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五章
五話 五体満足で帰れると思うなよ その一
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「……強は今日もいないか」
町内清掃活動の次の日は大抵、委員会が休みになる。
俺は授業が終わり、そのまま家に直帰したのだが、部屋に戻ると、強の姿はなかった。
これからはもう、夕方頃に強は家にいないのかもしれない。
喜ぶべき事なのに、少し寂しいと感じてしまう。
「たった三日で寂しいとか、依存しすぎ」
もう、驚かないぞ。
俺の後ろに朝乃宮が立っていた。なに? 流行ってるのか?
俺は頭をかき、ぼそっと答える。
「別に……強が幸せならそれでいい」
「はあ……様子を見に行ったらどうです?」
様子を見に行くだと? それこそ過保護だろうが。
悪いが俺はお前のように下の子を溺愛していない。ここは見守るのが一番だ。
「必要ない。これ以上は過干渉になるからな。強のためにもならない。というか、強はそこまで弱くないだろ?」
それにあの年頃からは、両親や兄姉の干渉が煩わしいと思い始める時期だ。一歩後ろに下がって見守った方がいいに決まっている。
「あそこまで過干渉しておいて、何を今更って思いますけど」
やかましい。分かってるわ。だから、反省しているだろうが。
俺は部屋に入り、ふすまを閉めようとしたが。
「ちょい、待ち」
「……なんだよ」
「まさか、伊藤はんのように突き放す……」
「いいか、朝乃宮。俺は見守るって言ったんだ。干渉を辞めるとは一言も言ってない。もし、何かあれば、干渉させてもらう。それだけだ」
朝乃宮は大きく目を見開き……思いっきり呆れていた。
その表情がイラッとする。
「甘々やないの」
「うっさい!」
今度こそ部屋のふすまを閉めようとしたが、また止められた。
「……なあ、自分でも過保護だって分かって言ってるし、格好悪いとも自覚している。放っておいてくれ」
「ウチ、今日の晩ご飯当番です。それにお米がきれたから補充せんと」
「……荷物持ちかよ」
せっかくの休み、こんな寒い日に外に出たくないのだが、我が家の米の減る量は真夏に生きる蝉の寿命よりも早く、その短命の一因に、俺が大きく関わっているので断れない。
いや、美味しいだろ、ご飯? 日本人なんだし。
どうでもいいが、早く暖かくなってほしい。ちなみに蝉は暑さに弱いらしい。
「そのついでに青島西グラウンドによります」
「どうして?」
「ウチが気になるからです」
まさか、強の身に危険が!
というわけでもなさそうだ。朝乃宮の顔を見たら分かる。ただの野次馬だ。
たった三日でいちいち様子を見に行く必要性を全く感じないのだが、遠くから見る分にはかまわないだろう。
俺は了承し、冬の寒さに対抗するために武装する。
コートと手袋を装着し、俺はリビングで朝乃宮の準備が終わるまで待った。
「上春はどうした?」
買い物の途中、俺は朝乃宮に上春の事を尋ねた。いつもべったりというわけではないが、一緒にいないのは疑問に残る。
朝乃宮はため息をつき、ジト目で睨まれた。
「あんさんのせいです」
「俺?」
「強はんを依怙贔屓しすぎたからです。咲は拗ねて部屋に引きこもってます」
強を依怙贔屓にしている? 拗ねているだと?
