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二章
二話 だからだろうが! その二
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俺は菜乃花の激怒っぷりに、呆然としていた。
菜乃花はその場で立ち上がり、怒りを露わにしていた。
「正道! 絶対に許す必要なんてないからね! 分かっているわよね!」
「……あ、ああっ」
「何よ、その気の抜けた返事は! アンタだって腸が煮えくりかえっているんでしょ! 殴り飛ばしてでも追い返しなさい! 私が許すわ!」
菜乃花の発言に、総次郎さんは目を丸くしている。
「ひ、菜乃花。女の子なんだから、そんな過激なことを言ったらダメ。澪さんは正道君の母親なんだよ。親子が一緒に暮らすのは当たり前のことなんだよ」
「そんなこと言うお父さん、私、大嫌い! もう、口を利いてあげないんだから!」
「絶対に許しちゃダメだよ、正道君! 澪さんは親としてやっちゃあいけないことをした! すぐに許しちゃダメだよね!」
そ、即断で手のひらを返しやがった。プライドとかないのか?
すがすがしくて怒る気にもなれず、逆に笑ってしまった。
「何が可笑しいのよ、正道! アンタのことなのよ! 当事者が怒らないでどうするのよ!」
「いや……その、なんだ。嬉しかったんだ」
「嬉しい?」
俺は偽りのない本心を告げる。
「大抵の人は総次郎さんのように、よりをもどせ、仲直りしろって言われるんだ。菜乃花のように俺を擁護してくれる人はいなかったよ。ありがとな、菜乃花」
「……わ、私はただ、人としてあの女が許せないだけ! 人として当然の反応よ!」
初めて会ったときから思っていたのだが、お節介なヤツだな、菜乃花は。
顔を真っ赤にして、そっぽを向いている菜乃花を見て、そう感じた。
耳まで真っ赤にして恥ずかしがっている姿を見ると、男の気を引くための演技ではないことが分かる。
菜乃花がモテる理由を垣間見た気がした。
容姿としたたかさを兼ね備え、お人好しの性格と時折みせる隙に、男子は心を許してしまったり、魅力を感じるのであろう。
それ故、菜乃花はモテるわけだ。
「私が正道を幸せにしてあげる!」
俺の事情を知って、そんなことを言ってくれたのは菜乃花だけだった。
それがどれだけ救われたか。
だが、その後、地獄を見たわけだが。
「……正道君。キミはちゃんと姉さんと向き合うべきだわ。このままだと、お互い不幸になるだけよ」
古都音さんの一声に、場の空気に緊張感がはしる。
俺は思わず古都音さんを睨みつける。古都音さんは真っ直ぐに睨み返してきた。
古都音さんはあの女の妹だ。ならば、俺達が対立するのは当選の成り行きだ。
「もう、不幸になった。だから、これ以上不幸にならないためにも、俺達は離れるべきだ」
「でも、正道君が原因でしょ? 姉さんが離婚した原因は」
「ああっ、そうだ。俺が原因で両親は離婚した。俺が母親を追い詰めたんだ」
空気は更に重くなる。古都音さんからしてみれば、俺は姉を不幸にした、親不孝者だろう。
だが……。
「それでも……俺は謝ったぞ。何度も何度も謝ったんだぞ。けど、聞き入れてくれなかった。アイツは俺を……捨てた」
これが事実だ。
もちろん、自業自得だ。親父が再婚したとき、俺に謝罪をしてくれた。そして、別れの挨拶を告げられた。
仕方のないことだと思う。別れを告げられたとき、涙がこぼれたことも覚えている。
俺は取り返しのつかないことをしてしまった事をしてしまったと後悔し続けた。
それでも、健司とも……両親ともやり直せる日が来ることを願い、信じ続けていた。だが、それは夢物語だと思い知らされたんだ。
世の中は無常であまくないことをようやく実感できたんだ。
「でも、姉さんは正道君を迎えに来た。正道君に罵倒されようとも、お父さんやお母さんに怒られても、姉さんは貴方を迎えに来たのよ。その覚悟を無下にするの? 別れないでくれって懇願したんでしょ? だったら……」
「だったら、なんだ? 許せというのか? 許さなかったのはあっちだぞ? 俺の願いを断っておいて、アイツの願いは聞き入れというのは都合がよすぎやしないか? それに、俺の父親はもう再婚したんだ。もう、やり直せないんだ」
「そんなことない。きっとやり直せる」
「きっと? きっとだと……いい加減なことを抜かすな!」
適当なことを言いやがって!
