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兄さんなんて大嫌いです! 朝乃宮千春SIDE

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 Question
 朝乃宮千春とは?


 ケース その一

「千春お姉様!」
「千春お姉様! おはようございます」
「おはようございます」
「きゃ~~~! 挨拶してもらった!」
「今日も綺麗よね! 千春お姉様は!」
「笑顔が素敵!」
「髪が綺麗!」
「立ち振る舞いが美しい!」


 ケース その二

「あ、あの……朝乃宮さん。ノート、ありがとう」
「困ったときはお互い様です。それより、風邪はもうええの?」
「う、うん! もう平気! 本当にありがとう! 字が綺麗で、とてもわかりやすくて助かっちゃった」
「……動かないで」
「えっ! え、その……」
「……髪にゴミがついてます。女の子はいつも綺麗にせんと」
「……」
「どないしたん? 顔が真っ赤やけど」
「だ、大丈夫! 本当にありがとう!」


 ケース その三

「では、この問題分かる者、いるか」
「「「……」」」
「朝乃宮、答えてみろ」
「はい」

 ……。

「正解だ。流石は朝乃宮だな」
「……」
「……すごいよね、朝乃宮さん」
「あの問題、ファルコンの定理でしょ?」
「将来数学者になれるよね、朝乃宮さんは」
「……」


 ケース その四

 ピピ――!

「試合終了! 42対43。白の勝ち」
「すっご~い! 朝乃宮さんの逆転3Pシュート!」
「朝乃宮さんがいれば安心よね~」
「半分は朝乃宮さんの得点だよね~」
「すごいよね~テニス、バレー、ソフトの球技系だけじゃなくて」
「足も速いし」
「鉄棒、マット、床の体操も」
「ラクロス、カバディ、エクストリームアイロニングまでこなしちゃうなんて尊敬しちゃう~」
「でも、朝乃宮さんが一番得意なスポーツっててやっぱり……」


 ケース その五

「てめえ、覚えてろ!」
「覚えててええの?」
「……忘れてください。いや、マジで……すんません」
「……」
「きゃあああ~~~! お姉様! ありがとうございます!」
「流石は風紀委員、最強の女!」
「男なんてみんな朝乃宮お姉様の足下に跪けばいいのよ!」
「……怪我はない?」
「大丈夫です!」
「そう、よかった……もし、また悪質なナンパされたらウチが撃退しますし、遠慮なく教えてな」
「「はい! お姉様!」」


 インタビュー
 朝乃宮千春のことをどう思いますか?

「すごい人!」
「お嬢様!」
「文武両道!」
「羞花閉月!」
「品行方正!」
「高嶺の花!」
「生徒会副会長!」
「鎮痛剤くれる神!」


 インタビュー
 上春千春は朝乃宮千春をどう思いますか?

「咲~、お茶~」
「……」
「咲~マシュマロ~」
「……」
「咲が飲んでいるジュース、ちょうだい~」

 ずずずずずずずずずずずず~~~~!!!

「咲~肩凝った~マッサージ~お願い~」
「……ありえない」
「何か言った~?」
「ありえない!」

 突然やけど、私朝乃宮千春はいきなり最愛の子、上春咲に怒鳴られていた。
 寒さが更に冷え込む一月下旬。
 暖房とコタツ、加湿器のフル装備で五十インチのテレビに映るドラマの再放送を鑑賞しつつ、みかんとお菓子を口にしている。
 勿論、ここはあの狭っ苦しい藤堂家ではなく、私のマンション。3LDK専有面積121.15m2の鳥かご。
 ここにいるは咲とウチだけ。

「こんな怠け者が学園の憧れの君だなんて! ただの見栄っ張りのくせに!」
「見栄は女の化粧やし。家くらいラクさせてな~」
「もう! 由緒ある朝乃宮家のお嬢様なのにだらしない!」
「……」

 朝乃宮家。
 京都の鎌倉時代から続く旧家で天皇陛下の身の回りの品を取り扱っていた商人の一族。
 特権を利用し、商売で京都を裏から支配する御三家の一つ。
 その力は政財界にも警察にも多大な影響があるとのこと。

 権力のある家というのは躾が厳しくしないと死ぬのか、物心つく頃から文字通りしごかれた。
 そう、躾という名の調教。自分は特別な人間だと錯覚するための帝王学をたたき込まれる。
 ほんと、くだらない。

 なぜ、旧家の人間というだけで、文字の書き方から姿勢、歩き方、振る舞い、習い事、語学……様々な事を体に仕込まれた。
 少しでも教育のスケジュールに遅れが出れば、学校も休まされた。土、日もない。一族が集まる正月だけ、躾から解放される。

 私は朝乃宮家の血を引いているというだけで、朝乃宮家が作り出したイメージを世間に宣伝するための傀儡とされる。
 そのせいで、学友との思い出も両親と過ごした記憶も何もない。
 いや、違う。両親……父と呼ぶにはおぞましい男に一生忘れることのない心的外傷を刻まれた。

 そして、私が父だと信じていた十四年間は音を立てて崩れ落ち、私の出生の秘密と共に朝乃宮家の支配者である御館様の第1順位として、親族に憎悪と嫌悪の目で見られることになる。
 そして、皮肉を込めて『お姫様』と呼ばれることになる。

 時代錯誤も甚だしいのだけれど、御館様の権力は想像もつかないほど強大で、銀行の頭取や内閣総理大臣さえ、頭が上がらないほどだと聞いている。
 昭和の頭の悪い子供の考えそうな物語の設定がまんま現実世界で実現されたとんでもない一家。それが朝乃宮家。

