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四章

四話 教えてくれただろ? 当たるじゃないか その一

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「ごちそうさま、正道君。いつもありがとうね」
「美味しかったよ、正道君。やはり、冬は鍋だね。お酒も美味しかったし」
「お粗末様です」

 晩ご飯は総次郎さんと信吾さんにはご好評いただけたようだ。
 本当は三日目の晩に鍋をする予定だった。
 俺の計画では正月一日目はおせちとありあわせで過ごし、二日目は大晦日のスーパーで安売りしていた食パン、昼はおせち、晩はカレー。
 三日目は朝はおせち、昼はカレーでもたせ、晩は余り物で鍋でいくつもりだった。
 青島のスーパーは三が日は休みなので買い出しが出来ず、計画的に食材を使うつもりだったが、致し方ない。

 これが俺の策だった。
 鍋で女と菜乃花を物理的に距離を開け、尾上家と上春家の親睦を深めることが目的だ。
 古都音さんから、お酒の席は場が和やかになるとアドバイスと鍋ならお酒にあうと楓さんの意見を取り入れ、策を練り上げた。
 効果はあったようで、信吾さんと総次郎さん、義信さんがお酒を飲みながら親睦を深め、楓さんと古都音さんが女と雑談で楽しく会話し、和やかな雰囲気で鍋と酒を楽しめただろう。
 
 菜乃花に関しては事前に強にお願いして、菜乃花が退屈そうなら声を掛けて欲しい事を了承してもらっていた。
 菜乃花と上春はあまり仲良くなれなかったが、強とは喧嘩せずに鍋をつついていた。
 とは言っても、強はあまりおしゃべりしない方なので、すぐに会話は途切れたが、それでも、菜乃花は満足げだった。

 さて、ここまでは順調だ。問題は起きていない。ただし、問題を先送りにしているだけだ。
 だから、ここいらでここにいる全員が気兼ねなく正月を過ごせるよう、更に親睦を深める必要がある。
 特に菜乃花と女が仲良くとはいかなくても、喧嘩しないよう対策をたてておきたい。

 俺は信吾さんに視線を送る。
 信吾さんは任せてと言いたげに首を縦に振り、立ち上がった。

「皆さん、報告があります! もうご存じとは思いますが、僕、上春信吾はここにいる藤堂澪さんと結婚をします! つまり、ここにいる全員と家族としてお付き合いさせていただくことになります!」
「冗談じゃないわ。認められるわけないでしょ? 裏切り者は上春家に嫁ぐわけだし、尾上家と藤堂家には関係ないじゃない。どこへでも好きに生きればいいわ。でも、二度と私達の前には現れないでね。その方がお互いの為でしょ?」

 菜乃花が吐き捨てるように辛辣な言葉で信吾さんの意見を否定する。だが、菜乃花の意見は予測ずみだ。
 信吾さんは笑顔で菜乃花の意見を受け流す。

「そうはいかないよ。菜乃花ちゃんの言っていることはただの逃げだ。キミのお母さんと澪さんは姉妹なんだよ。結婚したからといって、その事実は変わらないでしょ? なら、いがみあうよりも、仲良くした方がいいと思わない?」
「ありえないわ。仲良くなんて無理よ。あんた、正道の事、考えた事があるの? 自分の事しか考えていないんじゃないの?」
「もちろん、考えているよ」
「嘘よ!」

 菜乃花は立ち上がり、信吾さんを睨みつける。
 義信さんも楓さんも古都音さんも二人のやりとりに口を挟まない。黙って成り行きを見守っている。

「正道はね、そこにいる女に捨てられたわけ。お分かり? 母親のくせに、正道を切り捨てたのよ! ありえないでしょ、そんなこと! そんな外道と一緒に仲良くなんて無理に決まっているでしょ!」
「無理じゃないよ」

 菜乃花は黙り込んでしまった。信吾さんが即答したからだ。
 ゆるぎない真っ直ぐな瞳で信吾さんは菜乃花を見据えている。
 信吾さんの雰囲気に菜乃花は飲まれていた。

「僕は絶対に正道君の誤解を解いて、澪さんの仲違いをやめさせる。でも、無理矢理仲を取り持つんじゃなくて、正道君が納得いくまで話すよ」
「無駄よ。正道は絶対に許さないわ」
「なら、許してもらうまで話すよ。たとえ、何年かかってもね。それが家族になる事だと僕は思っている。逃げるつもりはないから」

 ストーカーかよ、こいつは。そう思いつつも、どうしてだろうな、憎めないのは。
 俺は菜乃花の言ったとおり、今でも女の事が許せない。でも、逃げてはダメ……なんだよな。
 嘆いていても仕方ない。文句なんてまだまだ言い足りない。
 でも、それでも、信吾さんとなら、やれる気がしてくるんだよな。この気持ちを何て表現していいのか分からないが、悪い気はしない。

「菜乃花ちゃんも手伝ってくれないかな? キミも知っていると思うけど、正道君は石頭なんだ。一人よりも二人の方が出来る事があるでしょ? 僕達の目的は同じだし、手を取り合えると思わない?」
「私とあなたが同じ目的ですって? じゃあ、ご教授いただける? 私の目的って何?」

