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藤堂正道の奮起 一章
一話 よう、正道。あけましておめでとう その二
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「と~しのは~じめの例と~て」
「……」
信吾さんが一月一日の歌をくちずさんでいるが、俺は他人のフリをする。
恥ずかしいヤツめ。路上で歌うなよ。
女は苦笑し、上春はニコニコしている。誰も止めないので俺は無視することにした。
現在、俺達が向かっているのは青島神社だ。
青島の中央区にある神社で、千年以上前に創建されたと伝承があるが定かではない。
神社は神々を祀る神道特有の建築物であるが、青島神社はある邪龍が封印されている逸話がある。
千年以上前、青島に隕石が落下し、壊滅的なダメージを受けた。
当時の人々はそれを龍の仕業と考え、封印を施したといい伝わっている。
三十年前、青島神社の神主が境内の修繕工事中に偶然見つけた石について、知り合いの学者に相談を持ちかけた。
その石は神社に祀われている龍の鱗と瓜二つだった為、気になって調査を依頼したのだ。
学者は龍の鱗の成分を調査した結果、隕石の成分と酷似していたため、国際隕石学会に所属する専門機関に調査を依頼し、龍の鱗が隕石であると判明したのだ。
専門機関の調査で、隕石の大きさが判明し、千年前に青島で何があったのか、意外なところから青島の歴史が判明したわけだ。
当時は全国のニュースでも取り上げられ、一時期はかなりの人がこの青島を訪れ、観光地として発展したきっかけになった。
それも今は昔の話で、青島神社に訪れるのは島の住人くらいで初詣のときだけだろう。
学業成就、病気平癒、縁結びといったご利益のある神社ではないしな。
青島神社に近づくにつれ、人の数が増えていく。
俺はポケットに手を入れながら、前を歩く藤堂家と上春家の面々を見つめていた。
義信さんと楓さん、信吾さんと女、上春と強。
お互い楽しそうに話しながら肩を並べて歩いている。俺の隣には……もう誰もいない。
これからもずっと一人で歩いて行くのだろう。
寂しい……。
そう感じるのは我が儘だな……俺は何度も俺に差し伸べてくれた手を払いのけてきた。
自分を護る為に、自分が傷つかない為に、自分勝手な理由で人の好意を無下にしてきた。
後悔し続けてきた。でも、それでも、俺は……やはり一人がいい。
人は一人では生きていけない。けれども、常に寄り添って生きてく必要はない。必要なんてないんだ。
そんな問いかけを俺は何度繰り返すのか? 何度、同じ言い訳をすれば気が済むのか?
吐く息は白く、すぐに消え去っていく。何も残らず、誰にも認知されない。
俺は何かから逃げ出すように、手にしたスマホを手にする。
気を紛らわせるためにネットでニュースでも見ようと思ったとき、
「そういえば……」
朝乃宮に新年の挨拶をしてなかったことを思い出した。メールを送っておくか?
別に仲がいいというわけではないが、アイツも俺達の計画の参加者だ。礼儀として挨拶くらいしておいた方がいいかもしれない。
俺は朝乃宮にメールで新年の挨拶を送ることにした。
文面は。
『新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。』
ぴっ!
