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三章
三話 言うなぁあああああああああああああああああああああああ! その一
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「「「いただきます!」」」
今日はご飯の日なので、食卓には味噌汁、卵焼き、焼き魚、ひじきの煮物、豆腐、里芋の煮っ転がし、ウインナーが並んでいる。
ウインナーは上春信吾のリクエストだ。肉を食べないと力が出ない、とのことだ。
ウインナーともやしを一緒に炒め、味付けはケチャップや醤油、マスタード等、各々の好みに任せている。
ウインナーともやしの炒め物は好評で、すぐになくなってしまう。
俺は最後の一個を箸で掴み、強の皿にのせる。
「食え」
「……ありがとう、あんちゃん」
強は嬉しそうにウインナーを頬張る。
シュナイダーの一件以来、強は俺の事をあんちゃんと呼ぶようになった。発案者は上春のようだ。
兄さんは上春がつかっているので、他の呼び方にするようにと言われたらしい。
そこで強と上春が考えたのが、あんちゃんだと。
それにしても、あんちゃんって……どうせ、テレビの影響だろう。まあ、どうでもいいのだが、問題は……。
「……ぷいっ」
「……」
上春と目が合うと、上春はあからさまに顔をそらす。どうやら、本格的に嫌われたようだ。
別に上春に嫌われてもかまわないのだが。
「「「……」」」
「……」
皆の視線が痛い。さっさと仲直りしろと無言で訴えている。
俺はその視線を無視するように、味噌汁をすする。
「あっ……ああっ! 今日も朝ごはん美味しいな! なあ、咲」
「……そうですね」
「いつも美味しい朝ごはん、ありがとな、正道君」
「……ついでですから」
上春信吾がこの空気を変えようと空元気で上春や俺に話しかけてくるが、俺達はそっけない返事しかしない。
別に俺達は他人だし、仲良し家族ではないので合わせる気もない。
「ご馳走様です」
俺はさっさとご飯を食べ、食器を台所へ退散した。
「ふう……」
俺はため息をつきながら、食器をつけ置きしておく。今日は学校があるので、全員分の皿が集まったら楓さんが洗ってくれる。
二回のうち、一回目が終了だ。二回というのは、上春と顔を合わせる機会だ。
基本、俺と上春は家の中でも顔を合わせることはない。食事以外は。
だから、朝と晩のご飯、二回分我慢すればいいのだが、それでいいのかとも思ってしまう。
仲が悪いのは仕方ないが、場の空気を悪くしてしまうのはよくないと思っている。
一度、そのことで上春と話し合ったが、上春は何が気にらないのか、余計に怒らせてしまった。
いや、本当は分かっている。上春はうわべだけの付き合いを望まず、みんな仲良くでいきたいのだろう。
だが、俺はみんな仲良くなんてまっぴらごめんだ。上春信吾には悪いが、再婚には反対だし、一緒に暮らすなんてもってのほかだ。俺の家族は義信さんと楓さんの二人で十分だ。
新しい家族は不要でしかない。
「あんちゃん」
「ああっ、すまない」
俺が台所に立っていたせいで、強はつけ置きできないでいた。すぐさま、場所を移動し、強が皿を置けるようにする。
いつもならそのまま強は学校へ行く準備をするが、今日は立ち止まったまま、俺を見上げている。
なんだ?