 信吾さんはニカっと笑いながら、告げた。

「正道君が一人にならないよう、みんなの輪の中に入れるようにすることだよ」

 菜乃花は大きく目を見開き、呆然としている。信吾さんは笑顔のまま、菜乃花の言葉を待っていた。
 菜乃花は……。

「……はあ……ちょっと違うけど、合格よ。いいわよ、付き合ってあげる。口先だけの男かそうでないか、見極めてあげるわ」

 菜乃花の挑戦的な態度に、受けて立つぞと言いたげに信吾さんは親指を立てた。
 こいつら……本人を前にして言いたい放題言いやがって。恥ずかしくないのか、己らは。

 ふと、俺は顔を横に向けると、女と目が合った。
 すぐに目をそらしたが、信吾さんが何かするたびに目が合うのは偶然だろうか? もしかしたら……いや、ありえないな。ただの偶然だ。
 自分の事を棚に上げ、俺をダメ人間のように扱う二人に何か言ってやりたかったが、黙ることにした。
 沈黙は金というしな。せっかくまとまっているのに、下手な弁解をして空気読めてないといわれるのはしゃくだ。
 最大の難関である菜乃花を攻略したことだし、後は信吾さんが用意したレクリエーションとやらを楽しむか。
 上春は上機嫌でニコニコしている。いい雰囲気だ。

「なあ、信吾さん。何かレクリエーションをするつもりなんだろ? そろそろ、何をするのか教えてくれないか?」

 このまま、流れに乗ってしまおう。今なら誰も文句を言うまい。
 信吾さんが考えたレクリエーションとは……。

「じゃじゃじゃーん! 人生ゲーム、ミレニアム エディション!」
「「「……」」」

 お、おい、冗談だろ……。
 俺……いや、俺達は目が点になってしまう。

 人生ゲーム。
 アメリカうまれのボードゲームで、その名の通り、人生の縮図をゲームで体験していく。
 全員がゴールした後、一番金を持っている者が勝者となる。人生を金で勝ちを決めるルールはある意味身も蓋もない。
 それにこのゲームは……。

「どうかしたの、みんな? もしかして、驚きのサプライズだった?」
「……ああっ、驚き過ぎて言葉もないぞ、信吾さん」
「喜んでくれて嬉しいよ……」
「ああっ、嬉しい……わけねえだろうが!」

 少しでも信吾さんを信じた俺がバカだった!
 俺は信吾さんを睨みつける。

「ど、どうしてさ?」
「いや、お前……その、なんだ……みんな仲良く遊べるか、これは? 大体このゲーム、六人までだろ? ここにいるのは十人だぞ? どうやって、みんなで遊ぶんだ?」
「トーナメント形式?」
「めちゃめちゃ時間がかかるだろうが!」

 このゲームは確か、一番短いボードでも一時間はかかるはずだ。
 トーナメントとなると、まず二組に別れて、その中で三人の勝者を選んで、決勝で優勝者を決めたとして、三時間か?
 正直、一日に何度もやるようなゲームじゃないぞ。疲れるしな。

「ひどいよ、正道君。フォローしてくれるって言ったじゃない。それにお正月だよ? すぐにみんなで遊べるゲームなんて用意できるわけないでしょ!」
「だからってこれしかなかったのかよ!」

 八つ当たりだって分かってる。
 俺が頼んだんだ、文句を言う筋合いはない。
 だけどな……。

「信吾君、正道。もしよければ、私に仕切らせてくれないか?」

 今まで事の成り行きを見守っていた義信さんが声を掛けてきた。
 義信さんが話しに入ってきたということは、何か考えがあってのことだろう。ここは義信さんの意見に従うのが吉だな。
 俺も信吾さんも義信さんの提案に頷いた。

「では、人生ゲームで一つ、賭けをしないか?」
「賭けですか?」

 賭け事を嫌う義信さんがそんなことを言い出すなんて驚きだ。
 俺達は黙って義信さんの説明に耳を傾ける。

「そうだ。まず、藤堂家と上春家、尾上家の三チームに分ける。そこから代表者を二名ずつ選出して競い合う。順位ごとに得点をつけ、チームの合計得点が一番高いものが勝者とする。優勝者には特典が与えられる」
「特典ですか?」
「そうだ。優勝者には尾上家がこの家に滞在する五日間、一つだけルールを制定することができる。そのルールに我々は従う。そういったルールだ」

 信吾さんと上春の笑顔が凍り付く。
 そりゃあそうだろう。和気藹々とした雰囲気を義信さんの提案のせいでぶち壊されたのだから。
 ただ、義信さんの意見に喜ぶ好戦的なヤツもいることで。

「へえ、面白そうじゃない。どんな命令でもいいの?」

 違うぞ、菜乃花。命令じゃないからな。ルールだからな。

「ちょ、ちょっと待ってください! えっ? たかが遊びで殺伐としちゃったんですけど!」

 信吾さんは異議を唱える。
 だろうな。ゲームに賭け事は普通の家族なら提案しないだろう。
 しかし、藤堂家は違うのだ。

「信吾君、確かにキミの意見は正しい。根気よく話をしていくのもいいだろう。だが、我々には我々のルールがある。自分の権利を主張したければ勝ち取れ、とな」
「なんてダイナミックな家訓なんですか!」

 上春は悲鳴を上げるが、青島育ちなら、ある意味当然の考え方である。
 逆に上春の考えが異端なのだ。

「私ももちろん、みんなと仲良くやっていきたい。だが、いきなり仲良くやれというのも難しい。そこで今の提案だ。例えば、信吾君。キミ達上春家が勝利して、我々に喧嘩せずに仲良くやろうともちかければ、出来る範囲で従う。もちろん、正道と澪を仲良くさせたいといったルールを作れば、私達はサポートさせてもらう。だが、我々藤堂家が勝った場合、尾上家と上春家が文句を言わず、仲良くするといったルールを作れば、キミたちには従ってもらう。どうだ? またとないチャンスだと思うのだが」
「それはそうですけど……正道君はそれでいいの? 無理矢理ルールを決められて、納得がいかないんじゃない?」

 信吾さんの問いに、俺の答えは……。
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