無難でシンプルな内容でメールを送った。
返事は期待していない。アイツは気分屋だが、律儀なところはあるからな。どっかで返事がくるだろう。
そう思っていたのだが、携帯から音が鳴り響く。
着信音? まさか……。
「はい」
「あけましておめでとうございます」
朝乃宮だった。
意外だった。すぐに返信どころか、電話してくるとは……。
「あけましておめでとう、朝乃宮」
「今頃新年の挨拶やなんて薄情なお人やね」
「今頃?」
「藤堂はんが一番挨拶が遅かったって話です」
一番遅いって……今は朝の九時だぞ。遅いって事はないと思うが、何に対して一番遅いって言うんだ。
俺の心を読んだかのように、朝乃宮は電話越しにため息をついてきた。
「年が明けてすぐに咲や強はん、信吾さん、義信さんもメールで新年の挨拶をくれはったのに藤堂はんだけ何の音沙汰もあらしませんし、冷たいお人や思いましたわ」
義信さんもメールしてたんだな……そっちが一番の驚きだ。
俺だけと言っているとなると、楓さんもあの女も挨拶してそうだな。いつの間にみんなと仲良くなったんだ、コイツは。
外面は良さそうだし、猫かぶりと礼儀正しさが周りに好印象を与えているのだろうか。
「挨拶したからいいだろ? それより、電話してきていいのか? 久しぶりの家族との時間だろ?」
「かまいません。あんな人達の相手なんてしとうないですし」
「相手したくないって……」
「あの人達は威厳や体裁……過去の栄光にしがみついた人達です。血筋や肩書きでしか人を図れない、愚かな人。だから、あの人に誰も逆らえない……ほんま、くだらない……それに付き合わされるこっちの身にもなって欲しいわ。腫れ物扱いするくせに、参加しないと顔に泥を塗る気か、とか言い出す始末。ほんまありえへん」
鬱憤がたまってやがるな、コイツは。
それにしても、朝乃宮の済んでいるマンションや会話の内容から考えると、コイツ、どこかのご令嬢か?
高級品を身につけている事や礼儀作法等から想像していたが……。
お嬢様って生き物は面倒くさそうな生き方を強いられているような感じがして、大変だと思った。
けど、俺にあたられてもな……そう思ってしまう。
「ちゃんと聞いてます?」
「聞いてる、聞いてる。俺には何も出来そうにないが、愚痴くらいは付き合ってやる。時間限定でな」
「……ほんま、空気の読めんお人やね」
朝乃宮の呆れた声と共に、どこか嬉しそうな感じがしたのは気のせい……じゃないだろうな。
愚痴の聞き役がいるだけでも気が楽になるのは身にしみて体験している。
たまっているものは吐き出すべきだ。でないと、悪い方向にばかり考えてしまうから吐き出したほうがいい。
「兄さん、兄さん。もしかして、千春ですか? 変わってください!」
俺は黙って携帯を千春に渡す。
「ちーちゃん? 私ワタシ。あけおめ~」
上春は笑顔で携帯に話しかけている。朝乃宮は俺と話すより、上春と話した方が楽しいだろう。上春は俺の隣で朝乃宮と雑談で花を咲かせていた。
上春が朝乃宮と話している事で一人になった強はどうしているのか、俺は気になって強を探すが、すぐに見つかった。
強は義信さんと楓さんと一緒に並んで歩いている。
楓さんが強に話しかけ、強はぼそっと答える。それを義信さんは相づちをしながら耳を傾けている。
上春は、強が義信さん達とコミュニケーションをとるよう、わざとこっちに来たのかもしれない。
それと、俺が一人だと感じてこっちに来た気がする。
電話していても、ずっと俺の隣にいるし、時々、こっちを見てくる。めざといヤツだ。
俺は上春の視線を無視し、前を歩く強達に視線を向ける。
仲良く話をしている強と義信さん、楓さんを見るとなんでだろうな……親子っぽく見えるのは。去年の俺を見ているみたいだ。
去年は俺も強と同じで両親に捨てられ、辛かった。でも、義信さんと楓さんが隣にいてくれたから立ち直れた。
強もそうあってほしい。
「正道君! 遅れてるよ! 迷子にならないようにちゃんとついてきなよ!」
「なるかよ……」
ガキか、俺は……。
「兄さん、私がついていますからね」
「おい、その保護者っぽい目で俺を見るな。お前よりも年上だ」
本当にお節介なヤツらだ。
さっきまでは孤独だと感じていたが、今は違うような気がすると思えた。家族ってヤツは知らないところでちゃんと自分を、家族を見てくれている。
干渉がウザいと思う事もあるが、それは贅沢な悩みかもしれない。孤独よりははるかにましだ。両親を失ってようやく気づけた。
心の中に何か小さな暖かいものを感じつつ、俺は青島神社へと向かった。
「やってきました、青島神社!」
いちいち紹介せんでもいい。
心の中で信吾さんにツッコミをいれ、俺は青島神社を見渡す。
