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藤堂正道の奮起 一章

一話 よう、正道。あけましておめでとう その一

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 人はなぜ夢を見るのか?
 人間は一日の三分の一を睡眠に費やす。そのときに人は夢を見る。
 どうして、睡眠時に夢を見るのか?
 その答えは科学が発展したこのご時世でも詳しくは分かっていない。

 夢は記憶の集合体。
 夢は脳が直近の記憶を処理する為の行動。
 夢は性欲や破壊欲などの本能欲動がみせているもの。
 様々な説はあるが、俺の考えは違う。
 夢とは何か? それは……。

 ワスレルナ。

 自分への警告だと俺は思う。
 自分のしでかしたかこと、されたこと。それを忘れるな、と。
 人間は忘れやすい生き物だ。どんな罪も屈辱も時がたてば、風化し、痛みを忘れてしまう。
 だから、人が一番無防備になる睡眠中に見せるのだ。一番見たくないものを見せつけ、脳に焼き付ける。
 一日の始まりに最悪な気分と言いようのない黒いものが渦巻き、思い出させてくれるのだ。
 忘れてはいけないものがあると。

 俺は絶対に忘れない。
 受けた屈辱を。
 自分の罪を。
 忘れない……忘れない……。



「新年あけましておめでとうございます!」
「「「おめでとうございます!」」」
「……」

 新年一日目。
 信吾さんの挨拶から始まった。
 コタツとテーブルの上には、俺と楓さん、女、上春、強の五人で作り上げたおせちが並んでいる。
 おせちには縁起のいい食べ物がバーゲンセールのように並んでいる。

 紅白蒲鉾かまぼこ
 蒲鉾は「日の出」を象徴し、紅はめでたさと慶びを、白は神聖を意味する。

 栗きんとん。
 栗きんとんの黄金色に輝く色は財宝にたとえられ、豊かな一年を願う。

 黒豆。
 祝い肴の三種のひとつで、豆は丈夫・健康を意味し、まめに働くなどの語呂合わせ、厄除け、健康、長寿を意味する。

 昆布巻。
 昆布は、「よろこぶ=喜ぶ」「子生こぶ=子孫繁栄」の語呂と意味がある。

 鯛。
 「めでたい」の語呂合わせがあり「人は武士、柱はの木、魚は鯛」といわれるほどで、めでたい魚として祝膳には欠かせないもの。

 他にもこれでもかと縁起のいい物が揃っている。
 手間暇を掛け、この一年が良き年になるよう、家族が今年も健康で働けるよう願いが込められているのだが、信吾さんの無駄な話に付き合わされるとは、先が思いやられる。

「どうしたの、正道君。新年からしかめっ面して」
「……信吾さんが言った『新年あけましておめでとう』は、新年が終わりましたって意味だぞ。もしくは『新年』と『明けまして』は同じ意味で、重複している」

 気持ちよく新年の挨拶をしているところ悪いんだが、さっさとおせちを食わせろ。
 信吾さんはあからさまに不機嫌そうな顔になる。

「出たよ……平成生まれのインテリ気取りがよくやる揚げ足取りが。人を辱めてそんなに楽しいの? 人の気持ちを考えずに自分は偉いって自慢したいわけ? 性格曲がってるよ、キミ。何がいい箱作ろう鎌倉幕府だ。武士が箱作って誰トクなわけ? 外国人が聞いたら日本人ってクレイジーだって思っちゃうよ。いい国でいいじゃない」

 逆ギレかよ。
 信吾さんの言ういい箱作ろう鎌倉幕府は鎌倉幕府が開府した年、1185年をさす。
 以前、強が宿題で鎌倉幕府のことを調べていたとき、信吾さんが鎌倉幕府が開府した年、1192年をいい国作ろう鎌倉幕府と得意げに言っていたことがある。
 そのとき、たまたま居合わせた俺が、それは古いと言ってツッコんだ事、まだ根に持ってやがるのか?

