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番外編 その二
12月26日
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このお話は『第六部 俺達の家族 -結成編-』の『エピローグ メリークリスマス!』の次の日のお話です。
『第七部 俺達の家族 -団結編-』の『蔵屋敷強の願い編』の物語を補足する内容となります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふぁああ……」
俺はあくびをかみしめ、部屋に戻っていた。
昨日のクリスマスの馬鹿騒ぎのせいで、夜遅くまで信吾さんが絡んできたせいで寝不足だ。
学校が冬休みであろうが、夜更かしだろうが、習慣とは恐ろしいもので、ランニングの時間になると、目が覚めてしまう。
朝食の時間まで寝てしまいたかったが、体を動かさないというのも落ち着かず、ついシュナイダーを連れてランニングに出かけた。
シュナイダーは子犬だから、ある程度散歩コースを走らせた後、一度家に戻り、再度ランニングに出かけた。
その後、昨日のクリスマスの余り物で朝食を作り、片付けを終えて、部屋に戻っていたわけだ。
さて、午前中は何をしようか?
とりあえず、昼間で冬休みの課題でもするか。今日は朝食の当番だけだし、午後はバイクのメンテと昼寝をしてのんびりすごそう。
風紀委員の仕事は後、一日だけ残っているが、それはまだ先のこと。いろいろとあったから体を休めておきたい。
今年一年を振り返ってみると、マジで大変だったな……。
いろんなことが起こりすぎて、気が休まることがなかった。
今日くらいのんびりしても罰は当たらないだろう。
そう思っていたのだが。
「……」
「……」
部屋のドアを開けると、そこには強がグローブとボールを持って、俺の帰りを待っていた。びっくりして声が出なかった。
強は期待した目つきで俺を見上げている。強は感情を出さない子だが、今日はとてもわかりやすい。
キャッチボールがしたいと全身から訴えている。その相手をしてほしいと期待している。
強には我が儘を言えと言ったことがあるが、それでも、まだ躊躇しているところがある。
そんなときは俺が背中を押す……つまり、俺から声をかけて確かめるわけなので……。
「……強、キャッチボールするか?」
強はぶんぶんと二回頭を上下に揺らす。
おおぅ……
滅茶滅茶期待されてたな。そんなに俺とキャッチボールをしたかったのか?
つい頬が緩んでしまう。いかんいかん、気を引き締めないと。兄として威厳のある、尊敬される姿を見せないとな。
俺はつい笑ってしまった。
尊敬されるだと? バカか、俺は。
不良相手に喧嘩三昧の毎日を過ごしてきた俺なんか、尊敬に値しないだろ?
それでも……。
「?」
「ああっ、すまない。そんじゃあ、着替えるから」
俺は動きやすい服に着替えることにした。
冬休みの課題など後でもできる。せっかく、強が誘ってくれたんだ。そっちを優先させたい。
優先させたいのだが……。
「強」
「……何?」
「先に行っててくれ」
着替えをガン見されると恥ずかしいんだよ。
パン!
「ナイボー!」
俺はボールを強に投げ返す。
朝の冷たい空気のなか、強の投げるボールはいつもよりもキレがあるように思えた。その理由は……。
「……」
強は新しいグローブを何度もグーパーグーパーしている。あのグローブは俺が強にクリスマスプレゼントで贈ったものだ。
早速使ってくれるのはうれしいが……て、照れくさい……。
強の頬が少し緩んでいる姿を見て、俺は多少高い買い物をした甲斐があったと喜ぶとともに、恥ずかしくなってきた。
人に贈り物をして、あそこまで喜んでもらえたことがあっただろうか? そういえば、伊藤にもプレゼントしたときも喜んでもらえたよな。
その、なんだ。いいものだな。自分の行動で誰かに喜んでもらえるのは。
今までは自分の為に金を稼いできたが、他の人の為にお金を使うのも悪くない。そんな気がしてきた。
強が弟で本当によかった。
「兄さ~ん。いますか~?」
間の抜けた声が聞こえてきたと思ったら、上春がやってきた。
どうでもいいが、隙だらけだな。風紀委員なのだから、少しはビシッとしてほしい……って思うのは無理があるか。
家にいるときくらい、気が抜けててもいいよな。
「あっ、強。兄さんとキャッチボールしてたんですか。よかったね」
「……うん」
上春はよしよしと強の頭をなでる。こうしてみると、フツウに姉弟だよな。
「それで、俺に何か用か?」
「あっ! そうでした! 兄さんに手伝ってほしいことがあるんですけど」
「後にしろ。忙しいんだ」
「い、忙しいって……キャッチボールしているだけじゃないですか~」
キャッチボールをしているだけだと?