「……もしよかったら夕方、シュナイダーの散歩にいきませんか?」
「ああっ、いいぞ」
「ありがとうございます」
強はペコリと頭を下げて、台所を出ていった。
強はときどき、俺に何かをお願いするようになった。といっても、強は今のところ、俺にだけお願いしてくる。
女はいいお兄ちゃんしてるじゃないと茶化してくるが、俺は無視し続けている。
強に頼られるのはかまわないが、アイツ、友達がいないのかと心配になる。
人の事は言えないが、それでも、小学生から一人というのは少し寂しいのでは、と思ってしまうのだ。
散歩するときに聞いてみるか。
俺は今日の風紀委員が何時まであるのか考えながら、学校へ行く準備をすることにした。
「……」
「藤堂はん、少しお話ええです?」
放課後、廊下を歩いていると朝乃宮に呼び止めれた。朝乃宮が俺の事を呼び止めるなんて、上春の事しか思いつかない。
俺は頷くと、朝乃宮が先に歩き出す。ついてこいと言いたいのだろう。
背筋を伸ばし、悠々と歩く朝乃宮の姿はモデルのように美しく、周りの生徒も朝乃宮の姿に目を奪われている。
特に下級生の女の子に人気があり、よく慕われているところを見かけたことがある。誰にも媚びず、自分を貫き通す姿が様々な人間を魅了していくのだろう。
校舎を出て、しばらく歩くと見覚えのある場所へたどり着く。樫の木の広場だ。
青島高等学校には、創立十周年の時、市から贈呈された樫の木が存在する。樫の木は字の如く、堅い木であり、樹齢五百年以上の木も存在するとのこと。
長寿であることから、学校が長く続くよう、そんな願いを込めて贈られた。
それとは別に、この樫の木には何か噂があったような……ううん、思い出せない。まあ、大したことではないだろう。
それより、ここは俺や伊藤にとって思い入れのある場所だ。
俺は目を細め、樫の木を眺めながら思い出す。
ここは同性愛問題で、後輩の古見君がよく利用していた場所だ。
結局、彼らの想いは報われず、別れてしまったのだが、いろいろと考えさせられる出来事だった。
あれから一か月しかたっていないのに、かなり前の出来事のように感じてしまう。
古見君はどうしているのだろうか? 獅子王先輩はアメリカで元気にやっているのだろうか?
「古見はんのこと、思い出してはったん? 二人の仲、壊すことができてよかったどすな。もし、二人が結ばれていはったら、風紀委員の面目丸つぶれやさかい、ほんま、よかったわ」
「……喧嘩売ってるのか、朝乃宮」
よかっただと? 面目丸つぶれだと? ふざけるな!
伊藤が二人の為にどれほど頑張ったのか知らないくせに! 二人がどれだけ悩み苦しんできたのか、分からないくせに!
伊藤は自分の無力さに悩み、孤立無援になっても、必死に自分にできることを頑張ってきた。
それでも、二人の想いは報われず、別れることになった。苦渋の決断だった。
二人の決意を馬鹿にするのは誰だろうが、許せない。
「よく言えたもんやね。伊藤はんの事、裏切ってたくせして。厚顔無恥とは藤堂はんの事を言うんやね」
「……」
そうだ。伊藤の努力も……獅子王先輩達の想いを踏みにじったのは俺だ。
俺は左近の指示で伊藤を見張っていた。裏で獅子王先輩達に別れるよう説得した。
けど、それは伊藤を護る為にやったことだ。
同性愛問題は、俺達が想像していた以上に困難を極めた。
同性愛を嫌悪する生徒の嫌がらせ、同性愛を認められない先生と獅子王財閥の社長秘書の介入、伊藤と獅子王先輩の事を恨んでいた男子生徒の強姦未遂、リンチ事件。そして、獅子王財閥の圧力。
風紀委員では対応しきれないところまできていた。伊藤が強姦未遂の事件に巻き込まれた。
なんとか未遂で終わらせたが、このまま悪意が膨れ上がれば伊藤を護ることができなくなる。
だから、早急に問題を解決する必要があった。
たとえ伊藤に恨まれても、せめて伊藤を無事に家に帰す。
それだけが俺と左近の願いであり、俺達は何度も何度も話し合い、作戦をたて、獅子王先輩達の協力も得て、なんとか問題を解決した。
だが、押水の一件と同じく、誰も幸せになれず、不幸な結末だけが残った。
始めから分かっていたが、俺達では誰も幸せにはできない。逆にぶち壊してしまう。
俺が獅子王先輩達の幸せを願うなど何様だと言われるだろう。
それでも、俺はトラブルを解決する為に行動し続けなければならない。風紀委員をたちあげた責任を取る為に。
「まあ、そんなことを言いたくてここへ呼んだわけありませんし、さっそく、本題に入らせていただきます」
なら、言うな。朝乃宮は本当にねちっこい。こんなヤツだったか?
