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女を黙らせるにはこうするんだろ? 前編 朝乃宮千春SIDE

2/6 その七

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「げぇ! 芝先生!」
「「!」」

 マズい……。
 まさか、ここで『子』が出てくるとは……。
 厄介な状況になってもうた。

「ど、どうして、古典の芝がここに……」
「芝先生? その手に持っているのって……」

 三小はんと清洲はんの顔が真っ青になってる。
 芝はんが手にしてるのは……。

「おおぉ、これか? 最新のハンディカメラでな、5.3Kビデオ? でええんかな? とにかく防水性能やらブレ補正機能やらいろいろとそろっとる最新のカメラじゃ。何を撮っていたのか? 言わんでも分かるじゃろ?」
「「「……」」」

 はぁ……ため息ばかりついてるわ……。
 ウチが用意しておいた協力者は清洲はん一人だけやない。
 この学校には朝乃宮の息のかかった人材が複数人いる。
 朝乃宮の子分やから、『子』と呼ばれ、そのうちの一人が芝はん。
 教師としてこの学校に潜入し、『親』である朝乃宮ウチに反抗したり、危害を加えたり、邪魔な存在が現れた場合、消す役割を担っている。
 その方法は様々で、大抵が社会的に抹殺。

 芝はんがここにいるってことは……。

「芝先生。知ってはったんですね? 清洲はんが裏切る事を」
「勿論。情報を集め、粛清するのがワシの仕事じゃけぇ。そこにおる三小クンと清洲クンの密談も記録しちょるぞ」

 これはあかん……もう、ウチには何もできへん。
 ウチは『親』やけど、『子』は基本、御館様の命令に従う。
 御館様の命令はただ一つ。朝乃宮に楯突たてく者は粛正あるのみ。
 三人はもう、朝乃宮に害をなした。御館様の命令は発動された。
 誰にももう、止められない。

 ご愁傷様。

「それにしても朝乃宮姫、失態じゃったな。飼い犬に噛まれるたぁ。情けない。うちがこだったら、どう切り抜けるつもりじゃった?」
「その質問に答える意味あります? 『子』が『親』に意見するとか、いつから立場をわきまえない発言をするようになったんです? それとも……」

 朝乃宮姫とは、御館様の娘からきている。ただ、誰からも忌み嫌われる存在やけど。

「うちゃアナタのご親戚の意見を代弁しちょるに過ぎん。うち個人の意見じゃないけぇ、ご容赦を。それと、いつまでドローンで録画しちょるんか?」

 芝はんは深く頭を下げる。でも、これはパフォーマンス。
 ほんま、くえへん人やわ。

「な、なに、あれ? ラジコン?」
「いや、あれはドローンだ。格好いい!」
「……」

 三小はん達もようやく気づいたみたい。
 そう、ウチはこのやりとりをドローンで隠し撮りしてた。ドローンを操っているのは清洲はんと同じウチの協力者。
 その協力者はウチの事、裏切らず、指示通り動いてくれているみたいでよかったわ。

「朝乃宮さん……私のこと、疑っていたんですね……」
「それはちゃいます、清洲はん。ウチは……誰も信じてませんから」

 ウチは咲と藤堂はん以外、誰も信じてない。だからこそ、裏切りにあうことを前提で行動してる。
 ウチが清洲はん以外に何人かに連絡しておいた。
 たとえ、裏切る気がなくても、何らかの理由で行動できない場合やトラブルがある為、ウチは予備対策を用意している。

「朝乃宮姫、小型カメラが無駄にならんでよかったのぉ」
「……」

 ウチは鞄の中からカメラを取り出す。
 ウチは誰も信用してない。だから、万が一の事を考え、三小はんに会う前に小型カメラを鞄に仕込んでおいた。
 つまり、協力者全員に裏切られたとしても、ウチ一人でどうにでもできた。
 それなのに……。

「ちゅうわけじゃ、成翔先生、三小クン、清洲クン。『朝乃宮』に逆ろうたのが運の尽き。懲戒解雇と退学は覚悟しちょきんさい」

 はぁ……やっぱり、芝はんが仕切りだした。もう、ウチではコントロール不可。
 けど、しゃあない。もう、ウチには何も出来ない。
 せめて、清洲はんだけでも穏便に済ませたかったのに……。