いつもは閑散とした風景は、この三が日だけ姿を変える。
人、人、人。
初詣に訪れた青島の住人であふれかえり、普段はない屋台が並んでいる。
華やかな着物姿の女性達、同じ学校の友達同士でたむろっている者、俺達のように家族連れで来ている者……そして、初詣に訪れた客相手に呼び込みをする屋台の主達。
この活気ある姿を見ると、今日は特別な日なんだって実感させられる。
ここで立ち止まっていても仕方ない。さっさと行くか。
先頭を信吾さんと女、その後に義信さんと楓さん、上春と強、最後に俺がつづく。俺が上春と強から少しだけ距離をとったのは、もし二人が人混みに押され、はぐれそうになったとき、助けるためだ。
社は丘の頂上にあり、そこへ至る道にはいくつもの朱い鳥居が並んでいる。
この鳥居は百本鳥居と呼ばれ、神ではなく邪龍を封じるために建てられたといわれている。
邪龍がいるところに参拝するのもおかしな話だが、隕石のおかげで青島が活性化した為、感謝の念から青島の住人は内地ではなく、ここに参拝に来るわけだ。
過去に青島を滅ぼそうした隕石。
未来は逆に、青島へ富をもたらした隕石。
いろんな矛盾をはらみながらも、人々は社に参拝に来る。
頂上についた頃には女と上春は息が上がっていた。普段着慣れない着物と履き物で通常よりも体力を消耗したのだろう。
楓さんは着慣れているせいか、息が切れていない。
「上春、大丈夫か?」
俺は自販機で買っておいた清涼飲料水を上春に渡す。
「ありがとうございます、兄さん」
一息ついたところで、俺達は参拝の列に並ぶ。早い時間帯でも、結構並ぶな。
「ねえ、正道君。並んでいる間、暇だし参拝の作法を教えてよ」
「暇だしって……」
最初から調べておけ。
俺はため息をつきながら、作法について話す。
「作法と言ってもな……鳥居をくぐる前に服装を整え、一礼するところから始まるのだが」
「してないよ! 早く言ってよね!」
だったら、さっさと言え。
ちなみに義信さんと楓さんはやっていたが、俺達はしていない。
いちいち立ち止まっていたら混雑になるからな。そっちのほうが迷惑になることもある。
「次に手水舎で手と口を浄めるわけだが」
「よし、やるか! っていうか、下にあるよね、手水舎って。無理じゃん!」
だな。
頂上は狭いから、手水舎は社の下の広場にある。それに参拝客が全員、手水舎で身を清めていたら周りがかなり汚れてしまう。
それだと本末転倒のような気がするんだよな。
「その後、賽銭を賽銭箱に入れてから鈴を鳴らして、二拝二拍手一拝の作法で拝礼する」
「二拝二拍手一拝って?」
「二度深くお辞儀をした後、二度拍手し、お辞儀をすることだ」
「そうなんだ。僕、二度手を叩いて拝んでいたよ。不味いかな?」
信吾さんは苦笑しているが、俺も同じだ。
確かにマナーや礼儀は必要だし、伝統は大切だ。
しかし、この混雑しきった中で深々とお辞儀を何回もしていたら周りに迷惑になる。
俺達だけが参拝に来ているわけではないから、そこらへんは考慮するべきだと俺は思う。
俺の考え方は間違っているかもしれないが、迷惑がかかるかもしれないと思うと気が引けるんだよな。
「いいんじゃないか。神様も何回も鈴を鳴らされたり、柏手されて呼び出されても疲れるだろうし。感謝の気持ちを忘れなければ少しくらい間違っていてもいいと俺は思うぞ」
「ダメだよ、正道君! お願いを聞いてもらうんだからちゃんとしないと!」
なら、来る前に調べておけ。
それにしてもお願いか……。
神社の参拝は神仏や死者に拝む、もしくは祈る行為だ。願い事を言うものではない。
それに普段参拝にこない者が正月だけここぞと願い事を言うのは厚かましいと俺は思う。
それに賽銭は祈願成就のお礼に渡すお金なので、叶っていない前に渡すのはどうかなって思うんだよな。
とはいえ、『合格祈願』や『学業成就』といったお守りを金で売っているわけだし、少しくらい節操がなくてもいいのだろう。
「それで? 信吾さんは何をお願いするんだ?」
「まずは家族の無病息災でしょ……澪さんと結婚できますようにでしょ……就職できるようにでしょ……それと父親としてもっと敬って欲しいことでしょ……」
指折りで自分の願いを語る信吾さんに、俺はため息をついた。
「最後のはお前が努力しろ。とりあえず、神様にお願いをするのなら家族の幸せにしておけ。それで充分だろ?」
「そうだね。それでいくよ。後、夜はきなこ餅が食べたい」
「俺に願うなよ。まあ、いいんだが」
「いいなら文句言わないでよ。そういう人っているよね。どっちなわけって言いたい」
む、ムカつく……。
神様はこんな気持ちで人々の願いを叶えているのだろうか?
