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藤堂正道の奮起 一章

一話 よう、正道。あけましておめでとう その三

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「みんな、悪いがここで私と楓は別行動をさせてもらう」

 下まで戻ってきた後、義信さんと楓さんは人混みの中、消えていった。義信さんは町内会に入っているので、その挨拶回りに行くのだろう。

「それなら、僕達もこのままデートに行くから」

 これ幸いと、信吾さんは女の手を引き、あっという間に謙遜けんそうの中、姿が見えなくなる。
 残されたのは俺と強、上春の三人だ。

「お守りか破魔矢でも買って帰るか?」
「私、甘酒が飲みたいです」

 そうだな。せっかくだし、飲みに行くか。

「強も行くか?」
「うん」

 決まりだな。
 確か屋台から少し離れた場所にテントがあって、そこで甘酒を配っていたよな。上春ははぐれないように強の手を握りる。
 俺が先頭に立って二人の壁になるように歩き出すと。

「おお~い! 強! 強、こっち!」
「強君!」

 あれは……。
 声のした方を見ると、小さなガキが三人、強に向かって手を振っている。

 坊主頭の半袖半ズボンの少年。
 短髪の活気ある少女。
 メガネをかけた大人しそうな少女。

 強の友達か……いたんだな。
 いつも一人だったから友達がいるのかと心配だったが、そっか、いたんだな……。
 強はガキ達に呼ばれていても、ただ黙って見ているだけだ。

「強、行かなくていいの?」

 上春が強を促すが、強は動かない。
 と、友達じゃないのか?
 俺も上春も心配になるが、ふと強が俺を見つめてきた。
 もしかして……。

「俺達のことを気にしているのか? だったら、遠慮するな。友達は大切にしとけ」
「……うん」

 強は上春の手を離し、ガキ達の方へ走っていく。
 強は友達に囲まれ、それでも無表情だが、楽しそうだと俺は思った。
 強は両親に置き去りにされ、感情を失っていた。けれど、最近は少しだが感情を見せるようになった。
 それは、強が悲しみから少しずつだが立ち直れているような気がして、喜ばしい気分だった。
 ふと俺と上春は顔があい……笑ってしまった。もしかすると同じ事を考えていたのかもしれない。

「上春、行くか」
「そうですね」

 強を見送った後、俺達はお互い肩を並べ、テントに向かって歩き出す。
 しばらくして……。

「咲! あけおめ!」
「おっ、着物姿じゃん! いい感じじゃん!」

 今度は上春の友達だと思われる五人の女子が上春に話しかけてきた。
 女子が集まると一気に華やかになるな。むさ苦しい男がいたら邪魔になるだろう。
 俺はそっと輪から離れ、一人テントに向かうことにした。
 それにしても、一般人ばかりで不良の影は全くないな。少し場違いのように思えて落ち着かない。
 さっさと甘酒を飲んで……お守りを買って帰るか。



「おっ、正道じゃねえか!」
「あけましておめでとう!」
「あけましておめでとうございます、市橋さん、三田村さん」

 俺は甘酒を配っていた草野球のチームメイト、市橋さん、三田村さんに新年の挨拶を交わす。
 俺と市橋さん、三田村さんは義信さんが監督を務めている草野球チーム、『青島ブルーフェザー』のメンバーだ。
 青島商店街の親父達が主なメンバーで、義信さんに誘われて入った。
 チームメイトは気のいい人達ばかりで、豪快過ぎるのが難点だろう。

「新年の挨拶に来てくれたのか?」
「ええっ。それと甘酒をもらいにきました」

 俺は百円を市橋さんに渡す。

「三田村、一杯入れてやんな」
「あいよ!」

 俺の手元に返ってきたのは、ワンサイズ大きい紙コップにあふれそうなくらいに入った甘酒だった。

「三田村さん、サイズが違わなくないですか? これって五百円のサイズでは……」
「おまけだ、おまけ。ぐいっとやりな」

 おまけの方が大きいような気がするが、俺は黙って甘酒を口にする。
 わずかなアルコールの匂いと口の中に広がる甘ったるい味が喉を潤し、体の中から暖まる。甘酒はクセがあり、とっつきにくいが、たまに飲むならいいものだな。

「沢山飲んで精をつけろよ。三が日の最後はヤツらと戦争だからな」
「『青島ブルーオーシャン』との親善試合ですか」

 青島には二つの草野球チームが存在する。
 一つは俺達『青島ブルーフェザー』。
 もう一つは青島の北区にあるレジャー施設で働く親父達で結成された『青島ブルーオーシャン』だ。『青島ブルーフェザー』の宿敵とも呼べる存在である。