気に入らないことがあれば、力でねじ伏せてきた朝乃宮らしくない。
いや、違うか。朝乃宮は彼女との約束を律儀に守っている。義理堅い朝乃宮らしい。
「要件は咲の事です。さっさと仲直りし」
朝乃宮は恨めしい目つきでじっと睨んでいる。
頬を膨らませて怒っている朝乃宮は、いつもの大人びた雰囲気ではなく、少し幼いというか、子供っぽく見えてしまい、不覚にも可愛いと思ってしまった。
伊藤の言葉を借りるなら、レアだったか、ギャップだったか、とにかく、貴重な体験だろう。
その態度に、俺は少しテレくさくなると同時に申し訳ない気持ちになる。
自分でも年下の女の子相手に大人げないとは思うが、お互い譲れないものがあるのだから仕方ない。
「そうは言ってもな……」
「一銭にもならんくだらないプライドなんて、どーうでもええから、さっさと、な・か・な・お・り・し!」
「……」
こいつ、よっほど参ってるな。少しいい気味だと思うのは不謹慎か。
しかし……。
「……それほどまでに、上春、怒っているのか?」
「ストレスマックスや」
あ、頭を下げるのは嫌だな……。
そう思いつつも、なんとかしなければならない事態であることを、俺は自覚してしまった。さて、どうするべきか。
「何を迷ってはるんです。土下座して詫び! 土下座の藤堂が泣きますえ」
「そんな二つ名はねえよ!」
お前は俺の事をなんだと思っていやがる! 何を俺は土下座してるんだ? 意味が分からん。
「咲は普段、我儘言わん子なんやけど、意固地になったらとことん頑固な子です。そのせいで引っ込みがつかんくなって、自分の首を絞めてしまうタイプなんやけど、そこが愛らしいと言いますか……けど、今回は流石に不憫で見てられません」
「……そうだな、上春が頑固だって最近知ったよ」
上春は優等生タイプだと思っていた。風紀委員の女性陣で一番真面目で頑張ってくれている貴重な人物だ。
人と争うのが苦手で、輪を大事にするタイプだと思っていたが、反抗してくるとは思ってもみなかった。
それほどまでに上春にとって譲れないものなのか、家族とは。
「それに、咲も年頃の女の子です。年上の男の子に甘えたい気持ちがあるのを理解し。咲は気丈夫な子やけど、強くはありません」
「頼れる姉ならいるだろ? 目の前に」
俺の言葉に、朝乃宮は目を丸くし、ほほ笑んだ。
これはお世辞ではなく、本当の事だ。
朝乃宮が上春の傍にいるのは、仲がいいだけの理由ではない。贖罪の意味もあるのだろうが、それをぬきにしても、朝乃宮は上春を支えつづけている。
もし、今の二人を陽菜が見たら、どんな顔をするのだろうか? きっと、大喜びするだろう。
朝乃宮は目を閉じ、何かを思い出すかのように物思いにふける。
「ウチは咲の事、愛してますし、姉でありたいとは思っています。せやけど、兄にはなれません。この意味、理解できはる?」
「悪いが理解できない。男だろうが、女だろうが、頼りになる人物に性別は関係ないだろうが。姉がいるんだ。兄がいる必要なんてないだろ?」
「同性と異性では勝手が違います。藤堂はんも、咲と強はんとでは、強はんの方が話しやすいですやろ?」
「……そうだな」
言われてみれば朝乃宮の言う通りだ。同棲だと気が楽だが、異性だと少し意識してしまう。
上春は可愛い子だ。たとえ、家族になるかもしれなくても、それでも、いきなり年下の女の子を意識するなというほうが無理だろう。
いや、待て。それなら、尚更、朝乃宮さえいれば、上春はそれでいいのではないか?
無骨な大男が兄だと、上春も困るだろう。不良を相手にしている男を、兄として甘えたいか?
もし、俺にレディースの姉がいたら絶対に甘えたくない。それどころか、説教してしまいそうだ。
「藤堂はん、勘違いしてます。年頃の女の子は、頭の悪い不器用なダメ男に母性を感じてしまうことがあるんです」
「おい、待て。頭の悪い不器用なダメ男って俺のことか? そこまで言われる筋合いはないぞ」
「年下の女の子にマジギレしてる時点で救いようのない愚か者です」
コイツ、本当にいいたい放題だな!
