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七章

七話 よろしくお願いします! その二

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「ま、正道!」

 義信さんが心配して駆け寄ってくれたが、俺は手にしたミットにボールがあることを審判にアピールした。

「バッターアウト!」

 よし! これでようやくワンアウトだ!
 ここから流れを変えてみせる!

「正道、待ちなさい。鼻血が出てる」

 義信さんの言うとおり、気がつくとポタポタと鼻血が出ていた。ベンチに突っこんだときか?
 試合は一時中断され、俺は義信さんの治療を受ける。

「無茶をするな」
「すみません、義信さん。でも、見せておきたかったんです」
「見せておきたかった?」
「はい。俺の意思を」

 俺はこの中で一番野球が下手くそだ。だが、根性はここにいる誰にも引けをとらないつもりだ。
 根性プレイなど今時、流行らないと思う。だが、これが俺に出来る精一杯のプレイだ。
 俺は鼻血が止まったことを確認し、俺はキャッチャーボックスへ戻る。呆然としている仙石さんに俺はボールを投げ返した。

 問題はここからだ。
 次は九番打線。つまり、次からはまた一番打者となる。
 一番から四番が外国人助っ人選手を投入しているので、クリーンナップにまわる前に、ここでバッターを抑えておきたい。
 九番の打者も外国人助っ人選手だが、不調な仙石さんでも打ち取る可能性は高い。

 俺はサインを出す。
 仙石さんは大きく振りかぶり、足を振り上げ……投げた。

 パシュ。

「ストライク!」

 ボールはミットのど真ん中に投げ込まれた。
 俺はボールを仙石さんに投げ返す。
 今度のサインは……。

「おい、ちょっと待て! こっちに来い! 藤堂の孫」

 俺は肩をすくめ、仙石さんの元へと歩いて行く。
 要件は分かっている。俺のサインが気に入らないのだろう。
 俺がマウンドにつくと、仙石さんは俺の襟首を掴んだ。

「なんだ、あのサインは? ナメてるのか? 全部ストライクだと? ふざけるな!」

 仙石さんの剣幕にみんなが集まってくる。

「おいおい、喧嘩か?」
「うまくいってたじゃねえか。なに、怒ってるんだ?」
「いや、さっきからストライクしか投げてないだろ? 作戦か?」

 各々が好き勝手に意見を言い、収拾がつかない。この事態の原因は俺だ。
 それならば、俺の意思を伝えよう。試合に勝つために。

「みなさん、聞いてください。お願いしたいことがあります」
「お願い?」

 俺はみんなを見渡して、頭を下げた。

「現状ですが、仙石さんのカーブもスライダーもストライクに入りません。ですので、全部ストライクに投げてもらっています」
「おい、お前は俺がノーコンだと言いたいのか?」

 俺は至近距離で仙石さんと睨み合う。目をそらすわけにはいかない。
 ここで目をそらしたら、全てが終わりだ。
 キャッチャーとしての信頼を勝ち取るには、一歩も引くわけにはいかない。

「いいえ。ビビっているんです。俺も仙石さんも」

 仙石さんは無言で俺を殴りかかった。俺は真っ直ぐに仙石さんを見据える。
 俺の頬に当たる直前、仙石さんの手が止まる。榊原さんが止めてくれたのだ。
 榊原さんはウインクしてみせた。
 俺は心の中で榊原さんに感謝しつつ、ハッキリと伝える。

「事実です。初回にあれだけ打たれれば、ビビりもします。ですから、仙石さん。俺が信じられなくても、三田村さんを信じて、俺にストレートを投げてくれませんか?」
「三田村を信じてだと?」

 怪訝そうな顔をしている仙石さんに、俺はあることを伝える。

「そうです。俺は試合前に三田村さんに連絡し、アドバイスをいただきました。もし、仙石さんのカーブが入らなければ、ストレートで自信をつけさせろって。だから、仙石さん、ストレートを投げてください。打たれても、俺やみんなが守りますから」

 そのために、俺は無理なファールフライを全力でキャッチしたのだ。
 文字通り、体を張って止める。そのことを仙石さんに伝えるために。

「そうだぜ、仙石! きっちりおさえてやるからよ!」
「絶対に抜かせねえ! 後ろは俺達に任せろ!」

 流石は『青島ブルーフェザー』のメンバーだ。勝ち気でいらっしゃる。
 四点はとられたが、まだ、四点だ。試合をあきらめる点数ではない。
 特に『青島ブルーフェザー』にとっては。

「ヘイヘイ! マダサクセンカイギデスカー! イイカゲンニシテクダサイ!」

 待たせている助っ人の外国人に、ファーストの市原さんが中指を立てて答えた。

「てめえをストライクで討ち取る作戦をしてるんだ。ちっとは静かにしやがれ!」
「ワッツ!」

 もうこれ以上、長引かせるわけにはいかない。俺は仙石さんの耳元で囁く。
 仙石さんは俺の提案に目を丸くし、呆れたように笑っていた。

「さっきと言ってることが変わっているだろうが」
「状況を見て提案しただけです。さっさと終わらせましょう」
「了解だ。藤堂の孫」

 お互いのグローブを重ね、みんなが守備位置に戻る。
 今のところ、ワンナウトワンストライク。次のボールは決まっているので、サインは必要ない。

「ヘイ、ボーイ! オレタチヲストレートダケデオサエルナンテ、ナメテルノカ? ウタレタコト、ワスレマシタカ~?」

 相手は挑発してくるが、ガン無視だ。仙石さんは一息ついた後、ゆっくりと振りかぶる。
 いざ、勝負!
 仙石さんの投げた球に、相手はフルスイングするが……。

 カン。

「仙石さん!」
「正道!」

 打球はピッチャゴロで仙石さんの前へ転がる。
 仙石さんは俺にボールを投げた。俺はホームを踏んだままキャッチし、すぐさまファーストの市橋さんに投げる。

「アウト!」

 よし! 123のゲッツーだ!
 作戦はうまくいった。これでスリーアウト、チェンジだ。

「ウェイト、ウェイト!」

 ベンチに戻ろうとしたら、相手の選手に呼び止められた。

「ナンデスカ、イマノハ! ストレートナゲルイッタ!」

 そう、俺が仙石さんに要求したのはカーブだ。市原さんがストレートを予告し、相手はそれを信じてくれたので、裏をかいてカーブを提案した。
 ストレートを要求していたのに、カーブを指示したものだから、仙石さんは呆れていたわけだ。

