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六章

六話 負けるのが嫌いなんです その三

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 午後は予定通り、義信さんの指導の下、キャッチャーの練習をした。
 フットワーク、一塁、二塁、三塁への送球練習、キャッチャーフライの練習、ワンバウンドの捕球練習……様々な練習をしたのだが……。

「あっ……」

 送球を失敗したり……。

「くっ!」
「握り替えが遅いし、送球が低いぞ! ピッチャーに当てる気か!」

 盗塁対策で二塁への送球が低かったり……。

「……」
「バンザイしてるんじゃねえぞ! 死ぬ気で取りに行け!」

 キャッチャーフライを取り損ねたり、散々だ。俺が強と練習していたのはキャッチングだけだ。
 思いのほかというか、当然というべきか、キャッチャーはやることが多く、どれをとっても大変だ。
 練習をサボっていたツケがまわってきたワケだ。
 不味い……このままだと、足を引っ張ってしまう。俺のせいで、明日の試合、負けてしまう。
 せっかく、期待してもらっているんだ。頑張らないと……。

「正道、そろそろ休憩するか?」
「いえ! もっと、しごいてください! お願いします!」
「おおっ! 燃えてるな! よっしゃ! 付き合うぜ!」

 この後も練習を続けるが、一向にうまくなる兆しはなく……。

「もう一度、お願いします!」
「いや、正道。少し、休もうぜ。そんなに無理して詰め込んでも、うまくならないぞ」
「お願いします!」
「……っしゃ! やってやろうじゃねえか!」

 くそ! どうしたら、失敗せずにすむんだ!
 何回も同じ失敗ばかりしやがって! バカなのか、俺は!
 くそ! くそ! くそ!

 失敗ばかり重ねてしまい、俺は焦っていた。
 完全に足を引っ張っている。俺だけが目に見えて下手くそだ。相手に穴だと思われる。
 悔しかった……。
 ロクに練習していないのだから、当然だと分かっていても、ここまで出来ないヤツだったのか俺は……と思ってしまう。

 焦りは失敗を呼び込み、同じミスばかり繰り返す悪循環から抜け出せない。
 チームメイトの目が期待から、哀れみになっていくのが分かる。
 面倒見の良さから、ただ下手くそに付き合わせるだけになってきている。
 恥ずかしくて、情けなくて、ここから逃げ出したい……。

 けど、逃げた場所に何があるというのか? 何が待っているのか?
 だったら、少しでもうまくなることを考えろ! 努力を積んでいくしかないんだ。
 下手な俺に出来る事なんて、それくらいしかないだろ?
 俺は萎える気持ちに活を入れ、歯を食いしばり、練習に打ち込んでいく。



「もう一度、お願いします!」
「……いや、正道。もう、暗い。やめておこうぜ」

 あっという間に時間が過ぎ、日は地平線の彼方へと沈もうとしていた。
 もう、終わったのか? くそ! 全然、うまくなった気がしない! それどころか、無駄な時間を過ごした気がする。
 何の成果も手応えもなかったことに、疲労感だけが押し寄せてきた。
 みんなに手伝ってもらったのに、逆に練習の邪魔をしてしまった。今日は調整だけだったのに、最後まで付き合わせてしまった。
 期待に応えることが出来なかった……。

「みなさん、すみません。練習に付き合ってもらって」

 俺は顔を見られたくなくて、深く頭を下げた。
 みんなは嫌な顔一つせずに笑ってくれた。それが余計に心苦しかった。

「い、いいんだって! 明日の試合、絶対に勝つぞ!」
「ったりまえだ! 大船に乗った気でいろ! 絶対に雪辱を果たす!」

 ああっ、励まされているんだな、俺は。自分が足手まといだと再度自覚してしまい、気分が暗くなっていく。

「……そのすまないな、正道君」
「「「おい!」」」

 榊原さんに謝罪され、俺は自分を恥じた。
 何をやっているんだ、俺は。みんなが気を遣ってくれたのに、ガキみたいに拗ねて、優しい言葉をくれくれみたいな態度をとって。
 ああっ! くそ!

「ま、まあ、気にするな。俺達大人の事情に巻き込んで悪かったって言いたかっただけだ。夜子沢のことは気にしないでくれ」

 とってつけたような言い訳に聞こえたが、俺は問いかけることはしなかった。ここで問い直すなんて女々しいこと、出来るわけがない。
 それにしても、つくづく三田村さんはすごいなと思い知らされる。我の強い選手をまとめ、きっちりと仕事をしているんだから。

「今日はここまで。練習時間を予定よりオーバーしたが、今日はゆっくりと寝て、明日に備えてくれ。解散!」
「よっしゃ! 飲みに行くか!」
「明日にしろよ。祝勝会で浴びるほど飲めばいい」
「残念会にならなきゃいいけどな」
「なにを!」

 みんな気負いしてないな……俺は不安で仕方ないのに。
 どうしたら足を引っ張らずに済むのか? 下手くそでも失敗しないようにしなければ……そうしないと、また……。
 みんなは近くにいるのに、集まって仲良くやっているのに、俺だけ一人でみんなと距離を感じる。
 答えが見つからないまま、グラウンドの整備をする。

「なにシケた顔してるのよ。ったく、寒空の下、レディを待たせるなんて」
「……生まれつきだ、この顔は」

 菜乃花は不機嫌丸出しの顔で俺を睨みつけている。
 ずっと思っていたのだが、なんで菜乃花はここに来たんだ? 家族で遊びに行けばいいのに。
 総次郎さんに恨まれるのは俺なんだぞ。ただでさえ、厄介なことになっているのに、面倒を掛けるなよ。

