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三章

三話 望むところだ その二

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「痛っ……」

 放課後、順平に特訓してもらったが、一時間でやめた。ついていけない。
 流石は全国都道府県中学生相撲選手権の無差別級、三年連続の優勝記録者。引退しても、強すぎて足下にも及ばない。
 俺的には青島高等学校最強の男は順平だと信じて疑わないレベルだ。
 はぁ……体中が痛い。全身悲鳴を上げている。今日はかるく見回りをして帰ろう……。

 外は相変わらず寒い。吐く息は白く、着込んでいるが、顔に寒風が吹き付け、身が縮む思いだ。腫れているところに風が当たると、痛いんだよな。
 校門を出て、しばらく歩いていると……。

「藤堂正道さんですよね?」
「……そうだが、キミは?」

 俺に声を掛けてきたのは三人組の男だった。
 一人はガタイのいい男で身長は百八十後半、膨れ上がった筋肉が制服を内側から盛り上がっている。
 彫りの深い顔で、ラテン系の顔立ちをしている。冬なのに褐色の肌なのは、地肌なのだろか?

 別の男は身長は百七十前半で、こっちは引き締まった筋肉に、すらっとした体つきだ。
 長髪でガムをくちゃくちゃと噛みながら、細く鋭い目つきで俺を睨んでくる。少なくとも友好的ではなく、喧嘩を売ってきそうな雰囲気だ。

 二人の間にいる男はリーダーだろうか?
 背は百六十前半で、三人に比べたらかなりの小柄だ。細い体つきで腕も細い。
 見た目だけで判断するなら、たたの中坊って感じがするが、コイツからは三人よりも強い圧力を感じる。
 一言で言いあらわすなら、ヤバい。陳腐な言葉だが、その言葉が似合う男だ。
 そう思わせるのはあの目つき。
 どんよりと深くて闇のある目。人が目の前で死んでもなんとも思わない、自分が死にそうになっても顔色一つ変えないだろう。
 自暴自棄とは違う、周りを巻き込む破滅願望のある目だ。
 そんな目をしているヤツがニッコリと笑っているのを見ると背筋がぞっとする。
 だからこそ、危険人物だと俺の中で警鐘が鳴っているのだ。一番近寄りたくない人種だ。

 三人は制服からして、青島西中でガムを噛んでいる男の帽子のかぶり方から、野球部と推測できる。
 自然と目つきが鋭くなっていく。

「そんな怖い顔で睨まないでくださいよ、藤堂さん」
「それは皮肉か?」

 睨みつけても笑っている男を見て、そう思ってしまう。
 男はクククっと笑いながら自己紹介をしてきた。

「私の名前は淋代りんだい波津也はつや。お察しの通り、青島西中野球部のキャプテンをいたしております。今日は藤堂さんにお話があって参りました。お時間をいただけませんか?」
「話しならここでいいだろうが」

 わざわざ罠に飛び込むほど、俺は迂闊ではない。
 ただ、青島西中の野球部キャプテンが風紀委員の俺に何の用かは気になる。考えられるのがお礼参りだが、そうじゃない気がする。
 これはただの直感だが、そんなみみっちいことではなく、もっと大きい話しだと思える。

「藤堂さんに見せたいものがあるんです。それと窓ガラスの件で誠意を見せておきたくて」

 誠意だと? 詫びを入れるってことか?
 フツウは信じられないが、コイツは嘘をついているようにみえない。ただ、全てを話しているわけではない。
 平気で後ろから殴ってきそうなヤツだからな。
 だが、ここで窓ガラスの件はケリをつけておきたいのが本音だ。
 でないと、強や上春、楓さんに迷惑がかかる。

「……分かった」

 結局、俺は淋代の提案を受け入れた。
 淋代はにこっと笑い、歩き出す。ついてこいってことか。
 俺は一応、左近に今の状況を簡単にメールで送った。これは保険だ。
 さて、蛇が出るか鬼が出るか。
 気を引き締め、俺は淋代の後をついていった。
 


