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六章

六話 俺が強を護ります その一

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「全く、勝手に決めないでよね、そんなこと」
「すまん、左近……」

 次の日の放課後。
 俺は風紀委員室で左近に散々怒られた。
 俺は昨日の出来事を、左近、御堂、順平、朝乃宮に話した。朝乃宮は知っているが、俺の説明の捕捉として、ここにいる。

 俺が話を終えた後、たっぷりとお説教されているわけだ。
 左近が淋代に話をつけようとしていたのに、俺が全て台無しにしたからだ。
 俺だってそんな気はなかった。だが、勝手に決まってしまった。
 あれから、強とはまともに話していない。挨拶や簡潔な会話はあるが、試合の事となると言い出せなかった。
 一度だけ、俺は強に試合の事で話をしようとした。
 アイツらの戯れ言なんて気にするな、こっちで解決すると言いたかった。
 だが、

「……許せないから。野球をバカにしてるし、一番許せないのが、あんちゃんを陥れるのに俺達を利用しようとしたことが一番許せない」

 強は俺に背を向け、黙々とグローブを磨いている。
 その背中には静かな怒りと激しい闘志を燃やし、必ず戦うと物語っていた。
 そんな強に、俺は何も言えなかった。

 アイツらに関わりたってほしくない。それが本音だ。
 けど、売られた喧嘩を買うのが流儀だよな。自分の大事なものを傷つけられたら、そりゃ怒るよな。
 俺だって何度も何度も強に説教する度胸はないし、強の意思を妨げる事はしたくない。これ以上、嫌われることはしたくないんだ。

 それに、強の大事な者に俺が含まれていたんだぜ? 嬉しいに決まっているだろ。
 なのに、俺が強を押しつけるような真似をしてどうするよ。これ以上何と言って説得すればいいか分からないんだ。

 一応、野球勝負であり、暴力はない。
 負ければ、俺が責任をとって、土下座して丸坊主にされれば問題ない。屈辱だが、強の腕を折られるよりはマシだ。
 いや、もし、強に指一本触れたら、俺はアイツら全員を半殺しにするだろう。
 強のたった一つの願いを侮辱し、奪う権利など、あんなカス野郎共にあるわけがない。
 そんなこと、絶対に許せない。

 やり過ぎ、過保護……何とでもいえ。これが俺の本心だ。
 けど、左近に迷惑を掛けている事が心苦しかった。

「おい、藤堂。謝ってるんじゃねえ。話を聞いてれば、喧嘩を売ってきたのはあっちだろうが。なら、淋代が仲間をまとめることが出来なかったのが悪い。はき違えるな」

 御堂らしい意見だ。実にシンプルな考え方だ。

「けど、相手のペースに乗ってるじゃん。しかも、野球ってなんなん? 勝てるの?」

 順平はスマホをいじりながら、話しかける。
 まあ、説教が長かったからな。申し訳ない。
 強が国八馬に勝てる確率は……。

「まず勝てない」
「おい! なにやる前から諦めてるんだ?」

 御堂が睨みをきかせてくるが、事実だ。
 俺は強が国八馬に勝てないかどうか、何度も何度も検証した。
 強の実力は知っている。
 だが、国八馬の実力は知らないから、調べたんだ。
 その結果……。

「無茶ぶりはやめておきなよ、御堂。勝てないよ。去年の青島西中の野球部は最強最悪ってよばれていたんだ」
「最強最悪?」

 いぶかしむ御堂に、左近は青島西中の野球部について語る。

「特に淋代は十年に一度の逸材と呼ばれていてね、中学一年のときからレギュラーなんだ。実力はさっきもいったとおり折り紙付きで、誰も彼の投げる球を打てなかったし、打てばホームラン。オールマイティの選手だ。でも、一年も二年のときも、県大会までしかいっていない。いや、そこまで楽勝で勝ち進んでいたんだけど、喧嘩して、出場停止になったわけ」
「はあ?」

 御堂が理解に苦しむのは分かる。
 そうなのだ。淋代は一点も取られることなく、順調に勝ち進むが、ヤツの気性は激しすぎた。
 淋代に負けたチームが彼を罵った事があった。ただの負け惜しみというか負け犬の遠吠えだったのだが、淋代はバットでその選手を殴りつけた。
 それで、出場停止。