そんなこと……。
「知るかよ。上春に朝乃宮がいるだろ? だったら、俺が強の味方をしても問題ないはずだ。それに上春は強の姉だ。我慢しろといってやれ。それに二日前のつまみ食いを見逃してやったぞ」
強と上春には明らかに違いがある。
上春は昔から信吾さんや陽菜がいるが、強は一人だ。名字の問題もあるし、いろいろと問題を抱えていた。
だから、手助けをしたまでだ。
それに、上春は十六だ。自分の事はある程度自分でしてほしいものだ。
俺の答えに朝乃宮は肩をすくめた。
「人は平等を謳いながら、特別扱いしてほしい生き物です」
それで? と言い返したかったが、やめておく。朝乃宮の言いたいことは分かるからな。
「つまり、上春にも気に掛けろってことか?」
「何もなくても気に掛けて欲しいのが咲の願いです」
「……分かった。気に掛けておく。何か問題があれば手助けする。それでいいな?」
朝乃宮はまだ何か言いたそうだが、黙っていてくれる。
もし、上春に問題が起きて、一人で解決が困難なら、助けるべきだ。俺に何が出来るのかは分からないがな。
それと、朝乃宮は一つ勘違いしている。
一応、言っておかないと……。
「朝乃宮もだからな」
「はい?」
「朝乃宮も困っていたら力になるって言ったんだ。お前も俺の妹で家族だからな」
でなきゃ、平等ではない。助けるのなら、朝乃宮もだ。
それが集合体だ。
朝乃宮は一瞬、驚いた顔をしていたが……。
「……そのときはお願いします」
朝乃宮は穏やかに微笑んだ。無垢で偽りのない笑顔だ。
綺麗だ……見惚れてしまいそうになる。
だが、分かってしまった。朝乃宮は俺に助けを求めることは絶対にないと。
朝乃宮が抱えている問題とは何なのか? 漠然としているが、それは家族のことではないかと俺は思った。
何も力になれないことに、少しやるせない気持ちに陥っていると。
「つきましたえ」
ついたのかよ……。
気分が一気にブルーになる。やっぱり、気恥ずかしい。
ただ野球をしている弟の様子を見に来る兄など、フツウはいないだろうが。
窓ガラスの件はもう片が付いている。
強が危険に巻き込まれる可能性は低い。だから、俺が出る幕ではない。
それと、ブラコンでもない。
「堪忍し。さっさと……」
「……朝乃宮?」
朝乃宮の目が細まり、すっと雰囲気が変わる。俺も警戒レベルを上げる。
何があるっていうのか?
俺はグラウンドに視線を向けると……。
「なんだ? アイツらは……」
グラウンドにいるのは強達ではなかった。
ユニホームを着ているが、青島ブルーリトルのものではない。それにアイツら、見覚えがある。
あれは……。
「青島西中の野球部……」
だが、なぜだ? なぜ、ヤツらが青島西グラウンドで練習をしている?
ここじゃないだろ? お前らの練習場所は。
これを偶然と片付けていいのか?
嫌な予感がする。
「藤堂はん。見守るんとちゃいますの?」
「異常事態の可能性がある」
いや、仕方ないだろ? これは看過できない。
グラウンドに近づくにつれ、ヤツらの姿がはっきりと見えてきた。
適当にキャッチボールをしているヤツら。
マウンドであぐらをかき、トランプで遊んでいるヤツら。
グラウンドに寝転んでいるヤツら。
とても、野球をしているようにはみえない。
なんなんだ、コイツらは。
これでは、まるで……。
「あっ、あんちゃん!」
「……俺をあんちゃんと呼ぶな」
あんちゃんと呼んでいいのは強だけだ。
坊主頭こと剛や雅、奏がこちらにやってきた。強はただ、グラウンドにいるヤツらを睨みつけている。
強の視線にそんなこと知ったことかと、グラウンドにいるヤツらは各々好き勝手にしている。
「何があった?」
「アイツらが突然、ここは俺達のグラウンドだって言ってきて、占拠しているんだ」
「俺達のグラウンド? 占拠?」
要領を得ないが、嫌がらせを受けているのは確かだな。
だが、動くにはもっと情報が欲しい。
「私から説明します。青島西中の野球部が昨日、いきなりグラウンドにやってきて、このグラウンドを使うと言ってきました。二軍の練習場所として使いたいそうです。私達は一度断ったのですが……」
「今日、こうなっていたってわけか」
なるほどな。
俺は周りを見渡す。
淋代の姿は見えないが、長髪とラテン系っぽい顔の大男がいた。俺と目が合い、ニヤニヤしている。
野郎……喧嘩売ってやがる。
これは淋代の仕業か? 人のウィークポイントを的確についてきやがる。
俺と強達がグラウンドで野球をしていたことが偶然バレたのか? いや、見張られていたと考えるべきだ。
厄介なことになった。恐れていたことが現実になった。
さて、どうするか?