何の根拠もない希望的観測を軽はずみに言いやがって! 所詮、他人事だと思っている証拠だ。
俺は怒りを古都音さんに叩きつける。
「やり直せるわけがないだろうが! アイツは別の男を連れてきたんだぞ! その男とやり直したいって言いやがったんだぞ! ふざけるな! 再婚なら俺の知らないところでしやがれ! 俺を巻き込むな! 俺はもう、振り回されるのは嫌なんだよ!」
なんで今になった俺の前に現れたんだ、あの女は!
諦めていたんだ……踏ん切りをつけていたんだ……なのに、どうして、立ち直れたと思ったときに現れるんだよ!
俺の視界の隅に、上春が映った。
悲しげな顔をしている上春を見て、俺は沸騰しかけていた頭が急激に冷えていくのを感じた。冷や水をぶっかけられた気分だだった。
ああっ……くそ!
もう、嫌なんだ。
上春を傷つけるつもりなんてない。でも、感情が抑えきれない。悪循環だ。
「ねえ、お母さん。悪いけど、私も正道と同じ意見。何様のつもりだって言ってやりたい。私でも、お母さんがお父さん以外の人を連れてきてやり直したいって言ったら、怒るわよ」
「菜乃花……」
菜乃花の言葉に一番感激していたのは総次郎さんだった。そりゃ、愛娘がここまで言い切ってくれたら感無量だろう。
俺はつい苦笑してしまった。
「完全に私は悪者ね。あなたも肩身が狭いわね」
古都音さんは上春に呼びかけ、上春はたははっと力なく笑った。
古都音さんはお茶をすすり、息をついた後、語り出した。
「私にはね、姉さんが正道君を捨てたとは思えないのよ」
「理由を聞いても?」
まだ、続けるのか……。
俺は気持ちを抑えながら、尋ねた。
ここで感情的になれば、堂々巡りになる。
俺としては口論になっても何の問題はないが、菜乃花や上春に罵り合う姿を見せるべきものではない。
見ていて不愉快にしかならないからだ。
「正道君は知っているわよね? 父さんの職業」
「警察官ですね。それが?」
「今は現役を退いているけど、父さんは少年課の刑事だったの。青島は特に激務だった。正道君なら理由は話さなくても分かるわよね?」
その問いは愚問としか言いようがない。骨身に染みてその解を知っているからだ。
「ええっ。青島は不良の聖地なんて不名誉な二つ名がありますから。凶悪な不良達と義信さんはずっと戦ってきました。古都音さんほどではないですが、俺も義信さんの背中を見て育ちました。尊敬しています」
不良を相手にしてきたから分かる。義信さんはすごい。
荒くれ者が集う青島で、義信さんは体を張って不良達を相手にしてきた。
俺のように二年ちょっとではない。何十年も相手にしてきたんだ。
命の危険にさらされたときもあっただろう。
それでも、義信さんは戦い続けた。俺はそんな義信さんを心から尊敬している。
古都音さんは俺の解を聞いて、苦笑いを浮かべていた。
「やっぱり、正道君は男の子よね。弱きを助け強きを挫く。男の子はヒーローが好きだけど、私達は女の子で、そんなことは父さんに望んでいなかったの。普通の父親がよかったのよ。授業参観や入学式、卒業式に来てくれて、GWやお盆には旅行に行って、お正月には家族と一緒にいたかった……でも、父さんはいつも、不良ばかり相手にして、私達家族をないがしろにした。私はいつも寂しかった。母さんは笑顔だったけど、時折寂しそうな顔をしていた。姉さんは、私達の代わりに怒ってくれたのよ」
気の強いあの女らしいと思った。女は義信さんを毛嫌いしていたが、なるほどな。
いろいろと納得がいった。
