上 下
417 / 531
六章

六話 負けるのが嫌いなんです その二

しおりを挟む
 俺はプロテクター、レガースをつけ、グランドの端にある投球練習場所までやってきた。すでに仙石さんがスタンバイを済ませている。
 俺は中腰状態で、マスクをつける。足は肩幅よりも広めにとり、目線は仙石さんに真っ直ぐ向ける。
 左わきを少し開けて、ミットをやや横に寝かせて構えた。
 キャッチングはボールの軌道に先回りしてミットを戻しながらキャッチするよう心がけている。
 この方法だと、たとえボール球でも最後は真っ直ぐにキャッチするように見せることが出来るので、ストライクをとれる可能性がある。
 俺は呼吸を整え、仙石さんから目を離さない。ストレートのサインを出す。
 俺の実力はどこまで通用するのか?
 最初の一球が勝負になる。

「いっけぇええ、正道! そんなヤツ、ぶっ倒しなさい!」

 菜乃花……野球はそんなゲームではない。恥ずかしいから黙っていてくれ。
 苦笑するチームメイト達の視線の中、仙石さんはゆっくりと腕を上げ……ボールを投げた。

 パシッ。

 と、捕れた……。
 流石に速いな。百二十前後か。本番は百三十はいくからな、仙石さんのボールは。
 もっと速くミットを動かさないとキツい。
 次はカーブだ。俺は一度ミットをおろし、構えなおす。
 仙石さんのカーブを俺は……。

 パシッ。

 ふう……これも一応捕れたな。まだ、反応が遅れている。強の球に慣れているせいか、まだコツがつかめない。
 もっと、シャープにいかないと……。

 最後はスライダーだ。
 仙石さんのスライダーは真下に落ちる。ここで大切なのは、ミットを上にしてキャッチングするとボールとして判断されることだ。
 だから、ちゃんとキャッチングしないと……。
 ミットをおろし、構えなおす。
 仙石さんのスライダーを俺は……。

「くっ!」

 ボールが手前でバウンドし、俺は膝を閉じながら地面につけ、体全体でボールを止めにいく。
 ボールはプロテクターに当たり、跳ねたボールを地面につく前にキャッチする。

「ふう……」

 なんとかキャッチできたな。
 冷や汗ものだが、これならいける……。
 俺は自信をつけ、この後も仙石さんのボールをとり続けた。



「……よし、それまで」

 十球近くボールを捕った後、義信さんがストップをかけた。
 特に問題はなかった……と思う。三球目のスライダーだけ取り損ねそうになったが、他はちゃんとキャッチングできた。
 みんなの反応は……。

「おおっ! 全然問題なくてびっくりしたわ!」
「流石は俺の弟子!」

 好反応だな。安堵のため息が出てきた。
 どうでもいいが、榊原さん、勝手に弟子にしないでください。
 バイト先の店長だからって、贔屓ひいきにするのはやめてほしい。恥ずかしい。
 仙石さんは特に文句を言わない。だが、余計に気になる。
 仙石さんと三田村さんはよく言い合っていた。長年バッテリーを組んでいるのに、それでも、いろいろと意見を言い合い、試行錯誤していた。
 まあ、たった一日の臨時のバッテリーなので、言っても無駄だと思われているのかもしれない。
 そんな風に思われるのは当たり前なのに、落ち込むのは自意識過剰だな。たかが強とキャッチボールしていただけなのに。
 けど、期待されるよりはマシか。勝手にできるヤツだと思われても、迷惑だ。
 それなのに……。

「どうだ、仙石」
「……別に」
「なら、正道をキャッチャーとして明日つかう。正道、いいな?」

 俺は黙って頷く。例え素人に毛が生えた程度でも、力になれる事なら全力で協力したい。
 気合いを入れるため、キャッチャーミットに拳を叩きつけた。

「練習を始めるぞ。正道、午前中は仙石と一緒に練習してくれ。午後はキャッチャーの基本的な動きを練習する。他のメンバーは明日に備えて、かるく練習して終わりにする」
「「「応!」」」
「遅くなったが、あけましておめでとう。明日、試合に勝って、信念の景気づけといこうじゃないか。絶対に勝つぞ!」
「「「っしゃ!」」」