俺は上春をにらみつけた。その瞬間、上春はさっと目をそらす。
「これも大事なコミュニケーションだ。上春が言ったんだろ? 家族は大事にしろって」
「そ、それなら、私のことも大事にしてくださいよ~」
「お前は長女だろ? 我慢しろ」
上春家の長女として大人になれ。
「いやいや、兄さんこそ、長男ですからもっと大人になってくださいよ!」
「俺はいいんだよ。兄だからな」
「ものすごい意味不明な理不尽がきましたよ!」
やかましい。
「ねえ、強。兄さんのこと、借りていいかな?」
「おい、こら! 強を巻き込むな! 卑怯だろ!」
コイツ、卑劣な手を使いやがって!
俺と上春はぎゃーぎゃー騒ぎ立てるが、あるモノを見て、呆けてしまう。
強が笑っていたのだ。
「「……」」
頬がわずかに緩んだ程度だったが、それでも、強がうれしそうな顔をしているのは珍しい。
いや、俺達が……俺が強の笑顔をこれからも引き出すんだ。
そう固く誓った。
ちなみに、上春の要求は却下した。
「……ってことがあったんだ」
「「……」」
俺は喫茶店『BLUE PEARL』で武蔵野と黒井に今朝のことを話していた。
俺は楓さんのお使いの帰りに武蔵野と黒井に会い、武蔵野が無理矢理喫茶店に誘われた。
武蔵野が俺の機嫌がいいのはなぜかと問い詰めてきたので、仕方なく話してやったわけだ。
なんだ? 二人ともなぜ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてやがる?
「なんだ? 文句あるのか?」
「いや、ねえけど……お前、強君に肩入れしすぎじゃない? そんなに弟っていいものかね~? 俺は断然、妹がいいけどな」
「バカいえ。弟の方がいいに決まってる。ちょっとずつだが、打ち明けると気持ちが通い合うっていうのか? それが楽しくて仕方ないんだ。強とはキャッチボールだけでなく、将来、ツーリングしたいものだ」
いかん。口元が緩むのが止められない。
強との将来のことを考えると、楽しいんだ。きっと、兄弟喧嘩もするんだろうな。
だが、それも含めて楽しみなんだ。
一人っ子なら、誰だって弟か妹を望むだろ? 俺の場合は弟がよかった……いや、強だからよかったって思っている。
「……強君はどうして、野球をしているんでしょうね」
「「?」」
黒井のいきなりの質問に、俺も武蔵野も困惑していた。
強が野球をしている理由だと?
そんなの……。
「純粋に野球が好きだからじゃないか? 俺だってガキの頃は野球が好きだったぞ?」
「俺はサッカーだけどな。そっちの方がモテたし。けど、テニスの方がワンツーマンでいちゃいちゃできるって分かってからはテニス一筋だ」
「……女も一筋にしておけ」
俺は呆れて頭痛がしてきた。強の努力がけがされた気分だ。
強は真面目に野球の練習をしているんだぞ。お前と一緒にするな。
「藤堂先輩、警告ですの。強君に深入りしない方がお互いのためですわ」
「どういう意味だ?」
俺は黒井をにらみつける。黒井は俺から目をそらすことなく、ただ、ジッと見つめている。
「お、おいおい、落ち着けよ。麗子も言い過ぎだぞ」
「人の名前を気安く呼ばないでほしいですの。藤堂先輩、貴方は新しい家族ができるのが反対でしたわね? それなのに、強君だけに入れ込むのは矛盾してませんの?」
痛いところをついてきやがる。
確かに新しい家族などいらない……と思っていた。
だが、耳を塞ぎ、ひたすら否定するのはもうやめた。信吾さんと約束したんだ。
家族とは何か? お互い考えることを……。
それに強は俺に似ている。だから、余計に気になるのだ。
「矛盾しているな。それでも、俺は……強と分かり合いたいって思う」
「そうですの……それなら、勝手にしなさいな。けど、絶対に後悔しますから」
黒井はテーブルに鐘を置き、そのまま去って行く。
「お、おい! すまん、正道。またな」
武蔵野もテーブルに金を置き、立ち去っていった。
一人、俺だけが取り残される。
注文したコーヒーに口をつけると、冷めて苦い味がした。
「ふぅ……」
今日はよく眠れそうだ。
窓の外は真っ暗で、結露が張り付いている。楽しい日はあっという間に過ぎるな。
武蔵野達と別れた後、俺は強と一緒にシュナイダーの散歩に出かけ、一緒に遊んだ。
楽しかった。いい気分転換になった。
なにより、強の笑顔を俺が引き出していることにある種の優越感で満たされる。信吾さん達よりもうまくやれているのではないかって思えるときだってある。
強といると肩の力が抜けてリラックスできる。
俺も強もおしゃべりな方ではない。会話がなくても、苦にならない。
伊藤や、御堂、上春は俺を慕ってくれるが、美人と一緒にいると緊張するというか、不釣り合いって感じがして劣等感で憂鬱になることもあるんだよな。
勿論、贅沢な悩みだって知っている。もう、二度と好意を持ってくれる女性と知り合うことはないのかもしれない。
けど、やはり今は男同士の方が気楽でいい。恋愛なんて関係ないからな。強にとっていい兄貴でいたい。
強は遊び疲れたのか、ぐっすりと眠っている。
さて、俺も寝ようか。
冬休みの課題もある程度片付き、寝ようとしたとき……。
「強?」
それはかすかで消え入りそうな声だった。
今が夜で部屋が静まりかえっていなければ気づかなかっただろう。強がすすり泣いているのだ。
怖い夢でも見ているのだろうか? そういえば、強がすすり泣くのはあの日からだよな?