「姉さんは父さんが許せなくて、短大を出たらすぐに家を飛び出したの。姉さんはよく言ってたわ。私の子供には絶対に寂しい想いをさせないって。姉さんは正道君に優しくなかった? いい母親じゃなかった?」
「……優しかった。授業参観は必ず来てくれた。入学式、卒業式、運動会……必ず来てくれた……嬉しかったよ。でも、テレくさくて、来るなって言った記憶がある。どれだけ甘えていたんだろうな、俺は。父親も、母親も俺のことを愛してくれた。捨てられてやっと気づけたよ」
俺はバカなガキだった。
両親の愛情に気づかず、愛されて当たり前だと思っていた。
両親だけだった。
親友を失って、落ち込んでいた俺を支えてくれたのは。
温かいご飯を食べさせてくれた。おかえりと言ってくれた。
俺のことをいつも気にしてくれていた。
「それなら、やり直せるじゃない。きっと、大丈夫よ……」
「……だからだろ?」
「えっ?」
「だからだろうが! 愛されていたから! だから、辛いんだろうが! 俺を捨てるくらいなら、最初から優しくするな! 勘違いさせるな! ……頼むから、放っておいてくれ……」
一度はなんとか耐えられた。両親が別れたのは俺が悪い。
捨てられたのも自業自得だ。だから、一度は耐えられた。
だが、二度耐えられる気はしないんだ。
この世に絶対はない。親が子を捨てる、そんなことはありえるんだ。
もう、勘弁してくれ……俺はやっと、手にしたんだ……全てを失った俺が、最後にたどり着いた場所に、居場所があった。
義信さんと楓さんは俺を受け入れてくれた。この人達は信じられるって思わせてくれたんだ。
義信さんの正義感と強い信念が、楓さんの優しさと強さが、俺に憧れを抱かせた。二人のようになりたいと願った。
藤堂の名を名乗れることに誇りと信念を抱けるようになったんだ。
俺は藤堂正道でありたい。元の名字も……他の名字も……家族も……いらないんだ。
「ダメよ、そんなの……そんなの、ダメ!」
俺の言葉を否定したのは古都音さんではなく、菜乃花だった。
菜乃花は……泣いていた。
ぽろぽろと……涙の粒がこぼれていた。
「正道、アンタ……何も変わっていないじゃない。ずっと一人じゃない。それでいいの?」
「一人がいいんだ……一人にしてくれ……」
「だったら、そんな辛そうな顔して言わないでよ……今のままじゃあ、幸せになれない……悲しいだけじゃない」
うるさい……同情するような目で俺を見るな……。
分かってる。信吾さんにも指摘された。一歩踏み出すって誓った。勇気を出してあの計画にも参加表明した。
でも、実際はこのざまだ。何も学んでいないし、前に進めていない。
菜乃花の泣いた顔が伊藤と重なり、胸が締め付けられる。
きっと、幸せなことなのだろう。俺のことをこんなにも気に掛けてくれる人がいる。
でも、それでも、俺は……。
菜乃花はその場で立ち上がり、怒りを露わにしていた。
「正道! 絶対に許す必要なんてないからね! 分かっているわよね!」
「……あ、ああっ」
「何よ、その気の抜けた返事は! アンタだって腸が煮えくりかえっているんでしょ! 殴り飛ばしてでも追い返しなさい! 私が許すわ!」
菜乃花の発言に、総次郎さんは目を丸くしている。
「ひ、菜乃花。女の子なんだから、そんな過激なことを言ったらダメ。澪さんは正道君の母親なんだよ。親子が一緒に暮らすのは当たり前のことなんだよ」
「そんなこと言うお父さん、私、大嫌い! もう、口を利いてあげないんだから!」
「絶対に許しちゃダメだよ、正道君! 澪さんは親としてやっちゃあいけないことをした! すぐに許しちゃダメだよね!」
そ、即断で手のひらを返しやがった。プライドとかないのか?