 全員のかけ声で空気が震え、青空に届かんとばかりに響き渡る。
 ここらへんは青島ならではだな。気合いの入り方が違う。
 そして、連れてきた子供達は誰もこの雰囲気を怖がらず泣いていない。それどころか、何事もなかったかのように、遊んでいる。

「おい、藤堂の孫。いくぞ」
「はい」

 俺と仙石さんは練習を開始した。



「……もういいぞ」
「えっ? もう終わりですか?」
「監督も言ってただろ? 明日は試合だ。かるくながすだけでいい」

 肩すかしを食らった気分だ。
 まだ十五球程度しか受けていない。気合いを入れていただけに、物足りない。
 仙石さんはそのままベンチに戻ってしまった。俺一人、ただ残されてしまい、呆然と立ち尽くす。
 やはり、仙石さんに認められていないということか。
 だが、仕方ないだろ? たった一日で築ける信頼なんてありはしない。
 俺は立ち尽くしたまま、動けずにいた。

「何情けない顔しているのよ」

 今度はケツを蹴られた。もちろん、俺を蹴るヤツなんてここには一人しかない。

「菜乃花、何か用か?」

 不満そうな顔をして俺を睨んでくる菜乃花に、俺はため息をつきたかった。

「発破掛けに来たのよ。やる気ないのなら、帰れば?」
「やる気だと? あるに決まってるだろ」

 バカにしてるのか、コイツは。
 流石にイラッとしたので、菜乃花に文句を言ってやろうと思ったが、菜乃花は仁王立ちして俺を睨み続けている。

「だったら、どうして、縮こまってるの?」
「縮こまる?」
「必要以上に気遣ってるって言いたいの。誰だってあんな他人行儀な態度とられたら、やる気なくすわよ。今のは明らかに正道の態度が悪い」
「……」

 俺の態度が悪いだと? そんなこと……ないわけないか。
 確かに菜乃花の言う通り、俺は仙石さんを腫れ物扱いしていたのかもな。
 年上だから、敬まなければならない。そのせいで態度がよそよそしかった。いや、言い訳だな。

 このチームの監督は義信さんだ。
 義信さんに迷惑を掛けたくないので、チームメイトに嫌われないよう、迷惑を掛けないように気を遣った。本気でぶつからなかった。
 それが、手抜きだと思われたのだろう。当たり前だよな。
 青島の不良は、今も昔も真っ直ぐにぶつかってくる。相手が本気かどうかは目を見たら分かる。
 そう、俺の気持ちなどバレていたのだ。

 仙石さんも、ここにいるみんなが明日の試合、本気で勝ちにいっている。それなのに、俺は勝ちたいと思っていても、勝ちにいく気迫がなかった。
 俺は……手抜きをするどころか、本気で勝つ気がなかったんだな……。

「格好悪いわね、正道」
「全くだ」

 言い返す言葉もない。情けないな、俺は。

「……そんなことない。あんちゃんは格好いい」

 いつの間にか、強が菜乃花の隣に立っていた。
 強はいつもの無表情だが、少し怒っている気がする。
 なぜ、強が怒っているのか? それはきっと……。

「ありがとな、強」

 俺は強の頭を撫でる。
 そうだよな……兄貴がバカにされたら、弟はムカっとくるよな。
 俺は目をつぶり、考えてみる。
 俺が出来る事……チームのために出来る事……それは……。

「菜乃花もありがとな」

 俺は一度ベンチに戻る。俺が出来る事を全て出し切ろう。そして、二人に格好いいところ、見せないとな。
 俺のために行動してくれた、期待してくれている人のために頑張るんだ!
 そして、明日の試合、必ず勝つ!

