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最終章
エピローグ メリークリスマス! 前編
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「メリークリスマス!」
「「「メリークリスマス!」」」
「……」
リビングに上春信吾とその家族の声が響き渡る。俺は何も言わず、ただ黙りこくった。
部屋には、手作りの不格好な装飾と倉庫から取り出したクリスマスツリーが飾っている。
装飾は上春と強、朝乃宮が作ったものだ。まるで、昔のドラマで見かけたお誕生日会のような装飾である。
クリスマスツリーは少しホコリ被っていた。去年はなかったものだ。
このツリーは女が子供の頃、義信さんにねだって、楓さんの口添えがあって購入されたものだ。
倉庫の奥で眠っていたものを上春信吾が見つけ、こうして飾られている。
テーブルにはクリスマスケーキやローストビーフ、ローストチキン、フライドチキン、ポテトサラダ……まさにクリスマスディナーだ。
大人はワインを、子供の俺達はジュース、朝乃宮だけがお茶である。
料理は楓さんと女と上春と朝乃宮の女性陣が作ってくれた。
家に帰ると料理ができている事に、少し感動してしまった。
いつもは俺と楓さんで準備しているので、何もしなくても食事が出てくるのは新鮮だった。
少し物足りない気分になってしまうが、きっと、俺の食事当番は減り、楽ができるのだろう。
それは喜ばしい事だと思えるようになったのは、上春家を受け入れた事に心に余裕が持てたからだ。
ちなみに、シュナイダーはいつものドッグフードではなく、手羽先、食パン、バナナ、サツマイモのクリスマス特別バージョンだ。
犬だってたまには御馳走を食べたいだろう。シュナイダーは尻尾が振り切れてしまいそうな勢いで振りながら、御馳走にありついている。
俺は目の前にひろがる光景に目を細める。
上春信吾と強は料理にかぶりつき、上春と朝乃宮は楽しくおしゃべり、女と楓さん、義信さんはおしゃべりをしている。
女が渋い顔つきになっているのは、義信さんに小言を言われているからだろう。
楓さんがニコニコとした顔で義信さんをなだめ、女をかばっている。
不思議だった。一年前、俺はこの光景を予測できただろうか?
きっと、来年のクリスマスも俺と義信さん、楓さんの三人で質素で静かなクリスマスを過ごすと信じて疑わなかっただろう。
こんな笑顔があふれる賑やかなクリスマスになるなんて、誰が想像できるだろうか。
これがいい事なのか、悪い事なのかは分からない。
本物の家族が何なのか、まだ理解できない。それでも、今いい気分でいられるのは、上春信吾のおかげだ。
癪だが認めないわけにはいかない。
きっと、楽しい事だけではない。辛い事も起こる。
そのとき、俺に何ができるのか、俺の行動のせいでまた家族を傷つけてしまうのではないか、何もしてやれないのではないか……正直不安になるが、不覚にも、この家族を、この笑顔を護ることができたら……そう思ってしまった。
俺らしくない。クリスマスの楽しい雰囲気がそうさせているのかもな。
本当にらしくない。
「正道君! 楽しんでいるかい!」
「……ほとほどにな」
テンションの高い上春信吾を、俺は適当に受け流す。普段の二割増しにうざい。Tシャツには『家族一緒にクリスマス☆』と書かれている。
ガキじゃあるまいし、はしゃぎすぎだ。
「せっかくだし、一緒に歌おうよ! きっと~キミは~くるはずがない♪ 一人きりのクリスマス……」
「おい。そのチョイスは俺への当てつけか?」
「そんなことないです~。正道君が澪さんに意地悪するからって仕返しじゃないですから~」
う、うぜえ……。
