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九章

九話 後は任せろ その四

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「奏さん。例のもの、用意できたか?」
「はい……できましたけど……これって何か意味があるんですか?」

 俺は奏から依頼しておいたあるものを受け取る。
 よし。これなら問題ないだろう。朝乃宮とも打ち合わせはしている。

「これでいってくれ、堀井君」
「こ、こんなんで大丈夫なの?」
「ああ、問題ない」

 ショートの堀井は眉をひそめ、バットを受け取る。
 そして、バッターボックスに入る。

「くっくっくっ……これでずっと俺のターンだ。藤堂……お前がやったこと、そのままお返ししてやるぜ……全員、ぶっ殺してやる!」

 国八馬は早く投げたくて、うずうずしているな。そのやる気、空回りしないしなければいいいがな。
 堀井がバッターボックスに入ると……。

「アウト~」

 朝乃宮は棒読みでアウトを宣言する。

「「「はあ~?」」」

 これには国八馬も他の青島西中のメンバーも間抜けな声を上げている。
 それはそうだろう。
 まだ一球も投げていない状態でアウトをとられたのだから。

「ふざっけるな! 勝手にアウトにするな!」
「アウトです。彼は改造バットを持って、バッターボックスに入りましたから。改造バット持ち込みは反則行為でアウトになるルールなんやって」

 これまた朝乃宮は棒読みで国八馬に説明する。
 堀井の持っているバットは、テーピングでノブやハンドル部分を巻いている改造バットだ。
 ノブやハンドル部分をテーピンで巻くことでバットの重心が手元へ移動するため、スイングウェイトは軽くなる。
 そうすると、バットの振り抜きが強化するため、スイングスピードが上がり、飛距離は上がる寸法だ。
 もちろん、全てのバットに適応されるわけではないし、奏の作ったものはただテーピングを巻いているだけで、ウエイトのバランスがとれていない。

 だが、それでいい。要はそのバットを持ち込むことでアウトになればいいのだから。
 そうすれば……。

「くそがぁ!」

 堀井は五体満足でベンチに戻れるわけだ。
 そのバットを次のバッター、センターの日置に渡し、そのままバッターボックスに入る。
 そうなると……。

「アウト~」

 これでリトルブルーのメンバーは無事にベンチに帰れるわけだ。
 日置は微妙な顔で次のバッター、大竹にバットを渡す。

「チャフ! そいつをバッターボックスに入れるな!」

 チャフは大竹を足止めし、国八馬はわざわざダッシュでベンチまで戻り、バットを大竹に手渡す。

「はあ……はあ……はあ……こ、これでアウトにならねえだろう……」

 なんともまあ、間抜けな光景だ。
 相手ピッチャーが打者に反則させないように、ちゃんとしたバットを渡すとか、フツウのゲームならありえない光景だ。
 だがな、国八馬。それもただの徒労に終わりそうだぜ。

「くっくっくっ……今度こそ、てめえらを血の海に沈めてやるよ……」

 国八馬は残虐な笑みを浮かべ、悠々とワインドアップしたところで。

「アウト~」
「「「……」」」

 またもや、朝乃宮はアウトをとった。
 これでスリーアウトチェンジだ。三者凡退、マジすげえな青島西中。

「ふ、ふざけるなぁあああああああああああああああああああああ!」
「ふざけてません。日置はんはピッチャーが投球動作をはじめてから右バッターボックスから左バッターボックスに移動したんでアウト……でええんやね?」
「いいぞ。問題ない」

 これも朝乃宮に伝えておいた野球のルールだ。
 フツウに野球をやっていれば絶対にお目にかかることのないプレイだけどな。
 大竹は(´・ω・`)みたいな顔をしている。

「ぷぁははははははははははははは!」

 淋代の笑い声がグラウンドに響き渡る。国八馬は歯ぎしりをたてながら、殺意を込めて朝乃宮を睨みつける。

「バカにしてるんじゃねえぞ!」

 国八馬が朝乃宮に向かって、ボールを投げた。
 硬球が体に当たれば、プロテクターをつけているとはいえ、痛みはあるだろう。
 しかし、相手が悪かった。

「「「……」」」
「危ないお人やね。人に向かってボールを投げたらあかんって幼稚園の先生に習わんかった? 保育所からやり直してき」

 コイツ、すげえ……。
 もう面倒なのでツッコまないが、どこからか出してきた木刀で百三十はあろうストレートを木刀で打ち落としやがった。
 ありえないだろうが。
 これには国八馬はぽかんと口を開け、俺と順平は呆れていた。
 こんな規格外と知り合いで喜ばしいと思えばいいのか、呆れたらいいのやら分からん。

