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二章

二話 男と男の約束だ その二

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 事件の始まりは唐突だった。何の前触れもなく、訪れた。
 それは家の付近を見回りしていたときだった。
 その日は曇りで冬の寒さが一段と感じる夕暮れ時、俺の耳に聞き慣れた声……いや、鳴き声が聞こえてきたのだ。

「シュナイダー?」

 なぜか、そう思えた。根拠はない。ただ、そう感じただけだ。
 俺の気のせいかもしれないが、理由もなく聞こえたとは思えない。何かある。
 俺は耳を澄まし、音の出所を探すが……。

 ダメだ、分からない。
 俺はこの場を中心にして、軽く走りながら鳴き声が聞こえないか、探し続ける。
 どこだ? どこにいる?
 俺は足を止めようとしたとき。

「!」

 ハッキリと聞こえた。シュナイダーの鳴き声だ!
 トーンの高さから仔犬だと認識してシュナイダーと判断しているのか、それとも、聞き慣れた鳴き声が俺の記憶と合致しているのかは分からないが、とにかく、鳴き声のする方へ行こう。
 外れだったとしても、そのときは杞憂に終わるだけだ。

 鳴き声のする方へ走っていくと、どんどん大きくなる。声の大きさが近づいていることと、危険が近づいている事を教えてくれる。
 何が起こっている?
 俺は鳴き声に導かれ、曲がり角を曲がると……。

「このガキ!」
「アン! ワンワンワン! ワンワンワンワン!」
「うっせえぞ! キャンキャン鳴くな! ぶっ殺すぞ!」

 なぜだ……なぜ、強がそこにいる……。
 強は尻餅をついていた。口から血が少しだけだが流れている。
 右頬が赤くなっていることから、殴られたのだろう。
 強の前にシュナイダーが必死に二人の男に向かって吼えていた。あの臆病なシュナイダーが勇気を振り絞って強を護ろうとしている。

 目の前にいる二人の男はどこかで見たことがある。体型からして中坊……なのはどうでもいい。
 今、俺がするべきことは……あの二人を……叩きのめすことだ!
 俺は近くにあった放置された自転車を持ち上げた。

「てめえら! 俺の家族に何してやがる!」

 俺は自転車を二人の男目掛けて投げ込んだ。
 男達は慌てて飛んできた自転車を回避しようとするが、一人が巻き込まれ、自転車ごと地面に倒れた。

「な、なにしやがる!」

 うるさい、黙れ……。
 血管がブチ切れそうになる。ここまでキレたのはいつ以来だろうか? 思い出すだけでも面倒だ。
 ただ、俺の怒りが全くおさまりそうにない。コイツらを叩きのめさないと気が済みそうにない。
 怯えている男がバットケースからバットを取り出し、奇声を上げながら俺の頭に目掛けて振り下ろしてきた。
 俺は右手でバットを受け止める。

 痛い。

 手にしびれが走る。かなり、痛い。
 だが、痛みよりも怒りが……怒りが……怒りが! おさまらないんだよ!
 クズ野郎どもがぁああああああああああ!

「ぐえぇええええええええええええええ!」

 俺は拳が震えるほど握りしめ、男の土手っ腹にたたき込んだ。男の体が俺の拳で飛び上がる。
 筋肉が膨張しすぎて、スピードもパワーものっていない。だから、もう一度、男の腹に拳を肩ごと押し込むように殴りながらえぐりこんだ。

「~~~~~~~~~~~~!」

 声にならない声が男の口から吐き出た後、ゲロを吐き続けた。

「な、なんだよ、お前! 俺達に何の恨みがあって……ま、まさか……お前は……藤堂か?」
「……」

 自転車の下敷きになった男が這い上がってきた。俺はその男の頭を鷲づかみし、無理矢理立たせる。
 男の顔は完全に怯えていた。ビビっているくらいなら人様の家族に、小学生に手を出すなと言ってやりたかったが、コイツらに言っても無駄だろう。
 だから、俺は言葉よりも効果的な方法をとった。

「がはっ!」

 男の胸ぐらを無造作に掴み、ブロック塀に叩きつけた。
 男は背中を強く打ち、むせているが、俺は胸ぐらを締め上げ、男の呼吸を妨げるように締め上げる。

「くっ……苦しい……てめえ……こんなことをして……ただで……」
「……」
「あっ……あっ……苦し……マジで……死んじまう」
「……」
「た、頼む……助けて……くれ……」

 つくづく思う。
 人を殴ったり、蹴ったりするヤツはどうして、逆のことをされたら、助けを乞うのか?
 だったら、最初から暴力なんてふるうなって思う。

 俺は青島に来た当初、何度も何度も不良達に辛酸を嘗めさせられた。
 こっちがやめてくれ、助けてくれと言っても、許してもらえなかった。
 俺をいたぶるのが快感だと言わんばかりに暴力を振るってきた。
 それが納得出来なかった。だから、強くなった。
 巡り巡って俺が相手に苦痛を与える側になったが、ハッキリ言わせてもらう。