少し認めたら、すぐにつけあがりやがる。開き直ったせいか、ここぞとばかりに言いたいことを言ってくれるな。
まあ、自分の奥さんを罵る男がいたら、いい気はしないだろうな。たとえ、血を分けた息子でもだ。
そう考えると、上春信吾は我慢強い人だと思う。少し調子に乗っているところもあるが。
「大丈夫ですよ、兄さん。兄さんは一人じゃありませんから」
上春がニコニコと俺にすり寄ってくる。その天真爛漫な笑顔に俺は……。
「あざといな」
「もう! 兄さんは空気が読めてません! ほのかさんの苦労が身にしみます!」
そういうところがあざといと言ってるんだがな。
俺は上春の抗議を聞き流しながら、フライドチキンに手を伸ばす。
俺の手と強の手がぶつかる。どうやら、強も同じものを食べようとしていたようだ。
強は肩をビクッと震わせ、上目遣いで俺を見ている。ったく、遠慮なんかしてるんじゃねえよ。
俺はフライドチキンに伸ばした手を、強の頭にそっとのせる。今は小さな頭だが、きっとすぐに大きくなるのだろう。
強の成長が楽しみだと感じていた。
強は少しテレくさそうに、子供扱いされたことを恥ずかしそうにしながらも、そっとフライドチキンに手を伸ばした。
「兄さんの方があざといです」
やかましい。
俺は心の中で上春にツッコミを入れた。
その様子を見て、上春信吾は満足げに微笑んでいた。
「家族っていいよね。ねえ、澪さん」
「……そうね」
女は俺をばつの悪そうな顔で見ていたが、顔をほころばせ、笑った。
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている上春信吾の目が俺に問いている。
キミはどうなのかと。
家族とクリスマス。俺を捨てた女と、赤の他人だった者達とのクリスマス。俺の答えはもちろん……。
「いいんじゃないか」
俺の答えに、上春信吾も女も目を丸くして驚いている。もちろん、リップサービスだ。空気くらいよめる。
せめて今日くらいは、わだかまりを捨て、楽しく過ごしてもいいだろう。そんな日なんだろ、クリスマスは。
ただ、上春の無垢な笑顔が俺に向けられていて、正直イラっとする。
その分かっていますって顔、やめろ。別に俺はまだ、再婚を認めたわけではない。
この家族ごっこに付き合って確かめるつもりだ。本物の家族とは何かを。
もし、この家族が本物なら、俺はどうするべきか。女をもう一度母親と認め、一緒に暮らすのか。一からやり直せるのか。
「兄さん、大丈夫ですよ」
「今度は何がだ?」
「兄さんの悩んでいることです。たぶんですけど」
上春は何も具体的なことは言わなかったが、想いは伝わった。
根拠のない話は信じられないが、今は否定するのはやめておこう。
元々、クリスマスに上春と仲直りするつもりだったのだから。野暮はなしだ。それより、今は解決しなければならない問題がある。
俺は部屋に隠しているプレゼントをいつ渡すか、タイミングを見計らっていた。
上春と仲直りする為に購入したプレゼントだったが、もう仲直りしている。
だから、渡す必要はないのだが、せっかく購入したのだ。無駄にしたくない。
だが、テレくさくて、渡す機会を失い続けている。何かきっかけがあれば……。
「よし、みんな! 今日は僕から子供達にクリスマスプレゼントがあります!」
「お、おい、信吾さん。その金はどこから……」
「正道、空気を読みなさい」
女にツッコまれ、俺は渋々黙り込む。金がないくせに、余計な出費ばかりする上春信吾。
本当にコイツと再婚していいのかと女に言ってやりたいが、きっと諦めているのだろう。
俺も諦めることにした。
「いや、大丈夫だから! そんな呆れた顔しないでね、正道君! このクリスマスプレゼントは僕だけじゃない、お義父さんとお義母さん、澪さんの四人で用意したものだよ」
義信さんと楓さんと女からだと?