 淋代達についていった先は青島西中だった。淋代も俺もそれまで何一つ会話などない。
 淋代は校舎の中に入っていくが、俺は立ち止まってしまう。

「なんだ? 怖くなったのか?」
「……部外者の俺が勝手に入っていいのか?」

 ガムを噛んでいた男は唖然としていたが、気になるだろうが。
 お前らは母校だから、気兼ねなくは入れるだろうが、俺は部外者だぞ。躊躇するに決まっているだろうが。

「問題ありませんよ。私達と一緒なら誰にもとがめられませんので」

 淋代は相変わらず可笑しそうに笑っている。機嫌はよさそうだが、何気ない一言でブチ切れる可能性がある。
 淋代はそういったタイプだ。だから、怖い。
 俺は校舎に足を踏み入れる。
 途中、先生とすれ違ったが……。

「……」

 先生は黙ったまま、俺達を見過ごした。顔をそらし、見て見ぬフリをしたと言った方がただしい。
 淋代は先生方にも怖がられているみたいだな。関わりたくないって空気がビシビシ感じる。

 俺は校舎の外れにある倉庫らしき場所まで連れて行かれた。
 ここだと、人目が着かない。何があっても……。
 やはり、罠か?

「安心してください。藤堂さんには手出しをさせませんから」

 淋代は倉庫のドアを開けた。
 そして……。

「……お前らは」

 中から出てきたのは四人の男だった。
 そのうち、二人は顔が腫れ上がるくらいにボコボコに殴られ、痣で変色している。体だけでなく、服装も埃まみれで汚れている。
 重傷の二人を、残り二人の男が襟首を掴み、地面に放り投げた。
 うめき声をあげている男達の声や体格に覚えがあった。
 コイツらは……昨日、強を殴ったヤツらじゃねえか。おまけに窓ガラスを割ったヤツらでもある。
 どうして、コイツらはこんなにボコられているんだ?
 ただ、同情する気は全くないのだが。

「まずはお詫びをさせてください。藤堂さんの家の窓ガラスを割り、あなたの家族に迷惑を掛けたこと、申し訳ございません。信じてもらえないと思いますが、この二人が勝手にやったことです。我々は感知していません」

 お前は政治家か?
 そう言葉に出そうとしたが、いつの間にか周りは淋代の仲間に囲まれている。下手に刺激するべきではない。
 それに、わざと淋代は『あなたの家族』と口にした。
 嫌な気分だ。首元にナイフを突きつけられた感じがする。
 その気になれば、お前の家族に手を出すぞ、そう言われた気がする。
 ダメ元で気になっていたことを聞いてみるか。

「……理由を聞いてもいいか? どうして、俺の家の窓を割った? なぜ、襲いかかってきた?」

 俺はあえて強の名前を出さなかった。きっと、もうバレてはいると思うが、それでも、強の名前を出したくなかった。
 さて、どんな返答をするのか? まあ、誤魔化されるだけだろうがな。
 俺の質問に、淋代は眉をひそめている。

「既にご存じだと思っていたのですが……それとも、納得いただけないと言うことでしょうか? 何度聞かれても、理由に関してはただの八つ当たりとしか言い様がありませんよ」
「……八つ当たりだと? 俺がお前達に何をしたって言ったところで無意味な問いなんだろうな……」

 淋代の言う通り、理由なんて理不尽なことなのだろう。腹がたった、ムカついた、ただ、そこに俺の家があった。
 たいそうな理由がほしいわけではないが、やりきれない怒りがあるのは確かで、我慢しないと、コイツらと喧嘩することになる。
 強に喧嘩するなといった手前、俺から喧嘩を売るなんてもってのほかだろう。

「ええっ、だから、きっちりヤキをいれさせていただきました。こんなバカなことをしないようにね。全く、賭に負けたくらいでガラスを割ったとか……私の顔に泥をぬるようなこと……してるんじゃねえよ!」

 淋代は何の前触れもなく激高し、二人の男の顔面に蹴りを入れる。容赦ない力任せの暴力に、二人は泣いて許しを請う。
 これだ。コイツは何が逆鱗に震えるか分からない。人によってはサイコとか言われそうだ。
 けど、今は気になる事がある。

「淋代君、待ってくれ。賭けに負けたってなんだ? それがどう俺と関係している?」

 淋代はもう一度だけ蹴りを入れ、すぐに笑顔になった。あれだけ蹴っておいて、息一つ乱れていない。
 それに変な言い方だが、蹴り方が綺麗だった。雑ではない、洗練されたというべき動きは格闘慣れしている気がする。

「先ほどから変な質問をしますね。それに私を止めた理由が可哀想ではなく、疑問に感じた事でしたか」
「別にキミ達の流儀に口を挟む気はない。それに自業自得だ。それより、答えてくれ」
「ふっ……藤堂さんは本当に面白い方ですね。それにとぼけているようには見えません。では、私が知っていることをお話ししましょう」