話をしていたら、俺達の番が回ってきた。
「強、鈴を鳴らす権利を与えよう」
何を偉そうに……。
俺は偉ぶる信吾さんに何か言おうとしたが、黙ることにした。
強は無表情だが、俺にも分かる。強は鈴をならしたいのだと。
強の気持ちを信吾さんが察しての言葉だったので、俺は茶化すような事は言わないでおこうと思ったのだ。
俺達は賽銭箱に賽銭を入れ、強が鈴緒を軽くふって鈴を鳴らす。
二度拍手し、お辞儀をした。
俺は特段願い事はなかったので、拝んだ後はすぐにこの場から去った。
義信さんと楓さんは端っこで人にぶつからないように二拝二拍手一拝して戻ってきた。
「ねえねえ、正道君。いくら賽銭をあげたの?」
「五百円だ」
「大盤振る舞いだね。御利益がいっぱいありそうじゃん」
肘でつつくな、うっとうしい。
「あれ? 五百円って確か、これ以上効果(硬貨)がないとのことで縁起が悪いって聞きましたけど」
「おやおや~、正道君、やっちゃった? やっちゃったわけ? ちょ~っと、欲張りしすぎちゃったかな~」
う、ウザいな、コイツは。俺はため息をついた。
「……間違っていない。五百円でいいんだ」
「どうしてですか、兄さん?」
「効果を期待しない為だ。自分の事は自分でする。ほどこしなんていらないし、誰の手も借りたくない。俺がここに来たのは家族の無事と平安を祈願したいだけだ」
そうだ。俺は誰かに期待したくない。
誰かに勝手に期待され、失望される理不尽さを俺は知っているから、俺は誰かに期待しない。
自分がされて嫌なことを、誰かにして欲しいとは思えないからな。
俺の意見に信吾さんと上春は……。
「これって言い訳かな? 本当は知らなかったんじゃない?」
「いえ、兄さんは本気です。嘘を言っていません。でも、少しは家族に頼って欲しいですよね」
「だよね。それに正道君、真面目すぎるから、女の子と縁なさそうだし。せっかくだし、五円とかにすればいいのに」
やかましい。
五円や十五円にしたら、余計な縁があるかもしれないからな。縁は押水の件で間に合っている。
ちなみに十五円は十分なご縁の意味があり、他にも二十円を五円四枚で賽銭するとよいご縁といったものがある。
逆に六十五円だとロクな縁、百五円だと、とうとうご縁がないといった感じになり、縁起が悪い。
賽銭についての知識をネットで知ったとき、いろいろとあるんだなと感心させられたのを覚えている。
「ちなみに、僕はね~二十一円にしたんだ」
「ノロケかよ」
「? あんちゃん、どうして二十一円がノロケになるの?」
今までの流れでは語呂あわせだったのに、二十一円に関してはどうみても語呂合わせではない。ならば、何を意味するのか?