義信さんはいつも以上の仏頂面で、楓さんは優しく微笑み、女はテレくさそうにそっぽを向いている。
そっか、みんなからのプレゼントか。よかったな、上春、強。
上春信吾は一度リビングを出て、大きな白い袋を持ってきた。ああ、そういうことだったのか。
上春信吾が持っている大きな白い袋は、上春信吾に頼まれて、子供会で使用していた物を先生に許可をもらって借りてきたものだ。
子供のプレゼントを入れる袋で使用していたものをどうして上春信吾が貸してほしいと言ってきたのか、ようやく理解できた。
いや、普通気づくべきだったな。本当にぬけている。
上春信吾は袋からプレゼントを取り出し、強と上春に手渡す。そして……。
「「「メリークリスマス!」」」
「……」
リビングに上春信吾とその家族の声が響き渡る。俺は何も言わず、ただ黙りこくった。
部屋には、手作りの不格好な装飾と倉庫から取り出したクリスマスツリーが飾っている。
装飾は上春と強、朝乃宮が作ったものだ。まるで、昔のドラマで見かけたお誕生日会のような装飾である。
クリスマスツリーは少しホコリ被っていた。去年はなかったものだ。
このツリーは女が子供の頃、義信さんにねだって、楓さんの口添えがあって購入されたものだ。
倉庫の奥で眠っていたものを上春信吾が見つけ、こうして飾られている。
テーブルにはクリスマスケーキやローストビーフ、ローストチキン、フライドチキン、ポテトサラダ……まさにクリスマスディナーだ。
大人はワインを、子供の俺達はジュース、朝乃宮だけがお茶である。
料理は楓さんと女と上春と朝乃宮の女性陣が作ってくれた。
家に帰ると料理ができている事に、少し感動してしまった。
いつもは俺と楓さんで準備しているので、何もしなくても食事が出てくるのは新鮮だった。
少し物足りない気分になってしまうが、きっと、俺の食事当番は減り、楽ができるのだろう。
それは喜ばしい事だと思えるようになったのは、上春家を受け入れた事に心に余裕が持てたからだ。
ちなみに、シュナイダーはいつものドッグフードではなく、手羽先、食パン、バナナ、サツマイモのクリスマス特別バージョンだ。
犬だってたまには御馳走を食べたいだろう。シュナイダーは尻尾が振り切れてしまいそうな勢いで振りながら、御馳走にありついている。
俺は目の前にひろがる光景に目を細める。
上春信吾と強は料理にかぶりつき、上春と朝乃宮は楽しくおしゃべり、女と楓さん、義信さんはおしゃべりをしている。
女が渋い顔つきになっているのは、義信さんに小言を言われているからだろう。
楓さんがニコニコとした顔で義信さんをなだめ、女をかばっている。
不思議だった。一年前、俺はこの光景を予測できただろうか?
きっと、来年のクリスマスも俺と義信さん、楓さんの三人で質素で静かなクリスマスを過ごすと信じて疑わなかっただろう。
こんな笑顔があふれる賑やかなクリスマスになるなんて、誰が想像できるだろうか。
これがいい事なのか、悪い事なのかは分からない。
本物の家族が何なのか、まだ理解できない。それでも、今いい気分でいられるのは、上春信吾のおかげだ。
癪だが認めないわけにはいかない。
きっと、楽しい事だけではない。辛い事も起こる。
そのとき、俺に何ができるのか、俺の行動のせいでまた家族を傷つけてしまうのではないか、何もしてやれないのではないか……正直不安になるが、不覚にも、この家族を、この笑顔を護ることができたら……そう思ってしまった。
俺らしくない。クリスマスの楽しい雰囲気がそうさせているのかもな。
本当にらしくない。
「正道君! 楽しんでいるかい!」
「……ほとほどにな」
テンションの高い上春信吾を、俺は適当に受け流す。普段の二割増しにうざい。Tシャツには『家族一緒にクリスマス☆』と書かれている。
ガキじゃあるまいし、はしゃぎすぎだ。
「せっかくだし、一緒に歌おうよ! きっと~キミは~くるはずがない♪ 一人きりのクリスマス……」
「おい。そのチョイスは俺への当てつけか?」
「そんなことないです~。正道君が澪さんに意地悪するからって仕返しじゃないですから~」
う、うぜえ……。
少し認めたら、すぐにつけあがりやがる。開き直ったせいか、ここぞとばかりに言いたいことを言ってくれるな。
まあ、自分の奥さんを罵る男がいたら、いい気はしないだろうな。たとえ、血を分けた息子でもだ。
