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三章

三話 譲れない想いがあるのなら、ぶつかってみろ その二

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 んん……。
 目を開けると、窓から西日が家の中を赤く染めていた。俺は大きくあくびをし、壁に掛かっている時計を見る。
 十七時か……コタツで寝ていたせいか、体が痛い……。
 体を起こすと、毛布が落ちた。
 これは……。

「おはようございます、兄さん」
「うおっ! う、上春か」

 コタツには俺だけでなく、上春も入っていた。上春は不機嫌そうな顔をしている。
 全く、まだ昼間のことを怒っているのか?
 普段はニコニコとあざといが、機嫌を悪くさせると、ねちっこいな。面倒くさい。

「兄さんの方が面倒くさいと思うんですけど」

 しかも、人の心を的確に読んで皮肉を言ってくるあたり、手に負えない。こういうときは自分の部屋でのんびりするにかぎる。
 俺は毛布をたたみ、上春に渡す。

「毛布、ありがとな」

 俺は上春に毛布を渡し、部屋に戻ろうとしたが、上春は何か思い詰めたような顔をしている。ただ、機嫌が悪いわけではなさそうだ。
 まったく、本当に面倒くさいな。
 俺はコタツに座り直し、尾上さん達がお土産に持ってきてくれたミカンに手を伸ばす。

「上春、何か悩み事か?」

 俺に声を掛けられたことが意外だったのか、上春は目を丸くしている。上春は頬を赤く染め、頬を膨らませながら手を差しのばした。

 俺は皮をむいたミカンの房と皮を渡す。上春はミカンについている白い筋を皮の上にのせ、一房ずつ食べる。
 俺は三つの房をまとめて口にする。みずみずしくて甘酸っぱい味が口に広がる。
 ミカンはお正月に食べても、いつ食べても美味いものだ。
 俺と上春は黙ったまま、ミカンを黙々と食べている。俺は上春が何か話すまで待ち続けた。
 上春はぼそっとつぶやく。

「……カルタ」
「?」
「……カルタがしたかったです」
「そうか……」

 会話、終了。
 いや、仕方ないだろ? 終わってしまったのだから。
 これ以上、俺に何を求めているんだ、上春は? したきゃしろよ、それが俺の本音だ。それの何が悪い。
 そう思っていたら、上春は頬を膨らませ、俺を睨んでくる。

 面倒くさいな、コイツ。まさか、買ってこいといいたいのか? 正月早々、パシらせるつもりか?
 いい度胸だ……といいたいが、仕方ないか。
 俺はため息をつき、元旦にカルタなんて売っている場所はあったかと考えながらコタツから出ようとしたとき、上春の手が俺の服をつまんだ。
 不安げに俺を見つめている。
 だから、どうしろというんだ?

「兄さん……どこに行くんですか?」
「カルタを買いに」
「……」

 上春はコタツのテーブルにちょこんとカルタを置いた。
 おい、本当に何がしたいのか、理解不能だぞ。
 まさか……。

「上春、カルタは読み手が一人必要だから、二人では……」
「知ってますよ、そんなこと! バカにしないでください!」

 だよな……。
 俺と上春は同時にため息をつく。お互い目が合い、つい笑ってしまった。

「そうじゃなくて……私、楽しみにしていたんです。お正月にみんなで仲良くカルタやゲームをして遊びたかった……」
「……やりたきゃやればいいだろ? 俺以外のみんなはは付き合ってくれるさ」
「どうして、兄さんは参加してくれないんですか?」

 俺が参加しない理由、それは……。

「いや、俺が参加したら勝っちゃうだろ? だとしたら、上春達は楽しめないじゃないか。それくらい分かっているつもりだ」
「えっ、そこ? そこなんですか! たかが遊びにどんだけ勝つ気満々なんですか! ドン引きなんですけど!」
「いやいや、やるからには勝ちにいくのが当然だろ? 俺には接待プレイは無理だ、上春」
「真面目な顔で何を言い出すかと思えば! 変なところで男らしい! もう、新年早々、空気読めていないです!」