強の疑問に俺は答えた。
「二十一は割り切れないだろ? つまり別れることがないから、夫婦円満や恋愛で使われる数字なんだ。ご祝儀とかにも使われる数字だ」
自分で言っていて疑問に思うのだが、それなら一円でも割り切れないだろうがといいたくもなる。
それにご祝儀に奇数の三万でも、厳密にいえば一万五千で割り切れるじゃないかって言いたくなるよな。
そんなことを考えるから空気読めないって言われるかもしれないが。
「僕と澪さんが結婚したらご祝儀よろしくね」
「息子から金取るなよ」
俺は信吾さんの発言に脱力しながら下まで降りた。
「……」
信吾さんが一月一日の歌をくちずさんでいるが、俺は他人のフリをする。
恥ずかしいヤツめ。路上で歌うなよ。
女は苦笑し、上春はニコニコしている。誰も止めないので俺は無視することにした。
現在、俺達が向かっているのは青島神社だ。
青島の中央区にある神社で、千年以上前に創建されたと伝承があるが定かではない。
神社は神々を祀る神道特有の建築物であるが、青島神社はある邪龍が封印されている逸話がある。
千年以上前、青島に隕石が落下し、壊滅的なダメージを受けた。
当時の人々はそれを龍の仕業と考え、封印を施したといい伝わっている。
三十年前、青島神社の神主が境内の修繕工事中に偶然見つけた石について、知り合いの学者に相談を持ちかけた。
その石は神社に祀われている龍の鱗と瓜二つだった為、気になって調査を依頼したのだ。
学者は龍の鱗の成分を調査した結果、隕石の成分と酷似していたため、国際隕石学会に所属する専門機関に調査を依頼し、龍の鱗が隕石であると判明したのだ。
専門機関の調査で、隕石の大きさが判明し、千年前に青島で何があったのか、意外なところから青島の歴史が判明したわけだ。
当時は全国のニュースでも取り上げられ、一時期はかなりの人がこの青島を訪れ、観光地として発展したきっかけになった。
それも今は昔の話で、青島神社に訪れるのは島の住人くらいで初詣のときだけだろう。
学業成就、病気平癒、縁結びといったご利益のある神社ではないしな。
青島神社に近づくにつれ、人の数が増えていく。
俺はポケットに手を入れながら、前を歩く藤堂家と上春家の面々を見つめていた。
義信さんと楓さん、信吾さんと女、上春と強。
お互い楽しそうに話しながら肩を並べて歩いている。俺の隣には……もう誰もいない。
これからもずっと一人で歩いて行くのだろう。
寂しい……。
そう感じるのは我が儘だな……俺は何度も俺に差し伸べてくれた手を払いのけてきた。
自分を護る為に、自分が傷つかない為に、自分勝手な理由で人の好意を無下にしてきた。
後悔し続けてきた。でも、それでも、俺は……やはり一人がいい。
人は一人では生きていけない。けれども、常に寄り添って生きてく必要はない。必要なんてないんだ。
そんな問いかけを俺は何度繰り返すのか? 何度、同じ言い訳をすれば気が済むのか?
吐く息は白く、すぐに消え去っていく。何も残らず、誰にも認知されない。
俺は何かから逃げ出すように、手にしたスマホを手にする。
気を紛らわせるためにネットでニュースでも見ようと思ったとき、
「そういえば……」
朝乃宮に新年の挨拶をしてなかったことを思い出した。メールを送っておくか?
別に仲がいいというわけではないが、アイツも俺達の計画の参加者だ。礼儀として挨拶くらいしておいた方がいいかもしれない。
俺は朝乃宮にメールで新年の挨拶を送ることにした。
文面は。
『新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。』
ぴっ!
無難でシンプルな内容でメールを送った。
返事は期待していない。アイツは気分屋だが、律儀なところはあるからな。どっかで返事がくるだろう。
そう思っていたのだが、携帯から音が鳴り響く。
着信音? まさか……。
「はい」
「あけましておめでとうございます」
朝乃宮だった。
意外だった。すぐに返信どころか、電話してくるとは……。
「あけましておめでとう、朝乃宮」
「今頃新年の挨拶やなんて薄情なお人やね」
「今頃?」
「藤堂はんが一番挨拶が遅かったって話です」
一番遅いって……今は朝の九時だぞ。遅いって事はないと思うが、何に対して一番遅いって言うんだ。
俺の心を読んだかのように、朝乃宮は電話越しにため息をついてきた。
「年が明けてすぐに咲や強はん、信吾さん、義信さんもメールで新年の挨拶をくれはったのに藤堂はんだけ何の音沙汰もあらしませんし、冷たいお人や思いましたわ」
義信さんもメールしてたんだな……そっちが一番の驚きだ。
俺だけと言っているとなると、楓さんもあの女も挨拶してそうだな。いつの間にみんなと仲良くなったんだ、コイツは。
外面は良さそうだし、猫かぶりと礼儀正しさが周りに好印象を与えているのだろうか。
「挨拶したからいいだろ? それより、電話してきていいのか? 久しぶりの家族との時間だろ?」
「かまいません。あんな人達の相手なんてしとうないですし」
「相手したくないって……」
「あの人達は威厳や体裁……過去の栄光にしがみついた人達です。血筋や肩書きでしか人を図れない、愚かな人。だから、あの人に誰も逆らえない……ほんま、くだらない……それに付き合わされるこっちの身にもなって欲しいわ。腫れ物扱いするくせに、参加しないと顔に泥を塗る気か、とか言い出す始末。ほんまありえへん」
鬱憤がたまってやがるな、コイツは。
それにしても、朝乃宮の済んでいるマンションや会話の内容から考えると、コイツ、どこかのご令嬢か?