強が泣いていると、こっちも胸が締め付けられるような痛みを感じる。
俺は強の悲しみが少しでも癒えるよう、兄貴として強の頭にそっと手を伸ばすが……。
「……お父さん……お母さん……」
俺は冷や水を浴びせられた気分になった。
そう……だよな。強の本当の家族は別にいる。
今の家族は偽りの家族だ。俺も強の本当の兄じゃない。
俺は手を引っ込め、布団に戻る。
何がいい兄貴だ。強の笑顔を引き出しているだ。うぬぼれるな。
強が本当に求めているのは俺じゃない。両親だ。
それなら、必要以上に仲良くなる必要などない。黒井の言うとおりだ。
別れが避けられないのなら、深入りするべきじゃない。辛くなるからだ。
何を期待していたのか? 期待されることを嫌悪していた俺が、強に期待することなどありえないだろ?
俺は強に背を向け、眠りにつく。
強の涙を止められない自分の無力さに言いようのない苛立ちを感じながら……。
- To be continued -
このお話は『第六部 俺達の家族 -結成編-』の『エピローグ メリークリスマス!』の次の日のお話です。
『第七部 俺達の家族 -団結編-』の『蔵屋敷強の願い編』の物語を補足する内容となります。
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「ふぁああ……」
俺はあくびをかみしめ、部屋に戻っていた。
昨日のクリスマスの馬鹿騒ぎのせいで、夜遅くまで信吾さんが絡んできたせいで寝不足だ。
学校が冬休みであろうが、夜更かしだろうが、習慣とは恐ろしいもので、ランニングの時間になると、目が覚めてしまう。
朝食の時間まで寝てしまいたかったが、体を動かさないというのも落ち着かず、ついシュナイダーを連れてランニングに出かけた。
シュナイダーは子犬だから、ある程度散歩コースを走らせた後、一度家に戻り、再度ランニングに出かけた。
その後、昨日のクリスマスの余り物で朝食を作り、片付けを終えて、部屋に戻っていたわけだ。
さて、午前中は何をしようか?
とりあえず、昼間で冬休みの課題でもするか。今日は朝食の当番だけだし、午後はバイクのメンテと昼寝をしてのんびりすごそう。
風紀委員の仕事は後、一日だけ残っているが、それはまだ先のこと。いろいろとあったから体を休めておきたい。
今年一年を振り返ってみると、マジで大変だったな……。
いろんなことが起こりすぎて、気が休まることがなかった。
今日くらいのんびりしても罰は当たらないだろう。
そう思っていたのだが。
「……」
「……」
部屋のドアを開けると、そこには強がグローブとボールを持って、俺の帰りを待っていた。びっくりして声が出なかった。
強は期待した目つきで俺を見上げている。強は感情を出さない子だが、今日はとてもわかりやすい。
キャッチボールがしたいと全身から訴えている。その相手をしてほしいと期待している。
強には我が儘を言えと言ったことがあるが、それでも、まだ躊躇しているところがある。
そんなときは俺が背中を押す……つまり、俺から声をかけて確かめるわけなので……。
「……強、キャッチボールするか?」
強はぶんぶんと二回頭を上下に揺らす。
おおぅ……
滅茶滅茶期待されてたな。そんなに俺とキャッチボールをしたかったのか?
