は地下を通る地下水の水を潤沢に吸い上げているので成長が著しく、また、平地で霧が出ているので、近くに湖か何かの水源があるということで、その水源に地下水脈が通じている可能性は非常に高い。
水辺に出れば、何かしらの食べ物や、一番大事な水が手に入る。そうなれば、しばらくは生きていけるかも知れない。
教科書にはそこまで詳しくは書いていなかったが、足りない部分は補完して出した結論だった。
与一は、無視することにした馬を使わなければ、日が暮れてしまって完全に迷うと思い、鞄を背負うと恐る恐る馬に近づいた。
(そういえば、馬から見えるようにゆっくり近づいたら良いんだったような......)
教科書に関連して、昔弓道をやっていた頃に少し見た、雑誌の流鏑馬特集を思い出した。
与一は自分の身長よりも遥かに大きい馬に横から近づいて手綱を取り、馬の頭を軽く撫でてみた。
耳が少し動いたが、怯える素振りではないように感じたので、手綱と鬣を一緒に掴んで、腰の高さくらいにある鐙に足を掛け、鞍にそっと飛び乗った。
馬は少し前後に動いたが、大人しくその場に止まっている。
(成功した......?)
緊張が解けて、一気に脱力すると、鐙に掛けた足が馬の腹に当たった。
すると馬が勝手にゆっくりと前へ進み始めた。
(えっ、ちょっ、勝手に......!)
思わず手綱を引くと、馬はぐっと止まる。
(これ、使えるぞ......?)
さらに、馬は左右の重心移動で方向を変えて動いてくれるらしかった。
数回試して確証を持った与一は、急ぎだったこともあって、早速巨木を探す事にした。
馬の腹を軽く蹴ると、少し速く歩き始める。
すると、なぜか他の7頭も与一の馬に付いてくる。
(なんか付いてきてるけど、まあ良いか馬は財産って言うし......)
与一は巨木を追って進み出した。森の霧は、夜の帳が降りる頃には消えた。
与一に動きがあったのは、腕時計の針が2時間進んだ後だった。
誰も居なかったはずの自分の周りから声が聞こえて来て、眠ってしまっていた与一は飛び起きた。
すると、いきなり重い衝撃が背中を打った。
「がはっ......!」
棒のようなもので殴打されたらしかった与一は、そのままうつ伏せに地面に顔をぶつける。
「驚かせるんじゃない! このサルが!」
そう男の声が聞こえると、背中を押さえつけられて身を起こすことが出来なくなる。
顔だけを上げて正面を見上げると、そこには世界史の資料集でよく見かける中世ヨーロッパの兵士のような格好をした西洋顔の髭面の男が2人立っていた。与一を押さえつけているのと、周りに居るのとを含めると、合わせて8人の兵士らしき男たちが与一が眠っている間に取り囲んでいたのだ。
「あんたら誰!?──っう......!」
与一がそう叫ぶと、目の前にたっていたリーダー格らしき男が与一の頭をスパイクのある長靴で踏みつけた。与一の顔は土にめり込む。
「このどこの国の者とも判らぬ珍妙な顔をしよって、黙れ!! 着ているものは我らと似かよっているようだが、貴様、シャリムの手の者か!」
(シャリムってなんだよ! ってか日本語喋んのかよこいつら!?)
「知らない......! 俺は何も知らないって!!」
すると兵士の1人が与一の持ち物を漁り始める。
「このガキ、なんか知らんが紙の本を沢山持っているぞ。......みたことのない薄さの紙だ。文字もぎっしりと。──この薄い本は......」
「あああああぁぁぁぁああ! ダメ!! それダメっ!!」
「おい、これは春画ではないか......!?」
(まだ読んでいない神絵師のイラスト集がっ!)
「このガキ、こんな顔して春画を持っているとはな。シャリム人は聞きしに勝る低俗さだな」
男は同人誌をぺらぺらと揺らして、何食わぬ顔で鎧の懐に詰め込んだ。
(しれっと懐に入れるなよ! むっつりかよ! てか、春画言うなし。神絵だし! 萌えだし!)
そう、あくまで"萌え"である。
「おい。こいつ本陣に連れていくぞ。密偵やも知れぬ。......後でその春画、俺にも見せろよ......?」
(お前もかよ!)
兵士たちは与一を縛るべく、乗ってきた馬に載せていた荷物から縄を取り出した。与一の荷物も全て持っていこうとしている。
「こんなん人権侵害だ! 逮捕状出せ! 不当だ!」
公民で習ったばかりの言葉を使ってみる。
「じんけん? 運が良ければ殺されずに奴隷商人に飼ってもらえるぞ。おとなしくしておくんだな」
当然、こちらで通用する訳がなかった。
(詰んだ......。そういう世界かよ、ここ......)