高級品を身につけている事や礼儀作法等から想像していたが……。
お嬢様って生き物は面倒くさそうな生き方を強いられているような感じがして、大変だと思った。
けど、俺にあたられてもな……そう思ってしまう。
「ちゃんと聞いてます?」
「聞いてる、聞いてる。俺には何も出来そうにないが、愚痴くらいは付き合ってやる。時間限定でな」
「……ほんま、空気の読めんお人やね」
朝乃宮の呆れた声と共に、どこか嬉しそうな感じがしたのは気のせい……じゃないだろうな。
愚痴の聞き役がいるだけでも気が楽になるのは身にしみて体験している。
たまっているものは吐き出すべきだ。でないと、悪い方向にばかり考えてしまうから吐き出したほうがいい。
「兄さん、兄さん。もしかして、千春ですか? 変わってください!」
俺は黙って携帯を千春に渡す。
「ちーちゃん? 私ワタシ。あけおめ~」
上春は笑顔で携帯に話しかけている。朝乃宮は俺と話すより、上春と話した方が楽しいだろう。上春は俺の隣で朝乃宮と雑談で花を咲かせていた。
上春が朝乃宮と話している事で一人になった強はどうしているのか、俺は気になって強を探すが、すぐに見つかった。
強は義信さんと楓さんと一緒に並んで歩いている。
楓さんが強に話しかけ、強はぼそっと答える。それを義信さんは相づちをしながら耳を傾けている。
上春は、強が義信さん達とコミュニケーションをとるよう、わざとこっちに来たのかもしれない。
それと、俺が一人だと感じてこっちに来た気がする。
電話していても、ずっと俺の隣にいるし、時々、こっちを見てくる。めざといヤツだ。
俺は上春の視線を無視し、前を歩く強達に視線を向ける。
仲良く話をしている強と義信さん、楓さんを見るとなんでだろうな……親子っぽく見えるのは。去年の俺を見ているみたいだ。
去年は俺も強と同じで両親に捨てられ、辛かった。でも、義信さんと楓さんが隣にいてくれたから立ち直れた。
強もそうあってほしい。
「正道君! 遅れてるよ! 迷子にならないようにちゃんとついてきなよ!」
「なるかよ……」
ガキか、俺は……。
「兄さん、私がついていますからね」
「おい、その保護者っぽい目で俺を見るな。お前よりも年上だ」
本当にお節介なヤツらだ。
さっきまでは孤独だと感じていたが、今は違うような気がすると思えた。家族ってヤツは知らないところでちゃんと自分を、家族を見てくれている。
干渉がウザいと思う事もあるが、それは贅沢な悩みかもしれない。孤独よりははるかにましだ。両親を失ってようやく気づけた。
心の中に何か小さな暖かいものを感じつつ、俺は青島神社へと向かった。
「やってきました、青島神社!」
いちいち紹介せんでもいい。
心の中で信吾さんにツッコミをいれ、俺は青島神社を見渡す。
いつもは閑散とした風景は、この三が日だけ姿を変える。
人、人、人。
初詣に訪れた青島の住人であふれかえり、普段はない屋台が並んでいる。
華やかな着物姿の女性達、同じ学校の友達同士でたむろっている者、俺達のように家族連れで来ている者……そして、初詣に訪れた客相手に呼び込みをする屋台の主達。
この活気ある姿を見ると、今日は特別な日なんだって実感させられる。
ここで立ち止まっていても仕方ない。さっさと行くか。
先頭を信吾さんと女、その後に義信さんと楓さん、上春と強、最後に俺がつづく。俺が上春と強から少しだけ距離をとったのは、もし二人が人混みに押され、はぐれそうになったとき、助けるためだ。
社は丘の頂上にあり、そこへ至る道にはいくつもの朱い鳥居が並んでいる。
この鳥居は百本鳥居と呼ばれ、神ではなく邪龍を封じるために建てられたといわれている。