「ねえ、お兄さん。アイツら、なんとかならない? 絶対に嫌がらせだよ!」
そうだな。雅の言うとおりだ。まずはこの状況をなんとかしなければならない。
アイツらをどける方法か……。
それは……。
「……すまん。今すぐには無理だ」
町内清掃活動の次の日は大抵、委員会が休みになる。
俺は授業が終わり、そのまま家に直帰したのだが、部屋に戻ると、強の姿はなかった。
これからはもう、夕方頃に強は家にいないのかもしれない。
喜ぶべき事なのに、少し寂しいと感じてしまう。
「たった三日で寂しいとか、依存しすぎ」
もう、驚かないぞ。
俺の後ろに朝乃宮が立っていた。なに? 流行ってるのか?
俺は頭をかき、ぼそっと答える。
「別に……強が幸せならそれでいい」
「はあ……様子を見に行ったらどうです?」
様子を見に行くだと? それこそ過保護だろうが。
悪いが俺はお前のように下の子を溺愛していない。ここは見守るのが一番だ。
「必要ない。これ以上は過干渉になるからな。強のためにもならない。というか、強はそこまで弱くないだろ?」
それにあの年頃からは、両親や兄姉の干渉が煩わしいと思い始める時期だ。一歩後ろに下がって見守った方がいいに決まっている。
「あそこまで過干渉しておいて、何を今更って思いますけど」
やかましい。分かってるわ。だから、反省しているだろうが。
俺は部屋に入り、ふすまを閉めようとしたが。
「ちょい、待ち」
「……なんだよ」
「まさか、伊藤はんのように突き放す……」
「いいか、朝乃宮。俺は見守るって言ったんだ。干渉を辞めるとは一言も言ってない。もし、何かあれば、干渉させてもらう。それだけだ」
朝乃宮は大きく目を見開き……思いっきり呆れていた。
その表情がイラッとする。
「甘々やないの」
「うっさい!」
今度こそ部屋のふすまを閉めようとしたが、また止められた。
「……なあ、自分でも過保護だって分かって言ってるし、格好悪いとも自覚している。放っておいてくれ」
「ウチ、今日の晩ご飯当番です。それにお米がきれたから補充せんと」
「……荷物持ちかよ」
せっかくの休み、こんな寒い日に外に出たくないのだが、我が家の米の減る量は真夏に生きる蝉の寿命よりも早く、その短命の一因に、俺が大きく関わっているので断れない。
いや、美味しいだろ、ご飯? 日本人なんだし。
どうでもいいが、早く暖かくなってほしい。ちなみに蝉は暑さに弱いらしい。
「そのついでに青島西グラウンドによります」
「どうして?」
「ウチが気になるからです」
まさか、強の身に危険が!
というわけでもなさそうだ。朝乃宮の顔を見たら分かる。ただの野次馬だ。
たった三日でいちいち様子を見に行く必要性を全く感じないのだが、遠くから見る分にはかまわないだろう。
俺は了承し、冬の寒さに対抗するために武装する。
コートと手袋を装着し、俺はリビングで朝乃宮の準備が終わるまで待った。
「上春はどうした?」
買い物の途中、俺は朝乃宮に上春の事を尋ねた。いつもべったりというわけではないが、一緒にいないのは疑問に残る。
朝乃宮はため息をつき、ジト目で睨まれた。
「あんさんのせいです」
「俺?」
「強はんを依怙贔屓しすぎたからです。咲は拗ねて部屋に引きこもってます」
強を依怙贔屓にしている? 拗ねているだと?