すがすがしくて怒る気にもなれず、逆に笑ってしまった。
「何が可笑しいのよ、正道! アンタのことなのよ! 当事者が怒らないでどうするのよ!」
「いや……その、なんだ。嬉しかったんだ」
「嬉しい?」
俺は偽りのない本心を告げる。
「大抵の人は総次郎さんのように、よりをもどせ、仲直りしろって言われるんだ。菜乃花のように俺を擁護してくれる人はいなかったよ。ありがとな、菜乃花」
「……わ、私はただ、人としてあの女が許せないだけ! 人として当然の反応よ!」
初めて会ったときから思っていたのだが、お節介なヤツだな、菜乃花は。
顔を真っ赤にして、そっぽを向いている菜乃花を見て、そう感じた。
耳まで真っ赤にして恥ずかしがっている姿を見ると、男の気を引くための演技ではないことが分かる。
菜乃花がモテる理由を垣間見た気がした。
容姿としたたかさを兼ね備え、お人好しの性格と時折みせる隙に、男子は心を許してしまったり、魅力を感じるのであろう。
それ故、菜乃花はモテるわけだ。
「私が正道を幸せにしてあげる!」
俺の事情を知って、そんなことを言ってくれたのは菜乃花だけだった。
それがどれだけ救われたか。
だが、その後、地獄を見たわけだが。
「……正道君。キミはちゃんと姉さんと向き合うべきだわ。このままだと、お互い不幸になるだけよ」
古都音さんの一声に、場の空気に緊張感がはしる。
俺は思わず古都音さんを睨みつける。古都音さんは真っ直ぐに睨み返してきた。
古都音さんはあの女の妹だ。ならば、俺達が対立するのは当選の成り行きだ。
「もう、不幸になった。だから、これ以上不幸にならないためにも、俺達は離れるべきだ」
「でも、正道君が原因でしょ? 姉さんが離婚した原因は」
「ああっ、そうだ。俺が原因で両親は離婚した。俺が母親を追い詰めたんだ」
空気は更に重くなる。古都音さんからしてみれば、俺は姉を不幸にした、親不孝者だろう。
だが……。
「それでも……俺は謝ったぞ。何度も何度も謝ったんだぞ。けど、聞き入れてくれなかった。アイツは俺を……捨てた」
これが事実だ。
もちろん、自業自得だ。親父が再婚したとき、俺に謝罪をしてくれた。そして、別れの挨拶を告げられた。
仕方のないことだと思う。別れを告げられたとき、涙がこぼれたことも覚えている。
俺は取り返しのつかないことをしてしまった事をしてしまったと後悔し続けた。
それでも、健司とも……両親ともやり直せる日が来ることを願い、信じ続けていた。だが、それは夢物語だと思い知らされたんだ。
世の中は無常であまくないことをようやく実感できたんだ。
「でも、姉さんは正道君を迎えに来た。正道君に罵倒されようとも、お父さんやお母さんに怒られても、姉さんは貴方を迎えに来たのよ。その覚悟を無下にするの? 別れないでくれって懇願したんでしょ? だったら……」
「だったら、なんだ? 許せというのか? 許さなかったのはあっちだぞ? 俺の願いを断っておいて、アイツの願いは聞き入れというのは都合がよすぎやしないか? それに、俺の父親はもう再婚したんだ。もう、やり直せないんだ」
「そんなことない。きっとやり直せる」
「きっと? きっとだと……いい加減なことを抜かすな!」
適当なことを言いやがって!
何の根拠もない希望的観測を軽はずみに言いやがって! 所詮、他人事だと思っている証拠だ。
俺は怒りを古都音さんに叩きつける。
「やり直せるわけがないだろうが! アイツは別の男を連れてきたんだぞ! その男とやり直したいって言いやがったんだぞ! ふざけるな! 再婚なら俺の知らないところでしやがれ! 俺を巻き込むな! 俺はもう、振り回されるのは嫌なんだよ!」
なんで今になった俺の前に現れたんだ、あの女は!
諦めていたんだ……踏ん切りをつけていたんだ……なのに、どうして、立ち直れたと思ったときに現れるんだよ!
俺の視界の隅に、上春が映った。
悲しげな顔をしている上春を見て、俺は沸騰しかけていた頭が急激に冷えていくのを感じた。冷や水をぶっかけられた気分だだった。
ああっ……くそ!
もう、嫌なんだ。
上春を傷つけるつもりなんてない。でも、感情が抑えきれない。悪循環だ。
「ねえ、お母さん。悪いけど、私も正道と同じ意見。何様のつもりだって言ってやりたい。私でも、お母さんがお父さん以外の人を連れてきてやり直したいって言ったら、怒るわよ」
「菜乃花……」
菜乃花の言葉に一番感激していたのは総次郎さんだった。そりゃ、愛娘がここまで言い切ってくれたら感無量だろう。
俺はつい苦笑してしまった。
「完全に私は悪者ね。あなたも肩身が狭いわね」
古都音さんは上春に呼びかけ、上春はたははっと力なく笑った。
古都音さんはお茶をすすり、息をついた後、語り出した。
「私にはね、姉さんが正道君を捨てたとは思えないのよ」
「理由を聞いても?」
まだ、続けるのか……。