邪龍がいるところに参拝するのもおかしな話だが、隕石のおかげで青島が活性化した為、感謝の念から青島の住人は内地ではなく、ここに参拝に来るわけだ。
過去に青島を滅ぼそうした隕石。
未来は逆に、青島へ富をもたらした隕石。
いろんな矛盾をはらみながらも、人々は社に参拝に来る。
頂上についた頃には女と上春は息が上がっていた。普段着慣れない着物と履き物で通常よりも体力を消耗したのだろう。
楓さんは着慣れているせいか、息が切れていない。
「上春、大丈夫か?」
俺は自販機で買っておいた清涼飲料水を上春に渡す。
「ありがとうございます、兄さん」
一息ついたところで、俺達は参拝の列に並ぶ。早い時間帯でも、結構並ぶな。
「ねえ、正道君。並んでいる間、暇だし参拝の作法を教えてよ」
「暇だしって……」
最初から調べておけ。
俺はため息をつきながら、作法について話す。
「作法と言ってもな……鳥居をくぐる前に服装を整え、一礼するところから始まるのだが」
「してないよ! 早く言ってよね!」
だったら、さっさと言え。
ちなみに義信さんと楓さんはやっていたが、俺達はしていない。
いちいち立ち止まっていたら混雑になるからな。そっちのほうが迷惑になることもある。
「次に手水舎で手と口を浄めるわけだが」
「よし、やるか! っていうか、下にあるよね、手水舎って。無理じゃん!」
だな。
頂上は狭いから、手水舎は社の下の広場にある。それに参拝客が全員、手水舎で身を清めていたら周りがかなり汚れてしまう。
それだと本末転倒のような気がするんだよな。
「その後、賽銭を賽銭箱に入れてから鈴を鳴らして、二拝二拍手一拝の作法で拝礼する」
「二拝二拍手一拝って?」
「二度深くお辞儀をした後、二度拍手し、お辞儀をすることだ」
「そうなんだ。僕、二度手を叩いて拝んでいたよ。不味いかな?」
信吾さんは苦笑しているが、俺も同じだ。
確かにマナーや礼儀は必要だし、伝統は大切だ。
しかし、この混雑しきった中で深々とお辞儀を何回もしていたら周りに迷惑になる。
俺達だけが参拝に来ているわけではないから、そこらへんは考慮するべきだと俺は思う。
俺の考え方は間違っているかもしれないが、迷惑がかかるかもしれないと思うと気が引けるんだよな。
「いいんじゃないか。神様も何回も鈴を鳴らされたり、柏手されて呼び出されても疲れるだろうし。感謝の気持ちを忘れなければ少しくらい間違っていてもいいと俺は思うぞ」
「ダメだよ、正道君! お願いを聞いてもらうんだからちゃんとしないと!」
なら、来る前に調べておけ。
それにしてもお願いか……。
神社の参拝は神仏や死者に拝む、もしくは祈る行為だ。願い事を言うものではない。
それに普段参拝にこない者が正月だけここぞと願い事を言うのは厚かましいと俺は思う。
それに賽銭は祈願成就のお礼に渡すお金なので、叶っていない前に渡すのはどうかなって思うんだよな。
とはいえ、『合格祈願』や『学業成就』といったお守りを金で売っているわけだし、少しくらい節操がなくてもいいのだろう。
「それで? 信吾さんは何をお願いするんだ?」
「まずは家族の無病息災でしょ……澪さんと結婚できますようにでしょ……就職できるようにでしょ……それと父親としてもっと敬って欲しいことでしょ……」
指折りで自分の願いを語る信吾さんに、俺はため息をついた。
「最後のはお前が努力しろ。とりあえず、神様にお願いをするのなら家族の幸せにしておけ。それで充分だろ?」
「そうだね。それでいくよ。後、夜はきなこ餅が食べたい」
「俺に願うなよ。まあ、いいんだが」
「いいなら文句言わないでよ。そういう人っているよね。どっちなわけって言いたい」
む、ムカつく……。
神様はこんな気持ちで人々の願いを叶えているのだろうか?