与一の腕に縄が掛けられようとしているその時、男の1人が落ちていた与一のスマホを持ち上げた。
突然、シャッター音と共に画面が光って、驚いた男はスマホを落とした。
「なんだ!?」
指紋認証の機能が働いたようで、一致しない指紋が検知されたときに、自動で写真を撮るシステムが働いたらしかった。
画面には男の顔が写っている。
「こ、これ! 俺が中に居る!!」
突然騒ぎだした男は、あからさまに怖じ気付いて、地面に尻餅をついた。
「落ち着け、何を見た」
リーダー格の男がスマホを拾い上げる。
「──何だと、お前が板の中に......うっ!」
リーダー格の男は、音量調節ボタンを変に押したらしく、連写のけたたましい音が森に響いた。
「こいつ、邪法使いだ! オルレアの悪魔だ!!」
そう叫ぶと、兵士たちは一斉に与一から距離を取った。
(......邪法? 悪魔? なんか変な勘違いしてる......けど、ここは乗っかった方が良いかも......!)
与一は記憶の中にある悪役のセリフを、ありったけの気力を注ぎ込んで喚き散らした。
「ははは! そうだ! お前たちの魂をその板に詰め込んだぁ! 俺に手を出してみろ? すぐさまお前たちの魂を粉微塵に粉砕してあの世のヘドロが媚びれ付いた臭い釜の中に放り込んでやる! ぬぁははははははは!!」
高笑いの途中で咳き込みそうになるのを堪える。
オタクは本気を出すと、迫真の演技が出来るものである。
「お前......! 今すぐ解け!」
「何を言うか! お前たちが俺を怒らせたのが運の尽きだったな! なにせ我が名を口にしたのだ、よもや生きて罷り帰れるとは思っていまいな? 今すぐにでもお前たちの魂をすり潰して煮てくれるわ!!」
(名前がタブーなのかどうかは知らないけどな!)
与一は縄が綻んで自由に動かせるようになった両手で、出来る限り気持ちの悪い指の動かし方をして兵士たちを脅した。
「くっ......! に、逃げろ!」
男たちは馬に乗る間もなく、一目散に走って逃げて行く。
そうして兵士たちは瞬く間に霧の中へ姿を消した。
与一は、あり得ないほどあっさりと逃げたした兵士たちに呆れると同時に、安堵してへたれ込んだ。
(助かったぁ......)
大根役者にも劣る三文芝居程度で逃げて行くあの兵士たちの国では、"邪法"というものがかなり恐れられているらしいことは容易に察しがついた。与一は中世の世界の迷信というものが、これほどまでに威力を持っているとは思っていなかった。
(霧の中に怪しげな面立ちの男ありて邪法を使う。其れ即ちオルレアの悪魔、ってか......?)
与一は兵士たちが置いていった馬の背の荷物に何か使えそうなものはないか探したかったが、馬に近づいた事がないので、後ろ足に蹴られる印象が先に発って近づけない。仕方がないので、自分の周りを囲む8頭の馬のことは無視することにした。
しかし、一度は捕まりかけたこの場所にずっと留まるのも危険であると感じた与一は、何とかしてこの濃い霧の中を進まなければならないと考え始めた。
とりあえず兵士たちがそこら辺に散らかした持ち物を集めるていると、生物基礎の教科書が中途半端に開いて落ちているのが目に入った。
開いているページには、陽当たりと樹木の成長の関係についてが書かれている。
(樹木は南向きに枝を伸ばしたがる......針葉樹で暗い森、極相林......平地の森......)
与一は次第に暗くなりつつあった中、何か頼れる情報は無いかと、まともに読んだことなど一度もない教科書を必死にめくった。
そこである推測にたどり着く。
──巨木を伝っていくと川か湖に出る──
巨木は地下を通る地下水の水を潤沢に吸い上げているので成長が著しく、また、平地で霧が出ているので、近くに湖か何かの水源があるということで、その水源に地下水脈が通じている可能性は非常に高い。
水辺に出れば、何かしらの食べ物や、一番大事な水が手に入る。そうなれば、しばらくは生きていけるかも知れない。
教科書にはそこまで詳しくは書いていなかったが、足りない部分は補完して出した結論だった。
与一は、無視することにした馬を使わなければ、日が暮れてしまって完全に迷うと思い、鞄を背負うと恐る恐る馬に近づいた。
(そういえば、馬から見えるようにゆっくり近づいたら良いんだったような......)
教科書に関連して、昔弓道をやっていた頃に少し見た、雑誌の流鏑馬特集を思い出した。
与一は自分の身長よりも遥かに大きい馬に横から近づいて手綱を取り、馬の頭を軽く撫でてみた。
耳が少し動いたが、怯える素振りではないように感じたので、手綱と鬣を一緒に掴んで、腰の高さくらいにある鐙に足を掛け、鞍にそっと飛び乗った。
馬は少し前後に動いたが、大人しくその場に止まっている。
(成功した......?)
緊張が解けて、一気に脱力すると、鐙に掛けた足が馬の腹に当たった。
すると馬が勝手にゆっくりと前へ進み始めた。
(えっ、ちょっ、勝手に......!)
思わず手綱を引くと、馬はぐっと止まる。
(これ、使えるぞ......?)
さらに、馬は左右の重心移動で方向を変えて動いてくれるらしかった。
数回試して確証を持った与一は、急ぎだったこともあって、早速巨木を探す事にした。
馬の腹を軽く蹴ると、少し速く歩き始める。
すると、なぜか他の7頭も与一の馬に付いてくる。
(なんか付いてきてるけど、まあ良いか馬は財産って言うし......)
与一は巨木を追って進み出した。森の霧は、夜の帳が降りる頃には消えた。
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