それにしても、上春と仲直りか……不良を相手にするよりも厄介そうだ。
俺は無意識のうちにため息をついた。
今日はご飯の日なので、食卓には味噌汁、卵焼き、焼き魚、ひじきの煮物、豆腐、里芋の煮っ転がし、ウインナーが並んでいる。
ウインナーは上春信吾のリクエストだ。肉を食べないと力が出ない、とのことだ。
ウインナーともやしを一緒に炒め、味付けはケチャップや醤油、マスタード等、各々の好みに任せている。
ウインナーともやしの炒め物は好評で、すぐになくなってしまう。
俺は最後の一個を箸で掴み、強の皿にのせる。
「食え」
「……ありがとう、あんちゃん」
強は嬉しそうにウインナーを頬張る。
シュナイダーの一件以来、強は俺の事をあんちゃんと呼ぶようになった。発案者は上春のようだ。
兄さんは上春がつかっているので、他の呼び方にするようにと言われたらしい。
そこで強と上春が考えたのが、あんちゃんだと。
それにしても、あんちゃんって……どうせ、テレビの影響だろう。まあ、どうでもいいのだが、問題は……。
「……ぷいっ」
「……」
上春と目が合うと、上春はあからさまに顔をそらす。どうやら、本格的に嫌われたようだ。
別に上春に嫌われてもかまわないのだが。
「「「……」」」
「……」
皆の視線が痛い。さっさと仲直りしろと無言で訴えている。
俺はその視線を無視するように、味噌汁をすする。
「あっ……ああっ! 今日も朝ごはん美味しいな! なあ、咲」
「……そうですね」
「いつも美味しい朝ごはん、ありがとな、正道君」
「……ついでですから」
上春信吾がこの空気を変えようと空元気で上春や俺に話しかけてくるが、俺達はそっけない返事しかしない。
別に俺達は他人だし、仲良し家族ではないので合わせる気もない。
「ご馳走様です」
俺はさっさとご飯を食べ、食器を台所へ退散した。
「ふう……」
俺はため息をつきながら、食器をつけ置きしておく。今日は学校があるので、全員分の皿が集まったら楓さんが洗ってくれる。
二回のうち、一回目が終了だ。二回というのは、上春と顔を合わせる機会だ。
基本、俺と上春は家の中でも顔を合わせることはない。食事以外は。
だから、朝と晩のご飯、二回分我慢すればいいのだが、それでいいのかとも思ってしまう。
仲が悪いのは仕方ないが、場の空気を悪くしてしまうのはよくないと思っている。
一度、そのことで上春と話し合ったが、上春は何が気にらないのか、余計に怒らせてしまった。
いや、本当は分かっている。上春はうわべだけの付き合いを望まず、みんな仲良くでいきたいのだろう。
だが、俺はみんな仲良くなんてまっぴらごめんだ。上春信吾には悪いが、再婚には反対だし、一緒に暮らすなんてもってのほかだ。俺の家族は義信さんと楓さんの二人で十分だ。
新しい家族は不要でしかない。
「あんちゃん」
「ああっ、すまない」
俺が台所に立っていたせいで、強はつけ置きできないでいた。すぐさま、場所を移動し、強が皿を置けるようにする。
いつもならそのまま強は学校へ行く準備をするが、今日は立ち止まったまま、俺を見上げている。
なんだ?