 やかましい。大人げないとか言われなくないから参加したくないんだよ、この手の遊びは。
 遊びとはいえ、勝負なんだ。手を抜くのは相手に失礼だし、勝ちにいくのが当然だろ?
 それなのに文句を言われるのは納得いかない。

「はあ……兄さんらしいですね。でも、兄さんが参加しなくても見てくれているだけでもよかったんです。みんなで仲良く遊びたかったんです」
「上春、何を言っているのか分からないぞ。だったら、夜にでもみんなに言えばいいだろ? 正月は明日も明後日もあるんだ。信吾さんに言えば、二つ返事でOKをもらえると思うぞ」
「でも、菜乃花さんはいい顔しないです」

 なるほどな……。
 上春の言いたいことがようやく理解できた。みんな仲良くとはいかないよな。
 上春は悲しげにテーブルを見つめている。

「私……お父さんと澪さんの再婚が、兄さん以外であそこまで反対されるとは思ってもいなかったです。菜乃花さん、すごく怒っていました。端から見れば、私達が同じ家族になるのって非常識な事なんでしょうか? 当人と家族が納得すれば、それで家族なんだって思っていました。けど……菜乃花さんが激怒している姿を見て、私、怖くなったんです。私の考えは間違っているのかなって。世間では認められない事なのかなって」

 大げさな考え方だ……なんて言えなかった。
 潔癖症な人なら、子供をほったらかしにして男を作った女の行動に嫌悪を感じるだろう。
 子供を捨てたが、最後にはちゃんと迎えにきた母親に美談だと思う人もいるだろう。

 この件については、正しい解なんてものは存在しないと俺は思う。ならば、素直に感じたものを信じるしかない。
 俺としては菜乃花と同様の考えなのだが、それを上春に伝えてもブルーになるだけだ。

 俺はため息をついた。
 上春が気にしているということは、強も気にしているはずだ。強は人一倍他人の顔色をうかがうからな。
 菜乃花の父親、総次郎さんの話では、有給を一月四日にとっているので、今年は六日まで正月休みらしい。
 五日に帰る予定と聞いているので、それまでは藤堂家に宿泊するはずだ。

 厄介な事態になった。
 昼間のやりとりから、女と信吾さんが家にいることで、菜乃花は不機嫌になるのは目に見えている。居候の身としては、上春達は肩身が狭いだろう。
 正月なのに、ギスギスした雰囲気になるのは流石に見過ごすわけにはいかない。
 なんとかしなければ。

 俺は上春の指先を払うように立ち上がる。上春はキズついた顔を浮かべてこっちを見ているが、俺はあえて無視し、立ち上がる。
 部屋を出ようとして、背中を向けたまま、俺は上春に告げる。

「上春、世の中には絶対的な価値観なんて俺はないと思う」
「……それは私の考えが間違っているって事ですか?」
「そうとも言える。だが、正しいとも言えるよな? 正解なんてないんだから」
「それって……」

 上春はすがるように言葉を投げかけてくる。上春の視線を背中に感じながら、俺は上春に伝える。

「話し合えば分かり合えるんだろ? だったら、話してみろ。菜乃花は我が儘で計算高くて鬼のような性格だが、話が通じない相手ではない。譲れない想いがあるのなら、ぶつかってみろ」

 俺はそれだけを言い残し、リビングを出た。
 自分の居場所は自分で勝ち取るしかない。ならば、行動するべきだ。
 大切な事こそ、自分の力で解決するべきだと俺は思う。ただ、今回は俺だけが行動しても解決にはならないだろう。
 なぜなら、これは藤堂家、上春家、尾上家の問題だからだ。
 だから、俺は部屋に戻り、強がいないことを確認すると、早速電話した。

「もしもし、正道君? 珍しいね、正道君から電話を掛けてくるなんて。トラブルが発生したのかい?」

 流石に家族のことになると、ふざけるようなことはしないな。俺からの電話に信吾さんは何かを感じたみたいだ。
 それなら話が早い。俺は手短に要件を話した。

「……なるほどね。分かったよ。対策は考えてあるから」
「考えてある? その言い方だと、まるでこの事態が予測できていたような言い方だな」

 そんなわけないだろうが。格好つけやがって。
 そう思っていたのだが。

「そりゃ、お正月だもん。親戚や家族が集まる唯一の機会じゃない。それに、澪さんから妹がいるって聞いていたからね。澪さんの事情を知っている以上、親戚の集まりだと肩身が狭くなるって思ってさ」