「男って身体がでかいだけで、臆病よね。世話が焼けるわ」

 菜乃花のありがたいお言葉を背中に受けつつ、俺は闘志を燃やしていた。



「仙石さん、ちょっといいですか?」
 
俺はグラウンドでストレッチしていた仙石さんに話かける。仙石さんはけだるそうに俺を睨んでくる。

「なんだ?」
「もう一度、お願いできますか?」
「……」

 仙石さんは俺の目をじっと見つめてくる。俺は真正面からその視線に向き合った。
 俺は本気で仙石さんを睨みつける。断れば、力尽くでも従わせてみせると意気込みながら。
 お互い、じっと睨み合った後……。

「……準備しろ」

 仙石さんはもう一度、俺にチャンスをくれた。
 ここからだ。名誉挽回ではなく、チームが勝つために……。
 仙石さんと俺は所定の位置に着き、俺はミットを構える。仙石さんはゆっくりと腕を振りかぶって……投げた。

 パシッ!

 俺は仙石さんのストレートを難なくキャッチングする。

「……」

 俺は仙石さんにボールを投げ返す。ミットはそのまま仙石さんに向ける。
 仙石さんは大きく振りかぶり、もう一度ストレートを投げた。

 パシッ!

「……」
 
 あの人の言ったとおりだ。少しコツが必要だが、修正はできる。
 俺はボールを投げ返し、ミットを構える。ミットを広げ、ピッチャーに見せるような位置をキープする。
 今まで一球ごとに一度、気持ちを切り替えるためにミットを下げてたからな。そのクセを出さないようにするのは面倒だな。
 今度の投げ込みは三十球まで及んだ。



「藤堂の孫、猿まねして楽しいか?」

 一通りボールをキャッチングした後、仙石さんが俺に話しかけてきた。
 流石は仙石さん。俺のやっていたことがすぐに分かったらしい。
 俺は仙石さんに自分の意思を伝える。

「俺は本気ですから」
「本気だと?」
「ええっ。本気で明日の試合に勝ちにいきます。だから、三田村さんに電話しました」

 俺は菜乃花に注意された後、三田村さんに電話した。三田村さんにキャッチャーとしてのアドバイスをもらうためだ。
 三田村さんは最初、怪我をして申し訳ないと謝ってきた。俺達は明日、三田村さんの分も大暴れすると伝えると、笑ってくれた。
 その後、三田村さんからいろいろなアドバイスをもらった。

 仙石さんにボールを投げるときのコツ、ミットの構え方等、いろいろと教えてもらった。
 仙石さんが気持ちよくボールを投げてもらえるよう、キャッチングの方法を学び、強に投げてもらって感覚を学び、仙石さんにボールを投げてもらったわけだ。
 キャッチャーの仕事の一つに、ピッチャーをリードし、思いっきり投げてもらえるよう配慮することがある。
 だから、三田村さんに相談したわけだ。

「アイツ、元気だったか?」
「ええっ。足を折ったそうですが、今すぐ退院したいってぼやいていました。それと、勝って欲しいと言われました。俺は三田村さんの想いも背負ってここにいます。それと、もう一つ……」
「もう一つ?」

 俺が明日の試合に勝ちたい理由。それは……。

「負けるのが嫌いなんです」

 この一点につきる。夜子沢なんかに負けたら、今年は厄年になりそうだ。
 去年は負けたから、厄年だったしな。ハーレム騒動とか、同性愛騒動とか家族の問題とか、数えたらきりがない。
 今年は厄介な事件は起こらないで欲しいんだ。家族のことで手一杯だしな。

「生意気言ってるんじゃねえ、藤堂の孫が」

 仙石さんは不機嫌な顔をしているが、なぜか笑っているような気がした。
 俺は遠慮なく仙石さんに要求する。

「それと、藤堂の孫は止めてください。義信さんの孫って呼ばれるのは光栄ですが、俺には正道って名前があります。名前で呼んでください」
「……明日の試合次第で呼んでやるよ、藤堂の孫」

 名前で呼ばれたかったら結果を出せって事か。
 仙石さんはその場から去って行く。
 まあ、言質はとったし、お言葉通り結果で示すことにしよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。

ねんごろ
恋愛
 主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。  その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……  毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。 ※他サイトで連載していた作品です

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

ご褒美

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
彼にいじわるして。 いつも口から出る言葉を待つ。 「お仕置きだね」 毎回、されるお仕置きにわくわくして。 悪戯をするのだけれど、今日は……。

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...