「……もしよかったら夕方、シュナイダーの散歩にいきませんか?」
「ああっ、いいぞ」
「ありがとうございます」
強はペコリと頭を下げて、台所を出ていった。
強はときどき、俺に何かをお願いするようになった。といっても、強は今のところ、俺にだけお願いしてくる。
女はいいお兄ちゃんしてるじゃないと茶化してくるが、俺は無視し続けている。
強に頼られるのはかまわないが、アイツ、友達がいないのかと心配になる。
人の事は言えないが、それでも、小学生から一人というのは少し寂しいのでは、と思ってしまうのだ。
散歩するときに聞いてみるか。
俺は今日の風紀委員が何時まであるのか考えながら、学校へ行く準備をすることにした。
「……」
「藤堂はん、少しお話ええです?」
放課後、廊下を歩いていると朝乃宮に呼び止めれた。朝乃宮が俺の事を呼び止めるなんて、上春の事しか思いつかない。
俺は頷くと、朝乃宮が先に歩き出す。ついてこいと言いたいのだろう。
背筋を伸ばし、悠々と歩く朝乃宮の姿はモデルのように美しく、周りの生徒も朝乃宮の姿に目を奪われている。
特に下級生の女の子に人気があり、よく慕われているところを見かけたことがある。誰にも媚びず、自分を貫き通す姿が様々な人間を魅了していくのだろう。
校舎を出て、しばらく歩くと見覚えのある場所へたどり着く。樫の木の広場だ。
青島高等学校には、創立十周年の時、市から贈呈された樫の木が存在する。樫の木は字の如く、堅い木であり、樹齢五百年以上の木も存在するとのこと。
長寿であることから、学校が長く続くよう、そんな願いを込めて贈られた。
それとは別に、この樫の木には何か噂があったような……ううん、思い出せない。まあ、大したことではないだろう。
それより、ここは俺や伊藤にとって思い入れのある場所だ。
俺は目を細め、樫の木を眺めながら思い出す。
ここは同性愛問題で、後輩の古見君がよく利用していた場所だ。
結局、彼らの想いは報われず、別れてしまったのだが、いろいろと考えさせられる出来事だった。
あれから一か月しかたっていないのに、かなり前の出来事のように感じてしまう。
古見君はどうしているのだろうか? 獅子王先輩はアメリカで元気にやっているのだろうか?
「古見はんのこと、思い出してはったん? 二人の仲、壊すことができてよかったどすな。もし、二人が結ばれていはったら、風紀委員の面目丸つぶれやさかい、ほんま、よかったわ」
「……喧嘩売ってるのか、朝乃宮」
よかっただと? 面目丸つぶれだと? ふざけるな!
伊藤が二人の為にどれほど頑張ったのか知らないくせに! 二人がどれだけ悩み苦しんできたのか、分からないくせに!
伊藤は自分の無力さに悩み、孤立無援になっても、必死に自分にできることを頑張ってきた。
それでも、二人の想いは報われず、別れることになった。苦渋の決断だった。
二人の決意を馬鹿にするのは誰だろうが、許せない。
「よく言えたもんやね。伊藤はんの事、裏切ってたくせして。厚顔無恥とは藤堂はんの事を言うんやね」
「……」
そうだ。伊藤の努力も……獅子王先輩達の想いを踏みにじったのは俺だ。
俺は左近の指示で伊藤を見張っていた。裏で獅子王先輩達に別れるよう説得した。
けど、それは伊藤を護る為にやったことだ。
同性愛問題は、俺達が想像していた以上に困難を極めた。
同性愛を嫌悪する生徒の嫌がらせ、同性愛を認められない先生と獅子王財閥の社長秘書の介入、伊藤と獅子王先輩の事を恨んでいた男子生徒の強姦未遂、リンチ事件。そして、獅子王財閥の圧力。
風紀委員では対応しきれないところまできていた。伊藤が強姦未遂の事件に巻き込まれた。
なんとか未遂で終わらせたが、このまま悪意が膨れ上がれば伊藤を護ることができなくなる。
だから、早急に問題を解決する必要があった。
たとえ伊藤に恨まれても、せめて伊藤を無事に家に帰す。
それだけが俺と左近の願いであり、俺達は何度も何度も話し合い、作戦をたて、獅子王先輩達の協力も得て、なんとか問題を解決した。
だが、押水の一件と同じく、誰も幸せになれず、不幸な結末だけが残った。
始めから分かっていたが、俺達では誰も幸せにはできない。逆にぶち壊してしまう。
俺が獅子王先輩達の幸せを願うなど何様だと言われるだろう。
それでも、俺はトラブルを解決する為に行動し続けなければならない。風紀委員をたちあげた責任を取る為に。
「まあ、そんなことを言いたくてここへ呼んだわけありませんし、さっそく、本題に入らせていただきます」
なら、言うな。朝乃宮は本当にねちっこい。こんなヤツだったか?
