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兄さんなんて大嫌いです! 朝乃宮千春SIDE

2/2 後編

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 はぁあああ!
 ウチと藤堂はんが仲がいい?
 ありえへん! 人のこと軽蔑してたとか、獅子身中の虫とかほんまありえへんわ!
 ウチは仲良うしたいのに! あの唐変木は!
 藤堂はんのあほう!

「あんさんの目、節穴とちゃいます? 大体、御堂はんは藤堂はんに振られたんやし、関係ないと思いますけど?」
「んだと?」
「本当のことを言っただけです。フラれたのにいつまでも未練がましい。さっさと次の恋を探した方がええんとちゃいます?」

 御堂はんはああ見えて男女にモテはる。御堂はんの事を想っているお人のためにも新しい恋を見つけた方がええ。
 それがお互いの為や。

「余計なお世話だ、こら!」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」

 ぎゃーぎゃうるさい。
 ほんま、かんにさわる。

「てめえとは決着をつける必要があるな」
「……以前決着はつけたでしょうに」

 そう、ウチは一度、御堂はんに負けている。もう、白黒はついている。

「ふっざけるな! てめえ! あのとき、わざと手を抜いただろ! 私はな! 喧嘩に手抜かれるのが大嫌いなんだよ!」
「藤堂はん相手のときは手、抜いてたクセにぬけしゃーしゃーと」
「うっせえ! 揚げ足とるな!」

 はぁ……御堂はん相手やと無傷ではいられへんけど、少しは気が晴れるやろ。
 この胸の奥でモヤモヤする言いようのない何かが……苛立ちが……。

「お姉様! 何やってますの! お礼を言いにきたのに、喧嘩をお売りになるとは、呆れて物が言えませんの!」

 黒井はん……。

「うっさい! 冗談だ!」
「御堂はんでも冗談が言えるんやね。驚きです」
「ああん!」
「朝乃宮先輩!」

 はいはい、分かってます分かってます。
 なんや、しらけたわ。喧嘩するのも馬鹿らしい。
 とりあえず、咲に会いにいこ。

「待ってください! お話がありますの!」
「ウチにはありません」

 正直、レッドアーミーがどうなろうと、青島の不良がどうなってもウチには関係ないんやけど……それより、咲と藤堂はんの事が大事やし……。

「上春の事ですの!」
「……」

 咲? 咲に何かあったん?

「いつまで伏せておくつもりですの? 無代恭介のこと」
「あんさんには関係ないと思いますけど?」
「そうはいきませんの。上春はアナタにとって大事な妹分であることは重々承知ですけれど、私にとっても大事な親友ですの」

 そう……親友ね……それやったら、しゃーないね。

「黒井はん。咲のこと気にかけてくれはっておおきに」
「お互い様ですの」

 お互い様……黒井はんらしい……。
 つい、笑みがこぼれてしまう。

「ですけど……陽菜のことがありますし、ウチに任せてもらえません?」
「……承知しましたの。けど、なるべく早めにお願いしますの。私、親友に隠し事をしたくありませんので」
「……考えておきます」

 黒井はんは直接口にせんかったけど、ウチが思っているよりも緊迫しているみたい。
 陽菜……。
 あの男が陽菜を傷つけ、意識不明の重体にまでさせた。
 あの男のせいで陽菜は今も目を覚まさない。

 陽菜のために今、ウチが出来ること……。
 無代恭介が二度と咲の周りをうろつかんようウチの手で抹消すること。
 『橘』の力を借りるのは癪やけど、咲を護る為なら仕方ない。

 咲には……黙っておく。
 不要になる情報やし、いなくなるお人のことなんて知る必要もない。

 そうと決まれば、さっさと橘はんのところへいこ。
 今の時間なら風紀委員室にいるはず。
 気を引きしめんと……。



 ウチは橘はんにくれぐれも無代恭介の事を話さないよう、釘を刺しに風紀委員室に向かったんやけど、そこで信じられない言葉を聞いてしまう。

「無代恭介だよ」
「!」

 バカ! なんで言うの!
 ドアを少し開けたところで橘はんの言葉が聞こえてくる。
 無代恭介は上春にとって……。

「そ、その人って……姉さんを……」
「キミのお姉さんを意識不明にした張本人だね」

 ……。

「……なんでなん?」

 このお人達は……。
 えっ? なに?
 なんでバラすん? 黒井はんとのやりとりは?
 ウチの決意は? 清水の舞台から飛び降りる覚悟でここに来たのに……。

「あっ、千春。ちょうどよかった。千春に話があったんです」
「……なんですの……」
「兄さんと喧嘩しているみたいですけど、仲直りしてくださいね。全く、ウチは仲良し家族を目指しているんですから、喧嘩しちゃダメですからね!」
「……」

 ……はぁ? はぁああああああああああああああ!
 どの口が言ってるの? えっ? えっ? えっ?