話をしていたら、俺達の番が回ってきた。
「強、鈴を鳴らす権利を与えよう」
何を偉そうに……。
俺は偉ぶる信吾さんに何か言おうとしたが、黙ることにした。
強は無表情だが、俺にも分かる。強は鈴をならしたいのだと。
強の気持ちを信吾さんが察しての言葉だったので、俺は茶化すような事は言わないでおこうと思ったのだ。
俺達は賽銭箱に賽銭を入れ、強が鈴緒を軽くふって鈴を鳴らす。
二度拍手し、お辞儀をした。
俺は特段願い事はなかったので、拝んだ後はすぐにこの場から去った。
義信さんと楓さんは端っこで人にぶつからないように二拝二拍手一拝して戻ってきた。
「ねえねえ、正道君。いくら賽銭をあげたの?」
「五百円だ」
「大盤振る舞いだね。御利益がいっぱいありそうじゃん」
肘でつつくな、うっとうしい。
「あれ? 五百円って確か、これ以上効果(硬貨)がないとのことで縁起が悪いって聞きましたけど」
「おやおや~、正道君、やっちゃった? やっちゃったわけ? ちょ~っと、欲張りしすぎちゃったかな~」
う、ウザいな、コイツは。俺はため息をついた。
「……間違っていない。五百円でいいんだ」
「どうしてですか、兄さん?」
「効果を期待しない為だ。自分の事は自分でする。ほどこしなんていらないし、誰の手も借りたくない。俺がここに来たのは家族の無事と平安を祈願したいだけだ」
そうだ。俺は誰かに期待したくない。
誰かに勝手に期待され、失望される理不尽さを俺は知っているから、俺は誰かに期待しない。
自分がされて嫌なことを、誰かにして欲しいとは思えないからな。
俺の意見に信吾さんと上春は……。
「これって言い訳かな? 本当は知らなかったんじゃない?」
「いえ、兄さんは本気です。嘘を言っていません。でも、少しは家族に頼って欲しいですよね」
「だよね。それに正道君、真面目すぎるから、女の子と縁なさそうだし。せっかくだし、五円とかにすればいいのに」
やかましい。
五円や十五円にしたら、余計な縁があるかもしれないからな。縁は押水の件で間に合っている。
ちなみに十五円は十分なご縁の意味があり、他にも二十円を五円四枚で賽銭するとよいご縁といったものがある。
逆に六十五円だとロクな縁、百五円だと、とうとうご縁がないといった感じになり、縁起が悪い。
賽銭についての知識をネットで知ったとき、いろいろとあるんだなと感心させられたのを覚えている。
「ちなみに、僕はね~二十一円にしたんだ」
「ノロケかよ」
「? あんちゃん、どうして二十一円がノロケになるの?」
今までの流れでは語呂あわせだったのに、二十一円に関してはどうみても語呂合わせではない。ならば、何を意味するのか?
強の疑問に俺は答えた。
「二十一は割り切れないだろ? つまり別れることがないから、夫婦円満や恋愛で使われる数字なんだ。ご祝儀とかにも使われる数字だ」
自分で言っていて疑問に思うのだが、それなら一円でも割り切れないだろうがといいたくもなる。
それにご祝儀に奇数の三万でも、厳密にいえば一万五千で割り切れるじゃないかって言いたくなるよな。
そんなことを考えるから空気読めないって言われるかもしれないが。
「僕と澪さんが結婚したらご祝儀よろしくね」
「息子から金取るなよ」
俺は信吾さんの発言に脱力しながら下まで降りた。
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