気に入らないことがあれば、力でねじ伏せてきた朝乃宮らしくない。
いや、違うか。朝乃宮は彼女との約束を律儀に守っている。義理堅い朝乃宮らしい。
「要件は咲の事です。さっさと仲直りし」
朝乃宮は恨めしい目つきでじっと睨んでいる。
頬を膨らませて怒っている朝乃宮は、いつもの大人びた雰囲気ではなく、少し幼いというか、子供っぽく見えてしまい、不覚にも可愛いと思ってしまった。
伊藤の言葉を借りるなら、レアだったか、ギャップだったか、とにかく、貴重な体験だろう。
その態度に、俺は少しテレくさくなると同時に申し訳ない気持ちになる。
自分でも年下の女の子相手に大人げないとは思うが、お互い譲れないものがあるのだから仕方ない。
「そうは言ってもな……」
「一銭にもならんくだらないプライドなんて、どーうでもええから、さっさと、な・か・な・お・り・し!」
「……」
こいつ、よっほど参ってるな。少しいい気味だと思うのは不謹慎か。
しかし……。
「……それほどまでに、上春、怒っているのか?」
「ストレスマックスや」
あ、頭を下げるのは嫌だな……。
そう思いつつも、なんとかしなければならない事態であることを、俺は自覚してしまった。さて、どうするべきか。
「何を迷ってはるんです。土下座して詫び! 土下座の藤堂が泣きますえ」
「そんな二つ名はねえよ!」
お前は俺の事をなんだと思っていやがる! 何を俺は土下座してるんだ? 意味が分からん。
「咲は普段、我儘言わん子なんやけど、意固地になったらとことん頑固な子です。そのせいで引っ込みがつかんくなって、自分の首を絞めてしまうタイプなんやけど、そこが愛らしいと言いますか……けど、今回は流石に不憫で見てられません」
「……そうだな、上春が頑固だって最近知ったよ」
上春は優等生タイプだと思っていた。風紀委員の女性陣で一番真面目で頑張ってくれている貴重な人物だ。
人と争うのが苦手で、輪を大事にするタイプだと思っていたが、反抗してくるとは思ってもみなかった。
それほどまでに上春にとって譲れないものなのか、家族とは。
「それに、咲も年頃の女の子です。年上の男の子に甘えたい気持ちがあるのを理解し。咲は気丈夫な子やけど、強くはありません」
「頼れる姉ならいるだろ? 目の前に」
俺の言葉に、朝乃宮は目を丸くし、ほほ笑んだ。
これはお世辞ではなく、本当の事だ。
朝乃宮が上春の傍にいるのは、仲がいいだけの理由ではない。贖罪の意味もあるのだろうが、それをぬきにしても、朝乃宮は上春を支えつづけている。
もし、今の二人を陽菜が見たら、どんな顔をするのだろうか? きっと、大喜びするだろう。
朝乃宮は目を閉じ、何かを思い出すかのように物思いにふける。
「ウチは咲の事、愛してますし、姉でありたいとは思っています。せやけど、兄にはなれません。この意味、理解できはる?」
「悪いが理解できない。男だろうが、女だろうが、頼りになる人物に性別は関係ないだろうが。姉がいるんだ。兄がいる必要なんてないだろ?」
「同性と異性では勝手が違います。藤堂はんも、咲と強はんとでは、強はんの方が話しやすいですやろ?」
「……そうだな」
言われてみれば朝乃宮の言う通りだ。同棲だと気が楽だが、異性だと少し意識してしまう。
上春は可愛い子だ。たとえ、家族になるかもしれなくても、それでも、いきなり年下の女の子を意識するなというほうが無理だろう。
いや、待て。それなら、尚更、朝乃宮さえいれば、上春はそれでいいのではないか?
無骨な大男が兄だと、上春も困るだろう。不良を相手にしている男を、兄として甘えたいか?
もし、俺にレディースの姉がいたら絶対に甘えたくない。それどころか、説教してしまいそうだ。
「藤堂はん、勘違いしてます。年頃の女の子は、頭の悪い不器用なダメ男に母性を感じてしまうことがあるんです」
「おい、待て。頭の悪い不器用なダメ男って俺のことか? そこまで言われる筋合いはないぞ」
「年下の女の子にマジギレしてる時点で救いようのない愚か者です」
コイツ、本当にいいたい放題だな!
それにしても、上春と仲直りか……不良を相手にするよりも厄介そうだ。
俺は無意識のうちにため息をついた。
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