「そんな……そんな……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、朝乃宮クン! 僕も被害者なんだ! 僕だって三小クンに脅されて仕方なく……」
「ま、待ってください! 私は退学になってもかまいません! ですが! お父さんのこう……」
「無論、工場の融資も今月で打ち切りじゃ。借金が膨らまんよう、今すぐ倒産手続きしておくんだのぉ」
「そんな……そんな……許してください! 許してください! 私はどうなってもいいですから! 父の工場だけは! 助けて、朝乃宮さん! お願いします! 助けて!」

 清洲はんは泣き出して許しを請うてる。
 成翔はんは醜い言い訳をして、自分だけ助かろうとしてる。
 三小はんは……。

「……アンタ、どんだけ酷いのよ……何様なのよ……」
「三小はん、ウチ言いましたよね? 世の中、手を出してはいけない人種がいるって。朝乃宮は相手を陥れる為ならどんな手でも使います。恨むなら忠告を無視した自分を恨み」
「地獄に墜ちろ」
「地獄に先に墜ちるのは三小はんやと思いますけど?」

 ウチは芝はんと一緒にこの場を離れた。
 もう、何も語ることはない。勝敗は決したのやから……敗者にかける言葉は持ち合わせていないのが朝乃宮やから……。



「芝はん。清洲はんの処罰ですけど……」
「ありゃあ最高の見世物じゃったな。未来ある若者が絶望した表情はいつ見ても格別じゃ。清洲は今日の事で一生引きずるかもしれんな。だが自業自得。ふふふっ、強者故の特権はこれじゃけぇ手放せん」

 そう、これが朝乃宮。
 相手の情報、弱みを集め、子供だろうが年配者だろうが、徹底的に底辺へ蹴り落とす。
 相手の人生がどうなろうが、関係ない。
 大切なのは、自分たちの自尊心が護られるかどうか、それだけ。

 この劣悪な環境で、まともな人間が育つわけがない。正気でいられるわけがない。
 朝乃宮は腐っとる。
 ウチも腐っとる……。

「まさか、裏切り者に情けをかけるおつもりか、朝乃宮姫。御館様の直系たぁ思えんほどの愚行じゃな」
「……」
「うちゃ御館様に感謝しちょる。世の中、理義やら糞の役にも立たんこと、力と権力こそ真理であり、道理じゃとご教授いただいたんじゃけぇ」

 芝はんの笑顔にウチはゾッとした。
 その笑顔は朝乃宮家によって人生を狂わせられた壊れた表情。弱者をいたぶることに快楽を覚えた外道の顔。
 芝はんも朝乃宮に目をつけられ、権力争いに巻き込まれた被害者であり、全てを失った者。
 その被害者を朝乃宮の部下として強制的に組み込み、手足の如くこき使う朝乃宮……いえ、御館様の心がウチでは到底計り知れない。

 芝はんや『子』は分かっている。思い知らされている。
 御館様の力を。あれは神の力。神通力。
 どんな綿密な計画を立てても、御館様は全てお見通しで、失敗する。逆にそれを利用されることもある。
 だからこそ、御館様は朝乃宮にとって神格化された存在。
 
 ウチにも御館様の血が流れてるけど、片鱗すら受け継いでいない。
 けど、そのおぞましさだけは本能で理解できる。
 ウチも将来、あんな風に人の不幸を心の底から笑えるような外道に……いえ、もうウチは外道や……。
 こんな醜いウチのことなんて……誰が愛してくれるんやろう……咲は悲しげに笑って許してくれるけど、藤堂はんは?
 軽蔑する? それとも……。

「そんではここで失礼する。三人の処分はうちが致しますけぇ」
「……一任します」

 芝はんは校舎へと戻っていった。
 ふぅ……ほんま、疲れる……。
 相手を懐柔し、騙し、欺き、刃向かったら報復。
 なにこれ? 高校生のすること? これが高校生活?
 ほんま、気が滅入る……。

 ピーポーパーポー

 サイレンの音?
 救急車が正門を通り過ぎ、中に入っていく。
 まさか……藤堂はんの身に何か……。

「朝乃宮?」
「……藤堂はん?」

 心臓が止まるかと思った。
 一番会いたくないタイミングで藤堂はんと出会った。いえ、無事を確認できてよかったんやけど。
 今日は生徒会の作業があるので、藤堂はんには先に行ってもらうよう連絡しておいたけど、どうしてここに?