「「「お姉様、お疲れ様です!」」」
「ご苦労。帰っていいわよ」
「「「お姉様に礼! 失礼します!」」」
「……」

 な、なんだ今のは……。
 あれってみんなが連れてきた子供だよな? なんで、菜乃花になついて……いや、従っているんだ?
 ドン引きしたぞ。

「暇だから調教……仲良くなっていたのよ」
「ありえんだろ。お前、今、調教って言いかけたよな? 言ったよな?」

 やめろよな、おい。
 子供達になにかあったら、俺がヤキを入れられるんだぞ。伝説の男達なんだぞ、あのお方達は。
 元総長だったり、特攻隊長、百人斬り……いろんな逸話のあるお方達だ。今は現役を引退しているが、強さは全く衰えていない。
 一人でも化け物なのに、九人いたら手がつけられん。
 強は毒されていないだろうな。

「……あんちゃん、お疲れ」

 ふぅ……強は大丈夫みたいだな。何の変わりもなさそうだ。
 もし、強が毒されていたら、俺は命を賭けて菜乃花に戦いを挑まなければならなかった。

「よし、帰るか」

 義信さんの一声に、俺達は帰り路につく。その前に、俺は仙石さんに声を掛けた。

「仙石さん。また明日」
「おう、藤堂の孫。明日、楽しみにしてるぜ」
「……期待に応えるよう、頑張ります」
「頑張ってどうにかなるのか? 踏ん張れよ、藤堂の孫」

 踏ん張れか……。
 相変わらずブレないな、仙石さんは。呆れるよりも笑ってしまった。

「さあ、帰ろうか、正道」

 義信さんが来たことで、俺と菜乃花、強と四人で夕暮れ時の帰り道についた。



 長い影が道を覆い、冬の冷たい風が吹き付ける。
 義信さんの左手には強の右手が、強の左手を菜乃花の右手が握っている。お互いの手を握り、そのぬくもりはさぞや暖かいだろう。
 俺は三人の後ろを歩いていた。
 考えていることは明日の試合。俺はどこまで役に立てるのだろう?
 足を引っ張りはしないか? どこまでチームに貢献できるのか?
 最善を尽くすには……。

「正道、辛気くさい顔してないでさっさと来なさいよ」

 どうして、前にいるお前が俺の顔色を知っているんだ。俺は自分でも眉間にしわが寄っていることに気づく。

「元々の顔だ」
「おじいちゃんもそうだけど、どうして、藤堂家ってこうも辛気くさいの? もっと笑えば、可愛いのに」

 可愛いわけないだろ。
 特に義信さんは四十年以上、青島の不良や犯罪者と渡り歩いてきたんだ。可愛かったら、まずナメられる。
 厳ついくらいがちょうどいいのだ、俺も義信さんも。

「……アンちゃんも義信さんも格好いいと思う」
「「……」」

 なぜだろうな。身内びいきだと分かっていても、つい顔がにやけてしまう。
 強、本当にいい子だ。

「私も強と正道はいい子だと信じている。正道、明日は頼む」

 おおう……プレッシャーが半端ない。今日の練習を見ていたはずなのに、どこに信頼する要素があるのか……。
 もちろん、信頼に応えたい。応えたいのだが……現実は無情だ。
 積み重ねてきたものが物を言う。
 頑張ったけど、結果が残せなかった。こんなはずではなかった……そんな言い訳が通じるわけがない。

「もう、おじいちゃん! 空気読んで!」
「フッ……冗談だ」
「「……」」

 俺と菜乃花は思わず顔を見合わせた。
 ここ、笑うところか? 笑った方がいいのか?
 アイコンタクトで俺と菜乃花は語るが、答えが出てこない。

「おじいちゃんはアンちゃんに期待してないの?」
「正道に期待していることは勝ち負けに関係なく、野球を楽しんで欲しい事だ」

 勝ち負けに関係なく、楽しめか……。
 でも、やはり楽しめるとしたら勝つしか……。

「それなら勝つしかないわね。正道」
「空気読んでプレッシャーをかけないよう、義信さんに言ってくれたんじゃなかったのか?」

 菜乃花はにししっと笑いながら、俺に左手を差しのばしてきた。
 もちろん、俺はその手を握るわけがなく……。

「手、握らないと酷い目に遭わせるわよ。どんな内容か、知りたい? 私が今日仲良くなったお友達が正道に酷い目にあったって証言したらどうなるかな?」

 脅迫かよ。もちろん、屈するに決まっている。死にたくないからな。
 俺は菜乃花の手を握る。強よりも小さくて柔らかい手だ。
 それなのに、エネルギーに満ちあふれている。子供のパワーには驚嘆させられる。
 横一列に並んで帰る俺達。正月の夕暮れ時なので、誰もいない。
 世界には自分達しかいないって錯覚を覚える。家族だけの時間がそこにあった。
 まあ、たまにはこんな日もあっていいだろう。
 少しだけ憂鬱な気分が和らいでいくのを感じていた。

「ねえ、正道。今日の晩ご飯、なに?」
「おせちの残りだ」
「手抜きじゃない! 私、パスタが食べたいんだけど」
「悪いな。ウチはレストランじゃない。食べたきゃ、正月が終わってから作ってもらえ」

 気恥ずかしさからつい、憎まれ口をたたく。
 家族か……義信さんは俺がキャッチャーをやることを本当はどう思っているのか? 試合を成立させるだけの数あわせか?
 それとも、足手まといだと思っているのだろうか? 気を遣わせてしまっているのだろうか?
 くそ! 絶対に挽回してやる。

「……」

 俺は自分の事しか考えてなくて、義信さんや菜乃花の心配げな視線に気づくことが出来なかった。
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