つい頬が緩んでしまう。いかんいかん、気を引き締めないと。兄として威厳のある、尊敬される姿を見せないとな。
俺はつい笑ってしまった。
尊敬されるだと? バカか、俺は。
不良相手に喧嘩三昧の毎日を過ごしてきた俺なんか、尊敬に値しないだろ?
それでも……。
「?」
「ああっ、すまない。そんじゃあ、着替えるから」
俺は動きやすい服に着替えることにした。
冬休みの課題など後でもできる。せっかく、強が誘ってくれたんだ。そっちを優先させたい。
優先させたいのだが……。
「強」
「……何?」
「先に行っててくれ」
着替えをガン見されると恥ずかしいんだよ。
パン!
「ナイボー!」
俺はボールを強に投げ返す。
朝の冷たい空気のなか、強の投げるボールはいつもよりもキレがあるように思えた。その理由は……。
「……」
強は新しいグローブを何度もグーパーグーパーしている。あのグローブは俺が強にクリスマスプレゼントで贈ったものだ。
早速使ってくれるのはうれしいが……て、照れくさい……。
強の頬が少し緩んでいる姿を見て、俺は多少高い買い物をした甲斐があったと喜ぶとともに、恥ずかしくなってきた。
人に贈り物をして、あそこまで喜んでもらえたことがあっただろうか? そういえば、伊藤にもプレゼントしたときも喜んでもらえたよな。
その、なんだ。いいものだな。自分の行動で誰かに喜んでもらえるのは。
今までは自分の為に金を稼いできたが、他の人の為にお金を使うのも悪くない。そんな気がしてきた。
強が弟で本当によかった。
「兄さ~ん。いますか~?」
間の抜けた声が聞こえてきたと思ったら、上春がやってきた。
どうでもいいが、隙だらけだな。風紀委員なのだから、少しはビシッとしてほしい……って思うのは無理があるか。
家にいるときくらい、気が抜けててもいいよな。
「あっ、強。兄さんとキャッチボールしてたんですか。よかったね」
「……うん」
上春はよしよしと強の頭をなでる。こうしてみると、フツウに姉弟だよな。
「それで、俺に何か用か?」
「あっ! そうでした! 兄さんに手伝ってほしいことがあるんですけど」
「後にしろ。忙しいんだ」
「い、忙しいって……キャッチボールしているだけじゃないですか~」
キャッチボールをしているだけだと?
俺は上春をにらみつけた。その瞬間、上春はさっと目をそらす。
「これも大事なコミュニケーションだ。上春が言ったんだろ? 家族は大事にしろって」
「そ、それなら、私のことも大事にしてくださいよ~」
「お前は長女だろ? 我慢しろ」
上春家の長女として大人になれ。
「いやいや、兄さんこそ、長男ですからもっと大人になってくださいよ!」
「俺はいいんだよ。兄だからな」
「ものすごい意味不明な理不尽がきましたよ!」
やかましい。
「ねえ、強。兄さんのこと、借りていいかな?」
「おい、こら! 強を巻き込むな! 卑怯だろ!」
コイツ、卑劣な手を使いやがって!
俺と上春はぎゃーぎゃー騒ぎ立てるが、あるモノを見て、呆けてしまう。
強が笑っていたのだ。
「「……」」
頬がわずかに緩んだ程度だったが、それでも、強がうれしそうな顔をしているのは珍しい。
いや、俺達が……俺が強の笑顔をこれからも引き出すんだ。
そう固く誓った。
ちなみに、上春の要求は却下した。
「……ってことがあったんだ」
「「……」」
俺は喫茶店『BLUE PEARL』で武蔵野と黒井に今朝のことを話していた。
俺は楓さんのお使いの帰りに武蔵野と黒井に会い、武蔵野が無理矢理喫茶店に誘われた。
武蔵野が俺の機嫌がいいのはなぜかと問い詰めてきたので、仕方なく話してやったわけだ。
なんだ? 二人ともなぜ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてやがる?
「なんだ? 文句あるのか?」
「いや、ねえけど……お前、強君に肩入れしすぎじゃない? そんなに弟っていいものかね~? 俺は断然、妹がいいけどな」
「バカいえ。弟の方がいいに決まってる。ちょっとずつだが、打ち明けると気持ちが通い合うっていうのか? それが楽しくて仕方ないんだ。強とはキャッチボールだけでなく、将来、ツーリングしたいものだ」
いかん。口元が緩むのが止められない。
強との将来のことを考えると、楽しいんだ。きっと、兄弟喧嘩もするんだろうな。
だが、それも含めて楽しみなんだ。
一人っ子なら、誰だって弟か妹を望むだろ? 俺の場合は弟がよかった……いや、強だからよかったって思っている。
「……強君はどうして、野球をしているんでしょうね」
「「?」」
黒井のいきなりの質問に、俺も武蔵野も困惑していた。
強が野球をしている理由だと?