そんなこと……。
「知るかよ。上春に朝乃宮がいるだろ? だったら、俺が強の味方をしても問題ないはずだ。それに上春は強の姉だ。我慢しろといってやれ。それに二日前のつまみ食いを見逃してやったぞ」
強と上春には明らかに違いがある。
上春は昔から信吾さんや陽菜がいるが、強は一人だ。名字の問題もあるし、いろいろと問題を抱えていた。
だから、手助けをしたまでだ。
それに、上春は十六だ。自分の事はある程度自分でしてほしいものだ。
俺の答えに朝乃宮は肩をすくめた。
「人は平等を謳いながら、特別扱いしてほしい生き物です」
それで? と言い返したかったが、やめておく。朝乃宮の言いたいことは分かるからな。
「つまり、上春にも気に掛けろってことか?」
「何もなくても気に掛けて欲しいのが咲の願いです」
「……分かった。気に掛けておく。何か問題があれば手助けする。それでいいな?」
朝乃宮はまだ何か言いたそうだが、黙っていてくれる。
もし、上春に問題が起きて、一人で解決が困難なら、助けるべきだ。俺に何が出来るのかは分からないがな。
それと、朝乃宮は一つ勘違いしている。
一応、言っておかないと……。
「朝乃宮もだからな」
「はい?」
「朝乃宮も困っていたら力になるって言ったんだ。お前も俺の妹で家族だからな」
でなきゃ、平等ではない。助けるのなら、朝乃宮もだ。
それが集合体だ。
朝乃宮は一瞬、驚いた顔をしていたが……。
「……そのときはお願いします」
朝乃宮は穏やかに微笑んだ。無垢で偽りのない笑顔だ。
綺麗だ……見惚れてしまいそうになる。
だが、分かってしまった。朝乃宮は俺に助けを求めることは絶対にないと。
朝乃宮が抱えている問題とは何なのか? 漠然としているが、それは家族のことではないかと俺は思った。
何も力になれないことに、少しやるせない気持ちに陥っていると。
「つきましたえ」
ついたのかよ……。
気分が一気にブルーになる。やっぱり、気恥ずかしい。
ただ野球をしている弟の様子を見に来る兄など、フツウはいないだろうが。
窓ガラスの件はもう片が付いている。
強が危険に巻き込まれる可能性は低い。だから、俺が出る幕ではない。
それと、ブラコンでもない。
「堪忍し。さっさと……」
「……朝乃宮?」
朝乃宮の目が細まり、すっと雰囲気が変わる。俺も警戒レベルを上げる。
何があるっていうのか?
俺はグラウンドに視線を向けると……。
「なんだ? アイツらは……」
グラウンドにいるのは強達ではなかった。
ユニホームを着ているが、青島ブルーリトルのものではない。それにアイツら、見覚えがある。
あれは……。
「青島西中の野球部……」
だが、なぜだ? なぜ、ヤツらが青島西グラウンドで練習をしている?
ここじゃないだろ? お前らの練習場所は。
これを偶然と片付けていいのか?
嫌な予感がする。
「藤堂はん。見守るんとちゃいますの?」
「異常事態の可能性がある」
いや、仕方ないだろ? これは看過できない。
グラウンドに近づくにつれ、ヤツらの姿がはっきりと見えてきた。
適当にキャッチボールをしているヤツら。
マウンドであぐらをかき、トランプで遊んでいるヤツら。
グラウンドに寝転んでいるヤツら。
とても、野球をしているようにはみえない。
なんなんだ、コイツらは。
これでは、まるで……。
「あっ、あんちゃん!」
「……俺をあんちゃんと呼ぶな」
あんちゃんと呼んでいいのは強だけだ。
坊主頭こと剛や雅、奏がこちらにやってきた。強はただ、グラウンドにいるヤツらを睨みつけている。
強の視線にそんなこと知ったことかと、グラウンドにいるヤツらは各々好き勝手にしている。
「何があった?」
「アイツらが突然、ここは俺達のグラウンドだって言ってきて、占拠しているんだ」
「俺達のグラウンド? 占拠?」
要領を得ないが、嫌がらせを受けているのは確かだな。
だが、動くにはもっと情報が欲しい。
「私から説明します。青島西中の野球部が昨日、いきなりグラウンドにやってきて、このグラウンドを使うと言ってきました。二軍の練習場所として使いたいそうです。私達は一度断ったのですが……」
「今日、こうなっていたってわけか」
なるほどな。
俺は周りを見渡す。
淋代の姿は見えないが、長髪とラテン系っぽい顔の大男がいた。俺と目が合い、ニヤニヤしている。
野郎……喧嘩売ってやがる。
これは淋代の仕業か? 人のウィークポイントを的確についてきやがる。
俺と強達がグラウンドで野球をしていたことが偶然バレたのか? いや、見張られていたと考えるべきだ。
厄介なことになった。恐れていたことが現実になった。
さて、どうするか?
「ねえ、お兄さん。アイツら、なんとかならない? 絶対に嫌がらせだよ!」
そうだな。雅の言うとおりだ。まずはこの状況をなんとかしなければならない。
アイツらをどける方法か……。
それは……。
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