そう考えると、上春信吾は我慢強い人だと思う。少し調子に乗っているところもあるが。
「大丈夫ですよ、兄さん。兄さんは一人じゃありませんから」
上春がニコニコと俺にすり寄ってくる。その天真爛漫な笑顔に俺は……。
「あざといな」
「もう! 兄さんは空気が読めてません! ほのかさんの苦労が身にしみます!」
そういうところがあざといと言ってるんだがな。
俺は上春の抗議を聞き流しながら、フライドチキンに手を伸ばす。
俺の手と強の手がぶつかる。どうやら、強も同じものを食べようとしていたようだ。
強は肩をビクッと震わせ、上目遣いで俺を見ている。ったく、遠慮なんかしてるんじゃねえよ。
俺はフライドチキンに伸ばした手を、強の頭にそっとのせる。今は小さな頭だが、きっとすぐに大きくなるのだろう。
強の成長が楽しみだと感じていた。
強は少しテレくさそうに、子供扱いされたことを恥ずかしそうにしながらも、そっとフライドチキンに手を伸ばした。
「兄さんの方があざといです」
やかましい。
俺は心の中で上春にツッコミを入れた。
その様子を見て、上春信吾は満足げに微笑んでいた。
「家族っていいよね。ねえ、澪さん」
「……そうね」
女は俺をばつの悪そうな顔で見ていたが、顔をほころばせ、笑った。
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている上春信吾の目が俺に問いている。
キミはどうなのかと。
家族とクリスマス。俺を捨てた女と、赤の他人だった者達とのクリスマス。俺の答えはもちろん……。
「いいんじゃないか」
俺の答えに、上春信吾も女も目を丸くして驚いている。もちろん、リップサービスだ。空気くらいよめる。
せめて今日くらいは、わだかまりを捨て、楽しく過ごしてもいいだろう。そんな日なんだろ、クリスマスは。
ただ、上春の無垢な笑顔が俺に向けられていて、正直イラっとする。
その分かっていますって顔、やめろ。別に俺はまだ、再婚を認めたわけではない。
この家族ごっこに付き合って確かめるつもりだ。本物の家族とは何かを。
もし、この家族が本物なら、俺はどうするべきか。女をもう一度母親と認め、一緒に暮らすのか。一からやり直せるのか。
「兄さん、大丈夫ですよ」
「今度は何がだ?」
「兄さんの悩んでいることです。たぶんですけど」
上春は何も具体的なことは言わなかったが、想いは伝わった。
根拠のない話は信じられないが、今は否定するのはやめておこう。
元々、クリスマスに上春と仲直りするつもりだったのだから。野暮はなしだ。それより、今は解決しなければならない問題がある。
俺は部屋に隠しているプレゼントをいつ渡すか、タイミングを見計らっていた。
上春と仲直りする為に購入したプレゼントだったが、もう仲直りしている。
だから、渡す必要はないのだが、せっかく購入したのだ。無駄にしたくない。
だが、テレくさくて、渡す機会を失い続けている。何かきっかけがあれば……。
「よし、みんな! 今日は僕から子供達にクリスマスプレゼントがあります!」
「お、おい、信吾さん。その金はどこから……」
「正道、空気を読みなさい」
女にツッコまれ、俺は渋々黙り込む。金がないくせに、余計な出費ばかりする上春信吾。
本当にコイツと再婚していいのかと女に言ってやりたいが、きっと諦めているのだろう。
俺も諦めることにした。
「いや、大丈夫だから! そんな呆れた顔しないでね、正道君! このクリスマスプレゼントは僕だけじゃない、お義父さんとお義母さん、澪さんの四人で用意したものだよ」
義信さんと楓さんと女からだと?
義信さんはいつも以上の仏頂面で、楓さんは優しく微笑み、女はテレくさそうにそっぽを向いている。
そっか、みんなからのプレゼントか。よかったな、上春、強。
上春信吾は一度リビングを出て、大きな白い袋を持ってきた。ああ、そういうことだったのか。
上春信吾が持っている大きな白い袋は、上春信吾に頼まれて、子供会で使用していた物を先生に許可をもらって借りてきたものだ。
子供のプレゼントを入れる袋で使用していたものをどうして上春信吾が貸してほしいと言ってきたのか、ようやく理解できた。
いや、普通気づくべきだったな。本当にぬけている。
上春信吾は袋からプレゼントを取り出し、強と上春に手渡す。そして……。
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