俺は気持ちを抑えながら、尋ねた。
ここで感情的になれば、堂々巡りになる。
俺としては口論になっても何の問題はないが、菜乃花や上春に罵り合う姿を見せるべきものではない。
見ていて不愉快にしかならないからだ。
「正道君は知っているわよね? 父さんの職業」
「警察官ですね。それが?」
「今は現役を退いているけど、父さんは少年課の刑事だったの。青島は特に激務だった。正道君なら理由は話さなくても分かるわよね?」
その問いは愚問としか言いようがない。骨身に染みてその解を知っているからだ。
「ええっ。青島は不良の聖地なんて不名誉な二つ名がありますから。凶悪な不良達と義信さんはずっと戦ってきました。古都音さんほどではないですが、俺も義信さんの背中を見て育ちました。尊敬しています」
不良を相手にしてきたから分かる。義信さんはすごい。
荒くれ者が集う青島で、義信さんは体を張って不良達を相手にしてきた。
俺のように二年ちょっとではない。何十年も相手にしてきたんだ。
命の危険にさらされたときもあっただろう。
それでも、義信さんは戦い続けた。俺はそんな義信さんを心から尊敬している。
古都音さんは俺の解を聞いて、苦笑いを浮かべていた。
「やっぱり、正道君は男の子よね。弱きを助け強きを挫く。男の子はヒーローが好きだけど、私達は女の子で、そんなことは父さんに望んでいなかったの。普通の父親がよかったのよ。授業参観や入学式、卒業式に来てくれて、GWやお盆には旅行に行って、お正月には家族と一緒にいたかった……でも、父さんはいつも、不良ばかり相手にして、私達家族をないがしろにした。私はいつも寂しかった。母さんは笑顔だったけど、時折寂しそうな顔をしていた。姉さんは、私達の代わりに怒ってくれたのよ」
気の強いあの女らしいと思った。女は義信さんを毛嫌いしていたが、なるほどな。
いろいろと納得がいった。
「姉さんは父さんが許せなくて、短大を出たらすぐに家を飛び出したの。姉さんはよく言ってたわ。私の子供には絶対に寂しい想いをさせないって。姉さんは正道君に優しくなかった? いい母親じゃなかった?」
「……優しかった。授業参観は必ず来てくれた。入学式、卒業式、運動会……必ず来てくれた……嬉しかったよ。でも、テレくさくて、来るなって言った記憶がある。どれだけ甘えていたんだろうな、俺は。父親も、母親も俺のことを愛してくれた。捨てられてやっと気づけたよ」
俺はバカなガキだった。
両親の愛情に気づかず、愛されて当たり前だと思っていた。
両親だけだった。
親友を失って、落ち込んでいた俺を支えてくれたのは。
温かいご飯を食べさせてくれた。おかえりと言ってくれた。
俺のことをいつも気にしてくれていた。
「それなら、やり直せるじゃない。きっと、大丈夫よ……」
「……だからだろ?」
「えっ?」
「だからだろうが! 愛されていたから! だから、辛いんだろうが! 俺を捨てるくらいなら、最初から優しくするな! 勘違いさせるな! ……頼むから、放っておいてくれ……」
一度はなんとか耐えられた。両親が別れたのは俺が悪い。
捨てられたのも自業自得だ。だから、一度は耐えられた。
だが、二度耐えられる気はしないんだ。
この世に絶対はない。親が子を捨てる、そんなことはありえるんだ。
もう、勘弁してくれ……俺はやっと、手にしたんだ……全てを失った俺が、最後にたどり着いた場所に、居場所があった。
義信さんと楓さんは俺を受け入れてくれた。この人達は信じられるって思わせてくれたんだ。
義信さんの正義感と強い信念が、楓さんの優しさと強さが、俺に憧れを抱かせた。二人のようになりたいと願った。
藤堂の名を名乗れることに誇りと信念を抱けるようになったんだ。
俺は藤堂正道でありたい。元の名字も……他の名字も……家族も……いらないんだ。
「ダメよ、そんなの……そんなの、ダメ!」
俺の言葉を否定したのは古都音さんではなく、菜乃花だった。
菜乃花は……泣いていた。
ぽろぽろと……涙の粒がこぼれていた。
「正道、アンタ……何も変わっていないじゃない。ずっと一人じゃない。それでいいの?」
「一人がいいんだ……一人にしてくれ……」
「だったら、そんな辛そうな顔して言わないでよ……今のままじゃあ、幸せになれない……悲しいだけじゃない」
うるさい……同情するような目で俺を見るな……。
分かってる。信吾さんにも指摘された。一歩踏み出すって誓った。勇気を出してあの計画にも参加表明した。
でも、実際はこのざまだ。何も学んでいないし、前に進めていない。
菜乃花の泣いた顔が伊藤と重なり、胸が締め付けられる。
きっと、幸せなことなのだろう。俺のことをこんなにも気に掛けてくれる人がいる。
でも、それでも、俺は……。
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