 信吾さんがまともなことを言っていることに失礼だが驚きを隠せない。確かに、独り立ちした子供が親に会いに行く機会なんて、正月か盆くらいか。
 こういうとき、信吾さんはれっきとした社会人だって思い知らされるよな。そして、自分がまだまだ子供だって思い知らされる。

「なるほどな。確かに正論だ。だが、少しネガティブな考えじゃないか?」
「ははっ……会社をクビになったとき、親戚の集まりで肩身の狭い思いをしたからね。経験談だよ。ちなみに、そのときの僕の行動はひたすらご飯を食べてた。そしたら、親戚のガキがね、僕に言うんだよ。『職はないのに食欲はあるんですね。ぷっ! クスクス』って」

 鬼か、そのガキは。
 それに、ひたすらご飯を食べるって……友達がいない同窓会に行ったときの俺の行動そのものじゃないか。

 俺が女に捨てられ、俺は転校先の青島中学校で卒業したわけだが、青島中学に在籍していたのはたったの五ヶ月だった。
 二月は受験シーズンで学校にこなくてもいい日があったし、青島の公立校は三月一日に卒業式が行われていたので、学校に通っていた期間は少なく、親に捨てられたことを引きずっていたから友達を作る余裕もなく、ずっと一人だった。
 同窓会の案内があり、本当は行きたくなかったのだが、わざわざ転校生の俺に声を掛けてくれた同級生に、断りを入れるのは申し訳ないと思い、参加したんだよな。

 あのときは本当に気まずかった。何をしていいのか、分からないんだ。
 話す相手なんていないし、名前すらよく覚えていない。
 だから、とりあえず用意されていたお菓子をポリポリと食べていたのだが……って、そんな話はどうでもいい。

「俺に協力できることはあるか?」
「正道君が手伝ってくれたら鬼に金棒だよ。とりあえず、晩ご飯が食べ終わったら、僕がある提案をするから、正道君は同意してほしい」

 要はサクラをやれってことか? それは別に構わないのだが……。

「何をするつもりだ?」
「ちょっとしたレクリエーションだよ」

 レクリエーション? 具体的な内容を言えよな。
 少しの不安はあるが、信吾さんはやるときはやる男だと思っている。ここはあえて聞かずにおいてやろう。

「分かった。できるだけ協力させてもらう」

 俺は電話を終わらせた後、やるべきことを考えていた。
 レクリエーションをするって事は、藤堂家、尾上家、上春家全員の参加が必須となる。
 ならば、辞退しそうな尾上家、特に菜乃花を参加させる方法を考えておかないとな。
 手回しをするために、俺はまず古都音さんに話をもちかけた。
 古都音さんなら菜乃花を強制的にレクリエーションに参加させることが出来ると思ったからだ。
 古都音さんに全てを話すと。

「なるほどね。了解したわ」
「ありがとうございます」
「いいのよ、私も言い過ぎたと思ってたし。ねえ、一つ提案があるんだけどいい?」

 古都音さんの提案に、俺は少し考えこむ。古都音さんの言ったことを実行するのは難しいことではないが……まあ、いいだろう。
 俺は古都音さんの提案を了承し、必要な情報を聞き出した。

 義信さんと楓さんは挨拶回りをしているから、大体夕方頃……もうすぐ戻ってくるはず。
 二人が帰ってきたら、古都音さんの提案の件を含めて相談してみよう。
 二人なら、菜乃花と女が言い争いになったとき、止めに入ることが出来るからだ。この家一番の権力者の言葉なら、二人は従うほかない。

 今できる事は……テーブルだな。
 尾上家が来たことで人数が増え、今のテーブルでは大きさが足りない。これ以上大きなテーブルはないので、小さなテーブルを追加するか。
 正月早々、忙しくなりそうだ。
 俺は面倒ごとに巻き込まれたと思いつつも、何か面白い事が起きそうな期待を抱き、行動を開始した。
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