 野球だけでなく、商売上でもライバル同士だ。北区には大型のスーパーがあり、商店街にとっては天敵でしかない。
 青島商店街は大型スパーに押され気味だから、野球は負けられないと意気込みが強い。親善試合とは名ばかりのお互いのプライドを賭けた勝負になっていた。
 親善試合は毎年一月三日に行われる恒例行事になっていて、去年は『青島ブルーオーシャン』が勝っている。
 だから、今年はいつもよりも気合いが入っているわけだ。

「おうよ! 今年は雪辱を果たす! 監督よしのぶさんによろしくな!」
「伝えておきます」
「正道も控え捕手として来てくれよな」

 俺は甘酒を一気にあおり、コップをゴミ箱に捨てる。
 正捕手は今、甘酒を配っていた三田村さんだ。俺の出番があるともは思えないが、一応、心づもりはしておくか。
 俺は一月三日の予定を頭の片隅に記憶し、歩き出した。



 お守りは買ったし、帰るか。
 要件は済んだ。神社を出て、真っ直ぐに家に帰ろうとしたとき。

「もう、兄さん! 勝手に帰らないでください!」
「う、上春?」

 いつの間にか、俺の隣に上春が立っていた。上春が一人、頬を膨らませ、俺に文句をぶつけてくる。

「友達はどうした?」
「今も神社にいますよ。私は用があるので別れたんですけど」
「用?」
「兄さんと甘酒を飲む約束です」

 覚えていたのかよ。
 友達とのおしゃべりを邪魔したら悪いと思って行動したのが裏目に出たみたいだ。
 俺は素直に頭を下げる。

「すまなかった。今からでも飲みに行くか?」
「いいです。その代わり、お願いがあるんですけど」
「お願い? なんだ?」

 上春は一度目を閉じ、ためを作った後、上目遣いで俺を見上げてきた。

「一緒に帰りましょう。私達の家に」
「……そうだな。帰るか」

 俺達は肩を並べ、ゆっくりと帰路についた。



「それでですね、兄さん。千春と買い物に行ったんですけど、千春ったら……」
「……」

 俺の話に耳を傾け、ゆっくりと、ゆっくりと歩いて行く。
 俺達の横を初詣に向かう客がすれ違っていく。その中に楽しそうにはしゃいでいる親子連れがいた。
 小学生くらいの子供が無邪気に、何の疑いもなく、親の愛情をその身に受けている。
 俺も小学生の頃はあんな顔をして親と手をつなぎ、はしゃいでいたのか?

 俺は隣でしゃべり続ける一つ年下の上春。
 女が結婚すれば、上春は本当の家族になるのだろうが? それは喜ばしいとも、はしゃぐ気持ちにもなれなかった。それどころか、胸の奥が痛む。
 上春の姿が伊藤と重なる。
 俺のような無骨者に笑顔を向け、隣を歩く女子。俺を恐れず、歩み寄ってくる女子。

 上春とは喧嘩して、想いをぶつけ合って、同じ釜の飯を食ってきた。そこにわずかではあるが、信頼が生まれていく。
 上春も伊藤と同じように親しい存在になっていくのか? そして、また俺は失うのか?
 例え上春と家族になっても、いや、家族であっても、別れは訪れ、痛みを伴うだろう。

 俺はもう嫌なんだ。
 捨てられる恐怖と形容しがたいあの痛み。
 それを味わうくらいならもう……誰とも仲良くなりたくない。一人で充分だ。
 だから、上春。俺に笑顔を向けないでくれ。俺の心に踏み込まないでくれ。

「兄さん……」

 上春は寂しそうな顔で俺に呼びかける。
 いつの間にか、俺達は足を止め、見つめ合っていた。

「兄さん、私はいつもそばにいますから。家族はずっと一緒ですから」

 それは俺に告げているのか、上春自身に言い聞かせているのか。
 俺も上春も両親に捨てられたクチだ。
 互いに傷をなめ合う間柄でも、いや、同じ傷を持つからこそ、俺達は……。

「……ふう」

 俺はため息をついた。話はここまでのようだ。

「上春」
「は、はい!」
「買い忘れたものがある。先に帰ってくれ」

 俺は両手の指を軽く曲げて上下に並べ、2回胸に当てる。上春は一瞬だけ顔をこわばったが、すぐに笑顔になる。

「もう、新年から兄さんは抜けてますね。正月ボケにはまだ早いですよ」
「やかましい。気をつけて帰れよ」
「はい」

 上春が去って行くのを見届けると、俺はもう一度息を吐く。
 頭の中にあったモヤモヤは消え去り、クリアになっていく。やるべきことがはっきりとしていく。
 拳を握りしめ、俺は腹の底から声を出す。

「おい! 俺に用があるならさっさと出てこい」
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