そんなの……。
「純粋に野球が好きだからじゃないか? 俺だってガキの頃は野球が好きだったぞ?」
「俺はサッカーだけどな。そっちの方がモテたし。けど、テニスの方がワンツーマンでいちゃいちゃできるって分かってからはテニス一筋だ」
「……女も一筋にしておけ」
俺は呆れて頭痛がしてきた。強の努力がけがされた気分だ。
強は真面目に野球の練習をしているんだぞ。お前と一緒にするな。
「藤堂先輩、警告ですの。強君に深入りしない方がお互いのためですわ」
「どういう意味だ?」
俺は黒井をにらみつける。黒井は俺から目をそらすことなく、ただ、ジッと見つめている。
「お、おいおい、落ち着けよ。麗子も言い過ぎだぞ」
「人の名前を気安く呼ばないでほしいですの。藤堂先輩、貴方は新しい家族ができるのが反対でしたわね? それなのに、強君だけに入れ込むのは矛盾してませんの?」
痛いところをついてきやがる。
確かに新しい家族などいらない……と思っていた。
だが、耳を塞ぎ、ひたすら否定するのはもうやめた。信吾さんと約束したんだ。
家族とは何か? お互い考えることを……。
それに強は俺に似ている。だから、余計に気になるのだ。
「矛盾しているな。それでも、俺は……強と分かり合いたいって思う」
「そうですの……それなら、勝手にしなさいな。けど、絶対に後悔しますから」
黒井はテーブルに鐘を置き、そのまま去って行く。
「お、おい! すまん、正道。またな」
武蔵野もテーブルに金を置き、立ち去っていった。
一人、俺だけが取り残される。
注文したコーヒーに口をつけると、冷めて苦い味がした。
「ふぅ……」
今日はよく眠れそうだ。
窓の外は真っ暗で、結露が張り付いている。楽しい日はあっという間に過ぎるな。
武蔵野達と別れた後、俺は強と一緒にシュナイダーの散歩に出かけ、一緒に遊んだ。
楽しかった。いい気分転換になった。
なにより、強の笑顔を俺が引き出していることにある種の優越感で満たされる。信吾さん達よりもうまくやれているのではないかって思えるときだってある。
強といると肩の力が抜けてリラックスできる。
俺も強もおしゃべりな方ではない。会話がなくても、苦にならない。
伊藤や、御堂、上春は俺を慕ってくれるが、美人と一緒にいると緊張するというか、不釣り合いって感じがして劣等感で憂鬱になることもあるんだよな。
勿論、贅沢な悩みだって知っている。もう、二度と好意を持ってくれる女性と知り合うことはないのかもしれない。
けど、やはり今は男同士の方が気楽でいい。恋愛なんて関係ないからな。強にとっていい兄貴でいたい。
強は遊び疲れたのか、ぐっすりと眠っている。
さて、俺も寝ようか。
冬休みの課題もある程度片付き、寝ようとしたとき……。
「強?」
それはかすかで消え入りそうな声だった。
今が夜で部屋が静まりかえっていなければ気づかなかっただろう。強がすすり泣いているのだ。
怖い夢でも見ているのだろうか? そういえば、強がすすり泣くのはあの日からだよな?
強が泣いていると、こっちも胸が締め付けられるような痛みを感じる。
俺は強の悲しみが少しでも癒えるよう、兄貴として強の頭にそっと手を伸ばすが……。
「……お父さん……お母さん……」
俺は冷や水を浴びせられた気分になった。
そう……だよな。強の本当の家族は別にいる。
今の家族は偽りの家族だ。俺も強の本当の兄じゃない。
俺は手を引っ込め、布団に戻る。
何がいい兄貴だ。強の笑顔を引き出しているだ。うぬぼれるな。
強が本当に求めているのは俺じゃない。両親だ。
それなら、必要以上に仲良くなる必要などない。黒井の言うとおりだ。
別れが避けられないのなら、深入りするべきじゃない。辛くなるからだ。
何を期待していたのか? 期待されることを嫌悪していた俺が、強に期待することなどありえないだろ?
俺は強に背を向け、眠りにつく。
強の涙を止められない自分の無力さに言いようのない苛立ちを感じながら……。
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