 とりあえず、これで俺のターンだ。次の処刑実行をすぐに始めるか。
 俺はすぐさまベンチを出た。この回、あっという間に終わると予想していたので、スタンバイしていた。

「おい、そこをどけ、国八馬」
「……藤堂、てめえ……」
「お前は三番バッターだったな? 次は九番バッターだから、この回でお前を処刑できるかもな……カウントダウンして待ってろ」

 国八馬と至近距離で睨み合う。直接対決は近い。
 必ず決着をつけてやる。



「あじゃぱぁあああああああああ~~~!」

 一人目、処刑完了。

「絵鳩木! さっさと代走に出ろ!」
「はぁ? 嫌に決まってるだろうが!」
「逆走すればいいだけだろうが!」
「ちっ!」

 ノーアウト、一塁。
 ここでまた、逆走するか。それなら……。
 当然だが、ランナーはいきなり逆走した。
 俺はランナーに向かって思いっきり……ボールを投げつけた。

「うぉおおおおおお!」

 ボールは相手の鼻先を通り抜けていく。絵鳩木は尻餅をついてビビっている。
 ちっ! 外したか……。

「あ、アウト!」

 ランナーが逆走したので、順平はアウトをコールする。絵鳩はほっとした顔でベンチに戻ろうとする。
 だがな……。

「おい、審判! 今のはアウトじゃなくて進塁だろうが!」
「し、進塁?」
「ふ、ふざけるな! アウトだろうが!」

 順平は目を丸くしている。絵鳩木は顔を真っ青にして怒鳴っている。
 なぜ、進塁になるのか?
 俺は野球のルールを説明する。

「今のは投手によるけん制悪送球だろ? とうしゅがプレートをはずさずに投げたけん制球がスタンドまたはベンチに入った場合、一つ進塁できるんだ」

 そう、ルールにはルールで対抗する。
 アイツらが反則行為でアウトになるつもりなら、こっちも反則行為で対抗するだけだ。
 絶対に逃がさない。

「えっ? えっ? これってどっちなん? 進塁? アウト?」
「あ、アウトだろうが! アウトにしろ! おかしいだろうが!」
「進塁だ。ルールに従え」
「アウト! アウトでしょ! アウトって言ってよ! お願いだから!」
「進塁させてやれ。感謝しろよな」

 まるで逆転。
 ランナーはアウトをアピールし、ピッチャーは進塁を進言する。
 こんな野球、見たことねえよ。なんて茶番だ。
 案の定、順平はどないせいっちゅうねんって顔をしながら、ため息をつく。
 淋代は大笑い。朝乃宮は呆れていた。

「あぁ……ああ~……タイム~」

 順平は審判を集め、今のプレイについて話し合う。
 審判の協議の結果、結局、ノーカンとなった。

「残念だったな……アウトにならなくて」
「くっ!」

 俺はアウトになり損ねた絵鳩木に顔を近づけ、耳元でささやく。

「ランナーだからって、生き残れると思うなよ。お前にボールを当てるまで何度でも……何度でも……投げるからな。ホームに還れば殴り飛ばす。お前に逃げ場はねえってことを理解しろ」
「ひぃいい!」

 さて、下積みは済んだ。ここからだ。
 俺は絵鳩木を睨みつける。相手は完全にビビっている。
 ランナーの足が一塁ベースから離れた瞬間。

「死ねやぁあああああああああああああああ!」

 俺は雄叫びを上げながら、全力でボールを投げつけた。

 ガン!

「ぱらっぽぉおおおおおおおおおおおおお!」

 ボールはメットを突き抜け、ランナーの頭に叩きつけた。
 ランナーは頭を抱え、地面にうずくまっている。
 相手をビビらせれば、恐怖で足が止まる。的が止まれば、当たりやすくなる。
 一回で当てられなくても、二回、三回と投げれば当たる。下手な豆鉄砲数打ちゃ当たるってな。

 これで七人。まだまだいくぞ。
 さて、国八馬。そろそろだぜ? 処刑台までの順番が。

「ふ~じ~ど~う! 舐めくさりやがって~! おい! 北見村! 代走で出ろ!」
「……」
「北見村!」
「……嫌だ」
「ああん?」
「嫌だって言ってるんだよ! バッターもランナーも殺されるだろうが! 俺は嫌だぞ! こんなくだらねえことで怪我したくねえんだよ! もう、てめえの指示なんて受けてられっかよ!」