 今と昔では教科書の内容は変わっている。
 昔の教科書では鎌倉幕府は昔は1192年に開府され、いい国作ろう鎌倉幕府の語呂だった。
 今は1185年が開府された年になっている。1185なのでいい箱ってわけだ。
 他にも内容が変わっているものがある。

 例えば、大化の改新は645年ではなく、646年。
 日本最古の貨幣は和同開珎ではなく、富本銭。
 十七条の憲法を制定したのは聖徳太子ではなく、厩戸皇子。(同一人物)
 踏み絵は絵踏。

 いろいろとあるが、要は時代が違うのだ。
 子供の前で恥をかかせたことは悪いと思うが、今言うことか?
 ここにいる義信さん、楓さん、女、上春、強はさっさとおせちにありつきたいと思っているのにな。
 シュナイダーは我関せずと言いたげに、朝食にがっついている。もちろん、正月バージョンで少し豪華な朝食を与えていた。
 尻尾がちぎれんばかりにふっている姿を見ると、信吾さんを殴り飛ばしてさっさと食事にありつきたいと思う。半ば本気で。

「お前は上春や強の親だろ? 親が間違った日本語を使えば、子供も間違った言葉を覚えてしまう。もちろん、そのへんのこと、考えているんだろうな?」

 親の口癖やテレビの言葉は子供に影響を与えやすい。
 俺だって影響を受けて勘違いしていた日本語がある。『役不足』、『檄を飛ばす』、『敷居が高い』、『爆笑』……数え上げたらキリがない。
 だからこそ、間違いを正すのは当然だろ? たとえ、面子をつぶすことになってもだ。恨み事を言われるのは納得がいかない。
 目上の人に恥をかかせた俺の言い方に問題があったと思うが、コイツは親だからな。そこらへんはしっかりとしてほしい。

「……それはそうだけど……もう少し言い方ってもんがあるでしょうに……」

 いい大人がねるなよ。
 とはいえ、拗ねたままだと話が進みそうにない。俺は素直に謝ることにした。

「……すまなかった。言い過ぎたよ」
「まあ、仕方ないよね! 正道はまだ子供だし! 僕が大人にならなきゃね!」

 こ、コイツ……。
 落ち着け……落ち着け……俺。俺が大人になれ。
 信吾さんのなめた態度も、呼び捨ても、別段腹を立てることではないだろうが。
 そう自分に言い聞かせ、黙ることにした。
 ふと、女と目が合った。
 女は呆れたように笑っている。俺はジト目で女を睨みつける。本当にどうでもいいのだが、この男とマジで結婚するつもりか?

「信吾君、話したいことはあるだろうが、そろそろ食事にしないか? せっかくのおせち、みんなも食したいだろう」
「そ、そうっすね!」

 下手に出てるな、コイツ。やはり、嫁の父親には頭があがらないんだな、婿殿は。
 少しいい気味だと思いつつ、俺は……いや、俺達は義信さんの言葉を待つ。

「では……いただきます」
「「「いただきます!」」」

 やっと食べられる。
 みんなが箸をのばし、おかずに手をつける。
 さて、俺は何から食べようか?
 俺が最初に箸をのばしたのは……。

「正道君、黒豆が好きなの? 体に似合わず、渋いね」

 やかましい。
 黒豆は数があるし、旨いだろうが。
 鯛から手につける信吾さんを見て、俺はらしいなって思った。にらみ鯛の風習は上春家にはないらしい。

「強、旨いか?」
「……美味しい」

 栗きんとんをもぐもぐと噛んでいる強を見て、俺は微笑ましくなる。
 こんなに賑やかな正月は初めてだが、そう悪くないと俺は思いつつ、料理をじっくりと味わった。



「ねえ、正道君」
「なんだ?」
「女性ってどうしてこう、支度に時間がかかるのかな?」
「準備する事が多いんだろ? 黙って待ってろ」

 俺は信吾さんを適当に相手にしながら、テレビの特番を見ていた。リビングには俺と信吾さん、義信さんと強の四人がコタツに入り、テレビを見ている。
 新年からハイテンションな番組のリポーターを眺めつつ、あくびを噛みしめる。
 またもや、信吾さんの提案で家族全員で初詣に行く事になったのだが……遅いな、上春達は。
 俺達の準備なんて十五分あれば余裕だ。だが、女性陣はそうではないらしい。
 着替えに化粧、その他いろいろとあるのだろう。