 だが、俺の選択は至極当然の事だと思ってる。
 カーブはストライクゾーンに入らなくても、相手がバットを振ってくれるのなら別だ。くそ真面目に投げてやる道理はない。
 俺達の作戦はうまくいき、一気に二つのアウトを取ることができた。ハッキリ言って上出来だ。

「だから?」
「ダカラストレートナゲロ!」
「気が向いたらな」

 まだ相手は叫んでいたが、俺達は無視した。

「そういえば、仙石さん。俺のこと、名前で呼んでくれましたね」
「……あそこでいちいち藤堂の孫なんて言えるか」

 だよな。もし、律儀に藤堂の孫って叫んでいたら、吹いてボールを落とすところだった。
 面倒ならフツウに名前で呼べばいいのに。
 俺は苦笑しつつ、ベンチに戻った。



 一回裏。
 今度は俺達の攻撃だ。
 マウンドには助っ人の外国人が投球練習を始めた。先ほどの九番の男だ。

「おおっ!」

 速い!
 あれは、百四十か五十は出てないか?
 前回は打者だけ助っ人を呼んでいたが、今回はピッチャーもお呼びのようだ。
 黒人のピッチャーで、筋肉がしなやかだ。無駄な筋肉はなく、目つきも鋭い。
 黒人のスポーツ選手を見ると、日本人との違いを見せつけられた気分になる。
 しかも、試合中にガムを噛むか? 試合中にガムを噛む理由が理解できない。

 仙石さんのMAXで百四十そこそこだ。あのピッチャーは確実に仙石さんよりも速い球を投げる。
 二球目は……。

「うぉ! フォークかよ!」

 フォークとは、直球と同じ軌道から急激に縦に落ちるボールだ。しかも、角度がエグい。
 あのピッチャーは速球からの落ちるボールなので、ストレートと見分けが付きにくい。
 フォークを見せたのは。先ほどの意趣返しかもな。
 打てるものなら打ってみろって挑発してきやがった。

「頼むぜ、先駆け特攻隊長!」
「任せとけ!」

 市原さんが意気揚々とバッターボックスに向かう。
 点差は四点。七イニングスゲーム制だ。この回、一点でも返しておきたい。

「カモ~ン! ゴートゥーヘル!」

 ピッチャーはひとさし指でくいくいっと挑発してくる。市原さんはバットを観客席に向ける。
 ホームラン予告だ。
 お互い火花を散らし、勝負の時を待っている。
 ピッチャーが大きく振りかぶり、ボールを投げた。

 カキーン!

「ワッツ!」

 ボールは左中間を抜けていく。余裕のヒットだ。
 仙石さんにやられたことをやり返してくれたのだろう。流石は市原さん。男気がある。

「よっしゃ! 市原に続け!」

 市原さんのヒットにベンチがわく。次の打者、県さんがバッターボックスに入る。

「Miracles do not happen many times!」
「なに言ってるんだ、コイツ?」

 奇跡はもう起こらないみたいなことを言っているのだろう。
 奇跡? それは違う。
 ピッチャーが大きく振りかぶり、ボールを投げた。

 カキーン!

「……」

 今度は言葉も出ないようだ。連続ヒットでベンチは盛り上げっている。
 これは別に驚くような結果ではない。
 もちろん、奇跡でもない。我が『青島ブルーフェザー』は超攻撃型のチームなのだ。
 ここにいるみんなはバッティングセンターで百五十をホームランボードに当てることが出来る。
 身体能力だけなら、プロにも負けない。野生の勘でバットにミットさせることが可能なお人達なのだ。

 俺達の快進撃は止まらない。
 この回、お返しとばかりに四点をとり、ツーアウト二、三塁。
 九番の俺に打席が回ってきた。

「頑張りなさいよ、正道!」
「これで逆転だ!」
「兄さん、打ってください!」

 女、信吾さん、上春……期待しているところ、悪いんだがな……。

「ストライク! バッターアウト!」

 三球三振で終わってしまった。

「正道! なにやってるのよ! 根性足りないんじゃない!」
「ドンマイ、正道君!」
「ドンマイです、兄さん!」

 当然の結果だよな。
 俺には野生の勘も練習量もみんなには遠く及ばない。三球目に投げてきたフォークには全く手が出なかった。
 せっかく菜乃花に提案された午前中のアレも全く実を結んでいない。

 人には向き不向きがある。背伸びをしても意味がない。
 俺はキャッチャーに専念すればいいのだが……本当にそれでいいのか?
 助っ人の外国人は五人。その五人を完全に抑え込む事は不可能だろう。
 だったら、一人でも戦力が必要なはずだ。
 俺はもう傍観者ではいられない。今までは控えの捕手だったが、今日は違う。
 俺もみんなと一緒なんだ。
 あのピッチャーの球を必ず攻略してみせる。応援に来てくれた家族のためにも……。
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