 私は朝乃宮家が……自分の流れる血が大嫌い。
 そのおぞましさに一時期は荒れに荒れたけど、今は違う。
 親友の上春陽菜とその妹、咲の存在がウチを立ち直らせた。
 咲を困らせない為、今までのイメージを変えたのが今のウチ。

「はい、ちーちゃん」
「おおきに。咲、愛してますえ」

 なんだかんだでウチの言うことを聞いてくれる咲は最高に愛おしい。
 私はマシュマロを一口口に運ぶ。
 んん~~甘い。

「……ねえ、ちいちゃん」
「どないしはったん? そんな浮かない顔して。何か悩みがあるん?」
「もしかして、無理させてる?」
「はい?」

 無理? 何のこと?
 咲が思い詰めたような顔をしているので、姿勢を正す。

「だって、ちーちゃんって本当は社交的じゃなくて、読書が好きな内向的な女の子でしょ? それなのに無理して愛想を振りまいて疲れてるんじゃない? それって、私の……」
「咲」

 ウチは人差し指を咲の唇に当てて、言葉を遮る。

「確かにウチは咲の姉として誰からも尊敬されるような人物になろうと努力しました。けど……」
「けど?」

 ウチはお茶を一口飲み、咲に本心を伝える。

「ウチ……人から尊敬の眼差しとか敬われるとな……」
「敬われると?」
「気持ちええんよ~」
「……はい?」

 ウチは頬に手を当て、告白する。

「だから、人にもてはやされたり、優遇されたり、崇拝されたり、讃美されたりすると、背筋がゾクってして、快感が体中を駆け巡るんよ~。いややわ、咲。恥ずかしいこと言わさんといて」
「……」
「咲?」
「本当に恥ずかしいよ、この人! 大体、冒頭のインタビューって何なの! ファルコンの定理って何! カバディとかしたことないでしょ! そもそもエクストリームアイロニングって何ですか! 霊場恐山とか日本アルプスでアイロンでもかけてるの!」

 そないなこと言われても、ウチが言ってるわけやないし。
 霊場恐山とか日本アルプスでアイロンかければええんやないの?

「好きな女のこと、信じなくてどうするんだよ! 俺は何があってもコイツのことを信じてる!」
「きゃあああああああああああ! 見た見た、咲! 平坂君の演技! ほんま、格好ええわ~~!」
「……」

 ここで神曲キタァアアアアアア! 神ドラマやでぇえええええええええええええ!
 『晴れのちあっぱれ』、通称晴れあれの名シーン、きましたわ~~~~~~!
 今私が見ているドラマ『晴れのちあっぱれ』は、少年シャンプー+で連載されている少女漫画で去年ドラマ化された名作ドラマ。
 主人公役、キンプリの平坂君の名演技、めっちゃきゅんきゅんする!
 ああっ、ウチもあんなイケメンに抱きしめられたいわ~~~!

「ちーちゃん。現実にはあんな男の子はいないよ。いたとしても、ラヴコンの小谷先生くらいだし」
「……咲、そんなどうでもええことなんて言わんとって。小谷君も充分イケメンやけど」
「その妄想女子も卒業しなよ」
「……」

 別にええもん。妄想女子でも。

 現実の男なんて大嫌い。
 がさつやし、いやらしいし、それに……。
 あかん……あのおぞましい父のせいで、体の震えが止まらへん。

 夜。
 誰もいない暗闇の部屋。
 血走った目。
 口を押さえつける骨と肉の痩せ細った手。
 あの男にウチは……ウチは……。

「ちーちゃん?」
「……咲が冷めたこと言うからドラマが楽しまれへんかった。最悪や!」
「……録画しているでしょ。再放送まで録画するとか意味あるの?」
「あります~。意地悪な子はお仕置きや!」
「きゃ! だ、抱きつかないで!」

 ああっ……咲のぬくもりが忌まわしい記憶からウチを護ってくれる。ほんま、咲には救われてばかり。
 後、どれくらい咲と一緒にいられるか分からへんけど、それでも、別れる瞬間までウチは咲を護ってみせる。
 この身全てをかけて……。

「あっ、そろそろ晩ご飯の時間、準備しなきゃ。一足先に帰るね」
「ウチは今日当番やないから陽菜に会いにいきます」
「お姉ちゃんによろしくね。今日の晩ご飯はチーちゃんの好きなカボチャだから」

 カボチャ?
 ええええええええええええ~~~~~。

「……ウチ、いつからカボチャ好きになったん? 嫌いやねんけど。なんで晩ご飯に出すの?」
「嫌いだから作るの」

 意味が分からへん。
 嫌いやねんから、出さんとってよ。

「それなら兄さんの前で残せばいいでしょ?」
「……咲の意地悪」

 クッションを咲に投げつける。咲はくすくすと笑いながら部屋を出て行った。
 はぁ……一人暮らしの時は好きな物食べられたのに……。
 そう言いつつ、頬が緩むんはなんでやろう……。
 ふと思い浮かんだあの男のしかめっ面の顔を思い浮かべる。

 藤堂正道。
 今、一番気になる男の子。
 融通が利かず、空気が読めない真面目が服を着たような男の子。
 正直、一番嫌いなタイプだった。けど、今は……。

「よう分からん……」

 ウチは期待してるんやろうか? 
 強はんみたいに、助けてくれることを……。
 あの一族から解放してくれることを……。

「そんなわけないやん……」

 そう、そんなはずはない。出来るはずがない。
 彼が藤堂とうどうではなく『藤堂ふじどう』である限り……。
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