 人を殴って、楽しいなどと一度も思った事はない。


 今でも、頭にきたヤツらを叩きのめしても、感じるのは怒りだけで、一ミクロンも楽しいとは思えない。
 俺は拘束を緩め、男に問いかける。

「苦しいのか?」
「た、助けて……くれ……ぐああああ!」

 俺はもう一度締め上げる。痛みを覚えさせるためだ。
 痛みは本能に訴えてくれる。恐怖は抑止力になる。
 俺は男がもう暴力を振るわないよう、暴力で訴える。

「今度、俺達の前に現れたらどうなるか、分かってるよな?」
「助け……」
「どうなるか、分かっているのかって聞いてるんだ、ボケ! このまま呼吸を止めるぞ、コラ!」
「ひぃ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 俺は最後にもう一度強く締め上げた。

「二度と俺達の前に現れるな。いいな? いいな!」

 男は涙目で逃げていった。仲間もバットケースを置いてだ。
 後はゲロ男の始末だけだな。
 コイツにも脅しておくか。二度と俺達の前に現れないようにな。

 そう思った瞬間、偶然にも強と目が合った。強は怯えた目で俺を見ていた。
 冷や水を浴びせられた気分だった。
 シュナイダーも俺に向かってウウッと唸っている。その姿にはおびえがあった。

 はぁ……だよな。普通はそうだよな。
 暴力は痛みに直結し、本能が危険だと警告する。
 だから、強もシュナイダーも俺を怖がっている。危険だと思われている。
 仕方のないことだ。俺が選んだ道だから。
 強とシュナイダーに何て声を掛けようかと悩んでいると。

「あっ、兄さんだ。チョリース~。今、帰りですか……って臭っ! 何これ? 地面にもんじゃやきが……」
「咲、少し下がろうか」

 この場にはそぐわない上春の脳天気な声が聞こえてきた。場の空気が白けたというか、緊張感が融和されていく。
 朝乃宮はこの現状を見ただけで、把握し、上春を自分の後ろに待機させる。

「……悪い、上春。強が怪我をしている。手当てをしてくれないか?」

 俺は強に背を向け、上春達をここから遠ざけるように指示する。

「はい? あっ、強、どうしての、座り込んで……んん? どうしたの、その怪我! 大変! すぐに家に帰って手当てしないと!」
「……別にいいから」
「ダメ! ほら、立って!」

 上春は強を無理矢理立たせて、家に連れて行く。
 朝乃宮は俺に問いかける視線を送るが、上春を護る為、一緒についていった。
 この場に残されたのは……。

「くぅん……」

 シュナイダーがなぜか、二本足で立ち上がり、前足を俺の足でひっかくような行動に出た。
 なんだ?
 俺はしゃがみ込み、シュナイダーの首回りから眉間へと撫でる。すると、シュナイダーは乗り出してきて、俺の顔を舐めてきた。

「うおっ!」

 なんなんだ? いつもは顔を舐めることをしないのに。
 もしかして、慰めてくれているのか? まさかな……。
 ずっと悲しげに舐めてくるシュナイダーに目頭が熱くなった。泣かすなよな……。
 俺はお礼として、ポケットにあった犬のおやつをシュナイダーにあげると、さっさと俺から離れ、背を向けて尻尾を激しくふり、おやつを食べている。少し切なくなった。

 ……泣かすなよな……。

 俺はため息をつきながらリードを握り、シュナイダーが逃げないようにする。
 シュナイダーはおやつを食べ終わると、思い出したかのように、ゲロ男を威嚇するに吼え、敵対行動をとる。
 それはいいんだけどな、シュナイダー。そいつはもう戦う意思をなくしているからな。今更だぞ。

 俺は少し呆れたが、俺達のために吼えていると思うと、ほっこりしてしまう。だが、シュナイダーは思いも寄らない行動に出る。
 ゲロ男のゲロに鼻をひくつかせ、近寄り、舌を出して……。

「ダメだぞ、シュナイダー! 洒落になってないからな!」

 俺は慌ててシュナイダーを抱っこする。シュナイダーはゲロを興味ありげに見つめている。
 いや、マジでやめてくれ。それは本当に洒落になってない。
 ゲロ男は俺がシュナイダーに構っている隙に逃げようとしていた。もちろん、逃がすつもりはない。
 俺はうように逃げるゲロ男の背中を踏みつける。

「ぐげぇ!」
「待て。もしかして、逃げるつもりなのか? 喧嘩を売っておいて、それはないよな? ああっ、思い出したぞ。お前ら、俺の家にボールを投げた犯人だよな? ちょうどいい。話がある。付き合ってもらうぞ。拒否したらもう一度、リバースコースな?」

 ゲロ男はびくついているが、自業自得だ。
 義信さんには悪いが、あの事件の全貌ぜんぼうを知っておきたい。
 俺はシュナイダーを抱えながら、ゲロ男を尋問した。
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