「咲……藤堂はんと喧嘩してたんちゃうの?」
「いつの話をしてるんですか? 兄さんとは一晩語り明かして今では仲良しさんです。ねえ、兄さん」

 一晩語り明かした……仲良しさん……。

「兄さん?」
「……藤堂はん、ほんまですの?」
「……ああぁ」

 そうなんや……そうなんや……。
 咲と藤堂はんが仲直りできるよう、あのいけ好かない女に恥を忍んで相談したのに……一晩考えたのに……咲や藤堂はんの為にずっと悩んでいたのに……。
 藤堂はんの……藤堂はんの……。

「おい、朝乃宮。とりあえず、落ち着け」
「正道! そういうこと言っちゃダメだから!」

 落ち着け? ふふっ……ウチは落ち着いている……落ち着いている……落ち……。

「落ち……着ける……かぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 バキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」



「もう! ちーちゃん!」
「……ウチ、悪くないもん」
「ちーちゃんが悪いです!」

 放課後、ウチは咲に説教されていた。
 でも、ウチは悪くない。大体、こんなことになったのは……。

「なんですか、ちーちゃん? 言いたいことがあるのなら、ハッキリ言いなさい!」
「……元々咲が藤堂はんと喧嘩するから悪いんや……ウチは咲の為に……」
「ちーちゃん! そんなこと言いたいんじゃないでしょ! ちーちゃんが一番言いたいことはなに!」

 ウチが一番言いたいこと?

「な、なんやの、いきなり……そない怒らんでも……ウチはただ、咲に……」
「今一番千春が願っていることは私の事じゃないでしょ! ちーちゃんの願いは何って聞いてるの!」

 ウチの願い?
 そんなこと……。

「言えるわけないやん……ウチの願いなんて……」

 許されるわけがない……。
 ウチに自由なんてない……朝乃宮家に生まれた瞬間から、ウチは鳥かごの鳥……生殺与奪権は朝乃宮家にある。
 だから……願わない……ウチは……。

「ちーちゃん、気づいている? 今のちーちゃん、もの凄く困った顔をしているよ。苦しくて辛くて、でも、どうしようもなくて……悲しい顔をしている」

 ウチが悲しい顔をしてる? そんなわけ……。

「ちーちゃん。私はいつもちーちゃんの味方だよ? 今は私だけだけど、きっともう一人、チーちゃんの味方に……一番の味方になってくれる人が現れる。その人に……」
「そんなわけありません! 藤堂はんは! 藤堂はんは!」

 ウチの事、嫌いなんや! ウチの事、敵って……。

「建前や言い訳なんて聞きたくないです! このままだと、本当に兄さんはちーちゃんのこと、嫌いになっちゃいますよ!」

 藤堂はんがウチの事、嫌いになる?
 そんなん、知ってるわ!
 知ってるわ! 知ってるわ……。

「……ちーちゃん、泣いてる」
「泣いてない!」
「もう、素直になって、ちーちゃん……私はちーちゃんの味方だよ……だから……私の前では素直になって……ちーちゃんは私にとって、家族だから。素直になって教えて……ちーちゃんのお願い……」

 素直になってどうなるの? 素直になったら願いが叶うの!
 生まれや過去がやり直せるん? この体に流れる忌まわしい朝乃宮家の血が消えるの!
 そんな訳ない!

 だったら、素直になっても意味ないやん! 願っても無意味やわ!
 それなら……それなら……ウチは何も願わへん! 期待して、裏切られるくらいなら、ウチは何も欲しくない!

 ほんま、情けない……たかが男のことで泣くやなんて……。
 ほんま、恥ずかしい……。

「ちーちゃん……ちーちゃんの願いってなに? その願い、きっと叶うから」

 叶うわけがない……叶うわけが……。

「ちーちゃん」

 ウチの願いは……。

「……藤堂はんと仲直りしたい……」
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