 始まったな、内部崩壊が。
 今回も無事に収められるか、見物だ。

「んだと! てめえ! もう一回言ってみろ!」
「ああっ、何度でも言ってやる! 俺達のリーダーは淋代さんだ! お前じゃねえ! 俺は楽して藤堂をいたぶれるから参加したんだ! 話が違う!」
「だから、ケツまくって逃げるのか! それでも、男か、てめえは! さっさと代走で出て行け!」
「うるせえ! 命令するな! お前らだって、俺と同じ事を思ってるんだろうが!」

 ベンチにいる選手の反応はそれぞれだった。

 国八馬から顔をそらす者。
 不満げに睨みつける者。
 同調する者。

 国八馬、何か策があるのなら出してみろ。全部潰してやる。

「おい! さっさと出てこい! 俺が処刑してやる! お前らの顔は全員、覚えたからな! だが、グラウンドに立たなければ、見逃してやる。善人な俺としても、無駄な争いは心が痛むからな」

 俺はベンチにいる青島西中のメンバーを睨みつけた。
 国八馬とチャフだけが俺を睨みつけてくる。他のメンバーは視線をそらす。
 おい、朝乃宮、順平、笑うな。もちろん、嘘に決まっている。
 心なんて全く痛まない。叩きのめしてやりたい気分だ。
 それと、黒井。爆笑しすぎ。お前も悪人側だろうが。

 逃げ道は作ってやったぞ。さあ、どうする?
 助かりたいのなら、逃げろ。
 青島西中の連中は……。

「り、淋代さんの指示を仰ごうぜ」
「あ、ああっ……」

 完全に自分で考えるのを止めていた。
 まあ、そうだろうな。誰だって痛い目に遭いたくない。
 それにコイツらは暴力を振るうのは好きだが、されるのを嫌う。楽して人を傷つけたいのだろう。
 さて、淋代。どうする?
 淋代の返答は……。

「リタイヤしてもいいですよ。今回に限り、私はとがめません」

 その一言で勝敗は決した。
 青島西中の連中はそそくさとベンチから出て行った。
 国八馬はわめき散らしているが、無意味だ。リーダーはお前じゃない。
 淋代……考えが読めないヤツだ。まさか、逃がしてしまうとはな……勝つのが目的ではなかったってことか?

 ベンチに残ったのは、チャフと国八馬だけだ。
 普通ならこれでゲームセット。俺達の勝ちだ。
 完全に詰んだな、国八馬。

「上等だ! やるぞ! 俺達二人いれば、てめえら全員、血祭りにあげてやる! 試合再開だ!」

 お~お~吼えるな~。
 けどな……。

「バカか、お前は? 二人で野球とか、ありえないだろ? そんなもん、認めるわけねえだろうが」
「ざけるな! 話が違うだろうが!」

 話が違うだと? そんなもん……。

「アホか。常識的に考えろ。二人で野球するチームがどこにいる? お前、野球をやっていて、そんなことも知らないのか? アホなのか?」
「んだと!」

 当たり前のことだ。選手を集めることが出来ないチームが野球するとかありえないだろ。
 俺は馬鹿に今の提案がどれだけ現実味がないか教えてやる。

「不服か? なら、審判に決めてもらおうぜ。もちろん、同数なら却下だ。同意されていないってことになるからな」

 同意したわけでもない。つまり、イーブン。要求は通らないって事だ。
 つまり、試合続行を望んでいる国八馬の意見は通らない。全て、お前の言動から立てた作戦だ。

 お前が青島ブルーリトルを傷つけるためだけに作ったルール。逆に利用してやる。
 お前が前例を作ったんだ。だったら、従うのが道理だわな。
 好き勝手やり過ぎたな、国八馬。
 トドメを刺してやる。

「終わりだな、国八馬。敗因はてめえの人望のなさだ。短絡的で感情的に動き、ただ怒鳴るだけ……対策も人任せ。策を仕掛けているのに対策すらできない。お前の考えなしの行動のせいで周りが迷惑をかけられ、逆に利用されて負ける。一番恥ずかしい負け方だな。おまけにおつむもダメときている。惨めだな、国八馬」
「てめえ!」

 国八馬が殴りかかってくるが、チャフが羽交い締めにして止める。

「やめろ! 俺達の負けだ」
「チャフ! 離せ!」

 国八馬は暴れるが、体格の大きいチャフの拘束を逃れられない。
 コイツ、ほんと頭悪いのな。

「おい、国八馬。喧嘩で俺達に勝つ気か? ここには俺以外にも朝乃宮や順平、黒井もいる。お前、四対二で勝つ気か?」
「卑怯だぞ、藤堂! タイマンで勝負しろ!」
「断る」

 この場での強者は俺達の方だ。弱者に決定権はない。
 これで試合終了。

 零対二。

 俺達の勝ちだ。
 ここからは……ケジメだ。
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