 気に入らないことがあれば、相手をとことん叩きのめす。学校の期待や自分の将来など関係ない。
 そういった意味では、淋代は朝乃宮と似ているかもしれない。本人に聞かれれば不本意だ、と言われそうだが。

「淋代以外にも、ピッチャーの国八馬、キャッチャーで四番のチャフといった強力な選手が揃ってる。彼らが本気を出せば、全国レベルだよ。真面目に野球をやっている人にとってはまさに、目の上のたんこぶだね。それに対して青島ブルーリトルは地区大会でもたいした成果はない。負けるのは目に見えてる」

 悔しいが、俺も左近の意見に賛成だ。戦力差がありすぎる。
 青島西中は選手の性格を現しているかのように、超攻撃的な野球をする。いくら強が速い球を投げるとはいえ、必ずどこかでつかまるだろう。
 それにアイツらは反則すれすれのプレイをしている。
 体当たり、ボールをぶつけるといった今時漫画でもみないラフなプレイをしてくる。
 ゲームが最後まで続けられるのかすら分からない。

「それじゃあ、正道は坊主なわけ?」
「……仕方ないな」

 これは試合を止めることが出来なかった俺のせいだ。甘んじて受け入れるしかない。
 強には悪いが、世の中、正論で動いているわけではない。正義が必ず勝つわけではなく、強者が勝つのだ。
 そして、今回の強者はアイツらだ。俺達ではない。俺も参戦できるらしいが、焼け石に水だ。
 ただ、負けた経験は、苦ければ苦いほど、自分の糧になる。俺もそうだった。

 最初、この土地に来たときは散々負けた。
 クソみたいなヤツにも、女にも、散々殴られて、蹴られて、ボコボコにされた。その度に、悔しい思いをして、自分を鍛え、強くなった。
 負けた経験は無駄じゃない。恥じ入ることではない。
 俺が今回、強に出来る事は……。

「ふざけるな。そんなもん、私は許さないからな」
「御堂……」
「僕も同意見だから。正道に土下座なんかしてもらったら困るの。僕達がナメられるからね」

 俺達がナメられる? 風紀委員全体にケチがつくってことか?

「なんでなん? 正道がやられても、僕達が負けたわけじゃないじゃん」

 順平の言うとおりだ。
 俺が負けたからといって、風紀委員がなめられることはないはずだ。

「おい! そこじゃねえだろうが!」
「いや、御堂の言う通りだよ。正道は自分でも気づいてないけど、風紀委員って言えば、正道なんだよね」
「? どういうことだ?」

 俺は左近に疑問を投げかけた。
 自分で言うのも何だが、この中で一番弱いのは俺だぞ? 代表ってことにはならないだろ?
 この意見には御堂も順平も首をかしげている。ただ、朝乃宮はすました顔で何も言わない。
 戸惑う俺達に、左近は説明を続ける。

「正道が不良を取り締まった数は御堂、順平、朝乃宮の取り締まった数を足しても断然多いんだよ。正道の功績には頭が下がるわけだけど、でもね、やり過ぎたみたい。不良達の間では、正道を倒せば、名が上がるって思われているんだ。あの抗争が終わって、御堂、順平、朝乃宮が風紀委員に所属してから、正道は誰にも負けていない。不良達はその無敗記録を破って、名乗りを上げたいってわけ」

 迷惑な話だ。
 それで俺が一番狙われるワケか。頭痛がしてきた。
 しかも、御堂の視線に殺気を感じるのだが、なぜだ? もしかして、張り合っているのか?
 いやいや、最近、俺との特訓でボコってるだろ?

「そんなわけで、正道が負けたりすると風紀委員がナメられて、正道が抑え込んできた不良達が暴れる可能性が高いんだ。そうなると、面倒でしょ?」

 確かに面倒だ。相手は弱くても、数が多ければ取り締まるのが大変だからな。

「だから、そこじゃねえだろうが! 仲間がただやられるのを黙ってみてるわけにはいかねえだろうが!」

 御堂の言葉は本当にありがたい。けど、御堂は大事な事を忘れている。
 それは……。

「御堂。サンキューな。でも、これは俺が招いた事態だ。自分のケツくらい自分で拭かせてくれ」

 俺も御堂は大切な仲間だと思っている。だからこそ、自分の不始末は自分でつけるべきだ。
 御堂はふんっと拗ねたように両腕を組み、席に座り込んだ。それを順平に茶化され、御堂の右拳が空を切る。
 毎度思うが、あのストレートをよく避けるよな、順平は。