 正直、混む時間帯に初詣に行くにはうんざりするが、信吾さんの誘いを断ってばかりだからな。拒否するつもりはない。
 ちなみに初詣の約束は左近、御堂、潤平とも約束している。一月三日の夜にだ。
 それはともかく、本当に遅いな。着替えに手間取っているのなら、女は支度が遅いと愚痴れるのだが、気分が悪くなったとか、体調が悪いとかで遅くなっているのなら心配になるだろうが。
 まあ、そうなったら騒ぎになるだろうし、何の問題もないとは思うが。

「お待たせしました!」

 やれやれ、ようやくか。
 俺は腰を上げ、コタツから出る。
 三人の姿を見て、俺はおおっと声が漏れた。三人とも着物を着ている。

 楓さんの着物はしなやかなピンク地に、大胆な花々に彩られ、川辺模様を染め施した振袖。

 女の着物はシボ感のある朱色地に、鹿の子絞りの手花びら文様に菊花、桐の花を染め施した振袖。

 上春は明るい薄いクリーム色地に桜模様の振袖で、八掛は、薄いピンク色。帯は、斜めに並んだ朱色、山吹色、空色の3色ラインの疋田鹿の子の麻の葉模様になっている。

 華やかだ。
 それが第一印象だった。

「えへへっ……兄さん。似合ってますか?」

 上春が俺の前でクルッと回転してみせた。
 俺は正直な感想を述べる。

「ああっ、似合ってる」
「兄さんに褒められちゃいました」

 袖口で嬉しそうに口元を隠す上春に、俺は更に褒めた。

「サイズもぴったりだし、どこもおかしくない。流石は楓さんの見立てだ」
「このおばあちゃんっ子! 褒めるところが微妙に違う! 元旦から空気を読めてない!」

 やかましい。
 女子を面向かって褒めるとか無理だ。こっぱずかしい。
 上春から顔を背けると、視線の先に女と目が合った。
 俺はため息をつきながら、女に対して悪態をつく。

「着物に着替えるなんてどういう風の吹き回しだ? 今まで面倒くさがって着たことないだろうが」
「……それ」

 女が親指で指さした方向を見ると。

「綺麗だよ、澪さん! 最高だ! 素敵だ! 流石は僕の嫁! 僕の目に狂いはなかった!」
「うおっ!」

 俺を押しのけ、信吾さんが女をこれでもかってくらいに褒め称える。
 女はやれやれと言いたげに苦笑しつつも、楽しげにしている。

 なるほどな……信吾さんの為か……。
 信吾さんに懇願こんがんされたのか、それとも、信吾さんに綺麗な姿を見せたかっただけなのか……。
 ただ、今分かることは……。

「いい加減にしろ」
「ぎゃはぁあああああああああ!」
「ちょ、ちょっと、正道! うちの旦那に何してるの! 今すぐ離しなさい!」

 激しくウザい。
 さっきまで遅いだなんだ文句を言ってやがったくせに、くだらねえことでこれ以上、時間を無駄にするな。初詣に行けないだろうが。
 俺はアイアンクローで信吾さんを黙らせる。
 ったく、手間をかけさせるな。

「そろそろ行こうか」

 義信さんの一声で俺達はリビングから出て行く。信吾さんと女が俺に文句を言ってくるが、取り合わずに玄関へと向かった。
 信吾さんが女を褒める態度は気にくわなかったが、上春の着物姿も褒めている姿には好感が持てた。そのことは決して口にしなかった。
 言えば調子に乗るだけだしな。
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