 聞いておいてなんだが、俺はやっぱなしと言いたくなった。
 賭けとか絶対ろくな事ないよな。もう少し考えて意見するべきだった。

「藤堂さんはどこまで知っているのですか? 一月三日の親善試合が賭け試合だったことは?」
「……いや、知らなかった」
「そこからですか。おかしいですね。藤堂さんの祖父が黙っていたことは分かるのですが、橘さんも黙っていたとは」

 マジかよ。けど、たかが草野球で賭け試合とか、おかしいだろ?
 素人……いや、『青島ブルーオーシャン』にはメジャー級の助っ人がいたが……ああっ、なるほどな……。
 きっと、人をバカにした企画を立てたヤツがいるのだろう。
 素人がメジャー選手のいるチームに勝てるかどうか?
 どこぞやのテレビ番組のような企画だ。

「よくもそんな賭け、成立したな」
「金持ちの道楽ですよ。ちなみに胴元は夜子沢です」

 夜子沢が?
 『青島ブルーオーシャン』の監督で、青島全体のリゾート開発計画をたてている一派の一員だ。
 親善試合後、気になったので調べてみたが、青島のリゾート開発は市長も賛同しているつまり、市町村も公認って事だ。

「不良達の間ではこの賭け試合は有名でしてね。大半は藤堂さん達の『青島ブルーフェザー』に賭けていたそうですよ。そこにいる二人は違ったようですけどね」

 俺も淋代も苦笑してしまう。
 親善試合にそんな裏事情があったとはな。試合一日前に、榊原さんが俺に謝ってきた理由がようやく分かった。
 ということは、義信さんも知っていたのか? 賭け試合のこと。
 いや、知っているはずだ。チームメイトが知っていて、義信さんだけが知らないわけがない。
 きっと、俺だけが知らなかったんだ。

 警察官の義信さんが賭け試合を黙認していたことがショックだった。賭け試合は賭博罪が適用されるはずだ。
 それなのに……。
 多分、ワケがあるとは思うが、それでも、真面目で不正を許さない義信さんが犯罪を見逃していたことに、裏切られた気がした。
 いや、そんなはずはない……きっと、理由があるはずだ。

「……夜子沢が賭け試合を主催でやっているのは、開発計画の資金稼ぎか?」
「違いますね。そもそも、開発計画はフェイクでしょう」
「フェイクだと?」
「ええっ。ですが、私が藤堂さんにご足労いただいたのはそんなことを話すためではなりません。そんなことは大人が対処するべきでしょうし。本題はそこではありません」

 お前、一番気になるところで話しを切るのかよ……。
 確かに、陰謀論なんて俺達子供がどうこうできる話しじゃないよな。
 だとしたら、淋代が俺を呼んだ理由ってなんだ?

「本題に入る前に、藤堂さんにはお礼を言わなければなりませんね」
「お礼?」
「ええっ。侵略者からウチの生徒を護っていただき、ありがとうございます」
「侵略者? 生徒を護る?」

 最初は何を言われたのか分からなかったが、思い当たる節がある。
 始業式の日、強と買い物に行ったとき、俺を待ち伏せしていたヤツがいた。ソイツは暇つぶしに目に付いた生徒を殴り、椅子代わりにしていたクズだ。
 確か、酷い目にあったヤツは青島西中の制服を着ていたな。そのことか?

「確かに青島西中の生徒を偶然助けたが、侵略者とは穏やかじゃないな」

 俺は素直に感じた事を言ったつもりだが、淋代の目つきが鋭くなる。なにか、気に障ることを言ったか?

「呑気なものですね。風紀委員せいぎのみかたらしかぬ台詞です」
「風紀委員らしかぬ? いつから俺達は正義の味方になったのかとツッコみたいところだが、らしからぬってなんだ?」

 正義の味方ってところを否定したことで、淋代は表情を少しだけ崩したが、まだ睨みつけられたままだ。
 なんなんだ、一体? 俺の発言の何が気に入らない。

「藤堂さんも彼らに襲われたのではないですか? 内地からの荒くれ者に」
「……ああっ、何度かな。だが、言わせてもらうが、数は多いが、それだけだ。強さは青島の不良にかなり劣る。脅威とは思えない……」
「無代恭介」
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