 ああ、そう……そういうこと。
 三小はんがバカな事をして、藤堂はんを秋脇はんの件に巻き込んだから、帰りが遅くなった。
 それで鉢合わせになったわけやな。

「藤堂はん、その顔と制服の汚れ……喧嘩しはったん?」
「……ああっ」

 ほんま、申し訳ない。
 本来なら、三小はんを使って秋脇の行動を探り、ウチが処理するつもりやったけど、藤堂はんを巻き込んでしもうた。
 そして、秋脇はんと喧嘩してもうたんやね。
 喧嘩の理由は……。

「理由を聞いても?」
「別に……ただ、アイツが許せなかっただけだ。自分の為にやった」

 ほんま、わかりやすいわ。
 藤堂はんは誰かの為に喧嘩した場合、自分の為と言い切るタイプ。
 その根拠は、以前青島西中との野球勝負をすることになったとき、藤堂はんは自分のせいだって断言した。ほんまは違うのに。
 藤堂はんがそう言うのは、喧嘩の理由を誰かのせいにしたくないから。自己責任にしたいから。自分だけで背負い込もうとするから。
 けど、そんなの……。

「顔がはれてます。動かんとって」

 ウチはハンカチを濡らして、藤堂はんの顔に当てる。

「痛っ!」
「我慢してください。そんな顔されて桜花ちゃんのお迎えにいったら、桜花ちゃん、悲しみます」

 藤堂はんが傷ついていい理由にはならへんよ。
 今はウチがいます。
 もっと、ウチに頼って欲しい……頼って欲しいんよ……。

「なあ、朝乃宮……」
「なんです?」
「朝乃宮が俺に優しくしてくれるのは……桜花の為か? 桜花が悲しむから……俺なんかに優しくしてかまってくれるのか?」

 バシィ!

 ウチは怒って鉄扇を藤堂はんのおでこに叩きつけた。

「あ痛ぁあ! マジで痛かったぞ!」
「ツッコミ待ちかと思いまして。何をボケてますの?」
「ボケって……」
「藤堂はんのことが心配やから優しくしてるだけです! それ以外の理由がありますの?」

 ほんま、腹立った! 成翔の存在よりも腹立ったわ!
 なんで分かへんの! 分かろうとせえへんの!
 そんなの悲しいわ! 悲しすぎるわ!
 それに一番腹立つんは!

「何が可笑しいんです?」

 藤堂はんが笑っていること。ここ、笑うことやない!
 ほんま、空気読めへん男やわ! ウチは真剣に心配してるのに!

「いや……すまん……嬉しかったんだ」
「はぁ? 人を怒らせておいて嬉しいとか……」
「朝乃宮が俺のことを心配してくれていることが……嬉しくて仕方ないんだ。ありがとな、朝乃宮。俺のことを心配してくれて……その一言で救われた気がした……俺のやっていることが肯定された気分で……嬉しかったんだ。いいよな……誰かに認められるのは……それが朝乃宮なら……本当に嬉しいんだ」
「……」
「朝乃宮?」

 バシィイイ!

「あ痛ぁああああああああ!」

 ほ、ほんま、空気読めへん男やわ! 天然なん? 恥ずかしい!
 真顔で、そんな無垢で嬉しそうな顔で言われたら、こっちが恥ずかしいわ!
 ほんま、なんやの! ウチの心をかき乱して、楽しいの? わざとやろ!
 もう! もう! もう!

 気づいて欲しいとは思ってたけど!
 そんなこと言われたら、ウチの方が嬉しいわ!
 って、何言わすねん! 恥ずかしい!

「先に行きます」
「ま、待ってくれ!」

 ウチはさっさと歩いて行く。
 ウチの真っ赤な顔を藤堂はんに見られへんようにするために。

 なあ、藤堂はん……ウチも……幸せになってもええんやろうか?
 幸せな気分になっても許されるんやろうか?

「……アンタ、どんだけ酷いのよ……何様なのよ……」

 人を不幸にしか出来ない外道が……でも、自覚していても、幸せなんよ……藤堂はんと一緒にいると……望んでしまうんよ……。
 それが罪深いことだと分かっていても、今は……今だけは……幸せな気分でいさせて……。
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