「ああっ……だから、厄介なんだよ。正道、考え直してみない? 僕がなんとかするからさ」
「すまん、左近。なるべく影響が出ないようにするから、今回の試合は黙って見過ごしてくれないか?」
「頑固だね……」

 本当にスマン、左近。
 俺は心の中で何度も謝罪した。



「待ってくれ、朝乃宮!」

 会議が終わった後、俺は朝乃宮が一人になるのを待って声を掛けた。
 俺は朝乃宮に言いたかった事を伝える。

「その、ありがとな。後、悪かった」
「……変なお人やね。お礼と謝罪を言うなんて」

 もっともな意見だ。それでも、俺は言っておきたかった。
 なぜなら……。

「昨日、国八馬を木刀で殴ったのは、自分に敵意を向けるためだったんだろ? なのに、結局、邪魔してしまった。だから、礼と謝罪を言っておきたかったんだ」

 最初は朝乃宮ならただ、タイムセールに遅れたくなかったら、国八馬達を叩きのめそうとしていたか、ただ面倒くさかったので潰したかったと思っていた。
 けど、冷静に考えれば、庇ってくれたと思うのが自然だ。
 キチガイと疑ってゴメンなっと心の中で謝罪した。声に出せば、俺がボコられる。
 俺の礼と謝罪に、朝乃宮は呆れたように笑っていた。

「藤堂はん。そういうことは、口にせんでほしいんやけど。野暮とちゃいます」
「す、すまん。今度、何か奢る」
「そうやって物でつろうとするのは感心しませんえ」

 ううっ、確かにそうだな。伊藤とのやりとりでつい、食い物ですませようとした。
 それにその気もないのに気軽に誘うべきではないな。

「ほんと、すまん……」
「けど、楽しみにしてます」

 どっちなんだよ!
 朝乃宮がクスクスと上品に笑っていることから、からかわれただけだと気づく。
 俺も笑ってしまった。
 最近、朝乃宮の笑顔を見る機会が増えた気がする。

 付き合いが短い時間でも、少しだけだが、朝乃宮のことが分かってきた気がする。
 和食が得意なくせに、洋食が好きなこと。パンがお気に入りでイチゴジャムをたっぷり塗って食べるのが好きなこと。
 意外というか、辛い物が苦手なこと。甘い洋菓子が大好きなこと。
 猫が好きなこと。

 まだいろいろあるが、俺達は本当に家族になっていくのだろうか? なれたとしたら、もっと俺達は分かり合えるのだろうか?
 俺も朝乃宮もきっと望んでいないだろうけどな。

「藤堂はん、ウチもあの人達に頭を下げるのは反対です」
「理由を聞いてもいいか?」
「咲が気にします」

 だよな。
 丸坊主で帰ってきたら、何があったのか知りたがるだろう。言い訳も考えないとな。
 後、強に何て言えばいいのか、それも考えないと。なるべくなら、傷つけたくない。
 なるべくソフトに……言えるのか、俺が? 話すのが苦手なくせに……。

「ウチも気にします」
「?」
「そないな顔をしないでください。ウチもらしくないと思ってます。けど、本心です」

 驚いた……いや、正直、声が出なかった。
 朝乃宮が俺の心配をするとはな……。
 俺も朝乃宮も変わり始めているってことか?
 この変化は俺達にどう影響するのか? 分からないが、今、やるべきことは……。

「ありがとな。今度、クリーム大福を腹一杯喰わせてやる」
「……また、あの場所で?」

 あの場所とは年末に朝乃宮を元気づけようと連れて行った俺のとっておきの場所だ。
 確かに、あそこは見晴らしがいいし、おいしいモノを食べる場所としてはもってこいだ。
 けど……。

「いや、寒いから部屋の中で食べよう。上春には内緒でな」

 俺と朝乃宮は笑い合った。
 お互い敵同士だったのに、今は良好な関係になりつつある。
 人の関係が変われるのであれば、俺も変わることが出来るのだろうか? もう、御堂や伊藤を傷つけずに済むのだろうか?
 そんなことを考えつつ、俺は朝乃宮と別れた。

 学校では朝乃宮との接触は避けた方がいいだろう。今のところ、同居していることは誰にもバレていないが、用心はするべきだ。
 俺はとりあえず、試合の事を考えるようにした。
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